第二十一章「若獅子祭」(16)

16


「あれ……」


 会場で覚醒した僕は、周囲の静まり返った様子に驚いた。

 最初は誰もいなくなってしまったのかと思ったけど、埋め尽くした観客の数は変わらない。

 会場の誰一人として、声を発していないのだ。


「……もしかして、何かやらかしちゃった?」

「右手を上げてみろよ」


 キムが笑いながらそう言うので、僕はよく意味がわからないまま、右手を上げる。

 その途端。


 鼓膜が破れそうなほどの大歓声が会場を包んだ。


「うおおおおおおおおおお!! すげぇ勝負だったぞ!!!!!」

「こんな若獅子祭見たことねぇよ!!!」

「C組が……、平民クラスが勝ちやがった!!!!!」

「今年の1年生、ヤバくないか?」

「ヴェンツェルくん、かわいいー!!」

「子犬みたいに爆笑王に付いてくるの、キュンキュンしちゃう!」

「ガーディアンで自分の城をぶっ壊した時は、爆笑王がまたやらかしちまったのかと思ったぜ!」

「わはは!! やらかしたじゃねぇか! 盛大によ!」

「次回の若獅子祭、絶対アレを真似するクラスが出てきそうだな……」

「……その前に、次回やれんのか? あんなに盛大に魔法樹を焼き払ったり、ガーディアンで破壊し尽くしてよ……」

「聖天馬騎士団に死神傭兵団グリムリーパー鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュル……、こんな若獅子祭はたぶん、二度と見れないでしょうね……」

「まったくだ。いい時代に生まれたもんだぜ……」

「トーマスとかいう奴を見てたら、なんかオレ泣けてきちゃったよ」

「あいつ肉屋の息子だろ? 帰りになんか買いに行ってやろうぜ」

「おそらく西部辺境警備隊は、この若獅子祭で我が国での評価がかなり高まるだろうな」

「ええ。今回彼らが見せた技術の数々とベルゲングリューン伯の策は、ヴァイリスの土木・建築分野に一石を投じたと思います」

「ベルゲングリューン式部品組み立てモジュール工法と言ったか……。それに移動式の馬防柵。実に興味深い。彼と話をする機会を作ってもらえるかね」

「かしこまりました」

「森に入ったゾフィア様強すぎない?」

「ジェルディク帝国と和平があって本当によかったよな」

「あの年で少佐らしいぞ。親父はあそこの帝国元帥殿」

「え、あのすげぇ怖そうな眼帯の人? 爆笑王のことずっと見てるけど……」

「『生まれるのが遅すぎた龍王』とか言われてるらしいぞ。300年前に生まれてたらヴァイリスは今頃ジェルディクっていう名前になってただろうって」

「龍王って……、たしかにそんな顔してるけど……」

「爆笑王の今回の戦いは素晴らしい」

「ほう、その心は?」

「うんこを1回も使わなかった」

「ぎゃはははは!違ぇねぇ!! あいつのエピソードって鳩のフンとか、うんこ燃やしたとか、そんなんばっかだもんな」

「うおおおお!!! オレのアデールちゃんが……、アデールちゃんがアゴヒゲのキザ野郎に……!!」

「リョーマさんカッケー!!! おれ中等部卒業したらあの人の舎弟にしてもらおう!」

「爆笑王ってもう奥さん3人いるんでしょ? 私も立候補できないかしら」

「4人って話よ。ほら、あの胸の大きい子も」

「……まだ学生でしょ? ちょっと手が早すぎない?」

「若さが有り余ってるのよ。どすけべそうな顔してるもの」

「あれはマザコンなのよきっと。周りがみんなお母さん代わりみたいじゃない?」

「あー、わかるー!!」


「……なんか、僕の話題だけロクな内容じゃないな」

「日頃の行いが悪いからでしょ」


 ユキから容赦ないツッコミが飛んだ。

 

「あ、そうそう、ルッ君、いる?」

「んーなに?」


 まだ若獅子祭の余韻でどこかボーッとしているルッ君に声をかけた。


「なんで、まだ泥だらけなの?」

「えっ、マジで?!」


 ルッ君があわてて自分の顔をごしごしとこする。


「うっそー」

「あっ、てめぇ……、えっ」


 ルッ君は顔をこすった手を止めて僕に何か言おうとして、目の前に差し出されたソレを見て目を丸くした。


「そ、それ……」


 僕はびっくりするルッ君の手に、ソレをぽん、と置いた。


「はい、あげる」


 ルッ君の手の上に置いた懐中時計。

 召喚から僕の手元に戻ってきた懐中時計ソレを見て、ルッ君の涙腺がみるみるうちにゆるみ始めた。

 と同時に、会場から大きな拍手が巻き起こった。


「えっ?」


 僕とルッ君がびっくりして顔を上げると、僕たちの様子が映像魔法スクリーンで観客全員に映し出されていた。


「うおおおおお、よかったなー!! ルッ君!!!」

「ニクいぞ! 爆笑王!! 男泣かせ!!」

「ルクスー!! カッコよかったぞ!!!」

「一人でB組落としたなんてすげぇぞー!!!」


「……なんか、男の歓声ばっかりだね」

「う、うるせぇ」


 ルッ君はそう言いながら、恥ずかしそうに懐中時計をポケットにしまった。


「ありがとな」

「こちらこそ。ありがとう」


 C組だけでなく、他のクラスも観客たちからの称賛を受けていた。

 あ、トーマスがE組のみんなから胴上げされてる。


(ほらね? 人気者だったでしょ、トーマス)


 アデールは女子たちからキャーキャー言われている。

 偽ジルベールからのドラマティックな求愛で大騒ぎしているんだろう。

 普段よくわからない本しか読んでないのに、まったく油断のならない奴だ。


 そんな中、シーン、と静まり返っているクラスがある。

 B組とA組だ。

 B組は本陣を下っ端3人組に任せてA組にヘコヘコしているうちに本陣を取られるっていう愚をおかした上に、その下っ端3人がルッ君をいたぶっていたところも、その後あっけなくやられたところもうっかり映像魔法スクリーンで観客に見られてしまうという大恥をぶっこいてしまったので、完全に自業自得だとは正直思う。

 あと半年ぐらい大人しくしていればいいんじゃないかな。


 だが、最大の強敵として敢闘したA組の静けさは、異質だった。

 それは、21年ぶりにA組が敗退したという衝撃だけではない。


(ギルサナス……)


 失った右目の傷を神官たちから回復魔法ヒールを受けている彼を、A組の連中は無視することもできず、近づくこともできず、ただ遠巻きに見ていた。

 それもそうだろう。

 彼の抱えた闇の深さを物語るような、漆黒の甲冑を身にまとった暗黒騎士ダークナイトの姿は、きっと忘れようにも忘れられないだろうから。


 大公爵グランドデュークの嫡男として、太陽のように輝いていた彼の姿は、そこにはない。

 担架に乗せられ、残された目でぼんやりと虚空を見上げているギルサナス・フォン・ジルベールの表情は、今までA組のクラスメイト達が見たことのないものだろう。

 

(きっと、本当の友達ができるよ。ギルサナス)


 A組生徒たちの顔を見て、僕は思った。

 彼らの目にある、動揺や恐れ、好奇、忌避きひ、さまざまな感情。

 でも、それだけじゃない。

 それが証拠に、ギルサナスを遠巻きに見ているクラスメイト達の輪が、少しずつ狭まってきている。


「C組生徒はこれよりヴァイリス王宮大広間にて、授与式を行う!! 移動開始!!」


 ボイド教官の声が響いた。

 

「なお、エリオット国王陛下によるお取り計らいにより、今年も授与の様子は映像魔法スクリーンでご覧になれますので、会場の皆様は引き続き若獅子祭をお楽しみください!!」


 ボイド教官がそう言うと、エリオット国王陛下とユリーシャ王女殿下が立ち上がり、観衆達が大きな拍手を送った。


『……まだ気を抜くなよ、まつおさんよ』

『はい。王女殿下』


 ユリーシャ王女殿下から、こっそり魔法伝達テレパシーが送られてきた。

 そうだ、まだ終わっていない。

 僕はエリオット国王陛下に移動を促す大貴族を見上げる。

 ギルサナスによく似た金髪。強い意志を感じさせる太い眉。大公爵グランドデュークとしての威厳を感じさせるひげ。屈強な身体に黄金鎧を身に纏い、豪華な赤いマントをひるがえしている男……。


 ジルベール大公と決着をつけなければ。

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