【恋人がサンタクロース】
彼氏とクリスマスイブを一緒に過ごした事がない。「恋人がサンタクロース」って歌があるが私の場合、それは現実問題として抱えるものだった。
恋人がサンタクロースの人は、世界にどのくらいいるのだろうか?少なくとも私の恋人はサンタクロースなので、1人以上は確定。冗談でもなんでもなく、私の恋人はサンタクロースだ。12月になると毎年、不眠不休で働く。その間、メールも電話も、一切なし。クリスマスイブ?そんな甘いイベントは、私たちの間にはない。悲しくなってくるが、ジングルベルは私に取って呪いの歌でしかなかった。
出会いは中学1年生の時。その頃の私は、恥ずかしいけれど、まだサンタクロースを信じていて、両親がこっそり買ってきたプレゼントを毎年楽しみにしていた。通っていた塾の英語の教材で、「サンタクロースはフィンランドにいます」って長文を読んでいる時に、塾の先生が「いくつまでサンタクロースを信じていた?」と聞いてきて、幼い私の幻想は壊れた。私が言葉を無くしたのを見て、先生は、やってしまった、という表情になった。
「サンタクロースは本当にいるよ」
同じクラスで授業を受けていたコウスケが、少し語気を荒くして先生に言った。先生は、そうだね、と罪悪感を感じた声でコウスケに返事を返した。私は恥ずかしい気持ちと、裏切られたような気持ちで、泣きそうになっていた。コウスケの言葉に少し救われた。
「サンタクロースは本当にいるよ」
帰り道、先生に言った同じ台詞を今度は語気を荒くせず、優しい声で私に投げかけてくれた。
「みんなが居ないって言ってても、信じてたんだけど、薄々は勘づいていたんだ。大丈夫だよ」
私は溜息を
「お前、クリスマスに何が欲しかったの?」
「え?アコースティックギター」
「24日、寝ないで待ってろ」
コウスケは命令形の英文のような捨て台詞を吐いて、自転車に乗って行ってしまった。私はどういうことだろう?と思いながら、三日後のクリスマスイブを迎えた。
「お母さん、サンタクロースは居ないんでしょ。プレゼント、今、頂戴。」
なんのこと?と
「もう全部分かってるから!」
母親は悲しそうな顔をしながら、棚の奥から豪華な水彩画色鉛筆を出してきた。
「いつも欲しいものを言わないアンタへのプレゼント考えるの、楽しみだったんだけどな」
「お母さん、ごめんね」
泣きながら、私は色鉛筆を受け取った。
「大切に使うね」
私は寝室に戻った。
眠気はそれほど強くはなかったし、コウスケから言われた命令文が気になったので、夜更かしをする事にした。時計の針を見つめながら過ごすクリスマスイブは虚しかった。時計の針が真上で重なったのを見て、クリスマスになったんだな。と思った。
コンコン、とノックの音が鳴ったので、お父さんが帰ってきたのかと思って、ドアを開けた。
コウスケが立っていた。
立っていただけでも驚いたのだが、その服装に言葉を無くした。真っ赤な服を着て、大きな白い袋を持っていた。サンタクロースだ。
「メリークリスマス!」
コウスケは袋からアコースティックギターを取り出して、私に渡した。
「どうやってウチに入ったの?」
「俺、魔法が使えるんだ。信じてくれないと思うけど。お前の両親も眠らせてきた」
少し興奮した声で、コウスケは続ける。
「俺、今日が初仕事なんだ」
「トナカイとソリはどうしたの?」
私は笑いながら言った。
「俺はまだ見習いだから、自転車だよ」
「サンタクロースは、本当に居ただろ?」
「うん。ありがとう、コウスケ」
「アコースティックギター、大切にしろよ」
私はコウスケの事が好きになって、直ぐに告白した。コウスケは、クリスマスイブは一緒に過ごせないけどいいの?と聞いてきた。いいよ、と私は答えた。
あれから、10年。今年もコウスケとのクリスマスイブは存在しない。あの時はいいよ、って言ったけど、寂しいなあ、と思いながら私はワインを片手に住んでいるマンションのベランダに出た。ふと、上を見上げると月の光に照らされて、トナカイに引かれるソリに乗ったサンタクロースが見えた。コウスケも、今頃は何処かの国で、あの時のようにプレゼントを配っているのだろうか。
電話が鳴った。
「あー、もしもし?俺だけど」
「コウスケ?あんた、まだ仕事じゃないの?」
「いや……そうなんだけどさ、今、日本に居るんだよ。今日、お前のとこ行っていい?渡したい物があるんだ」
婚約指輪だな!と確信を持って、私は答えた。
「恋人がサンタクロースってのも悪くないわね」
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