【神様じゃなくなった日】

「おーい、義正よしまさやしろの掃除、頼んだぞ~」

「分かったよ、爺ちゃん!」

 宮司ぐうじである祖父に頼まれて、俺、山田やまだ義正よしまさは社の掃除を始めた。ウチの神社でまつられているのは学問の神。年末になると多くの受験生達が訪れる事で有名だ。


 しかし、この家に生まれた俺はと言うと、成績に関してはかんばしくない。通ってる小学校では、落ちこぼれとも言われている。その事が割とコンプレックスで、毎日ウチの神様に祈っているけれど、その願いが叶う事はなかった。


「あ~!大体、『比例と反比例』なんて社会に出て役に立つのかなあ。どうせ、俺、高校出たらこの神社継ぐつもりだし」

 境内けいだいの掃除を終えて、拝殿はいでんへと移動した。幼少の頃から掃除に関しては厳しく仕込まれている。丁寧ていねいに床などを拭いていった。


 最後は、ご神体の祀られている本殿。掃除の途中で、チラリとご神体に目をやる。ウチのご神体は鏡で、何でも1000年以上前に作られた物らしい。


「神様!どうか次のテスト、80点以上取らせて下さい!」

 掃除を終えて、俺は文字通り神に祈った。毎日の儀式の様な物。そして、そこを立ち去ろうと掃除道具を持ってご神体から目を離した。


「ふむふむ。お前にはいつも世話になっとるしのお。その願い、叶えてやろう」

 突然、後ろから声がした。振り返って、ご神体である鏡の方に視線を戻す。すると鏡の中から白髪はくはつの少女が出てきて、その両足を俺が磨き上げた床に着けた。


「わ!わわわわ!お前誰だ!」

「失敬な。我はお前らがあがめている、この神社のご神体であるぞ」

 腕組みをして胸を張り、白髪の少女は偉そうに言った。


「ご、ご神体?」

「そうじゃ」

 確かに少女が鏡の中から出て来たのを、この目で確認したし、その身にまとう雰囲気は常人の物ではなかった。


「さて、お前の願いを叶えてやろう」

「ホ、ホントですか!」

 俺は歓喜してご神体である白髪の少女に頭を下げた。


「ふふふ。私は学問の神だぞ!私に分からない問題などない!」

「こ、心強いです!」

「そうだろう!そうだろう!さあ……」

 少女はニヤリ、と笑って言葉を続けた。





宿

「え?」




 俺は勘違いをしていた。特殊な力で頭を良くしてくれる物だとばかり思っていたのに、なんとこの少女……かがみ様は俺の宿題を見てくれるだけだと言う。


「だから!その式は比例なんじゃ!あ!そこは反比例じゃ!」

「わかんねーよ!」

「うむむ。小僧、思った以上に頭悪いな」

「うるせえ!鏡様だって、学問の神って割に教え方下手じゃないか」

「なんじゃとー!」

 俺の言葉でプライドが傷ついたのか、鏡様はねてそっぽを向いた。俺も意地を張って、謝る事はせずに、必死に問題を解こうと頭をひねった。頑張って頑張って、ようやく一問だけ解く。それを見て、鏡様は微笑んで俺の頭をでた。


「小僧、よくやった!正解じゃぞ」

 その微笑みに釣られて、俺も思わず笑顔になった。そうこうしている内に、算数の宿題を全て終わらせた。いつもは途中で分からなくなって、真っ白のまま提出する宿題のプリントが埋まっているのが、純粋に嬉しかった。


 それから、鏡様に色々な事を教えて貰った。特に歴史については、当時の事などを詳細に話してくれるので、とても興味深かった。鏡様に勉強を教えて貰う内に、俺の成績はどんどんと良くなっていって、クラスメイトの皆には優秀な家庭教師でも付けて貰ったの?と聞かれるようにまでなった。


 あれだけ苦手だった算数も、今では一番得意とまで言える。


 中学校に入学して、初めてのテストで上位5名の中に入った。祖父や両親はとても喜んでくれて、これも何もかもウチのご神体のお陰かも知れないわね、と言った。実際にそうだったけれど、鏡様は俺にしか見えないらしく、俺はもどかしい気持ちになりながら、そうだね、と呟くことしか出来なかった。


 2学期になって、隣の席の女の子から告白された。俺は自分の気持ちに整理が付かなくて、友人達に相談した。けれど、友人達もそんなに恋愛経験が豊富な訳ではなかったので、俺が納得するアドバイスを貰う事は出来なかった。


 だから、鏡様に答えを聞く事にした。


 状況を説明するなり、ぐに鏡様は、止めておくのだ!と言った。なんで?と聞いても、鏡様は間誤付まごつくだけで、いつもの様にしっかりとしたアドバイスをくれなかった。俺は自分自身でこの恋の問題に解答を出す事にした。


 次の日、告白をOKした事を鏡様に告げると、鏡様はしょんぼりとして、ご神体である鏡の中へと引っ込んでいった。それから数日間、俺が掃除の度に話し掛けても、鏡様がご神体の中から出てくる事はなかった。


 ようやく鏡様が出て来たのは一週間後だった。鏡様は少しだけやつれていて、俺は心配になって大丈夫?と聞いた。鏡様は、何の問題もないわ!と、がははと笑った。


 その彼女とは長くは続かなかった。元々、こちらから好意を寄せた訳ではないので、振られてもそれほどショックは大きくなかったけれど、それでも失恋は失恋だ。鏡様に彼女に振られた事を告げると、鏡様は笑いながら落ち込むなよ~!と言った。俺は少し腹立たしくなって、うるせえ!と悪態をいた。


 そうこうしてる内に季節は巡って、高校生になった。


 進学について、凄く悩んだ。家族の皆は、神社を継がなくても良いからお前の自由にしなさい、と言ってくれた。その言葉に甘えて、俺は数学科のある大学に行こうと決心した。県外にある大学か、地元にある大学かで悩んだ。どちらも魅力的だ。


 鏡様に相談すると、即答で地元の大学にするのだ!と言われた。どうして?と聞くと、鏡様は大学のパンフレットを持ってきて、熱心に俺にプレゼンを始めた。なんでも、偏差値は少し劣るけれど、数学科の教授陣が地元の大学の方が優れているらしく、こちらの方がお前の為になるぞ!と言われた。俺は少し悩んだけれど、鏡様の言う通り、地元の大学に進学する事にした。


 この頃になると、鏡様に勉強を教えて貰う事は少なくなってきた。むしろ、人生についてなどの哲学的な質問が増えてきた様に思う。


 たまに意地悪がしたくなって、数学上の未解決問題について質問したりした。鏡様は、ぐぬぬと言いながら、必死でその問題を解こうとしたけれど、その問題が解ける事はなかった。その姿を見て、可愛いな、と、いつも思った。


 恋人が出来る度、鏡様に恋愛相談をした。中学校の時と違って、鏡様は適格なアドバイスをくれた。けれど、いつも何故か寂しそうな目をしていた。


 漸く、その頃になって、俺は鏡様は俺の事を好いてくれてるんじゃないか?と思う様になった。俺も鏡様の事が大好きだったので、就職を控えたある夜に鏡様に気持ちを伝える事にした。


「なあ、鏡様」

「なんじゃ小僧」

「すげえ難しい問題について相談したいんだけど」

「なんでも来い」

 俺は深呼吸して、鏡様の目を真っすぐに見つめた。


「神様と恋愛するには、どうしたら良いんだ?」

 その発言に鏡様は狼狽うろたえながら、答えた。


「と、とりあえず告白してみる事じゃな」

 次の俺の発言を待ちきれなかったのか、鏡様は満面の笑みで俺の胸に飛び込んできた。鏡様はもう神様じゃなくて、唯の恋する女の子だ。俺は飛び込んできた鏡様を抱きしめ返した。






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