【未完成ラブポーション】☆


 それは隷属れいぞくの誓いにも等しい。あなたが望むなら、全てを投げ捨てよう。未完成な恋は鎖のように、私を動けなくするのだ。


「惚れ薬を作って欲しいんだ」

 幼馴染の羊飼いに言われて、私は動揺したが、顔に出さずに返事をした。

「惚れ薬は生成が難しいし、料金も高いぞ。お前には払えないと思うんだが」

 えーっ、と落ち込んだ顔をして、羊飼いは手を合わせて頭を下げた。

「友人割引とかありませんか」

「誰に飲ませるつもりなんだ」

「えと……村長の娘に……」

 口篭くちごもりながら、羊飼いは答えた。なるほど。村長の娘と羊飼いでは釣り合わない。そこを、私の力でなんとかしろって事か。


 私は、この村に住む魔女。羊飼いとは子供の頃からの幼馴染だ。いつもは、村人に薬を作ったり、街へ行商に出かけたりして、生活をしていた。自分で言うのもなんだが、腕には自信がある。私の師匠が、素晴らしい腕の持ち主だったのが理由だ。スパルタな師匠だったが、そのお陰で確かな技術を身につけ、私は慎ましいながらも、何不自由なく暮らしている。


 惚れ薬は、私の作る薬の中でも、売れ筋の商品だった。


「あれは、飲めば必ず効くというものでもないぞ。精々、少し仲が良くなる程度だ」

「それでもいいんだ!どうか俺に一縷いちるの望みをくれ」


 参ったなあ、と思って私は頭をポリポリといた。実は、惚れ薬は、いつも未完成品を作っている。本当は完璧な惚れ薬を作る事が出来るのだが、それは真実の愛ではないのだから作ってはいけないよ、と師匠から固く禁じられているのだった。


 私は、羊飼いが出してくれた山羊のミルクを飲みながら、一考した。こいつが、村長の娘と恋仲になるのは、絶対に嫌だ。けれど、惚れた弱みというかなんというか、幸せになって欲しい気持ちもある。こいつの真っ直ぐな性格に惚れた私としては、悩みどころだ。しかし、魔女という呪われた職業の私と、羊飼いが一緒になる事はないだろう。ここら辺で、叶わぬ恋に終止符ピリオドを打つのも、悪くないのかも知れないな。


「材料費分の金は貰うぞ」

「ありがとう!」

 羊飼いは嬉しそうに、私に抱きついてきた。


 次の日から、私は材料集めの旅に出た。先ずは、ドラゴンの涙。ダンジョンにある財宝には目もくれずに、私は最下層のドラゴンの住処まで一直線に向かった。


「また来たのか、魔女よ」

「いつも悪いな。今回も涙をもらうぞ」

 ラッパ銃をドラゴンに向けて、香辛料の詰まった弾丸を込めた。

「少し辛いだろうが、我慢してくれ」

 弾丸をドラゴンの額の辺りに打ち込んで、私はマントを被った。香辛料がこちらまで飛んできて、私は少しせた。


 ドラゴンが辛そうに、くしゃみをしながら、私に近づいてきた。


「さあ、涙を取るがいい」

「ありがとう」

 小瓶にドラゴンの涙を詰めて、私は一礼した。


「なんだか、いつもと違う香りの香辛料だな」

「よく気づいたな。実は、今回は完成品を作ろうと思ってる。その為に必要な涙の成分が出やすくなるようにしてあるんだ」

「師匠に言われて、完成品は作らないのではなかったのか」

「ちょっと事情があってね」

 私は、颯爽さっそうとその場を去った。


 次は、王宮の庭にしか咲かない、満月の光を浴びた蘭から、こぼれ落ちる雫。私は城の城壁を飛び越えて、庭園に忍び込んだ。


「こんばんは、可愛い魔女さん」

「こんばんは、王女。お茶会ですか?」


 王女がお付の侍女と共に、庭の中央にあるガゼボの下で、お茶を飲んでいた。


「満月になったから、また来るのかな、と思っていたのよ」

「今日は雫だけでなく、満開の蘭の蕾を頂きます。構いませんか?」

 カップを口に当てて、一口飲み干してから、王女は言った。


「いつもとは違うのね、理由を聞いても大丈夫かしら?」

「惚れた男の望みです」

 あら、と口に手を当てて、王女は悲しそうに微笑んだ。


「あなたはそれでいいのかしら」

「報われない恋に、飽き飽きしていたところです」

 どうぞ、と王女が手のひらを仰向けにして、庭園に向けた。私は銀のはさみで満開の蘭の蕾を切り取って、王女に感謝を述べた。


 最後は、世界で最も高い雪山にある、氷の妖精の鱗粉。魔法をかけたコートを着ていても、凍えそうだ。山頂にある洞窟に入って、私は、鈴を鳴らした。青い羽根をばたつかせて、妖精が近寄ってきた。


「あんた、また来たの?鱗粉取られすぎて、最近、羽根が乾燥してきてるんだけど」

「悪いね。今日は少し多目に鱗粉を貰いたいんだけど」

 頭を軽く下げて、私は妖精を指に乗せた。


「別にいいけど、なんかあったの?」

「この恋を終わりにするんだ」


 妖精は、羽根を羽ばたかせて、光りながら私の周りを飛んだ。


「魔女は恋をしてはいけないの?」

「魔女と寝た男は、呪いで天国には行けなくなるんだよ」

 私は涙を滲ませて、妖精に言った。


「泣かないで。鱗粉ならあげるから」

「ありがとう」


 私が白い布を出すと、妖精はその上で踊りを舞った。青い鱗粉が、布の上に落ちた。私は妖精に別れを告げて、雪山を降りた。





 私は、師匠に連れられて、惚れ薬の生成を学んだ日の事を思い出した。皆、ありがとう。





 村に帰って、真っ先に羊飼いの家を訪れた。

「指を出してくれ。惚れ薬は、お前の血液を、この小瓶に詰めて完成だ」


 羊飼いは感謝の言葉を述べて、人差し指を私の前に差し出した。針を人差し指に軽く突き刺して、滲んできた血液を小瓶に落とす。小瓶の中の液体が、鈍く光った。


「これで完成だ。後は村長の娘に飲ませれば終わりさ」

「ありがとう。今朝、取れた山羊のミルク飲んでいってくれよ」

 羊飼いは小瓶を奥の部屋に持っていった。すぐに木製のコップに、なみなみと注がれたミルクを持って帰ってくる。


「今回のは特別に効果を強くしてあるから、期待するといいよ」

「本当に?料金は幾らくらいかな……」

「私からの結婚祝いさ」

 羊飼いは大きく目を開いて、え?と鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。山羊のミルクをグィッと飲んで、私は続ける。


「いつもみたいな未完成の惚れ薬じゃない。今回は完璧な惚れ薬。どんな女もイチコロだよ」

「お前、今体調とか大丈夫か?」

 アタフタしながら、羊飼いが聞いてきた。

「どういう事だ?」

「こう、頭が痛くなったりとかさ……」

 歯切れの悪い言葉を口にしながら、羊飼いは頭を抱えた。

「別になんともないんだが」


 羊飼いは白状した。









「お前に惚れ薬飲ませたんだけど!」









 は?と疑問符クエスチョンマークが頭の上に並んで、私は聞いた。


「なんで私に飲ませたんだ!お前は馬鹿なのか?いや馬鹿だ!惚れ薬を作るのに、私がどれだけ苦労したと思ってるんだ!」


 羊飼いは、むっとした表情をして、私に言い返す。


「お前の事が好きだからだよ!村長の娘なんて、嘘に決まってるだろ!それなのに、いつもいつも、私は魔女だから幸せになる資格はないの、だとか言いやがって!お前となら、地獄にだって落ちてやるよ!こっちの身にもなれってんだ!」


 言い合いになった。お前のそういう所が嫌いなんだ!から始まって、過去の事を、一々ほじくり返した。お互いに譲る気はなかった。


「ところでさ、完璧な惚れ薬って言ったよな?お前の腕って、ポンコツなんじゃないの?全然効果ないじゃないか!」


 カチンときて、私は言い返した。








「初めから惚れてる女には、効かないんだよ!」
















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