【甘々ストロベリームーン】


 モーちゃんは、いつも車道側を歩かせてくれない。なんで?って聞くと、微笑みながら答える。だって、ミーちゃんの右手を、独占したいから。私は何度でも恋をする。


「ミーちゃん、机の上に置いてある、僕のマックシェイク、冷蔵庫に入れといて」

 朝早く出勤して、マックシェイクを机に忘れたモーちゃんから、メールが来た。私は飲み終わったモーちゃんのマックシェイクを、ゴミ箱に捨てた。


「飲みました」

 返信すると、すぐにモーちゃんから返信がきた。

「え??どういうこと?」

 すかさず、私も返信する。

「愛してる」

「僕も愛してる」

「じゃあそういうことで」


 モーちゃんは優しいし、チョロいので、これで万事解決である。結婚して八年。夫婦仲は完璧。これは、モーちゃんと私のただの思い出話だ。


 今日は「恋を叶えてくれる月」の異名を持つ「ストロベリームーン」の日。6月に見られる赤い満月を見ると、出会った頃の事を思い出す。


 モーちゃんは、人見知りが酷くて、初めて会った時は、全然目を合わせてくれなかった。新入社員として入社してきた日、自己紹介の時も、顔を赤らめて、引きつった笑顔で、よろしくお願いします、と言った。可愛い人だなあ、というのが、私の第一印象。いじりがいがありそう。


 クズみたいな男とばかり付き合ってきた私にとって、モーちゃんは凄く新鮮だった。兎に角、やることなすこと全てが可愛い。モーちゃんより、3つ年上というのもあって、いつの間にか私を姉のように慕ってくれるようになったモーちゃんに恋心を抱くのに、時間は掛からなかった。


 6月のストロベリームーンの日、2人で会社帰りに居酒屋に寄った。モーちゃんは下戸だったので、コーラばかり頼んでいた。私はザルなので、グイグイ焼酎を飲み干していた。


「ミーちゃん先輩に、言っておかないといけない事があるんです」

 珍しくモーちゃんが深刻な顔をして、私に言った。


「なになに、借金でもあるの?お金貸すよ〜」

「借金はありません。貯金もないですけど」


 モーちゃんはコーラを一気飲みして、少し小さな声で言った。


「ここでは、なんなんで、少し夜道を歩きませんか」



 二人で大きな公園の外周を歩くことにした。酔っ払った私は、月を指さして叫んだ。

「モーちゃん!月が赤色だよ!」

「ストロベリームーンって言うんです」

「ショートケーキは、苺から食べるもんだよね」

「絶対に、スポンジからです」


 なかなか「話したい事」を話し始めないモーちゃんに痺れを切らして、私から話を振った。


「モーちゃん、話したい事って何?なんか悩んでるの?」

「ずっと言えなかったんです。許してください」

 モーちゃんは泣きそうになりながら、言った。


「僕、レズビアンなんです」


 モーちゃんは、女性だった。「僕」という一人称を使っているし、髪の毛も短いので一見すると男性に見えなくもないが、少し甲高い声や、豊かな胸の所為せいで、すぐに女性だと判断される見た目をしている。顔も美しいしね。


「そうなんだ。カミングアウトしてくれてありがとう。怖かったでしょ?」

「怖かったですぅ」


 モーちゃんは、ポロポロと泣き出した。


「何よりミーちゃん先輩に嫌われたくなくて……ず、ずっと……言おうと思ってたんですけど」

「ねえ、モーちゃん」


 甘い声で話しかけると、うつむいてたモーちゃんが、ゆっくりと顔を上げた。


「私、モーちゃんが好きなんだけど、私たち付き合わない?」

「本気で言ってますか?酔ってるんですか?」

「酔ってるよ!」

「それでもいいです。ミーちゃん先輩が好きです。僕と付き合ってください」


 私たちは、付き合いだした。

 初めてのキスは、モーちゃんが寝てる時に済ました。起きてる時だと恥ずかしかったので、寝込みを襲ってやった。興奮した。


 同棲を始めて、困った事がある。モーちゃんが、ブクブク太り始めたのだ。

「モーちゃんダイエットしなよ!」

「ミーちゃんのご飯が美味しいから、ダメなんだよ!不味く作ってよ!」

「モーちゃんの、食べる時の幸せな顔が好きだから無理!」


 私は雷が怖い。嵐の夜、外に出るのが怖かったので、モーちゃんに弁当の買い出しを頼んだ。行ってくるよ、とモーちゃんは合羽かっぱを着て玄関を出た。寂しい気持ちもあったが、モーちゃんが雷に打たれたらどうしようと心配になって、私も合羽を着てモーちゃんを追いかけた。

「一人で行った意味ないじゃん」

 モーちゃんは笑いながら、私の手を握ってくれた。


 会社ではモーちゃんとの関係は内緒なので、お互いに敬語を使っていたが、ふとした時に、いつもの口調になりそうになって、ヒヤヒヤした。


 ある日を境に、上司が私にセクハラを始めた。とてつもなく気持ち悪くて、会社に行くのも嫌だったが、生活の為にも無理をした。


 モーちゃんがキレた。


「彼女は僕の大切な人なんで、止めてください!!」


 この時の事を、私は一生忘れない。自分の事をかえりみず、私を守ってくれたモーちゃんに惚れ直した。私は会社を辞めた。


「給料3ヶ月分です!」

 モーちゃんが指輪を見せて、片膝を着いて私にプロポーズしてきた。答えは勿論、YESだ。拒否する事など、出来ない。


 それから今まで、私は何度モーちゃんに恋しただろうか。今でも6月になると、赤い満月をモーちゃんと一緒に見る。甘々な生活はこれからも続く。夫婦仲は完璧。これはモーちゃんと私の、ただの思い出話だ。














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