第二十九章「士官学校ギルド」(3)


「ふっ、甘い!」


 骸骨戦士スケルトンウォーリアーの剣を素早く外側にかわすと、ヒルダ先輩は右手に持った金属製の筒のような短い棒を振り抜いた。


 ジャキッ!!!

 

 その途端、先端から金属製の棒が三段階に伸びて骸骨戦士スケルトンウォーリアーの骨を砕いた。

 いつの間にか、短い筒は小型の片手剣ほどの長さになっていた。


「おおっ……」


 バァァァァン!!という、打撃の強烈さを物語る衝撃音と共に、名前通り骨だけの存在である骸骨戦士スケルトンウォーリアーの身体が激しく炎上する。


「炎属性……?」

「ふっ、炎だけではないぞ?」


 ヒルダ先輩はそのままステップして、奇襲を狙って壁を上っていた毒蜥蜴ポイズンリザードの背中に強打を浴びせる。

 猛毒の牙を持つ、低級冒険者にとって厄介なトカゲ型の魔物モンスターが一瞬で凍り付き、先輩の次の打撃で粉々に崩れていった。


「す、すごい……」

「南国エスパダには『警察』という治安維持を担う行政機関があってな。これは彼らが用いる特殊警棒というものをモデルに、私が自分用に魔法金属で特注した武器だ」

「特殊警棒……」


 僕は特殊警棒よりも、ダークグレイアッシュの髪をなびかせながら自分の得物を嬉しそうに説明するヒルダ先輩に見惚みとれていた。

 士官学校の生徒の中でもダントツで大人びていて、クールな表情を崩すことのない先輩だが、実はとても表情豊かな人であることを、僕はこの短期間で知った。


「色々試してみたが、属性付与にはこれが一番相性が良い。さっきのように、基本元素なら無詠唱で属性付与することができるのだ」


 そう僕に説明しているヒルダ先輩の背後から、骸骨戦士スケルトンウォーリアーの残党が飛びかかった。


「ヒルダ、危ないっ!!」


 ヒルダ先輩の利き腕側である右側面背後からの奇襲攻撃。

 こちら側からの攻撃は、物理的に反撃が難しい。

 冒険者が一番警戒をしなければならない角度。

 

 おまけに先輩は装備もかなり軽装だ。

 黒のタイトスカートに同色のニーハイブーツ、白いブラウスに僕が着ている軍服風の服を開襟にしたような服を羽織り、首元にダイヤのビジューが付いた、貴族が愛用するようなショート丈のネクタイを付けている。

 冒険者というより、ジェルディク帝国の高級軍人みたいだ。

 めちゃくちゃ似合っているし魔法防御は高そうだけど、物理防御はどうだろう。

 

 そんなことを考えていると、ヒルダ先輩は伸縮自在の特殊警棒を腰の革製のホルスターに戻して、なんと振り向きざまに、小手すら付けていない、か細い右腕で骸骨戦士スケルトンウォーリアーの剣を受け止めた。


(う、腕が切断される!!)


 ガキンッ!!


 惨劇を予想して思わず目を閉じた僕は、予想外の音に顔を上げる。

 先輩の右腕の側面に、金属製の棒のようなものが手の先から肘の先をはみ出すように伸びていて、それが骸骨戦士スケルトンウォーリアーの剣を難なく受け止めていた。



 よく見ると、先輩の左腕にも同様の棒が伸びている。

 ヒルダ先輩は、「ト」の字のような形をしている、その金属製の棒の持ち手を握ったまま、身体を回転させ、ひじ打ちをするように左腕を振った。


 ……とても肘打ちが命中するような距離ではない。

 だが、先輩の肘が曲がり切った瞬間、肘側に伸びていた棒が持ち手を軸にくるん、と回転し、骸骨戦士スケルトンウォーリアーの肋骨をしたたかに打ち付けて粉砕する。

 よろめいた骸骨戦士スケルトンウォーリアーにすばやく踏み込むと、先程ガードに使った右腕を、今度は縦に振り下ろすと、遠心力で棒部分が回転して、骸骨戦士スケルトンウォーリアーの頭蓋骨を叩き割った。


(すごい……、とくに今の縦の攻撃はエグいな……)


 この攻防一体の武器も自在に魔法付与エンチャントができるらしく、肋骨と頭蓋骨を粉砕された骸骨戦士スケルトンウォーリアーはさらにボッ、と炎上して、あっという間にただの灰になった。


「こちらは旋棍トンファーという。元々は東方に伝わる武器なのだが、これもエスパダの警察で使われているものを特注したものでな。握り込んだり、緩めることで棒の回転を止めることができるのだが、実際やってみるとなかなか難しい」


 ヒルダ先輩が上着を脱ぐと、白いブラウスの両脇に装着されているホルスターにトンファーを収納した。

 どうやら、このホルスター自体が魔法具らしく、瞬時に両手に装備することができるようだ。

 ……それはいいんだけど、白いブラウスの両脇にホルスターを装着した先輩はこう、めちゃくちゃカッコいいし、胸が強調されて少し目のやり場に困る。


「それより……、貴様、さっき私のことを呼び捨てにしたな?」

 

 上着を羽織りながら、ヒルダ先輩がぼそっと呟いた。

 あ、ヤバい。


「す、すいません。緊急時だったので、つい……」

「いや、構わんから、もう一度言ってみろ」

「へ?」

「呼び捨てで呼んでみろ」

「……ヒルダ」


 僕がそう言うと、ヒルダ先輩を腕を組んで、何事か考えるように下顎したあごに手を添えた。

 スタイル抜群だから、そんな仕草がとても絵になる。

 とても上着の下にトンファーを二本も仕込んでいるとは思えない。

 

「悪くない……、悪くないが……、先程ほどは興奮せんな」

「興奮したんですか……」

「ああ、ゾクゾクしてしまってな。貴様のせいで危うく防御が間に合わぬところだった」


 クールな表情のままヒルダ先輩が言った。

 わかっていたけど、この先輩はこの先輩で、相当変わっているらしい。


「まぁいい。今後、私のことは呼び捨てにするように」

「いやいやいやいや!! できるわけないでしょう!!」


 僕は焦って先輩に抗議した。

 副会長になっただけでも周りから色々言われているのに、そんな呼び方をしたら一体どうなるか……。


「生徒会長命令だ。以後は呼び捨てでなければ返事をせぬからな」

「む、むちゃくちゃな……」


 困惑した僕の顔が面白いのか、ヒルダ先輩がくすりと笑った。

 常に両手が自由であることを好むのか、特殊警棒を腰のホルスターに、トンファーを両脇のホルスターに収納した状態で立っている。

 

「先輩って……」

「ヒ・ル・ダ」

「……ヒルダって、冒険生活に憧れているんですよね?」

「その通りだ」


 ヒルダ先輩が即答した。


「なのに、どうしてそんな、暴動鎮圧のような武器なんですか? それも二種類も」

「両手がふさがることを好まぬからだ」

「魔法を使いたいとか……?」

「それもある。遠距離戦になった時に困るからな。両手が空いていれば、両手杖ほどではなくとも、そこそこの威力の魔法が撃てる」 

「なるほど」


 世の中には魔法剣士のような特殊な職業クラスもあるけれど、基本的に魔力の増幅に特化した杖を装備していないと魔法の威力は落ちる。

 小鳥遊たかなしが「アウローラの目」を装着して、魔法杖のような使い方ができるのは、この軍刀サーベルがヒヒイロカネという特殊な魔法金属で作られているかららしい。


「だがな、私の場合は、それだけではないのだ」


 ヒルダ先輩は目を細めて、僕に向かって言った。


「私に抱きついてこい」

「は?」

「は? ではない。貴様の、思春期の男子特有のどろどろした野獣のような雄々しい欲望の全てを私にぶつけて襲いかかってこい」

「い、いや、そういうのはルッ君に……」

「いいから、さっさとこい。生徒会長命令だ」

「え、えーと……わー!」


 僕が躊躇ちゅうちょしながら先輩に抱き付きに行くと、ヒルダ先輩はまるで舞踊ぶようのように受け流しながら僕の右側面に回り込み、僕の右手首に両手を添えながら、抱きつきに行った僕の勢いを利用するように進行方向に引き寄せると、身体を反転させて、両手で僕の手首を親指方向にくるんと回転させた。


「うわわっ!!」


 僕の身体が右手首に巻き込まれるように崩れて、まるで渦を巻くように投げ飛ばされた。

 そんな僕の首元には、いつの間にかトンファーが突きつけられている。


 ユキやリョーマのような打撃系格闘家グラップラーとはまた少し違った格闘スタイル。

 いわゆる、柔術というカテゴリに属する技だろうか。


「今のは合気小手返あいきこてがえしという技だ。幼少期より過保護な祖父殿のせいで、くだらん男が寄り付かぬよう、様々な護身術を学ばされてな。色々試してみた結果、特殊警棒とトンファーは、私の護身術と相性が良いのだ」

「なるほど。人間や人型の魔物モンスター相手には非常に有効そうですね」


 ヒルダ先輩に助け起こされながら、僕は言った。

 イランイランのエキゾチックな甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「獣が相手なら、これが役に立つ」


 ヒルダ先輩はジャキッ、と音を立てて特殊警棒を振った。

 強烈な帯電で、三段に伸びた警棒部分を電流が走っている。

 今の一瞬で雷属性が付与されたのだ。


「素早い獣もこれで数発殴られれば動きが鈍るのでな。……もっとも、熊のような大型獣と対峙する時は魔法に徹するが」


 こういう話をするヒルダ先輩はとても生き生きしている。

 きっと普段、あまりこういう話題ができる友人がいないのだろう。

 そういうところは、ちょっとユリーシャ王女殿下と似ている気がする。


 ん、待てよ。


「ユリシール殿たちの合流が遅いですね……」

「……そうだな。あの方に何かあるとはとても思えぬが……」


 散開して捜索していたユリシール殿、ソリマチ隊長、ヴェンツェルと毒島ぶすじま応援団の面々と合流するため、僕とヒルダ先輩は彼女たちが向かった道の方角を向いた。


「うわははは!!! 出たぞ!! また宝じゃー!!!」

「おほっ、ユリシール殿の運はまさに天運じゃぁぁ……天が味方しちょるわ!!」

「チェヤース!!! ユ、ユ、ユ、ユリシールッッ!!!」

「「チェヤース!!! ユ、ユ、ユ、ユリシールッッ!!!」」


 ……安否確認をする前から、みんなの大声で全員の生存確認ができてしまった。

 あとはヴェンツェルなんだけど……。


「い、いや、みんな待て……、迂闊うかつに宝箱を開いては……っ」


 プシュウウウウウウウウウウ!!!!

 

「……ん、何の音だ?」

「ものすごく嫌な予感がしますね……」


 ヴェンツェルの注意喚起の言葉と、何かの噴き出るような音がした後、あれだけ騒がしかったみんなの声が一斉に聞こえなくなった。


(音から判断するに、宝箱に仕掛けられた何らかのトラップに引っかかったのは間違いなさそうだけど……)


『ヴェンツェル? 聞こえる? ヴェンツェル!』


 応答がない。

 僕の首筋を、嫌な汗が伝い落ちる。


「まずいな、すぐに助けに行かなければ」

「ヒルダ、まだ動かないで」

「何?」


 ヒルダ先輩を僕は制止した。

 僕は何も言わず、足元の灰をすくい上げた。

 さっきヒルダ先輩の炎属性攻撃できれいな灰になった骸骨戦士スケルトンウォーリアーの残骸だ。


 僕はそれを吹いた。

 灰は僕たちの進行方向にまっすぐ飛んでいく。


「行きましょう」

「風向きを確認したのか?」

「ええ。さっきの音からして、何かのガスが出た可能性が高いので」

「ガス……」

「致死性のガスならもはや手遅れ。毒ガスならヴェンツェルの魔法で解毒できます。石化ガスは脅威ですが、我々が生存していればどうにかなります。大事なのは、彼らを助けるためにも、我々まで同じ被害を受けないことです」


 僕がそう言うと、ヒルダ先輩がはぁっ、と変な吐息をついた。


「普段の緩みきった貴様からは想像も付かない。冷酷なまでに冷静なのだな。顔付きもまるで違う」

「気に入りませんか?」

「いや、濡れた」

「は?」

「間違えた。惚れた」


 この先輩も緊急時に大概だな……。

 ヒルダ先輩をそれ以上追求するのをやめて、僕は慎重にみんなの元に向かった。


「ぐがぁ……」

「すぴー……宝じゃ……見よ、まつおさんよ……すぴー」

「ンゴォォォォ!! チェヤース!!! ンゴゴ……」

「団長……、王女殿下を冒険に連れ回すとか……、あの一年生ちょっとタダモンやおまへんで……わかってまっか……ぐぅぐぅ……」

「次の団長は……俺だぁ……むにゃむにゃ……」

「姉上……、まだクッキーを食べてはだめです……、ベルを待ちましょう……」


(…………)


 どうやら、宝箱のトラップは催眠ガスだったらしい。

 僕とヒルダ先輩はホッと胸を撫で下ろした。


「しかし、こいつらのコレはなんだ……?」


 ヒルダ先輩が、大いびきをかいている毒島ぶすじま先輩たちの傍らに落ちている大きな黄色い布を広げた。


「これは……、横断幕ですね……」


 「気合・集中・闘魂」と大きく書かれた下に、「頂点を目指せ!! ベルゲングリューン軍団!!」と書かれた布を、ヒルダ先輩が冷ややかな目で見下ろした。

 

(……なんの頂点なんだ……)


「こいつらの装備を見ろ……、これは何だ? 棍棒の一種か?」

「いえ、これはたぶん……、毒島団長の横に転がっている太鼓を叩くためのやつですね……」

「いや戦えよ!! 古代迷宮をなんだと思っておるのだ!!」


 気持ちよく睡眠している毒島先輩たちに、ヒルダ先輩が全力でツッコんだ。


「それにしても……、ちょっとこの部屋、ひどすぎませんか……」


 気持ちよく寝ているみんなのことばかりに気を取られていたけど、ヒルダ先輩の照明魔法で周りを照らしてもらった僕は、周囲の有様ありさまに呆然とした。


 僕たちが交戦した骸骨戦士スケルトンウォーリアーに、おそらくコボルドやゴブリンなのだろう、ほとんど原型をとどめていない魔物モンスターたちの大量の死骸で溢れかえっていて、その中央に宝箱が置いてある。


 催眠ガスを噴出したらしき宝箱は毒島ぶすじま先輩のすぐ近くにあり、それとは別の宝箱だ。

 催眠ガスの宝箱はおそらく、毒島先輩が開けたのだろう。



 僕が近付いて覗いてみると、宝箱の上蓋うわぶたに、宿屋の呼び出しベルを大きくしたような物が取り付けられていた。


「……警報装置だ」

「ふむ……。するとこいつらは、我々や後から合流することになっているガンツ殿と合流する前に、その宝箱を無防備に開けて警報装置を鳴らし、魔物モンスターたちがわんさかと湧いたのを、おそらくユリシール殿が聖剣の刺さった岩を振り回して壊滅させ、やつらが隠し持っていた宝箱を発見、そちらも無防備に開けたところ全員揃って睡眠したと……そういうわけか……」

「たぶんそうでしょうね。ソリマチ隊長もヴェンツェルの武器も汚れてませんから……。警報は聞こえませんでしたけど、僕たちの所に来た骸骨戦士スケルトンウォーリアーたちも、おそらく警報を聞きつけて現れたのではないかと……」

「ただのアホではないか!!!」


 ヒルダ先輩がとうとう叫んでしまった。


「で、でも、ほら……、こういうアホな連中も『生徒会ギルド』の依頼を受けるんだっていう確認ができたじゃないですか」

「それはそうだが……、もし、不測の事態に陥って、王女殿下が身罷みまかるようなことにでもなっていれば……」

「ユリシール殿の甲冑は完全属性耐性がありますし、王女殿下ご自身が魔法のスペシャリストなので、即死とか石化、麻痺みたいなヤバめな状態異常は全部耐性がありますから。……もっとも、睡眠だけは耐性がないみたいですが」


 そういえば、以前に誘拐された時もユリーシャ王女殿下は眠らされているだけだった。

 本当なら麻痺や仮死状態にしてしまったほうがラクだったはずだけど、王女殿下の状態異常耐性が強すぎてできなかったのだろう。


「それに、ほら、毒島先輩たちもヴェンツェルも、ちょっと身体が光ってるでしょう? これ、ヴェンツェルが事前に防御魔法を掛けたんですよ。毒島先輩たちがさっさと宝箱を開けたので、即死など、脅威性の高い状態異常防御から順にかけていったんでしょう」

「なるほど。貴様が信頼しているだけのことはあるということか……」

「はい」


 ……とはいえ、今後も古代迷宮の宝箱を無防備に開けられてしまうようでは、命がいくつあっても足りないのも事実だ。


 ここは、やはり……、「彼」に頼るしかないか……。


 僕は右手の人差し指にはめた指輪を見つめた。

 蛇のように絡まり合う指輪の中央のリングに、水晶の龍を象った繊細で美しい彫刻ときらびやかなダイヤが埋め込まれている銀の三連リング。

 

 クラン「水晶の龍」のメンバーである証となるリングだ。

 クラン戦の後、僕たちは新しくクランに加わったアーデルハイドやオールバックくんの分も指輪を作り、正式に「クランの指輪」としての登録を行った。


 この指輪さえあれば、魔法伝達テレパシーが使えない人でも、クランメンバー全員で会話をすることができるのだ。


 僕は指輪に念を込めて、「彼」に向かってメッセージを飛ばした。


「ルッ君、いる?」

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