第二十四章「ヴァイリス魔法学院」(2)


「お、おい……本当に来たぞ……、今年の若獅子グン・シールの……」

「噂は本当だったのか……」


 僕たちがヴァイリス魔法学院のグラウンドに出ると、すでにたくさんの生徒たちが集まっていた。


「あの隣りにいるのは……、『軍師家ぐんしけローゼンミュラー』の当主だろ……」

「あいつも見たことあるぞ……爆炎のミヤザワ!!」

「またの名を炎の魔神イフリートミヤザワ!」

「若獅子祭の炎見たかよ……、後ろの森全部焼き尽くして、伝説の聖天馬騎士団を爆殺してたぞ……。あんなの、火球魔法ファイアーボールってレベルじゃねぇ……」

かたくなに火球魔法ファイアーボールだけにこだわる男……。一つの道にこだわるってカッコいいよな……」


 生徒たちのささやき声が聞こえてくる。

 やはり魔法学院の生徒は、魔法使い志望のミヤザワくんに興味があるようだ。


「僕、火球魔法ファイアーボールにこだわってるんじゃなくて、それしか使えないだけなんだけど……」

「ミヤザワくん、気にしたら負けだ。最初が肝心なんだ。ここはもう腹をくくって、みんなのイメージになりきるしかない」

「そんなふてぶてしい芸当ができるのは君だけだ……、ベル」


 ヴェンツェルが緊張した様子を隠せずに言った。


「それにしても、ベルゲングリューン伯は剣士だと思ったが……、魔法も使えるのか?」

君主ロードは万能職って言われているからな……、そこそこ使えるのかもしれん」

「お、おい、それよりベルゲングリューン伯のあの服はなんだ……なんか雰囲気すごすぎんか? 軍服っていうか……、どっかの元帥みたいな服だぞ、あれ」

「あんなの、普通に着てたら絶対浮くはずなのに……、見ろよ、あの堂々とした姿……」


(僕は帝国元帥、ベルンハルト・フォン・キルヒシュラーガー。寡黙な軍人だから、衆目など気にせず堂々と歩く。自分の服が浮いちゃってるとか気にしない。だって帝国軍人だもん)


「……」


 僕はざわめく周囲を気にすることなく、ただ前へと進む。


映像魔法スクリーンと違って、実際に見ると威圧感がすごいな……、帝国元帥みたいだぞ……」

「そういえば、ベルゲングリューン伯って若獅子祭の後、帝国元帥と勝負するためにジェルディク帝国まで武者修行に行ってきたって聞いたわよ……」

「そ、それで生きて帰ってきたってのか……あの、『生まれるのが遅すぎた龍王』と勝負して……」

「あの雰囲気も納得ね……」

「お、お前たち、それどころじゃないぞ! さっき教師たちが騒いでいるから聞き耳を立ててたんだが……、あいつのあの装備、なんと混沌と破壊の魔女アウローラの……」

「ええええええええっ!!!!」


(気にしない……気にしない……。ゾフィア、テレーゼ、パパはがんばっとるよ……)

「……」


 とりあえず、色々試してみた結果、町中まちなかでも学校でも、雰囲気さえちゃんと作っておけば、服装で笑われないということがわかった。

 やっぱり、服ってのは「なりきる気持ち」が大事なのかもしれない。

 流行りの服を着てても、ルッ君が着てるとなんか違和感あるもんな。


(おや?)


 そうやって歩いていると、どこかで見たことがある生徒がいた。

 銀色の長髪に、褐色の肌。

 胸元がざっくりと開いた、目のやり場に困る、森の狩人のような緑色の服。

 そうだ、たしかあの魔法使い用品専門店にいた店主のお孫さん。


「君はたしか……エレイン、だっけ」


 僕が話しかけると、エレインが無表情のままこちらを向いた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは」


 こんにちは、以外何も続かない会話に、僕は少し当惑した。


「おい……、ベルゲングリューン伯がエレインに声をかけているぞ」

「手が早いという噂は本当だったか……」

「まぁ、すごい美人だもんな……、気持ちはわかる。誰もが一度はアタックする」

「そして皆、玉砕する」

「ちょっと見てみようぜ……、あのベルゲングリューン伯が玉砕するところ、見てみたくないか?」

「……たしかに」

「あんたたち、悪趣味ねぇ……。まぁ、私もちょっと気になるけど」


 外野が何か言っていてちょっと居心地が悪いけど、僕は構わず会話を続けてみた。


「こないだジェルディク帝国のお店で会ったよね?」

「会った」


 驚くほどの無表情。

 最初はコミュニケーションを拒絶しているのかと思った。

 貴族連中はチャラいのが多いから、きっとたくさん声を掛けられているんだろう。


(でも、違う感じがするなぁ)


 ベルンハルト帝国元帥閣下と目だけでジェルディク風咖喱カリーを作った今なら、その瞳を見ればわかる。

 これは、コミュニケーションを拒絶している目じゃない。

 コミュニケーションできずに困っている目だ。


(もしかして……、人間の言葉が苦手なのかな?)


 僕は試しに、魔法伝達テレパシーでメッセージを送ってみた。


『もしかして、こっちの方が話しやすかったりする?』

『わー、すごい! あなた人間なのに魔法伝達テレパシーが上手なのね!』

『う、うん。このぐらいしか取り柄がないんだけどね』

『こんなとこで会えるなんてビックリ! あなたも講習受けてたのね。よろしくねー!!』

『こちらこそよろしく!』


 口数の少なさと表情でものすごいクールなイメージだったけど、魔法伝達テレパシーで会話をしてみるとめちゃくちゃ明るい、いい子だった。

 表情とのギャップがすごい……。


「お、おい……、何も話さずに見つめ合ってるぞ……」

「ちょ、ちょっと、展開早すぎない?!」


『おばあちゃん、怒ってなかった?』

『全然! すっごく上機嫌で、あなたのことを思い出してはくすくす笑っていたわよ! あんなに楽しそうなお祖母ばあ様を見たの、初めてかも!』

『ほんとに? よかった。もう出禁になっちゃったかと思ってたから』

『お祖母様のこと、老婆が化けてるのかって言ったんだって?』

『う、うん。その、ちょっと人間離れした美人だったから。……人間離れっていうかエルフだったんだけど』

『くすくす。お祖母様の言った通り、あなたって面白いのね!』


「なっ……、笑った……エレインが笑った……だと!?」

「と、溶かした……、目だけで……エレインの氷の心を溶かした……」

「あいつ、もしかして『魔眼』使いなのか……」

「そういえば、ベルゲングリューン伯の目を見てから、私ドキドキが止まらなくて……」

「おいおいマジかよ……」


『それじゃ、私は向こうの班だから、またね』

『うん、またね。エレイン』


 生徒たちがざわついているのをよそに、僕はエレインに手を振ってあいさつした。

 エレインもにっこり微笑んで去っていく。

 魔法伝達テレパシーでの会話のテンションよりすごく表情が乏しく感じるけど、これが彼女の個性なんだと思う。


「はい、みなさん、静かにしてください〜」


 グラウンドに集められた生徒たちはさまざまな条件でいくつかの班に分けられた。

 僕とヴェンツェル、ミヤザワくんは運良く同じ班。

 僕らの班を指導しているのは、ものすごく気弱そうな初老の先生だった。


「これから、みなさんの現在の魔法の実力をテストしたいと思います。その適性や魔法の系統、志望する方向性などから、今回の特別講習のカリキュラムを組んでいきます」


 なるほど。

 まずは実力を見せろってことか。


「番号を呼ばれた生徒は、所属する学校名と名前を名乗り、それからあそこにある目標に向けて何かを行ってください。基本的には攻撃になるでしょうが、その手段は何でもかまいません」


 初老の先生は目標を指差した。

 そこには、いわゆる軟体下級生物スライムを大きくしたような物体がぶよぶよとうごめいていた。


軟体下級生物スライムは投影魔法で作られたものでたいへん耐久力があり、自動再生能力もありますので、破壊の心配はありません。気にせず攻撃してください」


 先生は緊張しながらそこまで言って、額の汗をふきふきすると、言葉を続けた。


「それでは、番号を呼んでいきます」


 名前を呼ばれた生徒たちが自分の名前を名乗り、それぞれが得意な魔法を披露していく。

 火魔法、水魔法、氷魔法、雷魔法、土魔法、補助魔法など、そのバリエーションが豊富で、見ているだけでも飽きない。


「わー、みんなすごいなぁ」


 ミヤザワくんが緊張しながらも、感嘆の声を上げる。


「ミヤザワくんの火球魔法ファイアーボールだってすごいじゃない。自信を持って」

「う、うん」

「次、33番」

「あ、私だ。行ってくるぞ、ベル、ミヤザワくん」 

「うん、行ってらっしゃい」

「頑張ってね、ヴェンツェルくん」


 ヴェンツェルは右手に持った杖……、どちらかというと、スタッフというよりは指揮棒タクトのように細くて短い棒を握って、生徒たちの前に立った。


「33番、ヴェンツェル・フォン・ローゼンミュラー。始めます」


 ヴェンツェルは指揮棒タクト――と勝手に僕が命名した――を持ったまま詠唱を開始する。

 すると、同じ班の生徒たちに、魔法情報票インフォメーションのような映像が表示された。

 そこに、軟体下級生物スライムの名前や能力、弱点、倒した時に得られる素材など、さまざまな情報が表示される。


「終わりです」


 ヴェンツェルはぺこ、と頭を下げて、僕たちのところに戻ってきた。


「おつかれさま、ヴェンツェルくん。すごかったよ!」

「ありがとう、ミヤザワくん」

「すごい……、すごいけど……、なんか地味……」

「うるさい」


 僕がそう言うと、ヴェンツェルが肘で僕を小突いた。


「軍師らしい魔法だろう? 軍師が軍師らしくない魔法を使っているなら、その戦いはもう負けだ」

「そんなもんなのか……」


 ヴェンツェルにうまいこと言いくるめられた気がするけど、まぁいいか。


「34番」

「う、うわ、僕だ……どうしよう」


 おたおたするミヤザワくんのお尻を軽く叩いて、僕とヴェンツェルが送り出した。


「万物の根源に告ぐ、物質に束縛されし力を放ち、我のもとに収束せよ。ファイアーボールッ!!」


 何度も聞いてきた、ミヤザワくんの火球魔法ファイアーボールの詠唱。

 杖の先から勢いよく炎の玉がほとばしり……。


「ちょ、ちょっと火球がデカくなってない?」

「魔法はイメージの力が重要なんだ。きっと若獅子祭で爆炎のミヤザワと言われたことが、結果的に彼自身のイメージに繋がっているんだろう」

「す、すごい……そのうち、本当に爆炎のミヤザワになっちゃうかも」


 燃え上がる軟体下級生物スライムの姿に、生徒たちから感嘆の声が聞こえて、僕とヴェンツェルも誇らしい気持ちになった。


「35番」

「ふぅ……」


 僕は深く深呼吸をした。

 いよいよ、僕の番だ。


「35番」

「……」


 僕は静かに手を挙げ、悠然と立ち上がった。

 

「お、おい……、来たぞ……、ついにベルゲングリューン伯の番だ……」

「ご、ごくっ……、ど、どんな魔法を使ってくるんだ……」

「あいつの魔法情報票インフォメーション見てみろよ……」


(ん、魔法情報票インフォメーション?)


 生徒たちの言葉が聞こえて、僕はさりげなく自分の魔法情報票インフォメーションを見た。


 氏名:まつおさん・フォン・ベルゲングリューン

 爵位:伯爵

 称号:爆笑王

    買い物上手

    若獅子グン・シール

    暗黒卿殺しダークロードキラー

    混沌と破壊の魔女アウローラに愛されし者

 職業:士官候補生1年

    君主ロード



 混沌と破壊の魔女アウローラに愛されし者……。


(もうダメじゃん……。呪われてるの世間に公表しちゃってんじゃん……)


 僕はその場でガックリと膝をつきたくなるのを必死にこらえて、みんなの前に立った。


(もう、こうなったら、大魔導師ハイウィザードとしての道を歩むしかないな……)


 僕は少し、腹を括った。


「35番、まつおさん・フォン・ベルゲングリューン」


 僕が宣言すると、周囲の騒ぐ声が一層強くなった。


「どんな魔法を使うつもりなんだろうな……、火球魔法を使ったことがあるのはイグニア新聞で読んだけど……」

雷撃魔法サンダーボルトとか……、も、もしかして、範囲魔法の雷嵐魔法サンダーストームとか……」

「ふっ……、サンダーボルト? サンダーストーム? 実に面白い」

「げっ、聞かれてた……」


 生徒たちのざわめきを背中に感じながら、僕は前に出た。


「先生、手段はなんでもかまわないんですよね?」

「ベル……?」

「え? ああ、うんうん、かまわないよ」


 気弱そうな先生が、僕の質問にニコニコと答えた。


「ふふふ……それを聞いて安心しましたよ……」


 僕は不敵に笑いながら、小鳥遊たかなしを抜き放った。

 赤い光を放つ白銀の刀身が、ぎらりと日光を反射する。


「あ、あれが噂の……小鳥遊たかなし……。帝国元帥から贈られたという……」

暗黒卿ダークロードの首を、一撃でねたのよ……」

古代魔法金属ヒヒイロカネの武器をこの目で見られるとは……」

「あの剣を杖に使うというのか……」


 僕は手に持った小鳥遊をくるん、と一回転させると、深々と地面に突き立てた。

 そして両手を大きく広げて、詠唱を開始する。


「万物は流転るてんし……、輪廻りんねすれど、大宇宙のことわりを外れることあたわず……」


 僕が詠唱を開始すると、生徒や教師たちから一斉にどよめきが起こった。


「な、なんだこの詠唱は……、聞いたことがないぞ?!」

「い、いや、この構えと詠唱は……、も、もしかして……」

「大魔法だ……大魔法だよ……」


那由多なゆたの星々を束ねる遊び星……、そのあまねくきらめきをもって……」


 僕が詠唱を続けていくうちに、雲ひとつなかった青空に暗雲が立ち込めてきたかと思うと、雷鳴のとどろきと共に無数の稲妻が走る。


「せ、先生っ!! もしかしてまだあの生徒の話を聞いてないんですか?!」

「えっ……」


 他の班の教師が、慌てたようにこちらの班の気弱そうな教師の元に駆けつけた。

 ジルヴィア先生の注意喚起は、どうやらまだ気弱そうな先生には伝わっていなかったようだ。


「よく聞いてください。あの生徒はですね……」

「えっ……えええええっ?! さ、35番!! ちょ、ちょっと待……」



(ふふふ……だが、もう遅い)


 僕は魔法術式の完成を確認して、最後に魔法名を唱えた。


隕石群召喚魔法メテオストームッッッ!!!」

「メ、メテオストームだと――ッッ?!!」

「さ、最上位魔法の一つを……こ、こんな学生が……」


「ふはははははは!! 遠からん者は音に聞け!! 近くば寄って目にも見よ!! 大魔導師ハイウィザードまつおさんの爆誕じゃーい!!!!!」


 僕の魔法詠唱が終わるやいなや、天空から無数の隕石群が降り注……。

 ……がれることはなく。


 ガツッ!!!!


「い、いでっ!!! いっでぇぇぇぇぇっ!!!」


 空からこぶし大の石が1つだけ振ってきて、軟体下級生物スライムではなく、僕の頭に命中した。


「……」


 辺りが静寂に包まれる中、立ち込めていた暗雲は何事もなかったかのように晴れきった空へと戻り、頭に落ちてきた石の痛みに悶絶する僕の声だけがグラウンドに響き渡った。


「はぁうぅぅぅ、痛い……痛い……じんじんする……アリサ……、あ、いないんだった……」

「……」

「……ふぅ……」


 周囲が呆気に取られている中、痛みがようやくおさまった僕は気を取り直して生徒たちの方を向いて、言った。


「えっと、終わりです」

「……」

「……」

「……ふ……」

「「「「「「「「「ふざけんなー!!!!!!!」」」」」」」」」

「まぎらわしいんだよこの野郎!」

「オレの驚きと感動を返せ!!!」

「まじめにやれー!!」

「魔法学院ナメてんのかー!!」

「詠唱長いんだよ!! ずっとアホみたいに待ってたオレの気持ちがわかるか!」

「お前の次に発表するオレの身にもなれ!!」


 学校生活は最初の印象が肝心。

 最初からナメられないようにしないといけない。

 そんなことを考えていた僕の魔法学院の初日は、生徒たちの袋叩きにあって終了した。

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