【教授との雑談:喫煙率と飽和と甘すぎるコーヒー】
「サチュレート(saturate)してる。」
なんで、飽和してるって英語でいうのだろう。
僕が控え室で作ったコーヒーが、砂糖を多く入れすぎたのを指摘しているのである。
「甘党なんだよ、僕は。」
彼の非難を押し返して、底に溜まった砂糖をスプーンですくっていると、教授はボソリと呟いた。
「糖分を摂るのは良いことだと思うけど、
喫煙は止めたほうがいいよ。」
自分のほうに煙がくるのが嫌なのか、本当に僕の体を心配しているのか、僕の今の状況を知っていて、ソレを止めようとしてくれたのか、彼の淡々とした言葉から彼の意図を掴みきれなくて、僕は次に発する自分の言葉を探した。
「頭脳に悪い影響が出るよ。」
「お前の方に向けて、煙吐いてやる。」
「僕の頭脳はそんなにヤワじゃないから大丈夫だ。」
教授と出会ったのは、母校での教育実習だった。彼は僕と同じ年で、日本で5本の指に入るであろう大学で、物理を学んでいる男だった。ちなみに、今度、日本最高学府の院試を受けるらしい。なんとなく、イメージでつけたアダ名が教授。
初対面の印象は「キモいヤツ」だった。
毎日、机に向かって勉強ばかりしてそうな面をしていた。世の中の人間、全てをバカにしているような目をしていた。そして、実際その通りだったのだが、何故か気が合った。
話してみると、教授は意外に面白いヤツだったのだ。
「煙吸って美味いかい?」
「はぁ?別に美味くはないけど……」
僕がお気に入りの黒いジッポでタバコに火を点けるのを見て、教授は興味深そうに聞いた。
「僕の周りには、喫煙者が少ないんだ。タバコって百害あって一利なし。ってことは皆知ってるのに、どうして吸うのか、ずっと疑問だったんだ。」
「……僕の家では、犬以外、家族全員が吸うよ。う~~ん……」
僕は、教授の質問に対する答えを考えながら、手元に置いてあった二人分のホットコーヒーを指差した。
「例えばさ。生きるうえで水分は必要だけど、カフェインは必要じゃない。でも教授はなんでコーヒーを飲むの?」
「美味しいからに決まってるじゃないか。」
「それと同じだよ。」
「さっき、美味くないって言わなかった?」
「ん~~。じゃあ、教授はなんで本を読むの?」
僕は、彼が手に持っていた高等物理の専門書を指差して言った。
「面白いからだよ。」
「僕には、面白くないよ。つまり、それと一緒さ。生きるうえで必要ではないけど、それがあれば生きていける。ってな物が、人にはあるんだ。んでもって、君が読んでいる『4次の微小量』なんてものと同じで、僕からすれば意味のないものも、君には重要なんでしょ?この筒型の葉は、僕にとっての専門書なの。」
「専門書は害がないよ。」
「そんなもん、頭に良いわけねーだろ」
彼には、喫煙する意味が分からないという。
ここに、面白いレポートがある。
「アメリカの喫煙率 」
男性は27%、女性は22.6% (2001年)
高校中退者が37.5%で最高、大卒者は14%で最下位 。
ちなみに中国では、学歴のない人の喫煙率は大学卒の6.9倍も高く、ブラジルでは、無学歴の人は2年以上の学歴のある人の5倍、喫煙率が高くなっている。
考えてみれば、僕の友人の中で、高学歴な人間に喫煙者は驚くほど少ない。
でも、喫煙者の中に、コミュニケーション能力の低い人間てのも、驚くほど少なかったりする。何か関係あるんだろうか?
僕は一つの結論を導き出して、彼に伝えた。
「タバコを吸えば、君もマトモな人間になると思うよ。」
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