第二十一章「若獅子祭」(6)


『こちらはアヴァロニア教皇庁直属の騎士団、聖天馬騎士団団長、ゴッドフリートである!! 全軍武器を捨て、速やかに投降せよ!』


 僕に魔法の槍を撃ち込んだ天馬騎士団ペガサスナイツ|の男が杖を振りかざすと、僕たち全員に魔法伝達テレパシーが飛び込んできた。


「おいおい……、若獅子祭で武装解除って、あいつら何言ってんだ……」


 困惑した表情のキムが僕の方を向いた。


「アヴァロニア教皇庁の騎士団が相手って……そんなのアリなわけ?!」


 ユキも驚いている。


『これはもはや若獅子祭ではない。そこの級長は卑劣な手段と甘言を用いて『聖女』アンナリーザをかどわかした罪により、教皇庁に連行、審問を行う!! 繰り返す。速やかに武装解除し、級長は直ちに教皇庁に出頭せよ!!』

『あーあー、てすてす』

『何……』

『聖天馬騎士団の皆さん聞こえますかー。こちら、あなた方の団長に無言で殺されかけた級長のベルゲングリューン伯ですが』


 僕の問いかけに、聖天馬騎士団が上空でどよめいた。


『き、貴様……、なぜ宝具なしで広域魔法伝達を使えるのだ……』


 とりあえず、これは時間稼ぎのチャンスだ。

 僕はさりげなくソリマチ隊長たちに目で合図を送って、大型弩砲バリスタの準備を急がせた。


『アリサ……アンナリーザはたしかにウチのクラスに編入してきましたけど、それってかどわかしたことになるんですか?』

『とぼけても無駄だ。貴様は帝国元帥の娘をめとっておきながら、聖女にまで色目を使い側室などと称していること、すでに教皇猊下げいかもお聞き及びだ!!』


 ……。

 ……。


 緊迫したはずの戦場を、なんともいえない沈黙が包んだ。

 お城に退避しているアリサがこっそり顔を出して、そっちに行こうか、と合図してきたので、全力で首を振った。

 それでなくてもややこしいのに、これ以上話を大きくしたくない。

 というか、心配そうな顔をしているけど、アリサの目が笑っている。


『……そんなアホみたいな話を、教皇猊下が信じたの?』

『貴様!! 教皇猊下を愚弄するかぁ!!!」

『いや、愚弄してるのはあんたでしょ』

『なんだと?!』

『仮にもお優しくて寛大で知られる教皇猊下が、そんな初等学校の噂話みたいな話を鵜呑みにして、こっちの事情もロクに聞かず、直属の兵を若獅子祭に差し向けるなんてありえないでしょ』

『猊下には猊下のお考えがあるのだ!』

『面白そうだから、行ってきていいよって言われたんじゃないの』

『き、貴様なぜそれをっ……』


 聖天馬騎士団団長、ゴッドフリートがあわてて口をつぐんだ。

 適当に言ったけど、まさか図星だったとは。

 どうせ真ジルベールあたりが大公に言って、それをゴッドフリート達が聞いて激怒。

 ゴッドフリートが事情を話して若獅子祭行ってきていいすか?って言って、面白がった教皇がいいよ、と言った。

 そんな感じだろうか。

 教皇がどんな人かしらないけど、なかなかの食わせ者らしい。


『だ、だが、我が教皇庁の密偵の調査によると、聖女が貴様の側室であることを認める発言を聞いたという生徒が複数いたのも事実!!』

『い、いや、それは……』

『なぜ聖女が側室なのだ!! 100歩譲って正室なら……、いや、それはそれで腹が立つけど』

『それは「側室の方がいい」ってアリサが』


 ふざけて言っただけ……と言おうとする前に、聖天馬騎士団の連中が大きくどよめいた。


『側室のほうがいい……? アリサ……?!』


 上空の聖天馬騎士団の連中から、凶々まがまがしいオーラのようなものが出ているような気がする。


「あ、あんた……バカじゃないの。教皇庁の直属部隊を怒らせてどうするの……」


 ユキが半泣きになって僕にツッコんだ。

(も、もう、こうなったら仕方がない。怒らせちゃったならとことん怒らせるしかない)


『アリサは言ってたよ。教会でお布施をたくさんいただいても、ほとんど教皇庁に持っていかれちゃうって。つまり、アリサは教皇庁にとってお得意様なわけ。そんなアリサが僕といちゃいちゃしていようと、教皇猊下がお咎めになるわけがないんだよ』

『い、いちゃいちゃ……』


 聖天馬騎士団がざわざわしはじめた。

 ソリマチ隊長の方を向くと、「まだ!もうちょい!」みたいな顔をしている。



「ごめんアリサ、巻き込んで申し訳ないんだけど、ちょっと来てくれるかな?」


 僕が伝えると、アリサがにこにこ笑いながらこちらにやってきた。

 「聖女」の登場に、聖天馬騎士団から大きなどよめきが起こる。


「もうちょっとだけ時間を稼ぎたいんだ。手伝ってもらっていい?」

「もちろんよ」


 アリサはにっこり笑った。


「じゃ、手をつないでもらっていい?」


 そう言って、僕は手を差し出す。


「いーや!」


 アリサは僕と手をつなぐのを断ったかと思うと、まるで恋人のように、僕の腕ごとしがみついてきた。


「こっちのほうがいいでしょ?」

「な……っ」

「な……っ」

『な……っ』


 アリサの悪ノリに、メルとユキと、聖天馬騎士団が反応する。

 ショックのあまり、聖天馬騎士の一人がふらふらと墜落して川に落ちた。


「あんたたち……、これがヴァイリス王国中の人たちに見られてるってこと、忘れてない?」


 ユキの言葉に、僕は慌てて身体を離そうとするけど、アリサがガッチリ腕をホールドして離さない。

 柑橘系のいい香りが僕の鼻孔をくすぐって、もうなんか後のことを考えるのがバカらしくなってきた。


『我らが聖天馬騎士団が戦場に降り立ったのは今から300年以上も前のことだ……』


 怒りに震える声で、聖天馬騎士団長ゴッドフリートが語り始める。


『それは、ヴァイリス王国の騎士から『聖女』が生まれたからだ。我ら聖天馬騎士団は聖女を陰ながらお護りすることだけを教皇猊下から命じられ、代々その任を果たしてきたのだ……』


「なんだって。知ってた?」

「知らなかった。『子供の頃にお馬さんが飛んでるー』ってお母さんに言ったことならあったけど」

『なるほど、陰ながらストーカーしてたファンクラブって感じかな』


 僕の言葉に、C組陣営からどっと笑いが起こるが、ゴッドフリートは鋼の忍耐力でその屈辱を我慢して、言葉を続けた。


『貴様の言うとおり、私たちは貴様を憎むあまり、快く若獅子祭への参加をお許しになられた教皇猊下のご威光を利用してしまった。聖職者として恥ずべき行いであったことを認めよう。審問もせぬ』

『おお、潔癖だ』


 僕は素直に感心した。

 教皇庁っていうと、適当な言いがかりをつけて異端審問官に連れて行かれて火あぶりにされるようなイメージを勝手に持っていた。


『だが、聖女をたぶらかした貴様を我々は許すわけにはいかぬ。よって、ここからは我々も若獅子祭のB組参加者として、貴様らと雌雄を決するものとする!』


 僕はソリマチ隊長をちら、と見た。

 半泣きになりそうな顔で、まだ、あとちょっとだけ、とジェスチャーをしていた。


『さぁ、行くぞ!! 正々堂々と勝負せよ!!」

『ばっかじゃないの』


 ゴッドフリートの宣言に水を差すように、僕は言った。


『……なんだと?』

『正々堂々と戦うわけないじゃん』


 僕はハッキリ宣言した。


『教皇庁秘蔵の精鋭騎士が学生に正々堂々と戦えって、もうそれ正々堂々じゃないじゃん。卑怯じゃん』

『そ、それは……』

『それで負けたら、あいつら卑怯だべとか言うんでしょ。そんなものを正々堂々って言うのなら、あんたらは卑怯のかたまりだ』

『ひ、卑怯のかたまり……』


 ソリマチ隊長、まだかな……。

 あ、親指を立てた。

 よし!!


『僕たちが正々堂々と戦うわけないじゃん、ねー、アリサ』

「ねー」


 僕が腕を組んだアリサに問いかけると、アリサもそれに答えた。


『ぶちっ』


 何かが切れるような音が聞こえた。


『もう許さぬ……、早く聖女を退避させよ……、貴様らすべて、一片の慈悲も容赦もなく殲滅し尽くしてくれるわ……っ!! 全軍、進撃用意!!!』


 闘志に燃えた聖天馬騎士たちが手綱を引くと、天馬ペガサスたちが一斉に高らかにいなないた。


「みんな!! 来るぞ!!! 作戦通りにいくよ!! とっつぁんは大型弩砲バリスタの指揮をよろしく!! ミヤザワくんは詠唱開始!!」

つるを巻けーい!!! つがえーい!!! 狙えーい!!!!!」

「万物の根源に告ぐ……」


 聖天馬騎士団がすさまじい勢いで急降下し、本陣めがけて魔法の槍を繰り出そうとする。

 その瞬間。


「撃てぇぇぇぇぇぇぇい!!!!!」


 ッッッッッッッッヒュン――ッッ!!!!

 ヒュン――ッッ!!!!

 ヒュン――ッッ!!!!


 大型弩砲バリスタの弦から勢いよく放たれた極太の矢が上空で急降下を始める聖天馬騎士に命中し……。


『この程度の木矢で我らを貫こうなどと、笑止千万!!』


 聖天馬騎士団たちは速度を落として盾を構え、飛来する大型弩砲バリスタをことごとく払い落とした。


「む、無傷……だと?」


 キムが小さくうめいた。

 

「いや、大丈夫」


 払い落とした木矢に結びつけていた袋が破裂して、透明の飛沫しぶきのようなものが飛散したのを確認して、僕は言った。


「次弾装填!!!! 魔法槍がくるぞッ!!! 盾部隊は援護!!」


 シュン――ッ!!!!!!!!

 シュン――ッ!!!!!!!!

 シュンッシュン――ッ!!!!!!!!

 

 聖天馬騎士団が上空から放った光の槍が流星のごとく本陣に降り注いでくる。


「ぐあああああっ!!!!!」


 木製の円盾バックラーを装備していたC組生徒の盾ごと魔法槍が腕を貫通し、絶叫が自陣に響き渡った。


「ケガした奴は城に運んでアリサの治療を受けろ! 控えの盾持ちは交代して大型弩砲バリスタを守れ!!」

「まっちゃん、危ないッ!!」


 ユキが僕に飛びついて、一緒に倒れ込む。

 そのさっきまで僕が立っていた場所に、深々と魔法槍が突き刺さった。


「……ふぅ、ありがと」

「……まったく、気をつけなさいよ。アンタが倒れたらウチは終わりなんだからね」


 そうだ。

 まだ倒れるわけにはいかない。

 ユキの柔らかい感触にそのまま身を委ねたくなる気持ちをぐっとこらえて、僕は立ち上がった。


「伯爵様!!次弾発射準備完了じゃ!!!」

「撃てェー!!!!!」

「撃てぇぇぇぇぇぇい!!!」


『愚かな!! 効かぬと言っておろうが!!』


 聖天馬騎士団たちが飛来する木矢を次々と払い落とすと、今度は木矢についた袋から白い粉や黒い粉が大量に噴き出した。

 聖天馬騎士団が対空する周辺を、白と黒の粉末がまるで煙幕のように包み込む。


『ご、ごほっ……なんだ……これは……、小麦……黒いのは……なんだ……?』


 僕はニヤリと笑った。

 装備品や携行品、運搬や工具以外の金属の持ち込みは禁止だったけど、鍛冶屋さんで大量に貰ってきた研ぎカスの鉄粉は、教官たちは変な顔をしただけで持ち込みを許可してくれた。


「今だ!! ミヤザワくん!!!」

「ッッ!! ファイアーボール!!!!!」


 ミヤザワくんが杖を振りかざすと、今までで見た中で一番大きな火球が杖の先からほとばしり、上空の聖天馬騎士団に向かって飛び出していく。


『わはははは! 火球魔法ファイアーボールだと?! 大陸最高の魔法防御を誇る我ら聖天馬騎士団に、そのような初級……』


 ボガァァァァァァァァン――ッッ!!!!


 聖天馬騎士団団長の声は、すさまじい爆発と共にかき消えた。


「ば、爆発……?」


 ミヤザワくんが口をパクパクさせてこっちを見る。

 爆発で聖天馬騎士団長を含む中核部隊が一瞬で壊滅し、その他の隊員にもみるみる炎が燃え広がっていく。


「ば、爆炎のミヤザワ……」

炎の魔神イフリートミヤザワ……」


 クラスメイトたちから畏怖の声が上がる。


粉塵爆発ふんじんばくはつ……。それに、初弾で油を撒いておいたのね……?」

「僕はね、メル。ちゃんと授業は聞いているんだよ。能力が低いだけで」


 驚いたメルに、僕はにっこり笑った。

 非常に微細な粉塵は、体積に対する表面積が大きく、酸素が十分にあれば燃焼反応に

敏感になり、火気があれば爆発を起こす。


 火球魔法ファイアーボール自体は魔法エネルギーだけど、粉塵爆発は爆発エネルギーだし、油がそれに引火した炎も魔法防御では防げない。


「空の上だし上手くいくか自信なかったんだけど、急降下してくれていたから助かったよ。まぁ、ダメでも目くらましぐらいにはなるかなって」

「あんたって相変わらず、無茶苦茶なことを考えるわね……」

「すげぇぇぇぇ!! フンジンバクハツっていうのか!! ちなみにフンってのはうんことは何か関係が……」

「「ないわよ」」


 花京院にメルとユキが同時に答えた。


「アンタの部屋も掃除しないと、そのうち粉塵爆発しちゃうワよ?」


 ジョセフィーヌが言って、C組陣営に笑いが起こる。

 その間にも油と粉塵によるバリスタ攻撃と爆炎のミヤザワのファイアーボールで追撃を続けると、団長を失った聖天馬騎士団がバリスタの射程外まで後退した。


「あのまま撤退してくれるといいのだけれど……」


 上空を見上げながらメルが言った。


「残念ながら、それはないだろうね。メンツもある。体勢を立て直して、きっとバリスタが届かないような上空から魔法槍を撃ってくるだろう」

「……どうするんだ? 他に打つ手は考えてあるんだろ?」


 キムの問いに、僕はきっぱりと答える。


「ない」

「は?」

「打つ手なんてあるわけないだろ。こんな連中が来るなんて考えもしなかったんだから」

「い、いやいや、じゃ、どーすんだよアレ!!」

「……大丈夫、時間は十分稼いだはずだ」


 僕は単身でB組の敵陣に向かった友人のことを考える。


「ルッ君が、きっとなんとかしてくれる」

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