第二十一章「若獅子祭」(13)

13


「フハハハハ!! 気でも狂ったか!! 自暴自棄になって自らの城を破壊するなど!」


 崩れ行くC組陣営の城に真ジルベールの嘲笑ちょうしょうが響き渡る。

 砦からの集中砲火による攻撃とは比べ物にならないほどの速度で、ガーディアンが城の城壁を破壊し尽くしていく。


「実に残念だよ、ベルゲングリューン伯。君が最後に残していた策というものが、まさかやぶれかぶれの自滅であったとはね」


 もはや勝利を確信したのか、真ジルベールの声が少しうわずっている。


「さて……、それはどうかな?」

「な……」

 

 破壊した城壁からヌッと顔を出したガーディアンと、その左手の上に乗った僕を見て、真ジルベールの表情が凍りついた。


「ほら、あちらがジルベール公爵閣下だよ。ちゃんと挨拶して」

「コンニチハ、ジルベール公爵カッカ」


 鋼鉄の巨人が、ぺこりと頭を下げた。

 その後ろで、完全に崩壊した城ががらがらと崩れ落ち、ただの瓦礫と化した。


「な、なぜだ!! なぜ城を落としたのにC組の敗北が確定しない?!」

「城だって? 誤解してもらっちゃ困るよ。これは城じゃないよ。ただの『ガーディアン置き場』だよ」


 僕は笑いをこらえきれずに言った。


「ど、どういうことだ?!」

「ニブい奴だなぁ……、こういうことだよ」


 僕はガーディアンに命じて、かつて城だった場所の後方に結んであるロープを引っ張らせた。

 人間だと到着まで2分はかかる場所だが、ガーディアンの歩幅なら数歩で到着する。

 ロープは網状のものと繋がっており、今まで隠されていたものが露わになる。


「西方辺境警備隊の漁師さんたちから網を借りてね、それに葉っぱをかぶせたやつで覆ってたから、森の一部に見えてただろ?」

「し……城……だと?!」

「そう。今まで君たちが森だと思っていた場所には森はない!! なぜなら!! ウチのクラスには爆炎のミヤザワがいるからだ! ふはははは!! あがめよー!! 爆炎のミヤザワがすべて焼き尽くしたのじゃー!!」

「爆炎……、よくわからん、何を言っている」

「ま、まぁようするに、森じゃなくて実はもう1つのお城であったのだ! 我らの旗はそっちに移しておいたのだ! わーっはっは!!」

「ふざけるな!! そ、そんなものが一夜で作れるはずが……」

「一から建てようと思えば何日もかかるけど、土台だけ作って、あらかじめ作っておいた部品を現地で組み立てれば一日で建設できるのさ。名付けてベルゲングリューン式部品組み立てモジュール工法だ」


 僕の妄想をリップマン子爵が形にして図面を書き、それを元に西部辺境警備隊の大工衆が部品を作り、壁塗り職人さんたちから教わった通りに、宴会の食べ残りの骨や貝殻から石灰を作り、土と一緒に燃やしたものを現地で砂利や砂、水と混ぜ合わせて壁を作った。

 ミヤザワくんによって焦土と化した一帯は燃え残りの煙も上がって高温であったため乾くのも早く、攻城兵器はともかく、即席で作った城壁にも関わらず剣や槍でおいそれと破壊できる強度ではない。


「っ――!! 鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュル、急ぎあの城を!!」

「もう遅い!!」


 ガーディアンが腕を一ぎすると、世界最強を誇る重装騎兵部隊がみるみるうちに壊滅していく。


「い、急ぎヤツの射程外に離れるんだ!!」

「そう、それが一番怖かったんだ。だから、コイツを出せば勝てるとわかっていても、君がどんな兵を温存しているかわかるまで、迂闊うかつに動かすわけにはいかなかった。強度十分とはいえ急造の城だ。射程外から兵になだれ込まれては困るからね」


 ガーディアンに鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルの掃討を命じながら僕は言った。

 右手を一振りするごとに、あれほど苦戦を強いられた重装騎兵があっけなく圧潰あっかいしていく。


「だけど、鈍重な重装騎兵部隊に逃げ道などない。ここまで誘い込まれた時点で、君たちの敗北は確定なんだ。ジルベール公爵」

「くっ!!! このような卑劣な手を使うとは……」

「ん? ちょっとよく聞こえなかったけど、卑劣? もしかして、今、君は僕のことを卑劣と言ったか?」


 僕は真ジルベールの姿を探しながら言った。


「君たち親子から卑劣なんて言われる僕の気持ちが……、ん、どうした? ジルベール公爵? どこに行ったんだ?」

「……スイマセン、踏ンヅケテシマッタヨウデス……」

「そ、そう」


 なんとも張り合いがなくなってしまい、僕は周囲を見渡して戦況を確認する。

 ……ああ、やっぱりすごい被害だなぁ。

 ガーディアンの手の上からだと、戦場全体がよく見渡せる。

 粉々に吹き飛んだ馬防柵に、横たわる槍兵たち。

 重装騎士アーマーナイト隊にグリムリーパー、E組生徒たち。


「すごいな、鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルの兵も結構倒れている」


 そうか、大陸最強の兵たちを相手に、C組はガーディアンがいなくてもここまで戦えたんだ。

 一瞬で決壊した鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルの残党をぷちぷちと制圧しながら、周囲を確認して……。

 横たわる彼を見つけた。


「トーマス!!」


 僕はガーディアンから飛び降りて、彼のもとに急いで駆け寄った。


「ベルゲングリューン伯……」

「待ってて、今すぐアリサを……」


 そう言う僕の肩を、トーマスの右手が掴んだ。

 ……ひどい傷だ。これではもう……。


「すごいよね、鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルって。大盾を突き破って突撃してきたんだ」

「……君はそれに立ち向かったんだぞ」

「そうさ。僕は大陸最強の重装騎兵相手に、一歩も退かなかったんだよ。すごくない?」


 僕の肩に手をのせたまま、トーマスが静かに笑う。


「ああ、すごい。僕ならおしっこちびってる」

「あはは。もしかしたら、僕もちびってるかも。あんまり……、感覚がない……けど」

「トーマス!!」

「ぼ、僕は君の役に立てたかな? 助けに……なれたかな……」


 どんどん声が弱々しくなっていくトーマスに、僕は涙がこみ上げてくるのを必死にこらえた。


「すごく助かった。君の助けがなかったら、僕たちは間違いなく負けていたよ」

「そうか……、勝ったんだ……。やっぱり、君は……すごいな……」

「トーマス……、そろそろ向こうに行くのかい?」

「そう……みたい」

「きっと向こうの世界に戻ったら、君は人気者だよ。誰かのマネをした君じゃない。みんな、素のままの君を大好きなんだ」

「そ、そうかな……、だとしたら……、うれしい、な」


 トーマスはにっこりと笑って、そのまま息を引き取った。


「トーマス……」


 これは召喚体だ。

 実際に死んでいなくなるわけじゃない。

 理屈ではわかってる。

 わかっているけど……。

 僕はどうしても、どんどんまぶたから溢れてきて、頬を伝う涙を止めることができなかった。


「よう」


 満足そうに横たわるトーマスの顔をしばらく見ていると、誰かが呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「しぶといなぁ、キムは」


 満身創痍。

 板金鎧プレートアーマーの胸元には大きな亀裂が入り、そこから血液が乾いた跡が生々しく残っている。


「オレだけじゃないぜ」


 キムが指差す後ろには。

 傷だらけの花京院。男の顔をしているジョセフィーヌ。いつもと変わらぬ様子の偽ジルベール。なぜか泥まみれのルッ君。それでなくても軽装な服が破けて鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルのマントを羽織っているユキ。銀色の髪をなびかせ、青釭剣せいこうけんの血を払って鞘に納めるメル。回復魔法を使いすぎてちょっと疲れた様子のアリサ。生き残った兵にあれこれ指示を出しているヴェンツェル。

 他にもC組生徒の何人かとE組生徒が、互いに助け合うようにして立っていた。


「なぁ、あのリョーマにタイマンで勝ったんだって?」


 ニヤニヤと笑いながら、キムが近づく。


「そう、信じられないでしょ」

「たしかに……」


 キムはそう言いながら、ガシッと僕の肩に腕を回した。


「でも、やったな!! スゲェじゃねぇかよ!!」

「痛い痛い、板金鎧プレートアーマーとか色々当たって痛い」


 そんな僕に構わず、キムが嬉しそうに大笑いした。


「あ〜ん、ズルい!! 私も交ざるぅ〜!!」


 ジョセフィーヌが反対側から僕の肩に腕を回してくる。


「うわっ、ジョセフィーヌ、あんだけ戦ってるのになんでそんないい匂いなの……逆に気持ち悪……うごっ」

「まったく、何やってるんだか……」

「フ……、小娘よ。そんなことを言いながら、貴様も交ざりたいのではないか?」

「……そうね、そうかも」


 いつもは偽ジルベールに食ってかかるユキが、めずらしく素直にうなずいた。


「ところで、ルッ君はなんでそんなに泥だらけなの?」


 和やかに笑い合う中、一人だけ泥まみれで全身真っ黒なルッ君に尋ねる。


「……言わなきゃダメか?」

「い、いや、言いたくないなら別にいいけど……」

「死んだふりしてたんだ」

「「「え?」」」


 肩を組んだ3人同時に声が出た。


「だから、川べりで死んだふりしてたんだよ! 鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルが出てきた時に!」

「ぷっ……ふふ……」

「あっはっはっはっは!!!」

「い、いや、ルッ君、それは正しい選択だと思うよ。ルッ君の装備と特性じゃあいつらとは相性が……ぷぷっ……」

「フォローするか笑うかどっちかにしてくれよ……」


 ルッ君が泥だらけのままそう言うもんだから、一同はさらに爆笑した。


「殿っ!!!!」

「若ぁーっ!!!!!」

「おお、ゾフィアにソリマチさん達も!無事だったんだね!」


 破砕した馬防柵の近くで、ゾフィアと西部辺境警備隊の生存者たちが手を振った。

 ゾフィアだけはそのまま、全速力でこっちに駆けてくる。


「殿ーっ!!!!!」

「い、いや、ちょっ……待っ」

「う、うわっ!!」

「チョ、チョット、ゾフィアちゃん待って!」


 感極まったゾフィアが助走をつけて飛び込んできたので、僕たちは肩を組んだまま後ろにぶっ倒れた。


「あ、やばい……、オレ今ので死んだかも……、召喚体終わるかも……」

「ア、アリサ、キムに回復魔法ヒールをお願い!」

「かまわないんだけど、今ヒールしたら私が死んじゃうかも……」

「あ、それはだめだ。キムごめん、死んでくれ」

「ひ、ひでぇ……、絶対死なない。意地でも死なないから。オレ」

「殿……。無事に帰ってきてくれると信じていたぞ……」

「ただいま、ゾフィア」

「……あのねゾフィアちゃん。二人でイチャこくならアタシから下りてからにしてもらえるかしら?」


 僕たちはクラスメイトや仲間たちと互いの無事を喜び合い、犠牲になった仲間たちに軽く黙祷しながら川へ向かう。

 不思議なもので、戦死したのが召喚体で、元の世界で今頃ピンピンして僕たちの帰りを待っているのだとわかっていても、祈りを捧げたい気持ちになってくる。


「それが信仰心の本質なのよ」


 アリサが言った。


「『亡くなってしまった人に祈りを捧げても意味はない』って思う人もいるでしょう?」

「うん」

「逆にあなたのように、召喚体にも祈りを捧げたいと思える人もいる」

「どっちがいいんだろ」

「どうかしらね。私はあなたの考え方の方が好きよ」

「そ、そう」


 ちょっと恥ずかしくなってそう言うと、アリサが藍色のショートボブを揺らしていたずらっぽく笑った。

 ……よかった、少し疲労回復できたみたいだ。 


「それで、リョーマにどうやってタイマンで勝ったんだ?」

「ルッ君、泥落とさないの?」

「いいから教えろよー。アイツめちゃくちゃ強いって聞いたぞ? ケンカの腕なら校内で一番って話だ」

「今じゃ二番だな」

「え、今の花京院が言ったの? キムじゃなくて?」


 僕がビックリして花京院を見た。


「な、なんだよ! オレがいくらアホでも、一番の次が二番ってことぐらいわかるぞ!」

「そ、そうだよね、ごめん」


 花京院のリアクションに一同が爆笑した。


「ゾフィアと、メルの技をパクったら勝てた」

「いやいや、パクったってお前……、そんな簡単にパクれるわけが……」

「本当よ」


 メルが真顔で、ルッ君に言った。


「ゾフィアがベルとの試合で使った技を完璧に再現していたわ」

「「「ベル……?」」」


 みんなが怪訝そうにメルを見て、それから僕を見た。


「私の剣技などメル殿の足元にも及ばない。私の本来の得物は弓だ。『耳』があれば、殿であれば一見で習得しても私は驚かない」

「いや、そこは驚いてよ。僕はたぶん二度とできる自信がない」

「それよりも、メル殿の剣技を使ったというのが驚きだ。あれはとても見様見真似で体得できるものではない」

「本当に使ってたわよ……、ボロボロになって動けないはずなのに、三段突きをズバババーって!」

「ま、まじかよ……、ど、どうやったんだ? コツとかあるのか?」

「うーん……、意識が朦朧としてて、よく覚えてないんだよね。ただ、閣下に言われた言葉を思い出した。剣だと思うなって。新しい右手なんだと思えって」

「どうだ、体得できたか?」


 偽ジルベールが僕に尋ねる。


「うーん、わかんないけど……。ちょっとできた気はする」

「そうか」


 偽ジルベールは満足したようにうなずいた。


「ところで、ヴェンツェルはさっきからなんでおとなしいの?」

「い、いや、なんというか……、君たちの空気に入っていける気がしなくて」


 ヴェンツェルが恥ずかしそうにうつむいた。


「あー! まだそんなこと言ってる!! ジョセフィーヌ、ヴェンツェルがまだ打ち解けられないって!」

「もうヤダー!! 今日はあんなに大活躍してたのにぃ!! ほーら、私が抱きしめてあげるから、こっちにいらっしゃ〜い!」

「うわっ、だ、大丈夫だ!! 遠慮するっ!!」

「んもう! そんなこと言わないのっ! C組のみんなはこの通過儀礼を済ませて仲良くなるんだ・か・ら!」

「し、信じないぞ!! う、うわっ、来るな! 来るな! うわああああ!!!」


 ジョセフィーヌに追いかけられて全力疾走するヴェンツェルを見て、僕らはお腹をかかえて爆笑した。



「ふぅ……」


 そのままにしていたD、F陣地の確保を終え、E組の生徒たちと別れの挨拶を済ませ、互いに固く握手を交わして旗を受け取り。

 C組陣営のみんながA組の砦の制圧に向かい。

 僕は一人で、A組の城をぼんやりと見上げていた。

 周りには誰もいない。

 この広大な戦場に残っているのは、ただ僕たちだけ。

 揺るぎない勝利を得た高揚感と同じぐらい感じる、なんとも言えない寂寥せきりょう感。

 それが祭りの終わりに感じる寂しさなのか、それとも戦争の虚しさというやつなのかはわからない。


 でも……。

 まだ終わりじゃない。


 背後から僕に近づいてくる、ゆっくりとした馬蹄ひづめの音。

 それが誰なのか、振り返らなくても僕にはわかった。


「……遅かったね。ジルベール公爵」

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