【未完成ラブポーション】☆
それは
「惚れ薬を作って欲しいんだ」
幼馴染の羊飼いに言われて、私は動揺したが、顔に出さずに返事をした。
「惚れ薬は生成が難しいし、料金も高いぞ。お前には払えないと思うんだが」
えーっ、と落ち込んだ顔をして、羊飼いは手を合わせて頭を下げた。
「友人割引とかありませんか」
「誰に飲ませるつもりなんだ」
「えと……村長の娘に……」
私は、この村に住む魔女。羊飼いとは子供の頃からの幼馴染だ。いつもは、村人に薬を作ったり、街へ行商に出かけたりして、生活をしていた。自分で言うのもなんだが、腕には自信がある。私の師匠が、素晴らしい腕の持ち主だったのが理由だ。スパルタな師匠だったが、そのお陰で確かな技術を身につけ、私は慎ましいながらも、何不自由なく暮らしている。
惚れ薬は、私の作る薬の中でも、売れ筋の商品だった。
「あれは、飲めば必ず効くというものでもないぞ。精々、少し仲が良くなる程度だ」
「それでもいいんだ!どうか俺に
参ったなあ、と思って私は頭をポリポリと
私は、羊飼いが出してくれた山羊のミルクを飲みながら、一考した。こいつが、村長の娘と恋仲になるのは、絶対に嫌だ。けれど、惚れた弱みというかなんというか、幸せになって欲しい気持ちもある。こいつの真っ直ぐな性格に惚れた私としては、悩みどころだ。しかし、魔女という呪われた職業の私と、羊飼いが一緒になる事はないだろう。ここら辺で、叶わぬ恋に
「材料費分の金は貰うぞ」
「ありがとう!」
羊飼いは嬉しそうに、私に抱きついてきた。
次の日から、私は材料集めの旅に出た。先ずは、ドラゴンの涙。ダンジョンにある財宝には目もくれずに、私は最下層のドラゴンの住処まで一直線に向かった。
「また来たのか、魔女よ」
「いつも悪いな。今回も涙をもらうぞ」
ラッパ銃をドラゴンに向けて、香辛料の詰まった弾丸を込めた。
「少し辛いだろうが、我慢してくれ」
弾丸をドラゴンの額の辺りに打ち込んで、私はマントを被った。香辛料がこちらまで飛んできて、私は少し
ドラゴンが辛そうに、くしゃみをしながら、私に近づいてきた。
「さあ、涙を取るがいい」
「ありがとう」
小瓶にドラゴンの涙を詰めて、私は一礼した。
「なんだか、いつもと違う香りの香辛料だな」
「よく気づいたな。実は、今回は完成品を作ろうと思ってる。その為に必要な涙の成分が出やすくなるようにしてあるんだ」
「師匠に言われて、完成品は作らないのではなかったのか」
「ちょっと事情があってね」
私は、
次は、王宮の庭にしか咲かない、満月の光を浴びた蘭から、こぼれ落ちる雫。私は城の城壁を飛び越えて、庭園に忍び込んだ。
「こんばんは、可愛い魔女さん」
「こんばんは、王女。お茶会ですか?」
王女がお付の侍女と共に、庭の中央にあるガゼボの下で、お茶を飲んでいた。
「満月になったから、また来るのかな、と思っていたのよ」
「今日は雫だけでなく、満開の蘭の蕾を頂きます。構いませんか?」
カップを口に当てて、一口飲み干してから、王女は言った。
「いつもとは違うのね、理由を聞いても大丈夫かしら?」
「惚れた男の望みです」
あら、と口に手を当てて、王女は悲しそうに微笑んだ。
「あなたはそれでいいのかしら」
「報われない恋に、飽き飽きしていたところです」
どうぞ、と王女が手のひらを仰向けにして、庭園に向けた。私は銀の
最後は、世界で最も高い雪山にある、氷の妖精の鱗粉。魔法をかけたコートを着ていても、凍えそうだ。山頂にある洞窟に入って、私は、鈴を鳴らした。青い羽根をばたつかせて、妖精が近寄ってきた。
「あんた、また来たの?鱗粉取られすぎて、最近、羽根が乾燥してきてるんだけど」
「悪いね。今日は少し多目に鱗粉を貰いたいんだけど」
頭を軽く下げて、私は妖精を指に乗せた。
「別にいいけど、なんかあったの?」
「この恋を終わりにするんだ」
妖精は、羽根を羽ばたかせて、光りながら私の周りを飛んだ。
「魔女は恋をしてはいけないの?」
「魔女と寝た男は、呪いで天国には行けなくなるんだよ」
私は涙を滲ませて、妖精に言った。
「泣かないで。鱗粉ならあげるから」
「ありがとう」
私が白い布を出すと、妖精はその上で踊りを舞った。青い鱗粉が、布の上に落ちた。私は妖精に別れを告げて、雪山を降りた。
私は、師匠に連れられて、惚れ薬の生成を学んだ日の事を思い出した。皆、ありがとう。
村に帰って、真っ先に羊飼いの家を訪れた。
「指を出してくれ。惚れ薬は、お前の血液を、この小瓶に詰めて完成だ」
羊飼いは感謝の言葉を述べて、人差し指を私の前に差し出した。針を人差し指に軽く突き刺して、滲んできた血液を小瓶に落とす。小瓶の中の液体が、鈍く光った。
「これで完成だ。後は村長の娘に飲ませれば終わりさ」
「ありがとう。今朝、取れた山羊のミルク飲んでいってくれよ」
羊飼いは小瓶を奥の部屋に持っていった。すぐに木製のコップに、なみなみと注がれたミルクを持って帰ってくる。
「今回のは特別に効果を強くしてあるから、期待するといいよ」
「本当に?料金は幾らくらいかな……」
「私からの結婚祝いさ」
羊飼いは大きく目を開いて、え?と鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。山羊のミルクをグィッと飲んで、私は続ける。
「いつもみたいな未完成の惚れ薬じゃない。今回は完璧な惚れ薬。どんな女もイチコロだよ」
「お前、今体調とか大丈夫か?」
アタフタしながら、羊飼いが聞いてきた。
「どういう事だ?」
「こう、頭が痛くなったりとかさ……」
歯切れの悪い言葉を口にしながら、羊飼いは頭を抱えた。
「別になんともないんだが」
羊飼いは白状した。
「お前に惚れ薬飲ませたんだけど!」
は?と
「なんで私に飲ませたんだ!お前は馬鹿なのか?いや馬鹿だ!惚れ薬を作るのに、私がどれだけ苦労したと思ってるんだ!」
羊飼いは、むっとした表情をして、私に言い返す。
「お前の事が好きだからだよ!村長の娘なんて、嘘に決まってるだろ!それなのに、いつもいつも、私は魔女だから幸せになる資格はないの、だとか言いやがって!お前となら、地獄にだって落ちてやるよ!こっちの身にもなれってんだ!」
言い合いになった。お前のそういう所が嫌いなんだ!から始まって、過去の事を、一々ほじくり返した。お互いに譲る気はなかった。
「ところでさ、完璧な惚れ薬って言ったよな?お前の腕って、ポンコツなんじゃないの?全然効果ないじゃないか!」
カチンときて、私は言い返した。
「初めから惚れてる女には、効かないんだよ!」
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