【ビッチ先輩とヤリたい!】☆♡



 


 誰とでも寝るって噂のビッチ先輩との会話は、たまらなく面白くて、僕は大学では、いつも彼女のそばに居た。彼女は性に奔放ほんぽうで、数々の男性と寝ていたが、「友人とは寝ない」というポリシーがあるらしく、僕は彼女と一度もベッドを共にした事がなかった。


 誰とでも寝る、って訳ではない様だ。


 その日もビッチ先輩は、大学のカフェテリアで甘ったるい缶コーヒーを飲みながら、気だるそうにしていた。缶コーヒーを飲み干して、ビッチ先輩は突然、僕の目を見て言った。





「ハプバーに行きたい」





 ハプバーとは『ハプニングバー』の略で、性的にいろいろな嗜好しこうを持つ男女が集まり、客同士で突発的行為を楽しむ場所だ。体裁ていさいとしてバーという業態を取っているが、有り体に言えば風俗である。


「ハプバー……ですか?」

「うん。行ってみたい」

「どうして?」

「他人のセックスに興味あるんだよね」

 この人の思考回路は、一体どんな形をしているんだろう?と疑問に思いながらも、ビッチ先輩の事を少しでも理解したくて、僕は彼女に尋ねた。


「他人のセックス……そんなの見たいんですか?」

「ほら、自分のやり方が合ってるのか知りたくない?沢山の男と寝たけど、やっぱり個人個人でやり方が違ったし、自分のやり方を客観的に見たいんだよね」

「AV見たら良いじゃないですか」

 僕の提案に、ビッチ先輩は怒気を込めて言った。


「アンタ、好きなアーティストとか居る!?」

「え?あ、はい。居ます」

「凄く好きなら、CDで満足する?ライブ行きたくなるでしょ?」

「は、はあ……」

 彼女にとっては好きなアーティストへの熱量のベクトルと、他人のセックスの興味へのベクトルが一緒なのか、と心の中でツッコミながら、僕は軽くうなずいた。


「なんとなく理解しました」

「なら、良し。今から行こう!」

「え……嫌です」

 正直に言えば、一度くらい風俗というものに触れてみたかったけれど、出来れば最初はノーマルな所に行きたい。


「なんだよ、ノリ悪いわね」

「後輩とハプバーに行こうとするのが、そもそもノリがおかしいんですよ」

「まあ、いいや。お昼ご飯、一緒に食べようよ」

 飲み干した缶コーヒーをゴミ箱に捨てて、ビッチ先輩は食堂の方へと歩き始めた。僕は、本当にこの女は、我儘わがままでマイペースで、自分勝手だな、と思いながらも、結局、彼女の事が大好きだったので、文句一つ言えずに、無言でついていった。


 途中、彼女の同級生が酷く落ち込んだ様子で、ベンチに座っているのを見かけて、彼女はスタスタと近づいて話し掛けた。


「アンタ、何落ち込んでるの?」

「あー、ビッチか。実はさっき彼女にフラれてさ〜」

「マジか〜、これ見て元気だしな。ほらよ」

 ビッチ先輩は、その豊かなバストを寄せて、Tシャツの上から下着を同級生に見せつけた。


「あはははは!元気出たわ!ビッチ、ありがとう」

「ははは!今度、飯奢ってね」

 こんな風に、ビッチ先輩は大学の人気者だった。同性の一部からは凄く嫌われていたけれど、そんな事なんて一切気にしない生き様が、僕の目からは、とても格好良く映った。


 昼飯を一緒に食べていると、色々な人がビッチ先輩に挨拶してくる。僕は友達が少ない方なので、ビッチ先輩が少しうらやましかった。彼女は特定の彼氏は作らずに、夜になるとクラブやバーへ出かけては、様々なタイプの男と寝ているようだった。


たまに男が羨ましくなる事があるんだよな〜」


 突然、ビッチ先輩が嘆息たんそく混じりに呟いた。


「何かあったんですか?」

「例えばさ……んー、あそこの女、見てみな」

 ビッチ先輩が、クィっとあごで示した方角に視線を重ねると、グラマラスな体型の女性がカレーライスを食べている姿が見えた。


「あれ見て、どう思う?」

「いや……素敵な人だな、と」

「ハッキリ言えよ。良い身体からだしてるじゃない?」

「あ、はい」

「男目線から女を見ると、胸とか尻とかの形は、ある程度確認出来るでしょ?それに比べて、こっちは脱がせてみないと分からない。毎回毎回、ガチャ引いてる気分だよ。顔とか雰囲気が良くても、モノが良くないとつまらないんだよねー」

「男性器ガチャって事ですか」

「そうだよ。この間引いたのはSSRだったけど」

 ハッハッハ!と大きな声で笑って、ビッチ先輩は机の上に置いてあった水を飲み干した。


「興味本位で聞くんですけど……」

「何よ」

「その……ビッチ先輩は、何人の童貞と寝ましたか?」

「アンタ、今日、何回呼吸した?」

「分かりません」

「それと一緒よ」

 ふふふ、と笑うビッチ先輩の顔は、とても魅力的で、黙ってれば可憐な雰囲気の女性にしか見えないのにな、と僕は思った。


「なんでそんな事聞くの?」

「僕は恋愛経験がとぼしくて、初体験ってどんな感じなのか、知りたかったんです」

「アンタまだ経験ないんだ?」

「はい」

「全く恥ずかしいことじゃないし、気にしすぎじゃない?」

「恥じてはいないんですけど、興味は凄くあって」

「男性の20代で1回も告白された事がない人の割合って、何パーセントくらいだと思う?」

「1回も……か。うーん、20%くらいですか?」

「51.5%だよ。つまり、過半数が恋愛経験ないって感じなんだよ」

「え?そんなに?」

「勿論、男から告白して上手くいってる……ってパターンもあるだろうから、過半数って訳じゃないだろうけど、世の中思ってる程、恋愛経験豊富な人って少ないと思うよ」

 彼女の魅力の1つが、こう言った知性的な部分だ。僕は彼女の「上品に下品な事を言うところ」と「知性的に男性にアプローチするところ」が、とても好きだった。





 正直に言うと、惚れていた。




 けれど、彼女と寝る事になったら、恐らくこの心地良い距離感を失ってしまいそうで、僕は怖くて彼女に気持ちを伝える事が出来ないでいた。彼女も、恐らくは僕がそんな恋心を抱いてるなんて、微塵みじんも思っていないだろうし、今の関係でも充分に僕は満足していた。特定の相手を作らない。その事が僕を安心させていた。


 彼女の変化に気づいたのも、僕が常に彼女を意識していたからだ。メイクの雰囲気が変わって、いつも付けていた香水の香りがしなくなった。カフェテリアでコーヒーを飲んでいる時も、なんだかアンニュイな表情をする事が多くなった。何かあったのだろうか、と心配していた、ある日。




 僕は彼女から恋愛相談をされた。





 それを知った時、僕は血液が逆流して、胃痛で立ち上がれなかった。最悪なのは、その相手と言うのが、僕のゼミの担当の准教授だったって事だ。


「木下教授ってさ、どんな女が好みなのかな?」

 僕のゼミの担当教授と言う事で、ビッチ先輩は色々な事を聞いてくる。ビッチ先輩の瞳は、以前の「誰とでも寝る女」から「恋する乙女」へと変貌へんぼうしていた。こんなの、ビッチ先輩じゃない。


「僕の知る限り、教授の婚約者フィアンセは大人しい人でしたね」

「なるほど!大人しめの女ね。木下教授の前では口数少なめにいくか〜」

「ビッチ先輩の噂は大学中に広まってるから、もう手遅れじゃないですかね」

「くっ……いや、でも全く逆のタイプを好きになるってのは往々にしてあるし!」

「無理だと思いますけどね……教授は立場もありますし」

「そういう障害が、また男を本気にさせるのよ」

 何を言っても無駄だろう。


「なんで木下教授を好きになったんですか?」

「え?カッコよくない?」

 木下教授は確かに、どちらかと言えば顔は良い方だ。しかし、飛び抜けて良い!と言う方ではないし、彼女が今まで寝てきた男とは真逆のタイプ。ふちのないフレームのメガネを掛けていて、七三分けの「The理系男子」って感じの男だ。いつも黒ずくめの服を着ている。ファッションセンスが良いとはお世辞にも言えない。


「その意見には同意しかねます」

「まあ、そんな事はどうでもいいじゃん」

「本当は何かあったんでしょ?」

 僕の何気ない問い掛けに、ビッチ先輩は目をせて答えた。


「男に襲われそうになったところを、助けてもらったんだ」


 彼女が言うには、クラブで知り合った男に、無理やり車に乗せられそうになったところを助けてもらったとの事だ。その時に見せた「男の顔」にギャップ萌えして、恋に落ちたんだ、と彼女は照れながら言った。


 こんな顔、するんだ。


 と僕は嫉妬した。木下教授の事を口にして、照れてる彼女は、何処にでもいる女子大生。僕が恋していたビッチ先輩は、もう消え去ってしまった。不愉快きまわりない。


「兎に角、なんとかお近付きになりたいから、アンタ協力しなさいよ」

「分かりましたよ……」

 本当は拒否したかったけれど、彼女の頼みを断れないのは、惚れた弱みか。


「そういえば、今度、ゼミの飲み会があるんです。何か理由を付けて、参加するってのはどうですか?」

「いい考えね!」

 ビッチ先輩は、満面の笑みで、親指を突き立てて言った。


 理由なんて、なんでも良かった。大学の飲み会なんて、そんなもの。偶々たまたま、近くで飲んでたとか、友人に誘われたとか、暇だから、とか。今回は同じ店で飲んでた、という手段を使う事にした。飲み会の日、少し早めにビッチ先輩は店に行って、僕達を待っていた。


 店に入って、何人かがビッチ先輩に気付いて声を掛けた。ビッチ先輩は明るく皆に挨拶を返して、上手く飲み会に参加する流れにした。この辺り、本当にビッチ先輩は抜かりない。少し遅れて木下教授が店に入ってきた。


「木下教授〜!この間は、ありがとうございました!」

「あ!あの時の君か」

「はい!」

 ビッチ先輩は木下教授の隣に座って、お酌を始めた。木下教授もビッチ先輩も、酒豪なのでお互いにグビグビとお酒を飲んでいた。


 多分、今日、ビッチ先輩は木下教授をベッドに誘うだろう。胸焼けがしてきた。結末は予想出来ている。僕は気持ち悪くなって、酒の所為せいにして、トイレに吐きに行った。彼女への想いを再確認した。


 真夜中まで、ゼミの皆で飲んだ。まばらにゼミの何人かが帰って行った。ビッチ先輩は、小声で何かを木下教授の耳元でささやいて、外に出た。恐らく、今、誘ったのだろう。


 10分程して、木下教授も外に出た。僕は木下教授をけることにした。


 予想通り、というか、当たり前だけれど、近くの公園でビッチ先輩が木下教授を待っていた。ビッチ先輩は思いの丈を木下教授にぶつけている様だ。


 声は聞こえなかったけれど、ビッチ先輩は拒否されたのだろう。木下教授は首を横に振って、1人で公園を後にした。ビッチ先輩は振られた様だ。僕は安堵あんどして、偶然、そこを通った振りをして、ビッチ先輩に話し掛けた。


「ビッチ先輩、何してるんですか?」

 ビッチ先輩は僕を見るなり泣き出して、僕の胸に飛び込んで来た。僕は自分の心の弱さゆえに、彼女をこばむ事が出来なかった。失恋したての彼女の弱みにつけ込みたくなって、抱き締めた。


「ねえ、アンタの童貞、貰ってやろうか?」

 ビッチ先輩は自棄やけになっているのだろう。震える声で僕に言った。僕は、どうしていいか分からずに、そのまま、ビッチ先輩を抱き締めてる腕に力を込めた。


「近くにホテルあるんだ。行こう」

 僕は、正直、性欲よりも、この人を独占したいと言う気持ちで、彼女の提案に乗ることにした。


 ホテルに着いて、適当に選んだ部屋に入った。空調を付けようと、部屋のすみにあるリモコンを取ろうと手を伸ばしたところで、急にビッチ先輩に腕を引っ張られて、強引にキスされた。ドロドロに熱い舌の感触に、僕は完全にやられてしまって、やり方も分からないのに、必死で舌を絡ませた。このまま、この人と行為をするのか、と思うと興奮でアドレナリンが頭の中を支配していくのが分かった。


 彼女を押し倒して、服を脱がせた。僕も素早く服を脱いで、彼女を見つめた。彼女は僕の男性器を見て、アンタ、SSRだったのね、と笑った。僕は、彼女の微笑みを見て、少し安心した。彼女の肢体したいは白くて美しくて、僕は彼女の胸にキスをした。


 次はくちびるに、と思って、視線をビッチ先輩の瞳に向けた。声も出さずに彼女は泣いていた。それを見て、僕はえてしまって、やっぱり、ビッチ先輩とは友人でいたいです、と言った。ビッチ先輩は、そうね、ありがとう、と言って僕を抱き締めた。今日は、このまま寝ようね、と言ってくれた。僕は泣きそうになりながら、この恋心が終わるのを感じた。


 次の日、2人で大学に行った。彼女は、いつもの様に甘ったるいコーヒーを飲みにカフェテリアに向かった。僕も、いつもの様に、彼女の傍に居た。それから、彼女が卒業するまで、僕は、ずっと彼女の傍に居た。







 彼女が卒業して、2年が経つ頃、彼女から結婚式の招待状が届いた。就職活動中だったけれど、絶対にスケジュール調整して、出ようと決意した。婚約者から想い人を奪い取る程の恋の結末。お気に入りの映画の新作を観るような気持ちで、僕は彼女に出席します、とメールを送った。





 正直に言うと、今でもまだ少し後悔している。あの時に彼女を抱いていたら、ウェディングドレスを着た彼女の隣に居られたのだろうか。








 僕はまだ、女を知らない。

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