【人工ディスクリミネイション】


 僕の住んでいる地域は、アンドロイドが多く住んでいた所為せいで、僕はアンドロイドに対する差別意識を持たずに育った。


 彼らは、人間と同じような感情を持ち、成長し、アンドロイド同士で子を成した。僕は彼らと共に育ったので、人間とアンドロイドの区別を付けずに、幼少期を過ごした。僕の通っていた学校は、アンドロイドが多く、僕らが保健体育を学ぶ時だけ、彼らと別教室になったが、その時に人間とアンドロイドの比率を見て驚いた記憶がある。ちょうど半々だった。大きくなってから人口の0.3%ほどがアンドロイドだと知って、僕が過ごした幼少期は少し変わっていたんだな、と感じた。


 差別を感じたのは、中学校に上がる時。人間の僕は普通の……と言うと、ちょっと誤解を招いてしまうな。言い方を変えよう。ごく一般的な、中学校に進学した。アンドロイドの友人達は、皆、アンドロイドだけが通う中学校に進学した。国境が分断されたかのように、彼らとの学校生活は終わりを告げた。それでも、アンドロイドの友人達とは、放課後に集まって、ゲームをしたり、恋の話をしたりして盛り上がった。


 高校生になって、初めての彼女が出来た。彼女の事は本当に好きだったけれど、彼女が発した一言で、一気に冷めた。


「私、アンドロイドって嫌いなのよね」


 アンドロイドは嫌われていた。寿命は人間より長く、力が強く、計算などの処理能力が高い。人工物のくせに!という意識が、僕の国には蔓延まんえんしていた。昔、戦争で使われて、僕の国で多くの被害者を出したアンドロイドに対する差別意識は、根強かった。


 そんな僕も、友人のアンドロイドを酷く傷つけてしまった事があった。僕が初めて選挙に行くことになった、その日の事を今でも鮮明に覚えている。その日は、僕の誕生日の前日だった。まだギリギリ未成年なのに、投票権が与えられた。この国では法律上、誕生日前日の午後12時に1歳年齢が加算される事を知っている人はどのくらいいるだろうか。そんな法律のおかげで、僕は誕生日の前日に行われた選挙に行くことができた。


「お前は投票に行かないの?」

 軽い気持ちで、僕は友人に聞いた。

「俺はまだ未成年だし、それに…」




「俺はアンドロイドだから」



 僕は、直ぐに後悔した。彼がアンドロイドな事を失念していた。あまりに差別意識を持たない所為せいで、逆に彼を傷つけてしまった。なんで、こんな事を言ってしまったんだろう。僕の国では、アンドロイドには投票権が与えられていなかった。僕は彼に謝ったが、彼はいいよ、いいよ。と寂しげな笑顔で返してきた。


 アンドロイド同士は子を成すことは出来るが、人との間には子を成す事は出来ない。アンドロイドの友人が、人間の女性と恋に落ちた時、僕は一抹いちまつの不安を抱えた。この先に待っているのは、ハッピーエンドではないはずだ。いつか別れが来るのではないか、と僕は考えていた。





「結婚する事になったよ」


 アンドロイドの友人から久々に飲みに誘われて、店に入って乾杯する前に、彼は言った。


「おめでとう。とても大変だったんじゃないか?」

「うん。向こうの両親にも、ウチの両親にも大反対されたよ」


 疲弊ひへいしきった顔で、彼は続けた。


「一番の決め手は、彼女が子供が出来ないとしても、あなたと一緒になりたいって言ってくれたことかな。そもそも、結婚イコール子作りって考えがおかしいんだよ」

「そうだな。子供を作る事が全てではないもんな」


 酒を酌み交わして、お互いの会社の不満やら、政治やら、流行りのドラマの話やらをした。


「披露宴に来てくれるか?」

「もちろんだよ」


 結婚式当日、小雨が降っていた。少し残念だなあ。と思いながら席に着いた。司会の女性が話を始めた。


「フランスの言い伝えに、『Mariage pluvieux mariage heureux(雨の日の結婚式は幸運をもたらす)』というものがあります。お二人の未来に、幸せが沢山ある事を祈って。乾杯!」


 良い導入だ。


 新郎新婦の登場になった。友人はガチガチに緊張していて、見ていて笑いそうになった。同じ側の手足を同時に出すな。


 式は和やかに進んだ。


 花嫁が両親に向けて手紙を読むという、結婚式で一番泣けるシーンが始まった。


「お父さん、お母さん。彼との結婚を認めてくれてありがとうございます。」


 その後、泣ける台詞が続いて、僕はポロポロと泣いた。


「一番の決め手は、彼が私より必ず長生きする、と言ってくれたところです。頼りない彼だけど、そこは信じたいと思いました。彼はアンドロイドなので、きっと約束を守ってくれると思います」


 この世の中には人工的に作られた差別が蔓延まんえんしている。人工ディスクリミネイション。それは仕方の無い事なのかも知れない。性別や国籍、肌の色や生まれた地域、果ては年齢に至るまで、差別はどこにでも存在する。そんなつまらないものに、揺れ動かされてはいけない。二人の未来に幸あれ。僕は会場中に響く拍手を、二人に送った。








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