第三部 第三章「ベルゲングリューンの光と闇」(2)


『それがね、聞いてよベルくん。支部長ったらね、『いっそイグニア第二支部は閉鎖して、ベルゲングリューン市開拓事業推進ギルドと合併してはどうか』とか言い出したのよ? 信じられる? ねぇ、聞いてる?』

『聞いてますけど……、ソフィアさん、ちょっと今、それどころじゃ……、うわっ』


 ソフィアさんから飛んできた魔法伝達テレパシーに応答していると、ゴブリンが闇雲に突き出した槍が当たりそうになって、僕はとっさに水晶龍の盾で防いだ。


 弓兵には甚大な効果があった水晶龍の盾による目潰しだが、狭い通路で目をつぶって捨て身の突撃してくるゴブリンたちに対しては効果半減だ。


 弓兵は短剣に持ち替えた。

 つまり、今僕に槍の攻撃を仕掛けたのはゴブリン中央突破部隊。


 まずい。

 もうこんなところまで入り込んできている。


『え、もしかして……交戦中だったりする?』

『はい』

『やだ……、言ってよ! 場所はどこなの? 敵は? 苦戦しているなら冒険者を派遣するわよ!』

『敵は……、その……、ゴブリン、なんですけど』

『……』

『……』

『……それでね、支部長がおっしゃるには……』

『い、いやいやいや!! ゴブリンだって大変なんですから!』


 しれっと会話を続けようとするソフィアさんに全力でツッコんだ。


『そうよ。ギルドに来る冒険者に私、いつも言ってるもの。『あなたたちみたいにベテランになったばかりの人たちが油断して一番死ぬんですよ』って。さすが、あなたはしっかりしているわね。まだ正式な冒険者でもないのに』


 い、いや、そういう「銅貨1枚を笑う者は銅貨一枚に泣く」みたいな訓話じゃなくて、普通にゴブリン相手に死にそうなんだけど。


(あ、まずい!)


「グギャアアッ!!」

フン!!」


 小さくなった身体でまともに攻撃を受けていては、身が持たない。

 踊りかかってきた三体のゴブリンの槍に合わせるように、僕は足を踏みしめて、盾をなるべく体幹に引き寄せて受け止めると、次の瞬間に、一気に吐き出した呼吸と共に、水晶龍の盾を突き出した。


!!」

「ゴハァッッ!!!」


 三体のゴブリンが槍を突き出したままの格好で、そのまま大きく吹っ飛んで、天井に頭を打って絶命する。


「え……、僕、すごくない?」


 自分で驚いた僕が、ユキを見る。


「すごいすごい。いいから今は前を向きなさいよ!」

「ちぇー」

「殿っ!! 父上の奥義をそこまで体得されたか!!」

「お兄様、さすがです!」


 ゾフィアとテレサはちゃんと褒めてくれた。


「あ、あんたたちも前を向きなさいってば! あいつら全然減ってないわよ!」


 三人でユキに叱られた。


 ……それにしても。


 (小さい体でも、力の使い方を工夫すればどうにかなるものなんだなぁ)


「ギルサナス、そっちはどう?!」

「弓を捨てた弓兵部隊の前衛が予想以上に硬い。このままだと中央突破されるのは時間の問題だ」

「うーん、まずいな……」


 こちらの前衛部隊が弓部隊に釘付けにされていて、ゴブリン軍団が編成した中央突破に特化した陣形、「鋒矢ほうしの陣」が、うまく機能しはじめている。


 視界を奪って弓兵を無力化するという当初の作戦はうまくいったものの、乱戦にはならないだろうという僕の予測は大きく外れていた。


 ジルベールが突出しているな……。


「ジルベール、無理しちゃだめだよ。花京院とスイッチして後ろに下がって」

「ふむ。私としたことが武器の選択を間違えたようだ」


 先頭のゴブリンに深々と突き刺さった槍斧ハルバードをゴブリンの腹を蹴って引き抜きながら、ジルベールが言った。


 槍斧ハルバードは槍の刺突攻撃に加えて、斧のように薙ぎ払うこともできるのが特徴だけど、狭いトンネルで無数のゴブリンを相手にすると後者の戦法はとてもやりにくそうだ。

 ましてや、今のちびジルベールには本来備わっている膂力りょりょくがない。

 斧刃の部分の重さがある分、軽い槍を続けざまに突き出してくるゴブリン相手に、徐々に手傷が増え始めていた。


「そう思って、ノーム達に魔法伝達テレパシーを送って槍を届けてもらっているから、それまで体力を温存しておいて」

「ククッ、さすがだな。それでこそ卿よ!」


 僕の提案に満足してくれたジルベールが、意気揚々と後退を開始する。

 

「ぐえ!」

「ブッチャーの火炎の息ファイアーブレスの準備ができたよ!」

「全員中央を空けて!」


 ミヤザワくんの報告を受けて、僕が全員に通達して、ルッ君に目で合図を送る。


「ほらよっと!! 喰らいやがれ!!」


 ルッ君が器用にミヤザワくん特製の火薬袋を両手でぽんぽんと、突撃しようとするゴブリン集団に投げつけたその瞬間。


 ブオオオオオオッッ!!!


「「「グギャアアアアアアッッ!!!」」」


 ブッチャーの口からすさまじい灼熱の炎が噴き出して、中央突破を図ったゴブリン集団を焼き尽くした。

 ルッ君が投げた火薬袋によってバン、バン、バン!! と連鎖的な小爆発が起こり、たちまちのうちにゴブリンたちを火だるまにしていく。


「うわ、すっご……」


 ジョセフィーヌに代わり、前線を一旦下がっていたユキが思わずつぶやいた。

 ゴブリンたちの肉が焼ける匂いに、片手で鼻を押さえている。


 ユキの言う通り、ブッチャーが僕や花京院に吐いた火炎の息ファイアーブレスが、実は猫がじゃれるようなものだったことを思い知らされる。


 本気のブッチャーの火炎の息ファイアーブレスはすさまじい火力だった。


「まだ気を緩めちゃダメ、来るわよ!」


 メルが盾を構えて鋭く言った。

 焼け死んだ仲間たちの屍を踏み越えながら、ゴブリンたちが皮膚を焦がしながらこちらに突撃をしていた。


 ブッチャーとミヤザワくん、ルッ君を、メルとギルサナスが必死に守っている。

 その横をすり抜けるようにして、複数のゴブリンたちがこちらに向かってくる。


「ギギィッ!!」

「くっ!」


 今度はさっきのような技を使う余裕がなく、普通に盾で受け止めてしまった。

 弾き返しパリィのタイミングが間に合わず、ズシリとくる槍撃の重みで僕の身体が大きくよろめいた。


「ベルくん、危ない!」


 ミスティ先輩が投げつけた投擲とうてき用のナイフが、僕にトドメを刺そうとした右側のゴブリンの左目に突き刺さる。


 さすが現役の金星ゴールドスター冒険者。

 さすが「天下無双」のロドリゲス教官の直弟子。


 投げるのに時間がかかる斧だけでなく、体術に優れ、咄嗟とっさにこういうことまでできてしまうところが、ミスティ先輩のすごいところだ。

 

「フッ、惜しかったな」


 ブッチャーの炎に包まれながら、死を覚悟した兵……いわゆる死兵となって僕の喉を突こうとしたゴブリンの槍を、ヒルダ先輩が振り向きざまの特殊警棒の一振りで叩き落とし、左手のトンファーでもう一方のゴブリンの短剣を受け止めると、特殊警棒を振り下ろした腰のタメを使って、短剣ゴブリンのこめかみに強烈な警棒の一打を与える。


「グギャアアアッ!!」


 しかも、えげつないことに、ヒルダ先輩は属性付与自由自在の特殊警棒に炎属性をまとわせていた。

 元から半分燃えていたゴブリンの衣服が完全に燃え上がり、戦闘不能になるのを確認するよりも早く、今度は薙ぎ払った左腰のタメを利用して、槍をはたき落としたゴブリンに向かって、左フックのような鋭い動作を行う。


 その距離では届かない。


 そう判断して避けようとせず、次の攻撃手段を講じようと腰の短剣に手を伸ばすゴブリン槍兵の顔の手前で、ヒルダ先輩の拳は空を切る。


 だが、僕は知っている。

 ヒルダ先輩相手のその距離は、拳が当たるよりも|。


 ヒルダ先輩が握り込んだトンファーがくるん、と回転し、渾身の左フックによって生まれた遠心力を最大限にのせた魔法金属製の棒が、ゴブリンの頭蓋をぐしゃりと叩き割った。


「さすが若獅子OB!」

「OBはよせ。少なくとも、あと一年、私はまだ華の女学生なんだぞ」

「もういっそ、二年留年して僕とクラスメイトになりましょうよ」

「フフ……、毒島ぶすじま応援団の連中のようにか?」


 エスパダやら何やらですっかり忘れていた、三年生を五回やっている毒島 力道山ぶすじま りきどうざん先輩のことを思い出して、僕は緊迫下なのに爆笑しかけてしまった。


(ああ、こういう状況に毒島応援団がいたら、すごく効果的なんだろうなぁ)


 もはや、戦術がどうとか、戦略がどうなんていう状況じゃない。

 みんなが持てる力を結集して戦うだけだ。


 そんな時に、毒島応援団の力は、きっと役に立つだろう。


 ただ応援しているだけのはずだし、快適か不快かと言われれば正直不快なはずなんだけど、毒島応援団の応援は妙に活力が湧いてくる。


(そうか、今、必要なのは、応援だ。士気の向上!)


 僕は少し考えた。


 オレンジおじさんの歌はだめだ。

 あんなのを戦闘中に聞いていたら力が抜けて戦死してしまう。


 しかも、長年歌い続けていたにしてはバリエーションが少なすぎる。


 今、みんなを勇気づけるのは……。

 ……ああ、いるじゃないか。


 最強のイケメン吟遊詩人が僕らのクランにはいるんだった。


『バル、いる?』

『おおっ、ハニーじゃないか!! 僕が疲れ果てた時に声をかけてくれるなんて、これはエスパダの女神の思し召しだろうか……ララ〜』

『あ、唄うのはちょっと待って』


 僕はミスティ先輩とヒルダ先輩に護衛を任せて、クランリングでバルトロメウに語りかけている。


 今、エスパダの豪商の跡取りであるバルトロメウはギュンターさんと共に、ベルゲングリューン商会のエスパダ・ヴァイリス間の商圏拡大で多忙の毎日を送っていた。


『今、色々あってさ、みんなが大苦戦中なんだ。僕の立てた作戦も、途中まではうまくいったんだけど、あとは総力戦になりそうでさ』

『ああ、なんということだ……。ハニーたちがそんな状況なのに、近くにいてあげられないなんて……ララ〜』

『唄うのはちょっと待って』


 少しでもスキがあれば唄おうとするバルトロメウを制止しながらも、僕はお願いをする。


『もうここまできたら、できることはみんなの士気を高めることだけだと思うんだ。それでさ、忙しいところ本当に申し訳ないんだけど、指輪を通して、心の底から勇気が湧いてくるようなバルの歌を、みんなに聞かせてくれないかなーと思って』

『吹き飛んだ』

『え?』


 何を言っているのかがわからず、僕は思わずバルトロメウに聞き返す。


『全身を駆け巡る感動と興奮で、僕のここ数日の疲れは吹き飛んだよ。ハニーの言葉は魔法だね。そして、初めて僕の歌を聴きたいと言ってくれた……ララ〜、おっと、興奮のあまりオーダーと違う歌を唄うところだった』


 バルトロメウが一人で盛り上がりはじめた。


『いいだろう。今の君たちにピッタリの歌を知っている。今からみんなに聴かせてあげよう』


 ……それから少しして。


 ゴブリン達と死闘を繰り広げている僕たちの頭の中で流れ始めたバルトロメウの歌声は、彼の普段の華麗な美声とは似ても似つかないような、野太く、力強く、荒々しささえ感じるような歌声だった。 


 嵐の夜も

 燃え盛る太陽の灼熱も

 凍てつく吹雪の中も

 顔が土とほこりにまみれようとも

 我らが心は陽気なり

 邁進まいしんするは我らが装甲

 暴風の只中を


「な、なんだ、この歌は……」


 困惑したヒルダ先輩が僕を見上げる。


「と、殿、この歌は……、あの男は何を考えておるのだ……」

「ゾフィア、知ってるの?」


 ドン引きするようなことがあってもだいたいマイペースなゾフィアがめずらしく、思いっきりドン引きしていたので、僕はゾフィアに尋ねた。


「この歌は、300年前の和平協定以降廃止になった鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルの隊歌だ……」


 ゾフィアがげんなりしながら言った。

 

「戦時中のジェルディク軍を象徴するような歌だ。ヴァイリスの市街地でこんな歌を唄っていたら、官憲に逮捕されてもおかしくない……」

「そ、そうなんだ……。でも……」


 僕はそれ以上何も言わず、花京院の方を見た。


「うおお……、なんかよくわかんねぇけど……、この歌を聴いてると、すげぇ力が湧いてくるぞ……」


 ジルベールが後退して、左翼のゴブリン集団を一手に引き受けていた花京院の勢いが、衰えるどころか、さらに勢いを増している。


「ホント!! なんだか百人のマッチョに耳元で歌われているみたいヨ!」


 ユキの合流を待つために一旦前線ラインを引き下げていた右翼のジョセフィーヌも、一人で前線ラインを取り戻しつつある。


 蹄鉄ていてつの地響きと共に

 疾風迅雷のごとく

 敵に立ち向かい

 装甲をして祖国を護らしむ

 戦友たちに先駆けて

 戦場に我らは独り立つ

 然り、我らは独り立つ

 くて我らは貫徹す

 敵の隊伍たいごの中を


「戦友たちに先駆けて 戦場に我らは独り立つ」

「然り、我らは独り立つ」


 バルトロメウの歌が何周かしていくうちに、歌詞を覚えたジルベールが歌い始め、それに呼応するようにギルサナスも歌い始めた。


 普段はクールな二人だけど、なんだかんだ、こういう時はノリノリである。

 そんな二人に釣られるようにして、花京院とジョセフィーヌが、続いてジェルディクびいきのアリサが、そして普段からノリノリのヒルダ先輩が歌い、メルとミスティ先輩がくすくす笑いながらそれにならい、ぐえぐえ唄うブッチャーと一緒にルッ君とミヤザワくんまでもが歌い始めると、あきれた表情のユキも仕方なく歌い、僕が歌い始めるとゾフィア・テレサも顔を真っ赤にしながら歌い始めた。


「嵐の夜も」

「燃え盛る太陽の灼熱も」


 ジルベールが歌いながら、ノームから受け取った槍でゴブリンの縦隊を刺し貫き、共に唄うギルサナスが、防衛から攻勢に転じる。


「凍てつく吹雪の中も」

「顔が土とほこりにまみれようとも」


 口ずさむメルが青白い光を放つ青釭剣せいこうけんによる美しい三連撃でゴブリン六体を撃退し、ジョセフィーヌと花京院がその側面にいるゴブリンたちを鏖殺おうさつする。


「我らが心は陽気なり」

「ぐえ」

邁進まいしんするは我らが装甲」

「暴風の只中を」


 ミヤザワくんの歌にブッチャーが呼応して灼熱の火炎の息ファイアーブレスで前方のゴブリンを焼き尽くし、悠然とした足取りで前進するヒルダ先輩が、歌いながら接近するゴブリン達を片っ端から一掃し、先輩の特殊警棒を回避してこちらに来たゴブリンを、僕が小鳥遊たかなしで両断する。


 すごい……。

 これがバルトロメウの歌の力なのか……。


 ヴェンツェルだけ、唄っているフリをして口パクをしているのに気づいた。

 実は、ヴェンツェルはめちゃくちゃオンチなのだ。


 それって、本人の見た目や性格と相まってめちゃくちゃかわいい個性だと思うんだけど、本人はかなり気にしているらしい。 


「なぁ、今度、バルトロメウにオレたちのクランの歌も作ってもらおうぜ」

「それ、いいかも」


 ミヤザワくんの背中にいるルッ君の提案に、僕はにっこりとうなずいた。


「親分さんらのいかつい歌、まるっきりやくざやけど、めっちゃかっこええな!! ちょっと待っときや!!」


 ジルベールに槍を届けに来たノームが、何かを思いついたらしく、全速力で工房に戻っていった。


 それから程なくして、トンネルの側面に無数に空いている小さな穴から、僕たちの歌声が大音響に増幅して流れ始めた。


 どうやらノームたちは、普段、この穴と、何らかの増幅装置を使って、仲間たちと伝達しあっているらしい。


 我が眼前に

 敵軍現れたる時は

 全力を以て

 これに当たらん!

 何ぞ我らに命を資するに値せん

 そは我が帝国陸軍の為ならんや?

 然り、帝国陸軍の為なり

 ジェルディクが為に死ぬるこそ

 我らが最たる誉れなれ


『ままままままつおさんよ!!! ど、どうなっておるのだ!!!!!』

『ユリーシャ王女殿下?!」


 唐突にユリーシャ王女殿下の魔法伝達テレパシーが頭の中にわんわんと響いた。


『ど、どうしました?』

『どうしましたもこうしましたもあるか!! そ、そなたたちが唄うジェルディク帝国の軍歌が、ヴァイリス王宮にまで響いておるぞ!!!』

『えええええっ……!!??』


 ノームたちが地中で響かせた増幅装置は、邸内やベルゲングリューン市のみならず、イグニアどころか、首都アイトスにまで僕たちの歌声をお届けしているらしい。


『も、もしかして……歌詞も全部聞こえちゃってます?』

『聞こえとるわばかたれ!!! ……あのな、アルフォンスが今そこで貧血を起こしたぞ』

『さ、宰相閣下が?!』

『自分の孫娘が『ジェルディクが為に死ぬるこそ 我らが最たる誉れなれ』とか大声で唄っておるのを聞いたら、アルフォンスでなくともそうなるわ!!』


 ああ……、ご心労が絶えない宰相閣下……。


『み、みんな!! 歌の三番はやめとこう!! 一番、二番だけにして!!』

『そういう問題ではないわ!!! 今すぐ中止せい!!』

『も、もう少し!! もう少しですから!!』

『やるならせめてヴァイリス軍の歌にせよ!!』

『どんな歌ですか?』


 僕が尋ねると、ユリーシャ王女殿下は少しためらった後、すーっと深呼吸をしてから、魔法伝達テレパシーごしに歌い始めた。


『大空のもと、ヴァイリスに〜、自然の恵み、身に宿し〜、ともに鍛えよ……』

『却下です、却下』


 僕はきっぱりと答えた。


『な、なんでじゃあ!!!』

『なんですかその当たり障りのない歌は。全然ロマンがありません。士官学校の校歌かと思いましたよ……。そんなんじゃ、ゴブリンどころか暴れイノシシワイルドボアー相手にも戦死しそうです』

『な、なななな、なんちゅーことを言うんだそなたは!! 処刑するぞ!!』

『いいですか王女殿下、よーく聴いてください。戦意を高揚させる歌というのは、こういうものです』


 僕はそう言って、みんなと合唱しながら戦闘を再開する。


 障壁や馬防柵ばぼうさくをして

 敵が我らを対抗せんとしても

 我らはそれを嘲笑ちょうしょう

 その先に進まん

 大魔法の脅威が潜む黄砂に

 然り、黄砂に

 我らは未だ見ぬ

 道を征くなり


 不思議なもので、あれほど防衛するのに必死だった僕たちは今、一切の後退をしていない。

 まるで自分たちが地上最強の重装騎兵にでもなったかのように、ゆっくりとした足取りだけど、一歩、また一歩と前進を続け、前方のゴブリンたちの攻撃を完璧に封じながら、敵の陣形を確実に突き崩していく。


 中央突破を図っていたゴブリンたちの気勢は一気に衰え、逆に少しずつ後退を余儀なくされている。


「よし、今だ!! ゾフィア!!」

「誇り高き将官諸君!! 我に続けぇッ!! 敵軍の一兵卒に至るまで蹂躙じゅうりんし尽くし、我らが装甲の餌食とするのだッッ!! 突撃アングリフッッ!!」

「……お姉様、結局一番ノリノリじゃありませんか……」

「ウオオオオオオオオオッッ!!!」


 妹のげんなりとしたツッコミをかき消すように、士気が最高潮に達した僕たちは、後退をはじめたゴブリンたちに一斉に突撃をかけた。


「よっしゃー行ったれ!!! ワシらの親分さんたちに続くんじゃー!!!」

「せやせや!! 今までの恨みを晴らしたらんかーい!!!」

「うぉぉぉおこるでしかしぃぃぃ!!!!」


 釣られて士気高揚したノームたちの大群が、僕たちに続いて突撃に参加する。


「エスパダぁーのオレンジぁぁぁ!! んまぁぁぁぃ!! オレンジぁぁぁ!! べルゲングリューン侯爵が海を渡って持ってきた、エスパダのんまぁぁぁい!! オレンジぁぁぁ!!」


 そんな突撃の怒号が飛び交う中、なぜかオレンジおじさんの歌声まで拾って、トンネルに大音響で響き渡る。

 もう邸内に戻ってきていたのだろうか。


『な、なんじゃ今のふざけた歌は!! どさくさにまぎれてヴァイリス市民にそなたのオレンジの宣伝をするな!!』


 ユリーシャ王女殿下が全力でツッコんだ。

 ……なるほど、それはかなりいいアイディアかもしれない。


 かくして、戦死者が出るかもと危惧されていたゴブリン相手の防衛戦は、僕たちの圧倒的勝利で終わった。


 今まで、だいたいズルい作戦ばかりで乗り切ってきた僕は、士気が高くなった部隊の強さというのを思い知ることになったのだった。


 さて。

 次はいよいよ、僕たちが攻める番だ。

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