第七章「魔法伝達」

「ちょっと、まっちゃん!まっちゃん!!」


 どうせ身にならない魔法講習をサボって、朝っぱらから食堂で早めの昼ごはんと洒落しゃれ込んでいると、ユキがものすごい勢いで駆け込んできた。

 僕は何も悪いことをしてないと思うんだけど、ものすごい勢いで爆乳が揺れているのを見ると、なんだか申し訳ない気持ちになって僕は目をそらして食事を続けた。


 あれで走力はルッ君に匹敵するんだもんな。もしかしたら凌駕しているかもしれない。

 あの胸だけで男子と比べてすごいハンデだろうから、ユキの身体能力はすごいんだと思う。


 (痛くならないのかな……)


 ちょっと気になるけど、きっと子供の頃から程度の低い男たちに似たようなことを言われてウンザリしているだろうから、僕は言わないでおこう。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「……あのさ」


 シチュー皿をかばうようにしながら、僕はユキを見上げた。


「用事があるのはわかったけど、ちょっと手前で減速してくれよ。シチューにホコリが入っちゃうだろ」

「午前の授業バックレといて優雅なこと言ってるんじゃないわよ! いや、そんなことより、あんた! これ!!」


 ユキがしわしわになった羊皮紙を掴んで、僕のテーブルの上にバン、と置いた。

 何かと思って覗いてみれば……前に僕から奪い取った、二度と見たくない成績表だ。


「……全速力で走ってきて、食事中に一番見たくないものを僕に見せる、か。なるほど、新しいね」


 僕はそれだけ言って子羊肉のシチューを口に運んだ。

 成績表にある通り、僕には剣も魔法の才能もない上にバイトまでしているから、食事の質は下級貴族並に上々である。


「そうじゃないのよ! あんた、二枚目、見た?!」

「二枚目? 僕のこと?」

「あんたのどこが二枚目だってのよ! 成績表の二枚目!!」

「ひどくない? 冒険者ギルドに来る農家のおばあちゃんが言ってくれたよ、あんたは二枚目だねぇって」

「そんなもんお世辞か目が悪くなってるに決まってるでしょ! そんなことより、成績表の二枚目を見たのかって聞いてんの!!」

「近い近い!! ツバがシチューに入るから!」


 成績表の二枚目?

 そんなの、あったっけ。


 格闘技講習……評価 C センス無し

 剣技講習………評価 B-、中の下。スジは悪くないが、筋力不足

 槍技講習………評価 C、筋力不足。

 斧技講習………評価 D、すっぽ抜けて教官が負傷。

 弓技講習………評価 E、味方に当たるから使用禁止。

 魔法講習………評価×、そもそも評価の基準に達しない。

 神官講習………評価 B-、素質は多少感じられるが、信仰心が足りない。神をナメてる。


 トラップ解除講習……評価 E、知らない宝箱には絶対に触るな。

 鍛冶技術講習……評価 E、集中力が足りない。

 薬草調合講習……評価 C、理論は正しく理解できているが、まったく違うものができる。



 「すっぽ抜けて教官が負傷」あたりで読むのをやめてくしゃくしゃに丸めたから気が付かなかったけど、もしかしたら二枚目があったんだろうか。


「二枚目があったのよ! あんたの汁かなんかで、ぺりぺりにくっついてたのよ!!」

「僕の汁って何?! 何の汁だよ!」

「そんなことはいいから、ほら、これを見て!!」


 ユキはテーブルに置いた羊皮紙の二枚目を僕に突きつけた。


  魔法講習補足:

  唯一、魔法伝達テレパシーの技術に関しては例外的に傑出。

  一度に多数の人間に同時に交信を行うという、大魔法クラスの特異能力ユニークスキルを所持。

  魔法学の観点からは評価できないが、この特異能力のみ、評価Sとする。


「ほ、ほあああ」


 僕はシチューをすくったスプーンをお皿に落とした。


「ね、それ、ちょっと食べてもいい?」


 そう言われれば、実地訓練の時からおかしいとは思っていたんだよね。

 みんな、教官の魔法伝達テレパシーが頭にガンガン響く中で、よくゴブリン達と戦えるもんだなって。 


 でも、本当にそんなの使えるのかな?

 魔法伝達テレパシーなんて、使ったことないんだけど……。


『わっ!バカ!! 全部食うやつがあるか!!』

「きゃっ!! び、びっくりしたぁ!! ちょ、ちょっと! いきなり使わないでよ!」


 ユキの反応に、僕はぽかんとしてしまった。

 魔法伝達テレパシーを意識してたから、つい無意識に発動してしまったらしい。


 あ、そんな簡単にできるんだ。

 でも、『一度に多数の人間に同時に交信を行う』だって……?

 そんなことが本当にできるのかな……。


 僕はまだ何かぎゃーぎゃー騒いでいるユキを放置して目をつぶり、深く意識を集中した。

 キムやメル、ルッ君やミヤザワくん、花京院やジョセフィーヌ、偽ジルベールらクラスメイトの顔を思い浮かべて……。


『あ、あーあー、てすてす……』

『これでいいのかな』

『これ聴こえてるのかな』

『わたしは精霊です……。あなたの心に直接語りかけています……。わたしの声がきこえますか……』

『はっ』

『かっ』

『たっ』

『のっ』

『しおしおしおしおしお……(残響音含む)』



「うーん、やっぱりダメそうだな」

「なにがよ」

「一度に多数に交信を行うってやつ。やってみたけど、届かないっぽい」

「まぁ、素質があるってだけなんじゃない? それでも十分すごいと思うけど」

「そう?」

「うん、よかったじゃん」

「……なんかユキ、優しくない? シチュー食った罪滅ぼし?」

「いやほら、他の成績があまりにもひどいし、ちょっと本気でかわいそうだと思ってたから」

「……級友をあわれむなよ……」


 授業終了を知らせる鐘の音がゴーン、ゴーンと鳴り、周囲に生徒たちの喧騒が広がっていく。

 サボってない生徒にとっては、今からが昼休みだ。

 と、その時……。


「まつおさんてめぇこの野郎、どこだー!! どこに行った!!!」

「授業中になんてことしやがる!!!」

「もう!!悲鳴を上げて先生に怒られちゃったじゃナイ!」

「『はかたのしお』ってなんだよ!!!」


 Cクラス生徒の怨嗟えんさの声が周囲に響き渡った。

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