【運命の黒い糸】

 私には「運命の赤い糸」が見える。人の左手の小指から出ている赤い糸の意味を、私は幼少の時から理解していた。赤い糸で繋がれているのは「運命の人」だ。男女だけではなく同性同士でも、運命の赤い糸は存在する。二人の間に存在する赤い糸は、誰も切る事は出来ない。それは運命なのだ。私は、他人の様々な恋を叶えてきた。






 王国一の占い師として名をせていた私は、その日もいつもの様に、占いの館で色々な事情を抱えた人達の運命を占っていた。特に恋愛に関しての的中率は評判で、外れた事がない!とまで言われていた。


 そりゃあ、そうだ。運命の赤い糸で結ばれているカップルなら、貴方達は運命で結ばれています、と正直に話せば良いだけだし、そうでなければ二人の未来は困難です、努力が必要です、とでも言えばいいのだ。それは決して変える事の出来ない未来だし、運命なのだ。


 私は自分の左手の小指を見た。私にも、赤い糸が結ばれていた。相手は恋人の海運会社社長。ただ、彼は失敗している。運命の人は私だったのに、別の女性と結婚してしまったのだ。彼もその事を悔やんでおり、近々、離婚して私と一緒になる、と言ってくれている。運命は変えられない。それは神が決めたルールなのだから。


 ある日、いつもの様に占いをしてください、と一組のカップルが訪れた。彼らは私の目から見ても相思相愛、互いを想い合っているのが、伝わってきた。常にお互いの目を見て話し、手を握っている。そして、その瞳には慈愛の色が浮かんでいた。小指の先から糸が出ていて、お互いの左手の小指同士が結ばれている。貴方達は運命で結ばれていますよ、といつもの様に言おうとして、私は言葉に詰まった。





 糸は黒い色をしていた。




 初めての経験だ。部屋の薄暗い照明の所為せいで気付かなかった。黒い糸?赤くないなんて。しかし糸で繋がれているのに間違いはない。二人が不安そうに、私達の恋は、どうですか?と聞いてきて、私は動揺した。どう答えるのが正解なのだろうか。何はともあれ、糸で結ばれているのに間違いはない。そもそも、これが悪い意味であるなら、糸自体が存在する事はないはずだ。私は少し躊躇ちゅうちょしながらも、貴方達は運命で結ばれています、といつもの台詞せりふを口にした。二人は安心して、溜息をいた後、ありがとうございました、と言って部屋を出た。私は一抹いちまつの不安を抱えながらも、次の客を部屋に招いた。





 その日の夜、恋人と逢瀬おうせを重ねる事になった。彼も私も、それなりに立場のある人間なので、人目を忍んで会うしかない。待ち合わせは私の家。馬車が家の前で止まる音がして、私は急いで部屋の扉を開けた。彼は素敵な微笑みを浮かべながら、私を抱きしめた。愛しい人。私達は、その日、何度も体を重ねた。


「……って事があったのよ」

「へえ」

 彼には自分の能力の事を話していたので、相談に乗ってもらった。黒い糸なんて気持ち悪い。これが白とか虹色ならイメージも変わったのだろうが、りにって黒。「不吉」や「死」「恐怖」「不安」を喚起させる色。私が、どうすれば良いと思う?と聞くと彼は、大丈夫、お前の力は人を幸せにするものだよ、と言ってくれた。


 スッキリとしないまま、仕事をこなす毎日が続いた。新聞に載せる星座占いのコラムを書いていると、前日の新聞が届けられた。新聞社が献本けんぽんしてくれた物だ。記事の確認の意味がある。私は誤字などの確認の為にさっと目を通した。すると、コラムの隣に貴族と使用人が心中した、という小さな記事が載っていた。




 黒い糸で結ばれた二人だった。



 私は動揺しながら、記事に目を通した。貴族の女性と、使用人の男性。二人は愛し合っていたが、その身分違いの恋は成就する事はなく、貴族の親族が無理矢理、隣国の貴族へと嫁がせようとして、二人は心中したとの記事だった。黒い糸……あれは「運命の人」ではあるけれど、決して結ばれる事のない悲恋の色をしていたのか。


 それから、しばしば「黒い糸」を持つ人を見る様になった。今までは糸で結ばれていない人には、努力が必要です、と軽い返答をしていたが、黒い糸で結ばれた二人を見た時は必ず別れなさい、とアドバイスするようになった。悲恋の手伝いなど、絶対にごめんだ。


 ある日、一人の女性が占いにやってきた。愛してる男性の子供を身籠ったが、相手には他に好きな女性が居るらしいとの事だった。この恋を貫いていいものか悩んでおり、とても不安そうだった。彼女の左手の小指からは、燃えるように赤い糸が出ていた。私は安心して、その恋は必ず叶いますよ、と告げた。


「本当ですか?良かった。彼の心変わりが不安だったんです」

「大丈夫ですよ。貴方は必ず、幸せになれます」

「安心しました」

 彼女は深く頭を下げて、部屋のドアに手を掛けた。そこで、振り向いて私にこう言った。




「私から、あの人を奪おうとした貴方の顔を見たかったんです。ありがとう。さようなら」




 ふと、私の左手の小指を見ると、その糸は黒く染まっていた。






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