第四章 「士官学校の宝具(アーティファクト)」(3)


 適正考査の日は、あっという間にやってきた。

 

 C組の僕たちが教官に引率されて、いつものようにくっちゃべりながら講堂に集まると、C組以外のA~Fの生徒たちはすでに整列していた。

 一番ダメなクラスみたいでちょっと恥ずかしい。


「よっ、爆笑王」

「うるせー」


 隣のD組の男子生徒がからかってくるのを適当に相手しながら、僕も整列をした。

 その後、A組生徒達から名前を呼ばれ、前に出る。

 

 教壇に立っているのは学長かと思ったが、そうではなかった。

 というか、この士官学校に入学してから、学長らしい人を一度も見たことがない。

 

 手を後ろ手に組んで直立不動の姿勢を一切崩さない、初老の騎士然とした男。

 ピン、と上を向いたカイゼル髭が特徴的な……、そう、礼拝堂で最初に面談をしたボイド教官だった。


 名前を呼ばれた生徒が騎士の叙勲式のように片膝をつき、両手を掲げると、ボイド教官の手が光って各々の適正に合わせた武器が現れ、それを生徒の掲げた両手に授与する。

 

 そんな儀式だった。

 与えられる武器はまちまちだ。

 剣や短剣、円月刀や弓、両手杖に片手杖、拳に装着するクロー

 これらの武器は、士官学校ご自慢の「魔法宝物庫」から与えられるのだそうだ。


 「魔法宝物庫」には「意思」があり、それぞれの適正に最も合致した武器が自動的に選ばれ、ボイド教官の掌に転送される……らしい。


 「魔法宝物庫」に保管されている武具の数々は、ヴァイリス王国からの寄贈、卒業生の寄付、それから、士官学校での課外活動で得られた戦利品などを集めたものだ。

 それらのほとんどが「ちょっと質の良い既製品」程度だが、それでも僕たちにとっては簡単に手に入らない品物だし、中にはまれに貴重品である「魔法武器マジックウェポン」が授与されることもあるらしいと聞けば、僕たちのワクワク感も自ずと高まるというものだ。

 その時、講堂全体にどよめきが起こった。


「お、おい、なんだあれ……、か、かっけぇ!」

「あんなものまで貰えるのかよ?!」


 生徒が口々に騒いでいる。

 ボイド教官の掌から、大振りの優美な両手剣グレートソードが発現したのだ。


「お、あれは、真ジルベールじゃないか」僕は思わずつぶやいた。


 あの鮮やかすぎる 金髪プラチナブロンドは見間違えるはずもない。


「あんなに細身で、あんなものを振り回すのか」


 キムが腕を組んで唸った。


「ちっちっち、アンタ、ホンっとわかってないわねぇ!」

「うわ、お前、なんでここにいるんだよ」


 ユキが突然僕とキムの間に顔を挟んできたので、キムが声を上げた。


「ずっと後ろにいただろ」

「バカねー、あんな後ろにいたらジル様の雄姿が見えないでしょう?」


 よく見ると、メルまですぐそばにいた。無理やり引っ張ってこられたらしい。


「おい、小娘、そこをどけ。前が見えぬではないか」

「うっさいわね、アンタは見ない方がいいのよ。……いろんな意味でね」


 親切心で言ってるんだ、と言わんばかりにユキが偽ジルベールに告げる。……今回ばかりは、ユキに同意見だ。見ない方がいい。


「で、何がわかってないんだ?」


 僕はユキに聞いた。


 キムの言う通り、その大振りの両手剣は真ジルベールには似つかわしくない。いや、派手な外見にはぴったりなのだが、少なくとも体格には合っていないだろう。

 どちらかといえば、キムのような体形の人間が力任せに振り回すのに向いているように思える。

 真ジルベールにはむしろ、やや細身の片手剣が向いているのではないだろうか。

 そう、いつも彼が腰に下げている、鷹の彫刻がある軍刀サーベルのような……。


両手剣グレートソードはね、『王者』の象徴なのよ」


 ユキは偉そうに胸を張った。

 そういうジェスチャーは自分の胸のサイズをわきまえてやってくれ。それでなくても狭いんだから。当たってるし。


「かの聖剣エクスカリバーの時代から、両手剣は王者の象徴なの。王が両手剣を天高く振りかざすだけで、兵士たちの士気は大いに高まり、敵軍は羊のように恐れおののくっ!」

「うおお、エクスカリバー……」


 冒険者を目指す者なら知らぬ者などいるはずもない聖剣の名に、キムは思わず顔をうっとりさせた。確かに、口にするだけで何かテンションが上がってくる名前だ。エクスカリバーエクスカリバー。


「だからね? 大公閣下の御曹司たるジル様が直接アレを振り回す必要なんてないの。陣深くで、アレを持ってどっしり座っているだけで、なんていうの、インパクトが違うわけなのよ」

「おお、なるほど……、そう言われれば、たしかに納得だわ」

「うーん……そうかな」


 僕が思わずつぶやくと、ユキがものすごい勢いで振り向いた。


「えっ?!」

「あ、いや。やっぱなんでも」


 やば、めんどくさそう。


「何よ、言いたいことあるなら言いなさいよねー!」

「いや、別にないんだけどさ、ただ、さ」

「ただ、何?」

「それってただ、自分がちっさいのを、でっかく見せてるだけなんじゃないの?」

「の、ののの……」

「ののの?」

「やばい、キム、ユキの口をふさいで」


 小首をかしげるキムに僕は慌てて指示を出した。


「~~~~~~~~~~~っ!!!」

 

 キムの分厚い手のひらで押さえられて、すんでのところで、ユキの「のわああああああああんですってぇぇぇぇぇ!!」という叫び声が講堂中に響かずにすんだ。


 ふぅ、危なかった。

 まったく、自分が言えって言ったんじゃないか……。

 僕がほっと胸をなでおろしていると、ふと、メルがこちらの顔を不思議そうにじっと見ていることに気付いた。


 何か、変な事言ったかな。


 その後も、ボイド教官の手から武器が発現すると、どよめきが起こることが幾度かあった。

 どよめきが一番多かったのは、なんとC組だった。

 まずは、なんといっても、メルだ。


「お、おいおいおいおい!! なんじゃありゃぁ!!」

 周りも気にせずキムが叫んだ。


「なんか刀身が青白く光っちゃってるよ?! ヤバいよヤバいよ、どう考えても普通の武器じゃないよアレ!!」

「すっごおおおい!!! メルってホントすごいのね!」

「おそろしい子ね……あれで男だったら、食べちゃいたいくらい」


 ルッ君とユキにバシバシ叩かれ、ジョセフィーヌから耳元でおぞましいことをささやかれ、僕はへろへろになりながらも壇上を見上げている。


 見る者を魅了するかのような、美しい刀身の長剣ロングソード

 灯りの少ない講堂にも関わらず、その刀身はまばゆいほどの光を反射している。

 

 刀身を覆い尽くす青白いオーラは、ルッ君が言う通り、それが普通の武器ではないことを物語っている。『魔法武器(マジックウェポン)』だ。


「この剣の名は青釭剣せいこうけんという。以前の所有者は、第13期卒業生主席、春香だ。おまえたち34期生の大先輩にあたる。先人に負けぬよう、日々の鍛錬を心がけるよう」

「はい」


 ボイド教官の訓示に一礼して、メルは無表情でその剣を受け取った。

 メルが鞘に刀身を収めると、青白い光もふっ、と鞘の中に消える。

 と同時に、講堂中を大きなどよめきと喝采が起こった。


「……」

 

 その時、なんとなく刺すような視線を感じて振り向いてみると、A組の真ジルベールがじっとこちらを見ていた。……なんだろう。


「え、えっと、なんですかね、コレ?」

「見てわからんのか? 盾だが」

「え、いや、そうなんですけど、あれ、武器とかじゃなくて、……コレ? うわっ、重っ!!」


 大型の盾を両手に乗せられてよろめくキムに、どっと笑い声が起こった。


「うわっ、痛っ!! な、なんだこれ、刃が付いるのか、これ」

「そうだ。それは鋼鉄でできている。気を付けろ、その辺のなまくらな剣よりよっぽど切れ味がいい」


 キムが授与されたのは、見るからに重そうな大型の盾だった。

 なんの塗装もない鋼鉄が放つギラついた光が、その耐久性の高さを物語っている。

 その盾の正面部分には、放射状に広がる稲妻型の突起が四方八方に付いていた。

 ただの飾りかと思ったが、どうやら違うらしい。

 それらの一本一本が刃になっているのだ。

 ……あんな盾で体当たりでもされたら、無事では済まなそうだ。


「なんていうか、アレ、キムにぴったりすぎじゃない?」

 

 キムの戦闘スタイルを知っているクラスメイトの誰もが、こくこくとうなずいた。

 納得をしていないのはキムと、キムの特性を知らずにげらげら笑っている他のクラスの生徒達だけだった。


 次に大きなどよめきが起こったのは、ミヤザワくんの時だった。


「ん、あれ、なんか出た?」


 てっきり、魔法使い用の両手杖でも出るのだろうと思っていた僕は、思わず目をこすった。


「なんか動いてないか? ほら、あれ。すっげーちっこいのが」

「うーん? うん? ううーん」


 キムに言われて僕はきょろきょり辺りを見回してみるが、やっぱりよくわからない。横で腕を組んでいるユキの胸の谷間が、ちょっとすごいことになっている。


「アホ、どこ見てんだ。あれだよあれ、ほら、あそこで飛んでるやつ」

「ああっ!」


 キムが指さす方向を見て、僕はやっと「それ」に気付いた。

 手のひらに乗るぐらいの大きさの、小さなトカゲ。

 だが、ただのトカゲではなくて、宙に浮いている。

 いや、何もせずに宙に浮いているわけではなくて、翼が生えていて……。

 ん? 翼が生えたトカゲ? それって……。


「ド、ドドド、 幼竜ドラゴンパピーじゃないっっっ!!!!????」

「え、えええーっ!!!!」


 ユキの叫び声で、講堂中に大きなどよめきが起こった。


希少種レアモンスターであるドラゴンの、それも子供だって?!」

「おいおいおい、そんなもん貰ってどうすんだよ?!」

「やだやだーカワイイ~~~!! ねぇねぇまつおさん、私もあれが欲・シ・イ!」

「オホン、これは厳密には、幼竜ドラゴンパピーではない」


 ボイド教官は、周囲のどよめきを制止するかのように言った。


「これは幻獣、すなわち、召喚魔法によって呼び出された精霊の一種である」

「召喚魔法……」


 たしか魔法講義で習った内容だ。

 この物質界とは違う次元があって、そこには「幻獣」と呼ばれる存在がいるのだと。

 召喚魔法とは、そうした幻獣を「物質世界の精霊」として呼び出す上位魔法なのだとかなんとか。


 まぁ、よくわからないけど、要するに、「すごいやつを呼び出す魔法」ってことだ。

 召喚魔法には他にも悪魔デーモンを呼び出す悪魔召喚士デーモンサマナーや死者を死霊として蘇らせて召喚することまで可能な死霊術師ネクロマンサーなど、多岐に渡るはずだけど、しかし……。


 僕は首を傾げた。

 召喚できるのは、発動者の集中力が維持できる、ごくわずかな間だけだと教わったような気がするんだけど……。


「魔法講義で習ったと思うが、召喚によって呼び出された幻獣の中には、この物質界を気に入り、精霊化したまま居残る連中がごくたまに、いる。その幻獣がまさにそうだ」


 おお、と小さなどよめきが起こる。

 きっと僕と同じで、「なんだかよくわからないけど、すごそう」って感じなんだろう。


「こ奴は今のままでは何の役にも立たぬ。だが、貴様の魔力が錬磨されていくにつれ、やがては強大な助けとなるであろう。すべては貴様次第。大切に育てるのだ」

「は、はいっ!!」

「キュルルル……」


 その幼竜型の幻獣は、ミヤザワくんの手のひらから腕を伝って肩に上り、彼の顔を見上げて一鳴きすると、すっと姿を消した。


「あ、あれっ、き、消えた?」

「実体化を解いただけだ。幻獣はもともと、こちらの世界の住人ではない故な。また気まぐれに現れるだろう」


 ボイド教官は静かに笑った。

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