第九章「廃屋敷の冒険」(4)~(5)


「さて、みんな腹いっぱいになったかな?」

「アタシ、もうお腹いっぱいヨ……」

「右に同じく……」


 ……おいおい。

 逃げなきゃいけなくなったらどうするんだ。


「それじゃ、腹ごなしついでにちょっとこれを見てほしい」


 僕は焚き火の前で羊皮紙を広げた。

 

「……すごい、屋敷の図面? こんなものをどこで見つけてきたの?」


 アンナリーザが覗き込んだ。

 ふわっとした藍色のボブカットの髪から柑橘系のいい匂いがする。


「冒険者ギルドの資料室から見つけてきたのを、僕が書き写した」

「すげぇ」

「相変わらず、そういうのだけは得意だよな、まつおさんは」


 ……ルッ君がモテないのはそういうところだと思う。


「ここ、暖炉のあるところね。で、子供たちの話によると、ここの左右にある燭台の右側を上に動かすと、地下へ続く隠し階段がある。」

「うんうん、それで?」

「隠し階段の先に扉があるけど、おそらくかんぬきがかけられていて通れない。その奥に地下通路があって、その先にやはり扉がある。こちらは、さらに外側からかんぬきがかけられるようになっている」

「その先はずいぶん広いわね……礼拝堂みたい」


 アンナリーザの言葉に僕はうなずいた。


「おそらくそんな感じの施設なんだと思う。子供たちの話から考えても、連中はここに潜伏しているに違いない。そして……」


 僕は羊皮紙を枝の先で指した。


「この部屋の先に、さらに外に通じる扉があるんだ。こちらも外側からかんぬきがかけられるようになっていて、その先には地上へとつながる階段がある。図面によると、その階段の先はなんと……」


 僕は羊皮紙から枝を離すと、それを覗き込んでいるユキの胸……の横を指した。


「納屋だ。そこの納屋に繋がっているんだ」





「なぁ、オレも腹いっぱい肉食っちゃったから、もうあまり言いたくないんだけどさ」


 キムがしんみりと言った。


「……お前はオレの思い出の盾を、なんだと思ってるんだ?」


 納屋にある地下階段入口手前に置いたキムの盾を裏返して、せっせと枯れ草やら食べ残った骨やら木材の切れ端やらを載せている僕に、キムがうらめしそうな顔で言った。


「きっと盾も喜んでくれてるよ。『またキムの役にたてて、うれしい!』って」

「……絶対言ってないと思う」


 ユキがキムの盾を供養するようなに目を伏せて言った。


「手を合わせるんじゃねーよ!!」

「しーっ!! ここは連中のアジトに繋がってるんだから、声を落として」


 これでよし、と。


「屋敷の様子を見てきたわ。……とりあえず今の所、霊体の気配はなし。入り口に気配探知の魔法がかかっていたから、解除せずにそのままにしてある」

「それって大丈夫なの?」

「大丈夫。あなたからもらった骨飾りを使わせてもらったわ。連中が外に出ない限り、私達が侵入しても探知されないわよ」


 さすが聖女、頼りになるな。

 なんとなく「聖女」って言われるの嫌そうだから、何も言わないけど。


「ただ、この先にはあなたの予想通り、霊体の反応があるわ。それも複数体。……どうしてわかったの?」

「いや、ただの勘。ほら、子供たちが聞こえた声で『しかばね』がどうこうって言ってたから、どっかにはいるんだろうなって」

「……たしかに、それが本当なら、死霊術師ネクロマンサーがいてもおかしくないわね」


 僕たちの会話に、せっかく血色が戻ってきたミヤザワくんの顔色がみるみる青ざめる。


「それじゃ、キムとメル、ルッ君、ユキは屋敷に侵入して、暖炉前で待機。大丈夫だと思うけど、ルッ君が先頭で索敵をしながら侵入。もし万が一、屋敷内に敵がいて、かつ、こっそり制圧できなそうならその時点で作戦は中止。『おいしいバーベキュー楽しかったね』で満足して帰ろう。警備隊に通報して終了」

「あいよ」

「わかった」

「わかったわ」

「少し眼鏡を直してからでもいい?」


 メルの問いに、僕はうなずいた。


「アンナリーザが言ってたから大丈夫だと思うけど、もし万が一、霊体モンスターが現れた時は、メルの剣以外では対処できないからね。絶対に無理をしないこと。あと……」


 僕はユキに向かって言った。


「ユキだけは暖炉じゃなくて、玄関近くで待ってて」

「へ、なんで?」

「声がバカデカいから」

「あ、あんたねぇっ!!」

「しーっ!!! 頼むからここでは静かに!!」


 メガネのメンテナンスをしているメルを残してキムたちが先に屋敷に向かうのを確認してから、僕は納屋の脇においていた「ソレ」を羊皮紙でくるんで、他のみんなのところに戻った。

 

「キムはもう行ったよね? よしよし……」

「まつおさん、なにそれ……」


 怪訝そうなミヤザワくんの問いに、僕は答えた。


「これ? 森で拾った野生動物のうんこを集めたやつ」

『『えっ』』


 メルやアンナリーゼ、ミヤザワくん、花京院、ジョセフィーヌ、偽ジルベールまでもが異口同音でドン引きした声を発するのも気にせず、僕はそれをキムの盾の中にボトボトと放り込んだ。


「くっくっくっく!! けいよ、これはたしかに、あやつのいる前で投じるわけにはいくまいな!! くっくっくっくっくっく!!」


 偽ジルベールのツボにはまったらしく、腹を押さえて、涙を流しながら笑っている。

 珍しいものが見れた。


「乾燥しているから、これだけだとたいしたニオイにはならないけど、きっと燃えたら大変なことになると思うよ」

「燃えたら……って? まさかあなた……」


 アンナリーザの問いに無言でうなずくと、僕はミヤザワくんに声をかけた。


「ファイアーボールをお願い。くれぐれも納屋ごと燃やさないでね!」

「え……、わ、わかった。や、やってみる!」


 ミヤザワくんは両手杖を構えて、詠唱に入る。


「他のみんなはなるべく下がって!! たぶん死ぬほどくさいから!!」


 ミヤザワくんのファイアーボールがキムの盾の中に命中する。

 使い慣れて威力を調整できたのと、先程よりも燃えにくい物をたくさんいれたため、篝火かがりびのように控えめな炎がメラメラと燃え上がる。


 ぱち、ぱち、と何かが弾けるような音。

 ぷす、ぷす、と何かが蒸し上がるような音。

 様々な音と共に、ものすごい煙がもくもくと納屋の中に立ち込める。


「キム、かわいそう……」


 小さくつぶやくメルの声が震えている。

 よく見ると必死に笑いをこらえていた。


「……あなたたちのクラスって、いつもこんな感じなの?」

「ええ。誰かさんのせいでね」


 納屋から遠く離れた場所から、メルとアンナリーザがジトっとした目でこちらを見ている。


「うっわ!! くさっ!! くっせぇぇぇ!!!!」

「ぎゃああァァァァ!!、目が、目がシミるわぁぁ!! 」


 近くで燃えさかるうんこをボーッと眺めていた花京院とジョセフィーヌがもんどり打っている。

 ……アホだ。


 偽ジルベールはずっと腹を抱えて笑い転げている。

 ……ああ見えて、意外とこういうノリがツボなんだな。


「さぁ、みんなで大声で叫ぶんだ。火事だー!!逃げろー!!!」


 すぐに意図を察して、みんなが僕に続いた。


「きゃー!! 納屋が燃えているわ!! 誰か!早くなんとかして!!」


 アンナリーザが女性らしい悲鳴を上げる。

 あんな普通の女性っぽい演技もできるのか。

 ……底が知れん。


「か、火事だわ! た、大変、よ!!」

 ……メルはめっちゃ演技が下手だった。


「いやぁぁぁん!! 燃えちゃう!! 納屋が全部燃えちゃうわァァァ!!!」

「まじかよ!! これ、屋敷まで燃え広がっちまうんじゃないか!!!」


 ……花京院とジョセフィーヌは演技過剰だ。


「くくくっ、MK2の盾で、糞が、かように炎上しておる!! くくくっ!! 私をここまで落涙させるとは……ッ!!」


 ……こいつ偽ジルベールはもうダメだな。


 みんなが騒ぎ立ててくれている間に、僕はキムたちに魔法伝達テレパシーを飛ばした。


『こっちの騒ぎは気にしないでね。たぶんもうすぐ、奴らがものすごい勢いでそっちに向かうと思うから、暖炉の仕掛けが開く気配がしたら、仕掛けを戻してそこをがっちり塞いで!』


 僕は十分炎が立ったところで、火傷やけどをしないように気をつけながら、キムの盾をひっくり返した。

 それまで空に向かって立ち上がっていた煙が、一気に地下階段の方へと流入していく。


『げほっ、げほっ、く、くさっ……くっさぁぁ……くぅ……くさすぎる……あ、し、失礼。もし万が一、暖炉が開いたら、キムは盾をうまく使って何が何でも、誰一人そこを通さないように。ルッ君はその援護を!』


 あとは、なんだっけ、そうそう。


『ユキは暖炉まで敵が来たらこちらに聞こえるように、なんでもいいから大声で叫んで!!』


 そこまで言ってから、僕はメルの方を向いた。


「もしかしたら、相手は霊体を召喚するかもしれない。その時はメル、君が対処するんだ」

「わかったわ」


 よし。

 あとはユキの合図を待つだけだ。


 僕がそう思った途端に、ユキの合図の絶叫が響き渡った。


「まつおさぁぁーん!!! だーーーいすきっ!!!!」


 すきっ

 すきっ

 すきっ


 ……ヴァイリス北東部の森林に、ユキの絶叫が響き渡った。


「……」

「……」

「……どうして女子ってみんな、僕のことをバカにするんだ」

「あらあら、意外にあなたってモテるのね」

「絶対違うだろ!! めちゃくちゃ半笑いで言ってたじゃないか!!」


 そんなことを考えるのはユキの性格をよく知らないアンナリーザだけだ。

 それを証拠に、花京院もジョセフィーヌも、メルまで肩をぷるぷる震わせて笑いをこらえている。


「ふむ……、小娘はてっきり、私に懸想けそうしているものかと思ったが」

「それはないわね」


 メルが偽ジルベールをばっさり切り捨てた。


「って、それどころじゃない!! 僕らは急いで乗り込むよ! メル眼鏡はもう大丈夫? 屋敷に向かってキムたちのフォローをお願い!!」

「わかった!」


 メルは銀縁シルバーフレームのメガネを掛け直してうなずくと、屋敷のキムたちの方に駆けて行った。


「乗り込むって、どこにだよ?!」


 花京院の問いに僕は走りながら答える。


「決まってるだろ、納屋の地下室!!」

「おいおいマジかよ!! うんこの煙が充満してる中に入るってのか?!」

「だから急いで行くんだよ!! うんこの煙が充満しきる前に!!」


 納屋に立て掛けてあった松明たいまつを取って、うんこの篝火かがりびに近づけて火を灯すと、キムの盾を足でずらして篝火からこれ以上煙が広がらないように完全にフタをして、ものすごく嫌がるみんなを急き立てて、僕たちは地下階段に突入した。


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