第二十一章「若獅子祭」(5)


『ベルゲングリューン伯!! 聞こえるか?!』


 D組級長アデール討伐を確認した直後に、突然魔法伝達テレパシーが入った。


『ヴェンツェル!? 魔法伝達テレパシー使えたんだ』

『ああ。傍受の恐れがあるから、むやみに使わないようにしている』

『さすがだね』


 僕も同じだった。

 ユリーシャ王女殿下と出会った時、王女殿下が僕と冒険者ギルドのソフィアさんの魔法伝達テレパシーを傍受できるのを知ってからは、傍受できる人がいるのだという前提で使うようにしていた。


『だが、今はそれどころではない。こちらの上空で、天馬騎士団ペガサスナイツを確認した! こちらに向かってくるぞ!!』

天馬騎士団ペガサスナイツだって!?』


 僕は思わず大声を出した。


『実在したの!?』

『私も驚いた。天馬ペガサスという幻獣の存在は確認していたが、それを使役して戦っていたとされるのは300年以上前のことだ。おとぎ話の類だと思っていたが……』


 おとぎ話の存在だと思っていた天馬騎士団ペガサスナイツが実在して、こちらに向かってやってくる。

 ズルいぞそんなの!!

 そんなこと予想できるわけがないじゃないか……。


『まずいな……、空を飛べるなら……』

『ああ。川を渡る必要すらない。一気にこちらに襲撃しに来るぞ!!」

『B組かな?』

『私もそう思う。王族に近い上級貴族のコネクションでもなければ天馬騎士団ペガサスナイツは使えまいが、おそらく協力を条件にジルベール公爵が手回ししたのだろう』

『B組も、もう少し手を抜いてくれてもいいのに……』

『A組に貢献すれば上級貴族とのつながりも深くなり、家格を引き上げられる。貢献しなければ逆もありうる。奴らとて必死だ』

『とりあえず了解。作戦は続行。念の為身を隠しておいて』

『了解した』


 ヴェンツェルとの会話を追えた僕は、急いで通信を切り替えて、指輪を額にかざして遠見の魔法を使った。


『とっつぁん、そっちはどう?!』

「おわっ、伯爵様か!! 心臓に悪いわい……」

『緊急事態が発生したんだ、時間がない。悪いけどそっちの状況報告を5秒でお願い』

「組み立て作業はあらかた終わっちょる。これから偽装用の葉っぱの網をはるとこじゃ」

『それ急がせて。まもなく敵が来る。とっつぁん、大工衆に作らせた大型弩砲バリスタは配備できてないよね?』

「あのバカでかい弓かいね? すまんなぁ、まだ使わんじゃろ思うてバラしたままになっちょうわ」

『だよね。僕もそう思ってた。でも大至急必要になった。とっつぁんは大工衆を引き連れて大型弩砲バリスタの組み立てと設置を急いでほしい。正直、大ピンチだ』


 僕はそこまで伝えると、他のメンバーに遠隔魔法テレパシーを飛ばした。


『今から敵襲が来るよ!! みんながパニックになる前に言っておくけど、なんと伝説の天馬騎士団ペガサスナイツが上空から僕たちの陣をめがけてやってくる。正直言って想定外。おしっこちびっちゃいそう』


 僕は自分の心境を正直に語る。

 部下に動揺を見せないのが指揮官の役割って偽ジルベールが貸してくれた本に書いてあったけど、こういう場合は素直に心情を吐露したほうが安心してくれそうな気がした。


『とりあえず全員、すべての作業を中断して、急いでお城まで戻ってきてくれ。最優先事項だ』


 僕が指示を飛ばし終わった頃には、もう上空を飛来する天馬ペガサスの一団が視認できた。

 

「あれが、天馬騎士団ペガサスナイツか……」


 雲の分け目から差し込む陽光を背に、純白の翼を持つ馬に乗った騎士の集団が天を駆ける。

 その勇姿はあまりにも神々しく、まるで天からの使徒のようだ。


「あれを撃ち落としたら、まるで僕たちが悪者みたいじゃないか……」


 僕がげんなりしながらつぶやくと、仲間たちの声が聞こえてきた。


「伯爵様〜!! な、なんじゃアレは……!!!」

「おいおいおい、若獅子祭ってなんでもアリなのかよ……」

「そんなわけないでしょ! 天馬騎士団ペガサスナイツが参加するなんて、若獅子祭34回で初めてよ!!」


 上空の天馬騎士団ペガサスナイツを見て、仲間たちがどよめいている。

 でもよかった。思ったほど混乱はしていないようだ。

 おっつぁん達が作ってくれた演説台に乗って、僕は集まったみんなに語りかけた。


「そんなわけで、天馬騎士団ペガサスナイツがやってくる」


 これっぽっちも余裕はないんだけど、わざとのんびりした口調で僕は言った。


「まったくご苦労なことに、貴族のおぼっちゃん方はこんな落ちこぼれクラスのアホ共を相手にするのに、伝説の騎士団を持ち出さなきゃ勝てないらしい」

「落ちこぼれクラス一番の落ちこぼれがなんか言ってるぞー!」

「負け惜しみっぽいぞー!」

「お前も今は貴族だろー! いつまでも平民ぶってんじゃねぇぞー!」


 クラスメイトたちのヤジが飛んで、こんな非常時だというのにどっと笑いが起こった。


「この中で、天馬騎士団ペガサスナイツ相手に名誉ある勝負を挑みたいって思う人はいる?」


 誰も手を挙げない。

 花京院がちょっと挙げようとしたけど、周りの誰も挙げないのを見て手をひっこめた。


「よかった。どうやら僕はクラスメイトと兵士さんに恵まれたらしい」


 僕は言った。


「上空の天馬騎士団ペガサスナイツに剣も槍も届かない。弓も届かず、伝説によれば上空から魔法の槍をばんばん撃ってくるらしい」

「おいおいマジかよ……そんなの絶対勝てないじゃないか」


 キムの言葉に、ぼくはうなずいた。


「そこで、コイツの出番だ」


 僕はソリマチ隊長が運んできた一台の大型弩砲バリスタを指した。

 巨大な弓の弦を、側面のハンドルを回して引いて極太の矢を放つ兵器。

 本来は攻城兵器として用いられるような代物だ。


「使うとしても試合後半かなと思っていたので、まだ組み立ててなかったんだ。D組が早期に奇襲をかけてきて破壊されちゃったら元も子もないからね」

「組み立て式大型弩砲バリスタ……、こんなの初めて見たわ……」


 メルがつぶやいた。


「すごいよね。西部辺境警備隊の大工衆に作ってもらったんだ。金属は一切使ってないから、持ち込み申請も通ったよ」


 僕はメルにウィンクした。


「今、大工衆にこれと同じのを大急ぎで組み立てて設置してもらってる。……この中で弓使いは何人いる?」


 生徒と兵士から、ちらほらと手が上がった。


「12、13人ってとこだね。大型弩砲バリスタもそのぐらいしかないからちょうどいい。君たちは大型弩砲バリスタの扱い方を教わって天馬騎士団ペガサスナイツを迎撃するんだ。花京院、ジョセフィーヌ、あと盾持ちの人は彼らを守るんだ」

「「「「わかった」」」」

「まかせてぇん!」

「ミヤザワくんは大型弩砲バリスタ部隊に混じってペガサスナイツを迎撃」

「ちょっと待って。天馬騎士団ペガサスナイツの魔法防御は大陸最強よ? 火球魔法ファイアーボールじゃ効かないと思うけど……」


 ユキの言葉に、僕はうなずいた。


「魔法は無効化されるだろう。でも、炎が効かないわけじゃない」

「ううん、ファイアーボールは炎属性だけど、厳密には魔法エネルギーだから、魔法防御が高い相手には効かないんだよ」


 ミヤザワくんが言った。


「まぁまぁ、僕を信じて。ミヤザワくんは天馬騎士団ペガサスナイツに当てるんじゃなくて、バリスタ部隊が射出した矢に当てるぐらいの気持ちで撃ってみて」

「わ、わかった」

「キムはなんとしてもミヤザワくんを守って。彼がこの作戦の肝だ」

「任せろ」


 キムはうなずいた。


「アリサは絶対城から出ないで。君にケガされると困る」

「もっと別の場所で聞きたいセリフね」


 アリサがくすりと笑った。


「盾持ちの余剰メンバーは負傷したメンバーを運んでアリサに回復魔法ヒールしてもらって。いいね? 必ず回復魔法ヒールしてもらいに行くんだ。彼女がやられたらウチのクラスには回復役がいない。くれぐれも『衛生兵メディック!!』とか言って彼女に戦場をうろうろさせないように」

天馬騎士団ペガサスナイツ、来るぞ!!!!」


 キムが叫んだ。


「盾部隊は設置途中の大型弩砲バリスタを守れ!!! それ以外の者はすぐに城の中に入るんだ!!」


 シュン――ッ!!!!!!!!


 その瞬間、天馬騎士団ペガサスナイツがいる上空でキラリと何かが光ったかと思うと、青白い魔法の槍がすさまじい勢いで僕を目掛けて飛んできた。


「うわっ、そこから届くのか!?」


 魔法の槍の先端が僕の心臓を確実に捉えている。

 もはや回避も間に合わない。 

 僕は死を予感する。


「ッッ――!!!」


 そんな僕の前に、誰かが立ちふさがった。

 風にそよぐ美しい銀髪と銀縁シルバーフレームの眼鏡の奥に光る、瑠璃色ラピスラズリの燃えるような瞳……。


「メ、メルッ?!」


 ギィィィィン――ッッ!!!!


「メルッ!!!」

「言ったでしょ……、あなたを守るって……」


 強烈な衝撃に眉をしかめながら、メルは白銀に紺の瀟洒な模様が入った盾で魔法の槍を受け止めた。

 メルは元々、動きの邪魔になると言って盾を好まなかったんだけど、最近は何か思うところがあったのか、僕と同行する時は盾を使うようになっている。


 戦乙女ヴァルキリー騎士団だって?

 D組が使っていた兵士たちを思い出して、僕は苦笑した。

 本当の戦乙女ヴァルキリーは目の前にいる彼女しかいない。


「すごい威力ね……。長くは保たないわよ」


 慣性を失った魔法の槍が消滅してからも、衝撃の余韻でメルはしばらく動けない。


「メル」

「なぁに」

「戦ってる時のメル、すごくかっこいい」

「そう」


 メルは少し顔を赤くして、盾を構えたまま、銀縁シルバーフレームの眼鏡を右手で押し上げた。

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