【幸運の売人】



 人生において、運の総量が決まっていたとして、それを自由に使えたら?って考えた事はない?しくは、幸運をお金で買えたら、と考えた事はない?その願い、叶えましょう。私は幸運の売人プッシャー。そこの路地裏に居るので、いつでも声を掛けてね。






 そのうわさを聞いたのは、いつの日だったか。それすらも、うろ覚えだが、まことしやかに「幸運の売人」の噂はウチの高校で広まっていた。繁華街の路地裏にソイツは居て、運を金や寿命で買えるらしい。ある人は大病を治したとか、ある人は宝くじに当たって巨万の富を得たとか、眉唾物まゆつばものの噂だったが、それにすがりたくなる事情が、俺にはあった。


 幸運の売人は老婆だとか、美丈夫びじょうふだとか、色々な説がある。姿形や年齢すら知られて居なかった。ただ、繁華街の路地裏に居て、「幸運が欲しいか?」と聞かれて、「はい」と応えれば、幸運が買える、というのは、どの噂話にも必ず登場する。




 俺には、どうしても幸運をつかむ必要があった。




 電車で二駅。くだんの繁華街に着いて、期待を膨らませて裏路地に入る。誰も居ない。ここではないのか、と一度、メインストリートに戻って、別の裏路地に入る。ここにも居ない。何度もそれを繰り返して、諦めかけた午後8時、20代前半の美女が路地裏に立っていた。その美女は俺を見るなり、妖艶ようえんな微笑みを浮かべて、低い声で言った。


「あなた、幸運が欲しくない?」


 ようやく見つけたぞ!俺は興奮して、首をブンブンと縦に振って、美女に近づいた。美女は、そう……と言って、服の袖から小さなビー玉の様な物を取り出した。


「どんな願い事を叶えて欲しいの?それによって金額、若しくは寿命の量が変わってくるの」

「す、好きな人が居て……」

 俺は少しどもりながら、美女……幸運の売人プッシャーに言った。


「それで?」

 幸運の売人は、冷静に質問を口にした。


「彼女に告白しようと思ってるんです。何が何でも告白を成功させたいんです。幸運を売ってください」

「その位の幸運ならお安い御用よ。少し質問させて」

「はい」

「その彼女にはパートナーは居る?」

「居ません」

「そう……なら、より簡単ね」

「そうですか」

「年齢差や身分の差、国籍の違いなどは?」

「ありません。ただ、彼女は俺からすると高嶺の花です」

「なるほど……それは少しだけ値段が上がるわね」

 幸運の売人は一瞬、目を下へやって、俺に言った。


「それで……幾らくらいになりますか。俺は学生なので、そんなに多くは出せないんです」

 正直に幸運の売人に言うと、彼女は首を傾けてから、俺にささやいた。


「じゃあ、成功率100%とはいかないけれど、一万円でどうかしら?十中八九、成功するくらいに運の総量を上げてあげる。もしも失敗したなら、お金は返すわ」

 一万円か……。財布の中には三万円弱ある。痛い出費だが、払えないことはない。


「ちなみに100%だと、幾らくらいですか?」

「100%だと、途端に値段があがるわよ?桁2つは違うと思って」

 100万!?そんな金はない。渋々、俺は財布から一万円札を取り出して、幸運の売人に手渡した。


「目をつむってくれる?大丈夫、持ち逃げしたりしないわ」

 いぶかしい気持ちが胸に去来したが、信じるしかない、と自分に言い聞かせて、俺はまぶたを閉じた。


 数秒して幸運の売人が、もういいわよ、と呟いた。恐る恐る目を開けると、幸運の売人が手にしていたビー玉の様な物が粉々に砕けていた。


「これで幸運は貴方の物。その代わり、貴方の人生の運の総量は減ったわ。効果は24時間。もしも彼女に告白して振られたら、お金は必ず返す。明日もここに居るから、いつでも来て」

「分かりました」

 正直、信じきれない思いはあったが、わらにもすがりたい気持ちで、俺は幸運の売人に頭を下げた。


 次の日、彼女を校舎裏に呼び出して、気持ちを伝えることにした。何日も考えた気障きざな告白の台詞せりふは、緊張で何処かへ飛んでしまって、ストレートに好きですと口にした。それが好印象だったのか、彼女は笑顔で、よろしくお願いします、と言ってくれた。幸運を身にまとった俺は、どんな願いでも叶う気がして、帰り道にスピード宝くじを買った。スクラッチを十円玉で削る。クジラのマークが三つ揃っていた。


 換金すると、一万円。昨日、幸運の売人に払った分の金が戻ってきた。凄い。幸運の売人の噂は本当だったのか。俺は興奮して、友人達に幸運の売人に会った事、実際に願いを叶えて貰った事を話した。


 それから、何か困った事があると、幸運の売人に頼る様になった。彼女との初デートが上手くいくように願ったり、期末テストに自信がない時、金を払ってヤマ勘や、マークシートの的中率が当たるように願ったり。その全てを幸運の売人は叶えてくれた。


 大学受験も、幸運の売人に頼った。その時の金額は10万。正直、出費は痛かったけれど、背に腹は代えられない。試験に出た微妙に分からない選択問題は、殆ど正解していた。おかげで俺はギリギリで大学に入学する事が出来た。




 幸運の売人に払った最も大きい金額は50万円だ。




 恋人が交通事故に巻き込まれて、大怪我を負って集中治療室ICUに運ばれた時、俺は直ぐに全財産を引き落として、繁華街に向かった。生死の境を彷徨さまよう彼女の命を救うには、幸運が必要だった。幸運の売人は、いつもの路地裏に、いつもの様に微笑みを浮かべて立っていた。


「彼女が事故に巻き込まれて、生死の境を彷徨ってます。彼女を助けてください。ここに、俺の全財産があります!」

 俺は鞄の中から、50万円を取り出して、幸運の売人に見せた。幸運の売人は、嘆息たんそく混じりに、冷たく言い放った。


「大切な人の命が掛かっているのに50万円?正直、足りないわね」

「残りは、俺の寿命を使ってください!」

「……それでも足りない。彼女が生還する可能性を引き上げる事は出来るわ。でも、50%まで。それでも構わないと言うなら、50万円と、貴方の残りの寿命で、願いを叶えてあげる」

「それでも構いません!彼女が生きる可能性が1%でもあがるなら!」

「分かったわ。目を閉じて」

 俺はいつもの様に目を閉じた。


「もういいわよ。目を開けて」

 彼女の手にあったビー玉の様な物は、いつもの様に粉々に砕けていた。


「早く彼女の元へ行きなさい。効果は24時間。貴方が近くに居ないと幸運はやってこない」

「分かりました!」

 俺は急いで彼女の元へと向かった。





 結果、彼女は一命を取り留めた。


 俺は感謝を述べようと幸運の売人の元を訪れたが、いつもの場所に幸運の売人は居なかった。他の裏路地を覗いても、幸運の売人を見つける事は出来なかった。


 幸運の売人。彼女が居なければ、俺の人生はどうなっていただろうか。願いを叶えて貰う時の様に、数秒、目を閉じて、俺はもう一度幸運の売人に会える事を願った。











 私は幸運の売人。いや……本当は幸運を売りものにする詐欺師だ。こんなに儲かる仕事はない。誰しもが願いを叶えて貰おうと私の元を訪れるが、本人の努力が実っているだけなのだ。人は最後に神に頼るが、本当に滑稽こっけい。神など居るはずがないだろう。もしも本当に神が居るのなら、こんな不平等な世界がある筈がない。そして、神が居るのなら、私の商売は成り立っていない筈なのだ。


 

 I'm an atheist and I thank God for it.

 私は無神論者だが、そのことを神に感謝している。

[ ジョージ・バーナード・ショー]




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