第二部 第一章「高く付いた指輪」(3)


「……むぐっ!? うむぅぅぅぅ!?」

「〜〜〜〜っ!!」


 音もなく背後に忍び寄ったゾフィアが、会話をしていた海賊の一人の口元を押さえてから昏倒させ、ユキがもう一人の首を絞め落とした。


「はいはい、ざぶーん」


 僕は昏倒した海賊二人を担いで、海に落とす係だ。


 いざとなれば海面に潜伏するリザーディアンたちと一緒に、海賊たちと交戦することも辞さなかったんだけど、ゾフィアとユキの隠密性がものすごく高いのもあり、この手順の繰り返しで、手薄になった海賊船の旗艦にいる海賊たちはあらかた片付けることができた。


 ……それにしても、大きい船だ。

 質のいい木材で組まれた三本マストのガレオン船は、海賊船というよりは、どこかの王侯貴族の船のようだが、大砲の数がエグい。ざっと見て片側側面で50門はある。……ほとんど軍艦だ。


 そんな軍艦じみた巨大なガレオン船が、僕たちが乗っていた船に架橋している。

 砲門で威嚇しながら、海賊たちが橋を渡って略奪をするというのが彼らのやり方らしい。


 そして、この旗艦ほどじゃないけど、同じような作りの僚船が僕たちが乗ってきた船の反対側に二隻も停泊している。

 なかなかの威容だ。 


「それにしても、海賊というのはよっぽど儲かる稼業なのか、それとも、こやつらが特別羽振りがいいのか……」

「特別、の方だよ」


 僕はゾフィアにそう答えて海賊旗を指差した。


「バラと、海賊が愛用する短銃の弾丸、骸骨の意匠……、薔薇たちの銃弾バレットオブローゼズ……」

「ばれっとおぶろーぜず?」

「最近、ヴァイリスとエスパダの間にあるアドリアーナ海域を荒らし回っている海賊団さ。義賊を名乗っていて、金持ちの商船や貴族しか狙わず、降伏したら危害は加えないんだって」

「それで、盗んだお金を貧しい人に配るというのか?」

「って言ってるみたいだけど、配られたって人は見たことがないわね」

「……まぁ、そんなもんだよね」


 ユキの補足に、僕は肩をすくめた。


「龍帝陛下、艦内ノ制圧、全テ完了イタシマシタ」


 リザーディアンの一人がやってきて、僕に報告してくれた。


「ありがとう。ヴァイリス語、すっごく上手くなったね!」


 僕がそう言うと、リザーディアンが恥ずかしそうに頭をかいた。


「アリガトウゴザイマス。ソリマチ殿タチガ、我ラニ丁寧ニ教エテクレチョルンデ……」


 ……微妙にソリマチさんたちの方言が混じっちょる。

 そんな会話をしている間にも、リザーディアンたちが次々と、海面から船の横板を上ってきて、自主的に配備を開始していた。


『キム、そっちの戦況は?』


 僕は指輪を使って、キムに連絡を取る。


『にらみ合いだ』

『にらみ合い?』

『奴ら、ビビったのか全然攻めてこないんだよ……。武器を構えたまま、降伏勧告ばかりしてきやがる。自分たちは義賊だから、抵抗しなきゃ危害は加えないって』

『もうそんなの気にせず全員ぶっ殺しちゃっていいよ。向こうから略奪しにきたんだし』

『い、いや、お前、そうは言ってもよ……』


 躊躇ちゅうちょするキムのモラルの高さに僕は思わず苦笑する。

 本当は、リザーディアンたちが人数差を気にせず圧倒するには、にらみ合いなんてせず、奇襲の勢いを落とさないことが肝心なんだけどな。


 キムは敵も味方も、なるべく死人がでないことを望む。

 僕は味方さえ安全であれば、敵がどうなろうとまったく気にしない。

 

 交戦をためらって大事な仲間であるリザーディアンを危機にさらすぐらいなら、襲ってきた海賊たちを何人犠牲にしようが、僕の良心はまったく痛まない。


 どちらが正しいということはない。

 これは、ただ、在り方の問題なのだ。

 

 ……でも、だからこそ、キムにそれを言葉で納得させるのは難しいだろう。


『キム、相手のリーダーに音声拡張会話ができるか聞いてみて』

『……できるそうだ』

『よし』


 僕は指輪の通信を終えて、身体を起こした。

 ゾフィアがリザーディアンから何かを受け取っている。


「殿、どうやら海賊の船長は、我らが乗っていた船に向かっているようだな。船長室にはこんな服しかなかったようだ」


 ゾフィアが僕に衣服を見せた。

 いかにも海賊の船長が被っていそうな、真っ黒で反りの大きな二角帽子バイコーンに、びょうがたくさん入ったコート。

 

「おお、めっちゃ海賊っぽいな……、よし、僕もそういうやつにしよう」


(というわけで、アウローラ、お願い)


『ふむ……、こんな不潔で安っぽい仕立ては断固お断りだが、要は相手より格上の海賊団の船長のように見せたいのだな?』


(そうそう、そういうこと)


『それでは、私の軍服をベースに、こんな感じはどうだろうか』


 アウローラがそう言うと、僕の服装が一瞬で変化した。

 下半身はいつものままの黒い軍服で、今となってはお気に入りの、先がやや尖った、黒光りする金属が折り重なったような形のブーツ。

 トップスの黒いコットンシャツはレースアップ、つまり靴紐のように紐で襟元を結ぶタイプのシャツで、その胸元を大きくはだけさせている。

 それだけだととてもシンプルなんだけど、上に羽織ったベルベッド生地の、目にも鮮やかなワインレッドの襟高トレンチコートには、黄金の肩章が輝いている。


(うっわ、かっこいいけど、ド派手だな……)

 

 頭にはいかにも高級そうな黒地に、鮮やかな銀の縁と水晶龍のエンブレムが入った三角帽子トライコーンと……。

 ん、右目が見えない。


(もしかして、眼帯を付けた?)


『……海賊の定番だろう?』


(定番だけど……さすがに、やりすぎじゃない?)


 眼帯をひっぱりながら裏返すと、黒い眼帯だった。  


『こういうのはやりすぎるぐらいが効果があるのだよ』


(それはわかったけど……、せめて左目にしてくれない?)


『なぜだ? 左目はそなたの利き目だろう?』


(なんでそんなことまで知ってんの……、いや、右目はほら、ギルサナスの目を取り返すまでは、代わりに見てあげないとだから)


『ふっ、なんだその理屈は。……まぁ、よかろう』


 アウローラの一声で、右の眼帯が左に変わった。


「と、殿……」


 僕の服装がころころと変わっていく姿を見ていたゾフィアが、口をぱくぱくさせていた。 

「あ、ごめん。見たことなかったっけ」

「私は初めてかな。意外と似合っているじゃない」


 ユキがけろっとした顔で言った。


「わ、私も初めてだ……。そんな風に自在に変化させることができるのだな……、それはすごいし、その衣装も殿らしくて、大変似合っているのだが……」


 ゾフィアが、気まずそうに顔を俯かせながら言った。


「その……、一瞬全裸になるのは、どうにかならないのか……?」

「「へっ!?」」


 僕とユキがギョッとして顔を上げると、ゾフィアが顔を赤くして、もう全裸でもないはずのに、こちらを見ないようにしている。


(ア、アウローラ?! そうなの?!)


『ふむ……、この娘は素晴らしい動体視力の持ち主のようだな……。常人であればとても視認などできぬほどの、ほんの一瞬だが、たしかにそなたは全裸になっているぞ』


(い、言えよ! そういうことは!! こんなところで全裸になるとか、ただの変態じゃないか!!)

 

『ふふふっ、敵陣のど真ん中を素っ裸で闊歩かっぽするなど、まさに驍勇ぎょうゆうではないか。いっそ裸になってはどうか?』


(これ以上ベルゲンくんのネタにされてたまるか……)


 僕はアウローラとの会話を終え、ゾフィアと、彼女から詳しく聞きたがるユキを引っ張って船の後部甲板クォーターデッキに向かった。


 通常、高級士官や船長が使う後部甲板クォーターデッキには、豪華な玉座のようなものが置いてあった。

 きっと、普段は海賊団の船長がここでふんぞり返っているのだろう。


 僕はその玉座を動かして、僕たちが乗っている船の方に向けてから、深く座って、膝を組んだ。


「ゾフィアとユキは両脇に立ってくれる? 海賊の船長がはべらせているみたいに」

「あははっ、あいつらの驚く顔が見たいわけね。了解」

「もちろん了解だ」


 嫌がるかな、と思ったユキが、ノリノリで僕の右側に立って、左手を僕の右肩に、ゾフィアが左側に立って、右手を僕の左肩にのせたのを確認してから、僕はベルゲングリューンランドでドタバタしているうちに覚えた音声拡張魔法を使って、船の向こうにいる海賊団の連中に声を張り上げた。

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