第三部 第一章「ヤクザとトンネル」(2)


 ノームたちによると、どうやら地底王国であるノーム王国はある日、突如として発生した凶悪なモンスターたちに占拠されてしまい、彼らは地中深くにある祖国の土地を捨ててトンネル生活を余儀なくされたらしい。


「もともとワシらはドワーフみたいな野蛮な連中とちごうてケンカは得意やないねんけどな……。あんなバケモン相手やったら、誰かて無理やと思うわ」

「そんなに凶悪なモンスターなんだ?」


 僕が尋ねると、ヒゲもじゃのユキイ爺さんも他のノームも一斉にうなずいた。


「凶悪なんてもんやないで。凶暴やし狡猾こうかつやし、おまけにぎょうさんおるからまったく手に負えへん。あんたらも知っとるんとちゃうか? ゴブリンちゅう、おっとろしいバケモンやねんけど……」

「「「「「えっ」」」」」


 僕たちは思わず声に出してしまった。


「ゴブリンって……あのゴブリン? 緑色の肌で洞窟とかを根城にする……」

「そうや。獣みたいにギャーギャー言うて話は通じんクセに、知能が高い上に獣より強い。まったくもっておっとろしい連中やで……」

「ぷっ、ゴブリンが凶悪って、マジかよ……。あんなの、魔物モンスターの中では一番弱……むぐぐっ!!」


 それ以上言おうとするルッ君の口を、アルフォンス宰相閣下があわてて手でふさいだので、隣にいたミスティ先輩がギョッとした目で宰相閣下を見上げた。


「コ、コホン。これは仮の話だが……」


 アルフォンス宰相閣下がおそるおそる、ノームたちが開けた穴を覗き込みながら、彼らに話しかけた。


「そのゴブリンたちを、ここにいる彼なら一掃できると言ったら、どうだね?」

「……宰相閣下?」


 僕を指差したアルフォンス宰相閣下を見上げると、「まぁまぁ、ここは私に任せたまえ」とばかりに宰相閣下がウィンクした。


「……そないな夢みたいな話があるわけないがな。相手はゴブリンやで?」

「たしかにゴブリンは恐ろしい敵だ。……おそらく生き残れる保証のない、厳しい戦いになるだろう……」


 アルフォンス宰相閣下が、まるで叙事詩でも唄うようにノームに語り始める。


「だが、ここにいる、まつおさん・フォン・ベルゲングリューン=エスペランサ侯爵は我が国の英雄だ。君たちがそれで祖国を取り戻せるというのなら、きっと協力は惜しまないだろう」

「ちょ、ちょっと、宰相閣下、何を勝手に……」


 ものすごく嫌な予感がする僕をよそに、宰相閣下がどんどん話を進めていく。


「兄さん、タダもんじゃないとはおもたが、そんなすごいお人やったんか……」

「彼の魔法情報票インフォメーションを見てみたまえ」

「どれどれ……」


 ノームたちが、僕のインフォメーションをじろじろと眺めはじめた。


氏名:まつおさん・フォン・ベルゲングリューン=エスペランサ

爵位:エスパダ王国侯爵、ヴァイリス王国伯爵、龍帝

称号:爆笑王

   買い物上手

   商売上手

   料理上手

   釣り上手

   リザーディアンの統治者

   クラン戦の覇者

   若獅子グン・シール

   暗黒卿殺しダークロードスレイヤー

   混沌と破壊の魔女アウローラに愛されし者

   黒薔薇ミスティに愛されし者

   聖女アンネローザに愛されし者

   

職業:士官候補生1年

   クラン「水晶の龍」代表

   君主ロード

   海賊団の船長キャプテン

   マフィアのドンドン・エルニーニョ

   ベルゲングリューンランド総帥

   ベルゲングリューン商会代表取締役

    

「なんやぎょうさん書いてあるな……目がチカチカするわ……」

「爆笑王ってなんやねん! アホみたいな称号やな」

「お、おい、海賊団の船長キャプテンにマフィアのドンって書いてあるやんけ……爺さん、こいつヤクザどころか、スーパーヤクザやんけ!」

「なんやすごいのんはわかったけど、兄さんゴブリン相手に勝てるんけ?」


 騒ぎはじめるノームたちの反応に、アルフォンス宰相閣下はダメ押しとばかりに、隣にいるメルを指した。


「だったら、こちらの女性の魔法情報票インフォメーションも見てみたまえ。小鬼殺しゴブリンスレイヤーと書いてあるだろう?」

「う、うわっ、ほんまや!!」

「こんなおとなしそうな顔して……この姉ちゃんおっとろしい女やったんやな……」

小鬼殺しゴブリンスレイヤーて……。この姉ちゃんが本気だしたら世界征服できるやん!」

「できるわけないでしょ!」


 顔を真っ赤にしてメルがノームにツッコんだ。

 そもそも、メルは入学の時の実地試験で獲得した小鬼殺しゴブリンスレイヤーっていう自分の称号が、いかにも駆け出しの冒険者らしくて恥ずかしいらしい。


 ……よく考えてみたら、僕たちはまだ正式な冒険者ですらないんだけど。


「どうだね? ここにいる連中なら、きっとゴブリンたちを一掃できるだろう。君たちは祖国を取り戻し、我々は交易を結ぶ。……いい話だとは思わないかね?」

「いや、だから、宰相閣下……」

「祖父殿……」

「アルフォンス、ちょっと待て……」


 鼻息を荒くして提案するアルフォンス宰相閣下に、僕とヒルダ先輩、ユリーシャ王女殿下が掛けた声は、ノームたちの大歓声でかき消された。


「うおおお、ホンマでっかー!!!」

「そんなん交易でもなんでも、なんぼでもやったるでー!!」

「わっはっは!! それでは交渉成立だな!!」


 アルフォンス宰相閣下が上機嫌でそう宣言する。


「い、いや、宰相閣下、ちょっと待って……」

「こうしちゃおれんわ!! 他の連中にも連絡しとかんと!!」

「ヨメはんが聞いたら泣いて喜ぶわー!!!」

「ほんならワシらも支度するから一旦引き上げるわ!! また後日よろしゅう!!」

「い、いや、ノームさんたち、ちょっと待って!!!」


 ノームたちは勝手にわーわー騒いだかと思うと、僕の制止にも気付かず、あっという間にトンネルから撤収してしまった。

 ……食べかけのキムの肉を残して。


「……やってくれましたね、宰相閣下」


 僕は得意満面な様子のアルフォンス閣下ににじり寄って言った。


「ふふふ、まぁ、そんな顔をするものではない。本来、外交交渉は私の領分なのだからな。あっはっは!!」

「い、いや、そこに文句を言っているわけではなくてですね……」


 僕が交渉で先を越されて不満なのだと思っているらしいアルフォンス宰相閣下に、そうではないと伝えると、宰相閣下が怪訝な顔をする。


「どうしたのだ? ゴブリンごとき、君たちなら朝飯前だろう? 報酬は十分に用意しよう。割の良い小遣い稼ぎになるぞ?」

「そうだぜ、まつおさん。ノームの連中とヴァイリス王国に恩を売るチャンスなんじゃないか?」


 アルフォンス宰相閣下の言葉に、ルッ君が同調する。


「他に同じ意見の人ー!」


 僕が尋ねると、誰も手を挙げなかった。

 ……花京院だけ手を挙げようとして、みんなが手を挙げないので引っ込めてたけど。


「な、なんだね、皆、そんな深刻な顔をして……。たかがゴブリンではないか」

「アルフォンスよ……。此度こたびの件はそれほど簡単な問題ではないとわたくしは思うぞ……」

「王女殿下……?」


 やれやれと肩をすくめるユリーシャ王女殿下に、アルフォンス宰相閣下が目を丸くする。

 ユリシール殿のおかげですっかりお笑いキャラになってしまったけど、ユリーシャ王女殿下は相変わらず、ものすごくお美しい。


「話によるとノーム王国は地中深くにあるのだぞ? しかも、その移動経路は奴らのトンネルを使うしかない」

「あ……」


 アルフォンス宰相閣下がようやく、ご自身のやらかしに気がついて、喜色満面の顔がみるみる蒼白になっていく。


 そう。

 穴からトンネルを見下ろしただけでもわかる。


 彼らのトンネルは、当然ながら彼らの身体に合わせて作られている。

 彼らのトンネルを使って、どうやってゴブリンを討伐しろというのか。


「我らが小人にでもならない限り、無理だろうな」


 ジルベールの冷静な言葉が、アルフォンス宰相閣下にぐさっと突き刺さる。

 

「……ど、どどど、ど、どうしましょう?」

「まずは落ち着け、アルフォンス」


 目先の利益にとらわれて、思いっきり安請け合いしてしまったアルフォンス宰相閣下を、ユリーシャ王女殿下が落ち着かせる。


「祖父殿はベルに外交の手柄を取られっぱなしだったから、つい張り切ってしまったのか……」

「私としたことが……面目ない……」

「いやぁ……その気持ち、よぉくわかるぜ……。アルフォンスのダンナ。いも甘いも噛み分けたオレたちがこんな若造に遅れを取ったとあっちゃ、つい張り切りたくもなっちまうよなぁ……」


 孫娘に謝るアルフォンス宰相閣下に、ペロンチョがしみじみと声を掛ける。

 

「……なぁ、おめぇよ。なんとかしてやれよ。こんなダンナの顔、見てられねぇだろ」

「えっ?」


 ペロンチョが僕を見て言った。


「おめぇならなんとかできるだろ? いつものめちゃくちゃなやり方でよ」

「そ、そんなこと言われても……」

「まつおさんよ、わたくしからも頼む。一国の宰相が口頭とはいえ、約束を反故にしたとあっては、我が国の沽券こけんに関わる」

「王女殿下……」


 ユリーシャ王女殿下が紅玉ルビーのような瞳でまっすぐに僕を見上げた。

 この人にこうして頼まれてしまうと、僕はどうしても弱いのだった。


「ベルゲングリューン卿、頼む。」


 半泣きのアルフォンス宰相閣下までもが僕に頭を下げる。


「ベル、私からもお願いだ。なんなら卒業と言わず、今から貴様の妻にしてもらっても構わぬから……」

「それ、先輩にデメリットなくないですか……」


 ミスティ先輩が冷静にヒルダ先輩にツッコんだ。


「うーん。そうだなぁ……」


 僕は腕を組んで少し考える。


「花京院、どうすればいいと思う?」


 急に僕に話を振られて、当事者意識が薄くてへらへら笑っていた花京院が目を丸くした。


「え、オレ? なんでオレに聞くの? こう見えて、オレはアホだぞ?」

「いや、アホにしか見えないんだけど、普通の人が考えるアイディアじゃ無理だよなぁと思って」

「あ、お前ひどいこと言ったぞ今。知ってるか、アホと天才は紙一重かみひとえなんだぞ」

「紙一重って、どういう意味か知ってる?」

「わからんけど、たぶんペロンチョのおっさんみたいな髪の奴のことだな」

「全然違うわ!!」


 ペロンチョが花京院にツッコんだ。


「マジかよ……、そんな髪、あってもなくても一緒だから、あんまり変わらんっていう意味なのかと思ったぜ」

「……なぁ、こいつぶち殺しちまってもいいか?」

「だいたい意味が合ってるのがすごいわよね」


 アリサが必死に笑いをこらえながら言った。

 メルとユキ、ジョセフィーヌ、ユリーシャ王女殿下が顔をそむけて肩を震わせている。

 

「お、三世もいたのか」


 子どもたちを避難させていた怪盗キッズたちのリーダーの少女、マテラッツィ・マッツォーネ三世がすぐ近くにいた。

 状況を把握しているらしい。


「三世はどう思う?」

「えっ、わたし?」


 怪盗キッズたちからは特別扱いしている、どすけべ伯爵だ、侯爵だと言われるけど、僕は三世の年齢に似合わず理知的なところを高く評価していた。


「うん。よかったら意見を聞かせてみて」

「うーん……」


 三世が小首を傾げて考え込んだ。

 メアリーが新ユニフォームを検討中らしいけど、ヴァイリスに来てからも、怪盗キッズたちは普段、蝶仮面にシルクハット姿のままだった。


「わたしの身長ではトンネルに入らないけど……ウチの怪盗団のメンバーの中には小さい子もいるから、もしかしたら……」


 そこまで言って、三世が僕を見上げる。

 怪盗キッズたちにゴブリン討伐をさせれば、ということだろう。


「ものすごく現実的なアイディアだね。さすがだ」


 僕が三世の頭をごしごしとなでると、三世は恥ずかしそうにしながらも、ちょっと嬉しそうに微笑んだ。

 こんな様子を見ていると、僕がこの子に、寝起きに危うく殺されそうになったなんて誰が思うだろう。


「ただ、保護者としてそれはちょっと許可できないかなぁ。危険が大きすぎる」

「訓練は続けてるし、ゴブリン相手なら小さい子たちでも負けないと思うけど……」

「うん、そうだよね。でも、冒険は予想外のトラップやトラブルがつきものだからね。見てあげる大人がいない状況で、そんなことはさせられないよ」


 僕は三世になるべく優しく説明した。


「でも、子供、子供かぁ……。あ、そうだ」


 僕は少し考えてから、意識を集中して魔法伝達テレパシーを飛ばした。


『学長先生、いらっしゃいます?』

『ほう、これはこれは、魔法学院の課題をサボってエスパダ旅行に行って、士官学校を落第寸前のベルゲングリューン君じゃないか』


 ヴァイリス魔法学院の学長先生から、開口一番に皮肉を言われた。


『行きます行きます。そのうちちゃんと課題受けに行きますから……、そのうち』

『やれやれ、いつになることやら……』


 学長先生の呆れたような、それでいて半分笑ったような声が頭の中に響き渡った。


『それで、そんな多忙を極める君が、今日はどんな要件なのかね?』


 学長先生に尋ねられて、僕はたった今思いついたことをそのまま尋ねてみることにした。


『小人になれる魔法って、あります?』

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