【マリーゴールドの花言葉】❤︎
本当は何を選んでいるのかなんて、私には分かっていた。子供じゃないんだから。あなたへ送りつけたマリーゴールド。その花言葉の意味を、いつもみたいに調べて欲しい。
彼との出会いを、今でも昨日の事のように覚えている。結婚記念日を忘れていた彼が、深夜に私の店に飛び込んできて、開口一番こう言った。
「まだ
置いてますよ、と言って、私は店の中にある薔薇を指さした。
「どんな種類にしますか?」
「あの……実は今日、結婚記念日なんですが、忘れていて」
間が抜けているなあ。と思いながら、接客を続けた。私の店は、繁華街の中にある24時間営業の花屋だ。普段は、近くに複数ある、夜の店のイベントで必要な花を届けたり、突然呼ばれたパーティに慌てた人などが訪れたりする。
「やっぱり赤い色がいいのかな」
「薔薇は送る本数によって、花言葉が変わるんですよ」
へえー、と目を大きく開いて、彼は言った。
「何か、それっぽくなる本数をお願いしてもいいですか?」
「4本が良いと思いますよ。花言葉は、『不変の愛を』、です」
「ありがとう。じゃあ、薔薇を5本ください」
ここまで間が抜けている客は初めてだ。4本だって言ってるのに。5本だと、違う意味になる事が分からないのだろうか。
彼は5本にまとめた薔薇の花束から、1本抜き出して私に差し出してきた。
「この1本は、お姉さんに。本当に助かりました。ありがとう」
花屋に花を送るなんて、本当にこの人は抜けているなあ、と思った。ちなみに1本の薔薇の花言葉は『一目惚れ』。愛の告白なら、これで決まりだ。
彼との再会は、すぐにやってきた。
「こんにちは!」
店からの花の配達のためにやってきた、運送会社の配達員。
「あら?前に来てくれましたよね」
「あの時は助かりました。お陰で妻は、ご機嫌ですよ」
彼は微笑んで続けた。
「これから、このエリア担当になるので、よろしくお願いします」
それからほぼ毎日、彼と話すようになった。
彼は間が抜けていたが、そこが凄くチャーミングで、私は彼の事を段々と好きになっていたけれど、彼の左手に光る指輪の
ある日、暗い顔をして彼が言った。
「あいつ、浮気してるかも知れません」
「奥さんが?」
「こんな事、同僚にも友人にも言えなくて。お花屋さんなら、どうしますか」
「取り敢えず、調べてみますかね」
結果はクロ。それでも、彼は別れないという選択肢を取った。いつか、戻って来てくれる事を信じたようだった。
「これ、余った商品なんですけど、貰ってくれませんか」
チューベローズを彼に送った。甘いフローラル系の香りのする、白い花。香水の原料としても人気があるその花の花言葉は、「危険な関係」だ。
次の日、彼から発せられた言葉にドキっとした。
「花言葉、調べてみたんです」
「そうですか」
「そういう意味に捉えてもいいんですか?」
「もちろん」
花言葉の通りに、危険な関係が始まった。いつも、ベッドから早めに逃げる彼の背中を捕まえて、甘える瞬間が大好きだった。その後に、シーツに残る彼の温もりを感じて、死にたくなった。
奥さんが
「こういうの、隠してて欲しいんだけど!」
後部座席には、チャイルドシートがあった。現実を突きつけられた。どれだけ愛してくれても、彼が選ぶのは私ではない事を知った。
ここで止めておけば良かった。私は悲劇のヒロインぶって、アクセルを踏んだ。何も望まないはずだったのに、奥さんと子供が憎くて仕方なかった。
彼を殺して私も死のうか、と考え始めた。
「浮気するような奥さんが、まだ好きなの?私と一緒になってよ」
恐らく、この言葉がきっかけだったのだろう。彼は冷めたようだった。私は彼を引き止めたくて、何度も繰り返しメールを送った。どうやったのか分からないけれど、彼は配達のエリアを変えたようだった。もう捨てられてしまうのだと悟った。
大量の睡眠薬を服用して、自殺を図った。命は取りとめたが、それよりも衝撃的な事実が私を襲った。
「あなた、妊娠してますよ」
医者に言われた一言で覚悟を決めた。まさか、自殺しようとした事で、妊娠が発覚するとは思わなかった。彼は見舞いに来なかった。もう期待しない。私は子供を産む事にした。
これは復讐だ。
お腹の中で段々と大きくなる胎児を、絶対に不幸にはしないと誓った。
生まれてきた女の子の手のひらの小ささに感動しながら、私は母になった。
報告のメッセージと、写真を添えて、最後に私はマリーゴールドを彼の会社に送った。その花言葉の意味を調べて、落ち込む彼を想像しながら、私は今日も店先に立つ。暖かな春の日差しを感じて、私は空を仰いだ。
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