【不眠症ローレライ】

 眠剤をアルコールで流し込む毎日だった。


 何故、眠れないのかと言えば不安感を消せないからだ。いつ仕事を失うかも知れない毎日に怯えている。僕は作家だ。今のところ、専業でやっていけてるが、毎日毎日ネタを考えてPCパソコンの前で四苦八苦。正直、辛い。担当編集からは大丈夫ですよ、と言われているが、ネタが枯渇したらどうしようとか、急に人気が無くなったらどうしようと言う思考が、浮かんでは消え浮かんでは消えの繰り返し。自分でも情けなくなる。


 ようやく眠りに就いても短時間で目が覚める。見るのは悪夢ばかり。そんな僕が眠れる様になったのは、冬が終わる気配を感じ始めた3月下旬の事だった。


 仕事中、僕はいつも、とある配信アプリで弾き語りの配信を垂れ流している。その日もBGMとして聞こうと弾き語りの配信を検索した。深夜だと言うのに多くの配信者が配信をしていた。適当にボタンを押した。


 そして僕はローレライに出会った。


 そのローレライというハンドルネームの女性配信者は、異様な程低い声で最近流行りのバラードを歌っていた。本家の歌の雰囲気よりも暗く聞こえるアレンジに、僕は一瞬でとりこになった。声が僕の好みのど真ん中で、聞いている内に気分が落ち着いてくる。まるで安定剤の様だ。


 気付くと、僕は眠っていた。


 それからローレライが配信している日は必ず聞く様になった。ローレライは、あまり雑談はせずに只管ひたすら歌う事が多かった。たまにする雑談は自分が受けたオーディションや、ライブの告知。話すのがあまり得意ではないの、と言っていた。僕は出来るだけコメントを残して、彼女を応援した。


 眠れる様になって作品をスラスラと書ける様になった。嬉しい。生きている実感がした。ローレライは僕を眠りの海に沈めてくれる。感謝から、それ程高額ではないけれど、投げ銭をする様になった。ローレライは僕の投げ銭にいつも感謝の言葉を述べて、何かリクエスト曲とかあれば歌いますよ、と言ってくれた。僕はいつも、彼女の声に合うバラードをリクエストした。


 彼女がまたオーディションに落ちた、と言う報告を受けた時、僕はコメントで励ましたけれど、彼女の気分が上がる事はなかった。その日は早々に配信が終わってしまって、僕はどうすればいいのか分からなくなってしまった。


 こんなに素敵な歌声なのに。他の人に彼女の声の声の素晴らしさが伝わらない事が、純粋に悔しかった。


 ローレライのお陰で筆が乗る毎日。新作の売上は今までで一番良くて、僕は大満足だった。


 そんなある日、担当編集から僕の作品がドラマ化されるかも知れない、という知らせが来た。確定ではないので、秘密にしておいてください、確定したら知らせますと言われて、不安と歓喜の感情が混ざる。


 その日の夜、ローレライの配信が始まった。僕は彼女に、いつもの様に投げ銭をした。彼女もいつもの様にリクエスト曲はありますか?と聞いてきた。僕はオリジナル曲を聞かせてください、とコメントを打った。


 彼女が動揺したのが画面越しに伝わって来た。


「私、作曲の才能がないのかも知れない。オーディション、毎回落ちてるし」

 彼女がいた弱音をぐに打ち消す。貴方の書いた曲が聞きたいんです、とコメントする。


「こんな曲……なんだけど」

 彼女が歌い始めたのは、重苦しくて胸やけがしそうな程に暗いバラードだった。


「全然、売れそうにないよね。自分でも分かってるんだけど、こんな曲が好きなんだ」

 恐らく彼女は泣いている。声が細かく震えていた。


 僕は今までで一番高額の投げ銭をした。彼女は驚いて、ありがとう、とささやく様に言った。僕はCD出しませんか?と彼女にコメントを打った。


「CD?」

 はい

「今時CDなんて売れるのかな」

 出来上がったら、少なくとも僕は買います

「でも費用も結構掛かるし」

 僕が出します

「……どうしてそこまでしてくれるの?」

 ファンなんです


 その後、何度か個人的にメッセージを送ってようやく彼女は僕の提案を受け入れてくれた。


 CDが発売されて、僕はそれを聞いて感動で震えた。


 ドラマ化が決まった日、担当編集に主題歌はこの曲が良い、と伝えて音源を送る。担当編集は僕の我儘を聞いて、少し戸惑った様だが音源を聞くなり、この曲、先生の本の雰囲気にマッチしますね、と言った。


 ローレライにオファーが行って、僕は大満足だった。


 僕は身分を明かしていない。だから彼女から来る個人的なメッセージは嬉しかった。ある日、ローレライと僕が打ち合わせで顔を突き合わせることになった。どうしよう。彼女に伝えるべきか。


 打ち合わせ当日、彼女の顔を始めて見た時、イメージ通りで思わず笑ってしまった。彼女はそんな僕の様子を見て、むっとした。ああ、すいません、と頭を下げて打ち合わせに入る。机の上に携帯を置いて、僕は彼女の話に耳を傾けた。


 担当編集もドラマの脚本家も、彼女の歌が気に入った様だ。彼女は嬉しそうに、何度も頭を下げた。そして携帯で、ちょっと身内に報告させてください、と言って指を動かした。ブブっと僕の携帯が揺れた。そこにはローレライからメッセージが来た通知が出ていた。


「え?」

「あ……」


 ローレライは僕の顔をまじまじと見つめて、微笑んで言った。


「今夜も貴方の為に歌いますね」











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る