第三部 第四章「砂塵の刃」(1)
1
「はぁい、それでは皆さぁん、魔法技術の発祥たる我がヴァイリスの魔法テキストの315ページを開いてくださぁい」
「……」
妙に上機嫌な、エタンのお母さんみたいな魔法学院の先生の指示にしたがって、僕はしぶしぶ、辞書のように分厚い教科書を開いた。
ページをめくるのがしんどい。
左腕はまだ、骨がくっついておらず、腕ごと石膏で固めたのをアサヒに包帯で巻いてもらった。
魔法学院の教科書はなぜか左開きなので、右手でいくつかのページをぐしゃぐしゃにしてしまいながら、僕は315ページ目にたどり着いた。
そんな僕の様子を見て、くすくす笑っている生徒が数名。
でも、そんな生徒たちは必ず、僕の隣に座っている気弱そうな生徒の顔をちらっと見てから顔を前に戻す。
まぁ、彼らの気持ちはわからなくはない。
今、僕の隣に座っている生徒は、アヴァロニア史上最年少の
そして、歴代の高名な魔法使いの中でも数えるばかりしかいない、
人は彼を、爆炎のミヤザワ、あるいは
「よかったね、ミヤザワくん」
「入学のこと?」
「ずっと入りたかったんでしょ」
「う、うん……、でも、いいのかなぁ……」
基本的にヴァイリス魔法学院には貴族出身の人間しかいない。
別に平民には入学資格がないというわけではなくて、剣を振り回していれば冒険者にはなれるかもしれないけど、魔法には素養だとか血統だとかいうものがつきものだったり、魔法書や杖なども非常に高価だったりするので、必然的に魔法使いといえばほとんどが裕福で由緒ある魔術師家の貴族になってしまうのだ。
そんなミヤザワくんが学費免除の奨学生として認められたのは、もちろん
「なに、学院側の厚遇を気に病む必要などないさ」
僕がなにか言う前に、僕の右隣の席に座るヴェンツェルが言った。
「ミヤザワ君は、学院にとって、ベルと同じ存在だからな」
「ヴェンツェルくん? どういうこと?」
「ベルが強制的に士官学校と魔法学院のダブルスクールをさせられているのは、
「そんなことしないよう」
僕がそう言うと、ミヤザワくんが妙な間の後に「う、うん、そうだよね」と言った。
……嘘がつけない男である。
「ミヤザワくんの
「……だったら、なんであのおばさんはあんなに上機嫌なの? 前は僕とすれちがうたびに、うんこでも見るような目で見ていたのに」
「……君がまじめに授業を受けに来ているからだろう」
「そんなことで機嫌がよくなるのか」
「……普段の君の授業態度を見ていれば、私が教師でもそうなると思うぞ」
ヴェンツェルが苦笑しながらそう言った。
実際、普段の僕はもっとこう、机に半分ぐらい身体を沈めて、頬杖をついて、30秒に一回はあくびをしながら授業を聞いていたと思う。
ちなみに、士官学校の授業の時はもっとひどい。
エスパダとの交易がさかんになったおかげで、士官学校も羊皮紙ではなくて紙が正式に使われるようになって、僕たちは鉛筆と消しゴムが必需品になったのだけれど。
メッコリン先生の退屈な授業を受けている間、口を開けて寝ているキムの口の中に、ちぎった消しゴムが何個入るか試したりしていた。
そんな僕をメルがたしなめたんだけど、キムが眠りながら「おっ、こいつはうめぇ」って言って僕のちぎった消しゴムをもしゃもしゃ食べ始めたもんだからメルは授業中に爆笑してしまい、メッコリン先生が「メル……君もなのか……」と、とても悲しそうにしていたのも記憶に新しい。
だけど、今はそのどれも、実行するのはとてもむずかしい。
まず、左腕が折れているから頬杖をつけない。
背中を丸めると、ヒビが入った肋骨に負担がかかるから、ずっと背筋をピン、としていなくてはならない。
おまけに、ウトウトして首がカックンってなると激痛が走るので、死ぬほど眠いのに眠るわけにもいかない。
いつもはメッコリン先生から「死人みたいな顔で私の授業を受けるのはやめろ」と言われているけど、定期的にくる痛みで、僕は普段より「くわっ」と目を見開いている。
きっと、エタンのお母さんみたいなおばさん先生からしたら、「魔法技術の発祥たるヴァイリスの素晴らしい魔法を学ぶべく心を入れ替えた生徒」に映っているのかもしれない。
「はい、それでは、ここ数日真面目に授業を受けているまつおさんに聞きましょう」
「はい、先生」
僕が素直に返事をすると、エタンのお母さんみたいな先生がにっこりと笑って、尋ねた。
「近代魔法の三祖と呼ばれる人物のうち、古代
「え、ええっと……」
なんだったっけ。
ちゃんと授業を聞いていたから、覚えているはずなんだけど……。
(イン……ン……)
(えっ)
ヴェンツェルが小さい声で教えてくれようとしているが、小さくてよく聞こえない。
(ちょっと……聞こえないよ)
(イン……ンデ……)
「どうしましたか、まつおさん」
「え、えっと」
「……もしかして、覚えていないのですか?」
「や、やだなぁ。もちろん覚えていますよ」
(ヴェンツェル、はやく教えて!)
(だから、イン……ンデ……)
なんで「だから」の部分をハッキリ言うんだよ。
その「だから」に使うエネルギーを後半に回せばちゃんと聞き取れるんじゃないか。
ああ、もうだめだ、これ以上は時間稼ぎできそうにない。
僕はとりあえず、なんとなく聞き取れた部分だけで、テキトーに答えることにした。
「インぁンデぅ」
「はい?」
「ですから、『インぁンデぅ』です」
「ん、よく聞き取れません。あなたは旅のしすぎでエスパダの
おばさん先生の言葉に、生徒がどっと湧いた。
くそう……。
「はい、もう一度!」
(イン……ンデ……だ)
お、今度はだいぶ聞こえた気がする!!
「い、いんきん……寺です!」
「あなたは一体何を聞いていたんですか! インカンデラですっ!!」
途端に、教室全体に爆笑の渦が起こった。
あ、前の席のアーデルハイドが教科書で顔を隠して笑っている。
「はぁ……地獄だ……」
「……あのなぁ……私の授業が始まって2分で言うことか? いい加減泣くぞ?」
そんな日々が続いたものだから、士官学校のメッコリン先生の授業が始まるなり、思わず心の声をつぶやいてしまった。
「まっちゃん、良かったじゃない。ケガしたおかげでサボりまくった授業の単位をまとめて回収できるんだから」
「そうよぉ。ケガの功名ってやつねん」
ユキとジョセフィーヌが茶々を入れてくる。
「ケガの功名ってあれだろ、筋肉を痛めつければつけるほどマッチョになるっていう」
「うーん……それ、間違ってなくもない気がするからからツッコミづらいなぁ……」
「へへ、正解か、やった。一つ賢くなったぞ」
「花京院、たのむから、私の授業で賢くなってくれないか」
「おう、邪魔するぜ」
そんないつものくだらない授業……じゃなかった、くだらない会話を授業中にやっていると、突然教室のドアがガラッと開いて、長身の生徒がC組にやってきた。
キリッとした眉と切れ長の目が、妹とよく似ている。
F組のリョーマだ。
リョーマは呆気に取られるメッコリン先生やクラスのみんなをお構いなしに僕の席までやってきて、言った。
「よう、ちょっと、
「貸せよって、授業中なんだけど」
「どうせ真面目に受けてねぇんだろう? いいから、行こうぜ」
「それが、珍しく真面目に受けてるんだよ」
「どこがだ!」
メッコリン先生のツッコミが後ろから入った。
「ククッ、ほら、メックリンガー先生もああおっしゃっているじゃねぇか。先生、ちょっとコイツ借りていきますんで」
「ああ。名前を正しく呼んでくれただけで私は大変満足だ。どこへなりとも連れて行きたまえ」
「せ、先生ぇっ、そんなぁ……! わ、ばかっ、左腕は引っ張るな!!」
僕はリョーマにずるずると引っ張られて、みんなにげらげら笑われながらC組教室を後にした。
「札付きの
「おいおい、人聞きの悪ぃこと言うなよ……。マフィアのドンに言われたくねぇわ」
……ぐうの音も出ない。
アサヒの口喧嘩が死ぬほどうまいのはきっと、兄貴ゆずりなんだな。
リョーマは中庭の芝生まで僕を連れて行くと、芝生の上にごろん、と横になって、すぐそばをトントン、と叩いた。
お前もこい、という意味だろう。
ちなみに、すぐ後ろのイチイの木には、すっかり士官学校の名物になってしまった、花京院が作った「まつおさんのせんすのおはか」って書いた板がそびえ立っている。
僕は仕方なく、右手だけをついて芝生に横になった。
「アサヒのやつ、少しは役に立ってっか?」
「今さら兄貴が帰ってこいって言ったら大変困るぐらいには」
僕がそう言うと、リョーマが軽く笑った。
「ククッ、安心しな。それはねぇよ。アイツの人生はアイツが決めるこった」
「ユキがアサヒ直伝の技を
「そうか」
リョーマは表情を変えず、ただそれだけ答えた。
「ん、妹の話?」
「いんや、今のはただの世間話だ」
「あ、そう」
表情の読めない男なのは最初からわかっているので、僕は彼の顔は見ず、ぼんやりと空を眺めることにした。
ヴァイリスの空の色はとても淡い。
まるで水彩画で描いたような空だ。
エスパダの大海を映したような空とも、ジェルディクの大自然の雄大さを感じさせる空とも違う。
これはこれで、僕はけっこう気に入っている。
寝不足の朝の目覚めにこれほど適した空は、きっとアヴァロニア全土を探してもないだろう。
こんな空をぼうっと見ていると、単位がかかっている授業中にリョーマに連れ出されたとか、そんな些細なことなんてどうでもよくなって……
「なぁ、お前の養子にしてくんねぇか」
「はああああああああ?!」
はああああああああ?!
はああああああああ?!
はああああああああ?!
僕が思わず出した大声が、士官学校の校舎に響き渡った。
「いたたた、肺が、肺が痛い……」
「いや、オレはマジで言ってんだよ」
「なお悪いわ!!」
僕は全力でリョーマにツッコんだ。
「士官学校で顔を合わせるたびに、僕はリョーマから『父さん、おはようございます』とか言われなきゃならないのか?!」
「ククッ、それがお望みなら、そうしてやってもいいぜ」
「くそう……それはそれで、ちょっとおもしろい気がしちゃったじゃないか……」
「なぁ、ダメか?」
「事情を、まずは事情を聞かせてよ」
「事情、事情なぁ……。やっぱ、言わないとダメか?」
「あ、あたりまえだ!」
「はぁ……まぁ、そうなるわなぁ……」
リョーマは何かに葛藤するように頭をがりがりとかきむしってから、こちらを向いて、言った。
「オレはな、王子なんだ」
「
「誰が
リョーマがツッコんだ勢いでさらっと言った。
「……またまたぁ……」
「こんな笑えねぇフカシこくかよ」
アサヒとの付き合いが長いからわかる。
フカシというのは、「嘘」という意味だ。
「リョーマもアサヒも、セリカの名前なんじゃないの?」
「ああ、どっちもオレがガキの頃に勝手に付けた名前だ。セリカの
「兄妹だなぁ……」
僕はしみじみつぶやいた。
「でもさ、リョーマってたしか、なんだっけ、なんかやらかした人の集まり
……」
「やらかしたって言うな。
「そうそう、それそれ。ゾフィアといいミヤザワくんといい、僕の周りは死神ばっかりだな……」
犯罪者、それもほとんど死刑囚だけで構成されたダミシアン最強の傭兵集団、
勲功を積めば
そのヤバさがどのくらいかというのは、若獅子戦の時に痛いほど身にしみている。
そしてリョーマは、この歳で、そんな連中を束ねているとんでもない奴なのだ。
「よくあるお家騒動ってやつでな、ダミシアンの王だった親父はハメられて暗殺、親父の正室、つまりオレとアサヒの母親は毒を盛られ、オレとアサヒは叔父に
「うーわ、壮絶な話だね」
リョーマがあっけらかんと話すものだから、どう反応していいのかわからない。
たぶん、彼は安っぽい同情なんかを嫌う性格だろうから、なるべく感情を交えずに言った。
「ところがそれで終わりじゃねぇんだ。その叔父はよ、親父の暗殺に一枚噛んでやがったのさ。オレを王に立てて、自分が後見人になって、
「……」
「まぁ、ぶっ殺すわな」
「まぁ、リョーマなら、そうだろうなぁ」
僕がそう答えると、リョーマがククッ、と笑った。
「オレとアサヒは死んだことになっていた。クソ叔父はよ、謀反を企てた仲間にもオレらの存在を隠していやがったのさ。ほとぼりが冷めた頃に出し抜くつもりだったんだろうぜ」
「なるほど……、それで服役したのか。王族を殺してよく死刑にならなかったね」
「親父は生前、15歳以下の処刑を禁止していたからな。親父の暗殺の件もあって、オレの意思で殺したとは思われなかったってのもある。誰かにやらされたんだろうってな」
「はぁ……、なるほど」
聞けば聞くほど壮絶な話だなぁ。
リョーマの言葉は、おどろくほど淡々としている。
そこには、恨みも憎しみも、怒りすらも感じられない。
ただ、自分の与えられた状況の中で生き抜くことだけを考えて過ごしてきたかのようだ。
「んで、まぁ、そんだけ欲の皮がつっぱらかって、爪を伸ばしてたクソ叔父だからよ、謀反側の連中からも煙たがられていたわけよ。だから、自分らの身内の誰かがガキに殺させたんだろうと思ったんだろうな。パクられてからも、特に追求はされなかった。ずいぶん間抜けな話だがよ」
「はぁ……。アサヒも収監されたの?」
「いや、アサヒは何もやってねぇからな。ただ、行き場もねぇ孤児だし、オレからも離れたがらないってんで、収容所の所長が面倒見てくれてたんだわ」
「……大丈夫だったのかな。いやらしいこととかされたり……」
「その所長はクズみてぇな奴だったが、娘を亡くしてたらしくてな。アサヒには優しくしていたみたいだぜ」
「ああ、それはよかった」
僕は心からうなずいた。
「でもよ、オレについた懲役は2000年だったわけ。10年そこらしか生きてないオレにとっては絶望だろ?」
「たしかに」
「ガキの頃から稽古事は色々やらされたから腕っぷしには自信があったし、力仕事やってりゃ待遇がよくなるし周りの囚人からナメたことされずに済むからよ、獄中で必死こいて鍛錬してな」
「
「ま、そういうこった。クソ話さ」
人にはいろんな歴史があるものだ。
タダ者じゃないとは思っていたし、士官学校でもトップレベルにガラの悪いやつだけど、どことなく感じる気品のようなものがある気がしたのは、そういうことだったのか。
「んで、その話が僕の養子になることと何の関係があるの?」
「てめぇのせいなんだよ」
「は?」
「オレは士官学校でさっさと冒険者資格を取って、自由きままな冒険者生活を満喫しようと思っていたのによ、てめぇみてぇな面白い奴を知っちまったもんだから、ついつい若獅子祭ではしゃいじまった。ヴァイリス内外の連中がその様子を見ていることもスッカリ忘れてよ」
「あー!!」
僕が指を差すと、リョーマが気まずそうに頭をかいた。
「謀反を起こした連中はとっくの昔に失脚してな、今は親父の従兄弟が王をやってるんだわ。んで、これがまた、子供がどうしてもできねぇんだと」
「うわー」
「そんな時に、若獅子祭にダミシアン最強の傭兵、
「お前、絶対根に持ってるだろ」
僕がそう言うと、リョーマがげらげら笑った。
「バカ言え、オレの人生で一番か二番目にいい思い出だぜ。本気でタイマン張って刺し殺される経験を生きたままできるなんてなァ、そうそうねぇんだからよ」
「へんなやつ」
「ま、そういうわけで、だ。ダミシアン王家の連中はそれ以来、ずっとオレの周辺を嗅ぎ回っててな、なんとか上手くごまかしてきたんだが……、あいつらマサドだからよ……」
「マサド?」
「知らねぇのか? ダミシアン諜報特務局。大陸最強の諜報機関だぞ」
「へぇ……」
「ダミシアンの名前を入れ替えたらマサドになるんだと。よくわかんねぇけど」
……メアリーが聞いたら喜びそうな話だ。
帰ってきてから寝込んでいた時に、メアリーと宰相閣下がかわりばんこで何度も押しかけてきた時のことを思い出して、ちょっとげんなりした。
「あー!!!」
「うわ、なんだよ。びっくりするじゃねぇか」
僕はあることに気がついて、思わず声を上げた。
「もしかして、アサヒを住み込みで僕に預けたのって、その連中に近寄らせないためだったの!?」
「……そんなわけねぇだろ。オレの大事なコレクションを売っぱらいやがったから追い出したんだよ」
嘘だ。
表情が読みにくいリョーマの顔に、一瞬だけ表情が出たのがわかった。
「なんだよー!! お前いい奴なんじゃん!!」
「いてぇ!いてぇ!! その腕でバシバシ叩くな!!」
僕は思わず、石膏で固めた左腕でリョーマの肩を叩いていた。
「……んで、その話が僕の養子になることと何の関係があるの?」
ひとしきりのやり取りが終わったところで、僕は二度目の質問をした。
「んだよ……、妙に察しがいいと思えば、意外なとこで勘の鈍い野郎だな」
「男から鈍感って言われても何も嬉しくないから、早く教えてくれる?」
「廃嫡だよ、廃嫡」
「はいちゃく?」
「嫡子としての継承権を失うってことだよ」
「いや、廃嫡の意味ぐらいはわかるけど……」
僕がそう言うと、「だーかーらー」と言いたげに、リョーマは両手を大きくぶんぶんと上下させる。
今にして思えば、そういうしぐさが妹そっくりである。
「あのな、お前は平民出身の成り上がり大貴族だからわかんねぇかも知れんがな? 王家や貴族が廃嫡になるのには、いくつかの理由があるんだよ」
イライラしているようで、丁寧に教えてくれる。
やっぱり、リョーマは意外といい奴なのかもしれない。
……いやいや、だまされるな。絶対そんなことはないぞ。
リョーマの若獅子祭のむちゃくちゃなノリを、決して忘れてはいけない。
「敵国に内通していたり、王や家長に反抗したり、まぁ、この辺は当然だな。あとは病弱ってのも理由になる。あと、王族ではめったにないが、遊びすぎて廃嫡になった貴族のバカ息子っていうパターンも、意外と多いらしい」
「ああ……」
怠けすぎてノームの王様をクビになったヤッサンの祖先の話を思い出した。
「でな? 廃嫡になるデカい要因のもう一つが、他家の嫡子になった場合だ」
「……」
だんだん、コイツのアホな考えが読めてきた。
「つまりだな、天才的なオレの頭脳が出した結論としては、だ。子供がいないテメェの養子になれば、オレは晴れて、押しも押されもしねぇベルゲングリューン侯爵家の跡取り息子ってことになるわけだ。ヴァイリスだかエスパダだかの侯爵家となりゃ、ダミシアンくんだりの王家と比べてもよ、家格としてもそう引けはとらんだろ?」
「大きく引けを取るわ!!」
「いーんだよ、こまけぇことはよ……」
ひらひらと手を振って、めんどくさそうにリョーマが言った。
……やっぱり、コイツはむちゃくちゃだ。
「とにかく、だ。そうなりゃ、オレは喫茶店のオープンテラスで新聞を読んでるおっさんがマサドの工作員なんじゃないかとか、公園で乳母車押してる婆さんがマサドの連絡係なんじゃないかとか、そういうことを気にしないで暮らせるようになるんだよ」
「本当にそんなんで大丈夫なのかなぁ……」
「妹はいいんだよ。テメェの屋敷で暮らしてりゃヴァイリスで一番安全だし、いざとなりゃテメェとねんごろになっちまえばどうにでもなるんだからよ。問題はオレなんだよ」
「むちゃくちゃなこと言いすぎだろ! 僕の人生をなんだと思ってるんだ」
「んだよぉ、妹のこと気に入ってんだろ?」
「そういう問題か!」
だめだ、頭がくらくらしてきた。
「テメェがどっかで子供をこさえちまう前に養子になっちまわないと、この計画はパアなんだよ。そして、テメェはいつどこで子供をこさえちまってもおかしくねぇ」
「人聞きの悪いことを言うな!」
「……一応聞いとくけど、まだいないよな?」
「いるか!!」
「よし、そうと決まれば話は早い! テメェの仲良しの宰相閣下あたりと話を付けといてくんねぇか。この通りだわ」
リョーマはそこまで言うと、なんと膝をついて僕に頭を下げてきた。
「……なんで僕にそこまでして、王位を継承したくないの? もう政情も安定して、争いもないんでしょ?」
「いや、だってよ……」
リョーマは顔を上げて、ぽりぽりと頭をかきながら、言った。
次に言う言葉は、だいたいわかってる。
僕と似てるところ、あるもんな。
どうせ、
「めんどくさいじゃん?」
って言うんだろ。
「戦争がおっぱじまるんだよ」
リョーマが言った言葉は、そんな僕の予想のはるか斜め上を駆け抜けていった。
「オレが国に帰るとな、ダミシアンは、ヴァイリスに侵攻するんだよ。その準備はもう、とっくにできてる」
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