第二十三章「ジェルディク帝国遠征」(4)
4
「……」
僕はキルヒシュラーガー邸の庭園にあるロッキングチェアで、空を見上げていた。
ヴァイリスよりも山が多いせいか、ジェルディクの空はとても高く感じる。
「あんた……、せっかくのバカンスでジェルディク帝国まで来たってのに、ずっとそこでボヘーッとしてるつもり?」
「こいつ、若獅子祭が終わってからずっとこうなんだよ。定期的にこういうモードに入っちまうんだ」
「ベル、どうしたの?」
メルが心配そうにこちらを覗き込んだ。
「メルは今日もキレイだね。この青空みたいに、澄んだ瞳をしている」
「「なっ…」」
ユキとアリサが変な声を上げた。
「あ、あんたね……、ボーッとしてるからってそういうことさらっと言うのダメでしょ!」
「ウフフ、あらやだ、メルの顔がリンゴみたいに赤くなってるわよ〜」
ユキとジョセフィーヌが何か言っているけど、今の僕には入ってこない。
ただ、雲の流れをぼんやりと眺めながら、僕はつぶやいた。
「あの雲は……、どこから来て、どこに向かっていくんだろうか……」
「ゾフィア、まつおさんにクッキーか何か食わせたんじゃない?」
「ルクス……。他にこの世で言い残しておきたいことがあるなら、聞いておこうか」
ルッ君の断末魔が聞こえるけど、今の僕には入ってこない。
「目標が……」
「目標?」
「目標が……、なくなったでござる……」
「ふむ……、いわゆる『燃え尽き症候群』というやつかもしれんな」
「燃え尽き症候群?」
ジルベールの言葉に、メルが尋ねた。
「うむ。我が友まつおさんは士官学校の学園生活で、短期間でさまざまな偉業を成し遂げてきた。誰も相手にしないような子供たちの依頼を引き受け、見事な作戦でユリーシャ王女殿下を救出し、若獅子祭では21年ぶりに
「……そう考えてみると、こいつってむちゃくちゃスゴイんだよな。このアホ面と学校でのダメっぷりを見てるとつい、忘れてしまいそうになるんだが」
「キム殿、我が殿に向かってアホ面とはなんだ。この凛々しいお顔が貴様にはわからんのか」
「しかもベルは宿敵といえるギルサナスとも決着を付けた。帝国元帥閣下と対面する緊張も緩和され、気が抜けてしまったということだろうか」
ヴェンツェルの言葉が耳に入ってくる。
そうか、それで僕は燃え尽きてしまったのだろうか……。
「ベルくんらしいといえば、らしいわね。私は今の彼も嫌いじゃないわよ」
「……ちょっと確認したいんですけど、お兄様を狙っている女性って、私とここにいる皆さん以外であと何人いるんですか?」
「お兄様って……、ゾフィア、あんたこの子なんとかしなさいよ」
「アリサ殿……、テレーゼは昔から、一度言い出したら聞かない子でな」
「……お姉さんそっくりね」
『まつおさん、聞こえるかね』
「うわっ!」
「「「「うわっ!!」」」」
僕が突然声を出したから、周りにいるみんなもびっくりして声を出した。
『私だ、メックリンガーだ』
『えっと、すいません誰でしたっけ』
『……君は自分の魔法科講習の教師の名前を覚えていないのかね?』
『や、やだなぁ……、ちょっとボーッとしてただけですよ! メッコリン先生ですよね』
『メックリンガーだ!!』
「……まつおさん、本当に大丈夫なのか? 病院で頭見てもらったほうが……」
「ルッ君、しーっ!」
僕が人差し指を口に当ててから、通信を続けた。
『それで、どうしたんですか?』
『君の学期末の魔法科の成績が出たんだ』
『ああ、そうなんですか。それでは、僕は忙しいのでこれで……』
『待て、まつおさん』
通信を切ろうとした僕を、メックリンガー先生が慌てて引き止めた。
『このままだと、落第だぞ?』
『えっ!?』
『ヴァイリス士官学校は一応、国家が運営する学校だ。国民の血税を使ってやっている以上、成績が著しく悪い生徒は学期をまたがずに退学になる』
「ぼ、僕よりアホな生徒は他にもいるでしょう? 花京院とか」
「今こいつ、いきなりひでぇこと言ったぞ……」
「ご、ごめん花京院。間違えてこっちでしゃべっちゃった」
「あ、なんだ間違えたのか、だったらいいんだけどな」
「……よくないでしょ……」
『魔法科は必須科目ではないから、大変遺憾ながら、成績が悪い生徒はたくさんいる。だが、そういう生徒は得てして剣技など、他の科目が一定水準に達しているから進学は認められる。だが、君の場合……』
『すいませんメッコリン先生何も聞こえません』
『お、おい! ダメだ! 現実逃避するな!! 私の名前はもうそれでいいから現実を受け止めるんだ!!』
『先生って、いい先生だったんですね……。こんな僕みたいなやつのために、そこまで言ってくれるなんて……』
『そ、その諦めきった感じもやめろ!! 頼むから、先生ともう少し頑張ろう? な?』
『頑張るって言ったって、何を……』
『ヴァイリス魔法学院を知っているな?』
『いえ、知りません』
『なんで知らないんだ……。ま、まぁいい。ヴァイリス魔法学院は、魔法科だけを専攻する士官学校だ。将来魔法職に就くことが前提の生徒が100%を占める、いわゆる魔法学校だ』
『へぇ……。そんなのがあるなら、ミヤザワくんとかそっちに行けばいいのに……』
『彼は平民だからな。ヴァイリス魔法学院はほぼ100%が各国の貴族出身で構成されている』
『へー』
『露骨に興味なさそうにするな。それでな、その学校の学期休暇特別講習を受けてこい』
『は?』
『なにが『は?』なんだ。お前退学寸前なくせにふてぶてしすぎるだろ……』
メックリンガー先生のため息が、頭の中に響いた。
『で、それを受ければ、僕の落第は免除されると?』
『……お前世の中ナメてるだろ? そんなわけがないだろう。最終試験に合格しなければ退学だ』
『えー、そんなの絶対ムリじゃーん』
『だからお前諦めがよすぎるだろ!! あとその妙にくだけた感じやめろ!!』
『でも僕が魔法の素質がないの、メコ先生もよく知ってるでしょ?』
『メッコリンはまだ許すが、メコ先生だけはやめろ』
『とにかく、僕には魔法の才能がないの!剣も、斧も、なにもないの!わかった?』
『お前は駄々っ子か! いいか、よく聞けよ? お前にはたしかに魔法の才能はない。皆無と言っていいだろう。まるでセンスがないし、集中力もない。ハッキリ言ってひどいもんだ』
『ですよね。……今までお世話になりました』
『ま、待てって! たしかにお前には才能はないが……、素質はある』
『……ほんとに?』
『少なくとも、私はそう思っている。士官候補生でも、お前ほど
『大魔導師……、大賢者……』
『そうだ! いつか大賢者まつおさんとか呼ばれる日がくるかもしれんぞ?!』
『先生……』
『なんだ?』
『……そのうさんくさいおだて方で、先生の魂胆がわかってきました』
『な、何を言っているんだ。私はただ、かわいい生徒の将来を思ってだな……』
『僕が
『っ……』
『ほら、やっぱり……。自分のキャリアのために落第生を大賢者とかって叶うはずのない夢をもたせようとするなんて、鬼畜の所業だと思いません?』
『い、いや、お前に何らかの素質があると思っているのは本当のことで……』
『ミヤザワくん』
『何?』
『ミヤザワくんも特別講習を受けられるように取り計らってあげてください。きっと本人も喜ぶと思うから』
『いや、しかしだな、彼は平民だから……』
『ミヤザワくんが参加できないなら、僕も参加しましぇーん! 先生、僕と一緒に仲良く学校を去りましょう』
『自分の落第を盾に教師を脅迫するとは……なんという生徒だ。鬼畜の所業はお前だ!』
『と・に・か・く、お願いしましたからね。僕と彼の参加が決まったら、また連絡してくださいね。それでは』
『い、いや、待て! 待っ……』
「ふぅ……」
通信を切って、僕は一息を付いた。
「大丈夫? ベル」
「ごめんメル。僕ちょっと、ヴァイリスに帰る用事ができちゃった」
「えっ?!」
みんなを悲しませないか不安になるけど、ちゃんと話さなきゃ。
僕は決心を込めて、深く深呼吸をしてから、事の顛末をみんなに話した。
……キルヒシュラーガー邸に、みんなの爆笑する声が響き渡った。
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