【魔王様はグルメを語る】


「来たで!」

 召喚された魔王は、関西弁の美少女だった。


 ここは町外れにあるレストラン。見習いシェフの俺は、その夜、店主と共に新しいメニューを考えていた。色々な具材を混ぜて、グツグツとスープを煮込んでいたのだが、それが魔王召喚の切っ掛けになってしまったらしい。どうやら、あの肉の卸売業者が持ってきたドラゴンの希少部位の尾と言うやつが、他の具材と化学反応ケミストリーした結果みたいだ。


「さあ!我に!何か食わせろ!腹減ってんねん!」

 魔王は、自前のナイフとフォークを両手に持って、テーブルをダンダンと叩いた。グルル……と腹から音が聞こえる。


「金はあるのか?」

 店主は、この状況の中で、冷静に魔王に聞いた。


「金貨でええか?」

 魔王は、懐から布袋を出して、金貨を数枚取り出し、店主に手渡した。


「本物……のようだな」

 疑い深い店主は、金貨をマジマジと見つめて、冷凍庫に貼ってある磁石を当てた。くっつかない。本物だろう。


「おい、見習い。魔族ってのは何を食うんだ?」

「分かりませんよ、そんなの。俺、魔族に知り合いなんて居ませんもん」

 突然、店主から疑問をぶつけられて、俺は両手を上げて降参のポーズを取った。


「我は美味な物なら何でも食うで!ゲテモノ、珍味、高級品、フルーツ、酒、何でもや!取り敢えず、ここで一番高いコース料理でええわ」

かしこまりました」

 金を持っているなら客だ。客に対しては丁寧な対応を取る店主は、態度を豹変させて、魔王に一礼した。


「ここは厨房ですので、あちらの席でお待ち下さい」

「嫌じゃ」

 魔王は、店主の言葉を一刀両断、目をキラキラさせて続けた。


「我は料理人が料理をしている所も含めて味わいたい。構わんだろう?」

「……分かりました」

 店主は少し考えた後に、魔王が厨房に居る事を許した。


「見習い!まずは前菜だ。ドレッシングは俺が作るから、野菜の盛り付けを頼む」

「直ぐに取り掛かります!」


 北方の山から採れた新鮮な野菜を、皿に盛り付けて、店主に渡す。店主は何種類かの調味料を混ぜて、ドレッシングを作った。


「次はテリーヌだ」

 続いて、冷蔵庫からブリザードサーモンを取り出して、薄く切り始めた。俺はバジリスクの涙レモンを絞る。小鍋にオリーブ油を引いて、切ったサーモンを炒める。


「お待たせしました。前菜のテリーヌとサラダでございます」

「うむ。では頂くとするわ」

 運ばれてきたブリザードサーモンのテリーヌとサラダを見て、魔王は微笑んだ。


「見栄えは良いな。テリーヌの断面が美しいやん」

 魔王は完璧なテーブルマナーでテリーヌを切った。ゆっくりと口に運び、咀嚼そしゃくする。


「い、如何でしょうか?」

「65点やな」

 魔王はナプキンで口を拭きながら、店主に告げた。


「まず、折角のブリザードサーモンの濃厚な味わいを、生クリームが殺してる。野菜に付いてあるレモンドレッシングも少し苦い。バジリスクの涙やな?あれは下処理が難しいねん。盛り付けは美しいし、素材はかなり良い物を使ってる。もう少し工夫が必要やな」

 魔王の的確なアドバイスに、店主は頭を下げた。


「精進致します。次はスープを調理させて頂きます」

「うん。頼んだで」

 店主はえりを正した。


「見習い!次はスープだ。今日仕込んだドラゴンのテールスープをお出しするぞ」

「ウィ、ムッシュ!」

 先程まで煮込んでいたスープを、もう一度火に掛けて、丁寧にアクを取り始める。香味野菜を加えて、金色胡椒を振りかけた。


「お待たせしました。ドラゴンのテールスープです」

「頂くわ」

 魔王は皿に顔を近づけて、スーっと匂いを嗅いだ。


「香りはええなあ。香味野菜が素晴らしいわ。あと金色胡椒が、スパイシーで食欲をそそる」

 取り出した銀のスプーンを、そっと皿に沈めて、魔王はゆっくりとスープを口に運んだ。一切音を立てない。何処でこんな完璧なマナーを覚えたんだろう?俺が不思議に思っていると、店主が恐る恐る聞いた。


「こ、今回は如何でしょうか?」

「71点やな」

 さっきよりは点数が上がったが、まだまだ及第点とはならず、店主はがっくりと肩を落とした。


 続くポワソン、ソルベ、アントレ、デセールも魔王の舌をうならせる事は出来なかった。


「申し訳ありませんでした。精進致します」

「いやいや、中々美味かったで。シェフにはまだまだ伸び代がある」

 ナプキンを、ぐしゃぐしゃに丸めて、机の上に置きながら、魔王は言った。


「あの、もし良かったらなんですけど」

 店主は、まごつきながら、魔王に頭を下げた。


「また来て頂けませんでしょうか?魔王様のご意見はとても参考になります。」

 答えを恐れて、目を閉じるのが見えて、俺も店主の横に立って、頭を下げた。


「んー。それは構わへんけど、我の召喚に必要な素材って、結構高いで?」

「構いません。お代も結構です。どうかお願いします」

「なんで、そこまでするん?」

 魔王からの疑問に、顔を上げて店主は言った。


「もうすぐ王国の料理審査員が、ウチの店に来ます。そこで星を頂くのが、私の長年の夢です。ここ数年、審査までは漕ぎ着けているのですが、残念ながら星を頂く事は出来ませんでした。魔王様のアドバイスは、とても貴重な物です」

 店主は続ける。


「魔王様のお時間を頂くのは、大変心苦しいのですが、何卒!」

 もう一度頭を下げる店主を見て、魔王は笑顔で言った。


「分かった。我の意見を参考にして、見事星を手に入れろ」

「「ありがとうございます!!」」

 店主と一緒に感謝を述べて、俺は魔王に召喚に必要な素材を尋ねた。


「料金は、ちゃんと払わせて貰う。それが料理人に対する礼儀やから。その金を足しにして、また呼んでや」

「承知しました」

 魔王は、足元に魔法陣を描いて、青い光の中で手を振った。店主は、何度も頭を下げて、魔王を見送る。魔王が消えるのを見て、店主は俺に言った。


「さあ、忙しくなるぞ」

「はい!次こそは星をゲットしましょう!」

 次の日、店主と俺は、日が昇る前の朝市へと繰り出した。


「前菜は何が良いかな?」

「パテ・ド・カンパーニュにしませんか?シェフのパテは人気ありますし」

「ひと工夫、必要になってくるな」

 こんな風に店主と会話するのは、久方ぶりだ。星を取れない事に悩んで、自信を失っていた店主は、いつも不機嫌だったり、オドオドしていたりした。いつぶりだろうか、こんなに楽しそうな店主を見るのは。


「おう!シェフ!良い海老入ってるぜ!」

「あら、店主さん、今日のカボチャはオススメよ」

「フルーツ1つ、おまけしとくよ」

「またドラゴンの尾かい?安くするよ」

 市場の人達は、そんな店主を見て、明るく声を掛けてくれる。店主は、市場の人達に色々と質問しながら、うーんうーん、と頭をひねっていた。本当に変わったな。以前なら、市場の人達に、意見など求めなかった。


「よし、見習い!ランチの準備だ。今日もお客様に楽しんで頂くぞ」

「はい!」

 俺は、厨房の灯りを付けた。


 数週間が経った。店主は、何度も試行錯誤を繰り返し、ようやく自分の中で、満足が行くフルコースを作る事が出来た様だった。魔王に試食して貰う事を決めた日のディナータイムを終えて、最後の客を見送ると、店主はソワソワし始めた。


「なあ、見習い。今回はどうなるかな」

「シェフ、自信を持ちましょう!魔王様、召喚しますよ」

「ちょっと待ってくれ!最後に味見したい」

「それ、何度目ですか?もう召喚しちゃいますよ」

「分かったよ!」

 俺は魔王に教えて貰った食材を煮込んで、召喚の為のスープを作った。厨房の床が光り始めて、魔王がゆっくりと床から顔を出した。


「来たで!!」

「いらっしゃいませ!!」

 シェフは嬉しそうに、魔王に頭を下げた。


「めっちゃ楽しみにしててん。今日は何を食わせてくれるんや?」

「本日の前菜は、パテ・ド・カンパーニュです」

「おー。美味そうやな。早く持ってきてや」

「はい!」

 俺は蒸し器に入れてあるパテを取り出して、氷魔法で急速に冷やし始めた。店主は、緊張しながら、慎重にパテを切り、皿に盛り付ける。俺はワインリストを取り出して、魔王の横に置いた。


「食前酒は如何致しましょうか?」

「何があるん?」

「スパークリングワインか、ミモザがオススメです」

「スパークリングがええなあ。オススメのやつ持ってきてや」

「畏まりました」

 俺はワインセラーから、軽めのスパークリングワインを取り出して、グラスに注いだ。


 そして、ゆっくりとスパークリングワインを口にしている魔王の元へ、盛り付けたパテを運ぶ。


「よろしくお願いします」

「うん。頂きます」

 今日は自前ではなく、テーブルの上に用意されたカトラリーを手に取って、魔王はパテにナイフを入れた。


「このナイフ、しっかりとしてるな。よく切れる。こう言うのも食事を楽しませるコツやで」

「ありがとうございます」

 微笑みながら、シェフは古いワインリストを手にして、魔王に尋ねた。


「宜しければ、ご一緒にワインなど、如何でしょうか?」

「せやな」

 手を止めて、魔王はワインリストに目を通した。


「おー!良いの揃えてるな。前に来た時は、飲めなかったから、ちょっと重めのやつ頼もうかな」

「承知しました」

「パテに合わせるなら赤か?」

「そうですね。そちらの方が合うと思います」

 VIP専用のワインリストなので、俺が用意したワインリストとは、別の物である。店主の本気が伝わってくる。


「では、今度こそ頂きます」

 魔王は、フォークを先程切ったパテに刺して、ゆっくりと口に運んだ。


「如何でしょうか?」

「うん。これは美味いな。レバーの臭みが、殆どしない。将軍牛のミルクに漬け込んでるんかな?後、深海豚のベーコンを厚く切ってあるのが、素晴らしい」

「あ、ありがとうございます!」

「んー。これは得点高いで!84点や!」

「っっっ!!」

 店主は、声にならない叫びを上げた。


「次は?」

「地獄海老のビスクです!新作なので是非、忌憚きたんなき意見を頂戴したいです」

「分かった」

 裏ごしした地獄海老を、丁寧に鍋に掛けながら、油で薄くスライスした地獄海老を揚げて、煎餅せんべいにする。スープの上に、煎餅とチーズをトッピングして完成。


「これは、香りが素晴らしい。地獄海老の濃厚な味わいが、香りで伝わってくる」

 魔王は、スプーンで煎餅を少し崩して、スープと一緒に口に入れた。


「美味い!付け合わせてある煎餅とのマリアージュが最高や!チーズともバッチリ!90点や!」

「ありがとうございます!」

 店主は泣きそうになりながら、次々と料理を運んだ。


「いやー、今日は満足させて貰ったで。」

 最後に出てきたデセールを楽しみながら、魔王は食後酒を口にした。店主は、何度も頭を下げて、魔王に感謝を述べた。


「今回の料理なら、一つ星くらい余裕で取れると思うで。もし不安やったら、また呼んでや」

「ありがとうございます!」

 魔王は、店主にどんな工夫をしたか、どう言うコンセプトで食材を選んだか、と言った質問をし始めた。店主はそんな魔王からの質問を、子供が教師から質問されたかの様に、ハキハキと答えていった。


「魔王様はとても舌が肥えていらっしゃるので、大変緊張しました」

 安堵の声を漏らして、店主は言った。


「魔界ではな、美味い物がないねん」

 魔王は、店主に、自分の生い立ちを話し始めた。


「我は元々人間界におって、商人の娘として生まれてな……」

 魔王の父親は、貿易で財を成した豪商だった。魔王は、そんな父親に溺愛されて育った。様々な国へ共に旅をして、様々な国の食べ物を食べた。父親は、とてもグルメで、魔王は、そんな父親の舌が遺伝したのだろうと言った。


 何故、魔王になったのかを聞きたかったが、俺と店主は言葉に迷った。そんな俺達の様子を見て、魔王は笑って経緯を話し始めた。


生贄いけにえや」

 魔王は、食後酒を飲み干して、俺に、もう一杯グラスに注ぐように言った。俺と店主は、黙って魔王の次の言葉を待った。


「父親の事業が、上手くいかなくなってな。次の商談がまとままらなければ、一族郎党、首を吊らなあかんくなってん。父親は、黒魔術に手を出して、我の命と引き換えに一族を守ったんや」

 魔王は、少しだけ憂鬱な色を瞳に浮かべた。


「我は魔界へと魂を持っていかれた。父親のことは、めっちゃ恨んだで。けど、我は魔界で魔王の娘として転生してな。そこで、愛情たっぷりに育てられた。何処へ行っても、愛される星の下に生まれてくる運命なんやろな……」

 ふふふっ、と魔王は、自嘲じちょうした。


「せやけど、魔界には美味い物がない。我は困って人間界の門を開いた。お陰で、魔族と人間の戦争が始まってしもてな。ホンマにすまんかったな」

 魔王は、今度は反省の色を瞳に浮かべて、俺達に謝罪した。


「そろそろ行くわ。また呼んでや」

「勿論です!」

 店主は、深々とお辞儀をして、魔王を見送った。





 それから、数日が経って、数名の審査員がウチの店に来た。しかし、もう店主は自信を失っていた昔の店主ではない。悠々と自信たっぷりに接客を始めた。


「これは……」

 料理を口にした審査員達に、会話は無かった。それを見て、俺は星を確信した。人は、本当に美味しい物を食べる時、話をしなくなる。


 店主がデセールを出す頃になって、ようやく審査員達は、メモを取り出した。もう、内容は気にならない。店主も俺も、最善を尽くした。


 後は『人事を尽くして天命を待つ』だ。





 街中のレストランが、その日を待ち侘びていた。新しく星を取ったレストランの発表の日。俺と店主は、早朝から城の前の広場で結果を待っていた。


 審査員の代表が、壇上に立って挨拶を始めた。こんなの、どうでも良い。早く結果が知りたかった。


 広場の前に、大きな掲示板が運ばれた。いよいよ、結果発表だ。審査員の挨拶が終わり、被せられた白い布が外された。














 そこに、ウチの店の名は無かった。














 そんな馬鹿な。俺と店主は顔を見合わせた。










「えー、ここにあるのは、新しく一つ星を取ったレストランです。掲示していませんが、今回、異例ではありますが、三つ星を取ったレストランがあります。」

 審査員は壇上で、渋々、と言った声で言った。




「おめでとう」




 ウチの店の名が、読み上げられた。




 俺と店主は、抱き合って、喜びの涙を流した。






 数ヶ月後、王国のグルメ雑誌に、こんな記事が載った。


『そのレストランは、町外れにひっそりと佇む。受賞歴のある店主が調理するのは、質の高い料理の数々。毎日の様に、メニューが変わり、季節によって顔を変える。市場で人々の声を聞き、柔軟に客の要望に応える姿は、一流その物。毎夜、料理の研究を欠かさないと言う店主。このレストランには、夜になると、青い光が漏れると言う噂がある。ひょっとしたら、魔族さえも客として訪れるのかも知れない。』










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