【モンスターのお医者さん】


 暴れるドラゴンを、村の男達が、十数人がかりで取り押さえて、俺は、自分の腕ほどある注射器をドラゴンの腹に突き刺した。五秒位経って、ドラゴンが寝息を立てる。ドラゴンの体は巨大なので、麻酔も自然と大きい物を使う事になるのだ。手こずったなあ、と溜息をいて、俺は男達に次の指示を出した。


「今から血液を採る。その後で、口を開きたいので、力のある者はドラゴンの前で待機しててくれ」

 今度は、人間用の小さな注射器を、ドラゴンに突き刺して採血をした。


 俺は、モンスター専門の医者だ。この世界ではモンスターはみ嫌われる者ではなく、人と共存する存在だった。愛玩動物として、モンスターと暮らす人間も居れば、知性あるモンスターと商売をする人間もいる。モンスターも人間と同じ様に、病にかかる。そんなモンスターを治すのが、俺の仕事だ。


「助手!検査薬を出してくれ」

「はーい、先生」

 助手の狼女が、背負っていた大きな鞄から、ゴソゴソと検査薬を探し始めた。人と殆ど変わらない外見をしているが、普通、人間にある耳の位置には耳がなく、頭の上の方に可愛い犬の様な耳が付いている。チャーミングポイントは、尻から生える尻尾。


「この検査薬で良いんですよね?」

「そうだ。仕事に慣れてきたな」

「そうですか?」

 どれだけ無表情を決め込んでも、尻尾が横に揺れているのは、上機嫌の証拠だ。分かりやすくて良い。本当に犬っころと変わらないな、こいつ。


「先生、龍神様は大丈夫なんですかね?」

「今、調べてる所だ。見たら分かるだろうが」

 村人の心配そうな声に苛立って、少し語気を荒くしてしまった。


「大丈夫ですよ。先生は名医です。絶対治してくれますよ〜」

 助手が、直ぐにフォローする。ミスばかりしていた新人の頃とは大違いだ。まさか仕事のフォローだけでなく、依頼者対応までしてくれるとはな。


「龍神様が最近、苦しそうに山で暴れるんですよ。本当に大丈夫なんですかね」

 俺に言っても、無駄だと思ったのだろう。村人は助手に心配そうに聞いた。ドラゴンは村に雨をもたらす存在として、信仰されていた。


「色々な原因があると思いますよ。調べてみますね」

 助手は、笑顔で対応した。


 俺は、検査薬の入ったフラスコにドラゴンの血液を入れて、ゆっくりと振った。ふむ…細菌感染や怪我をしている訳ではなさそうだ。炎症反応がない。


「口を開けてくれ」

 村人達に言って、俺はドラゴンの口の前に立った。取り敢えず口の中を見て、最悪の場合、腹を切らないといけないな。


「せーの!」

 屈強な男達が、ドラゴンの口を必死になって開けた。ライトを手に、ドラゴンの口の中を調べる。喉には異常なさそうだな。おや?


「ただの虫歯だ」

 村人に言って、俺は助手に、巨大なペンチを出す様に指示を出した。


「む、虫歯ですか?じゃあ龍神様の命に別状は…」

「全くない。どうせお前らが、甘い果実を沢山、供物くもつとして捧げてたんだろ。今度から控えるようにな」

 俺はペンチを両手で持って、口の中に入った。


 依頼を終えて、村長から料金を貰うと、俺は村を後にした。往診は、とても疲れる。どんな病気か想像もつかないので、対応する為に幾つもの医療器具を持ち運ばなければならない。一人で持ち運べる荷物には、限界がある。助手が居てくれて、本当に助かった。


「先生、街が見えてきましたよ」

 馬車から身を乗り出して、助手が嬉しそうに言った。ようやく家に着くのか。大きく欠伸あくびをして、俺は起き上がって、外の景色を見た。


 自宅兼クリニックに着いて、人心地つく間もなく、直ぐに患者が来た。近くに住むスケルトンの老夫婦。骨だけの体で、手を繋いでクリニックに入ってきた。微笑ましい。


「先生、おはようございます」

「ああ、おはようございます。助手、骨密度測定器具、準備して」

 はーい、と返事をして、助手がクリニックの奥から器具を持ってきた。奥さんから測定して、数値をカルテに書き込む。


「二人とも数値はいい感じですね。骨粗相症は怖い病気ですけど、しっかり薬を飲んでいれば、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます、先生」

 スケルトンにとって、骨の病気は生死に関わる。


 その後も、次々と患者がやって来た。猫の妖精、ケット・シーは、毛玉を吐くのが上手くいかないと訴えてきた。吐き薬を処方して、様子を見る様に伝える。花粉症の一つ目巨人には、直ぐに点眼薬を与えた。風邪を引いた雪女に、解熱剤を渡す。


「昼休みにしよう」

 客足が途絶えたので、クリニックのドアに引っ掛けてある看板を、OPENからCLOSEに、ひっくり返した。ようやく、飯が食える。


「先生、お疲れですね」

「そうだな。流石にちょっと疲れたな。今日は、何か美味しい物を食べよう。ちゃんと領収書、貰ってきてくれよ」

 俺は助手に金を渡して、好きな物を買ってくるように言った。


「いつもご馳走様です」

「気にするな。助手は、よく働いてくれている」


 尻尾を振って、弁当屋に向かう助手を見て、俺は助手と出会った日の事を思い出していた。


 三年前か。嵐の夜だった。


 その日、強風と大雨の所為せいで客は全く来なかったが、もしも、急病人が駆け込んできたら対応しなければならなかったので、クリニックを開けていた。嫌な予感とは、当たる物だ。雨に濡れて、狼女が駆け込んできた。今の助手だ。


「先生、父が血を吐いて倒れたんです!助けて下さい!」

 俺は、医療器具や薬を鞄に詰め込んで、すぐにクリニックを後にした。助手の家に着いて、診察を始めた。助手の父親の口から管を通し、胃の中を調べる。胃の中が傷だらけだった。


「腹を切る。麻酔を準備するから、君はお湯を大量に沸かしてくれ」


 手術は一日半掛かったが、なんとか一命を取り留めた。手術代は、かなりの額になった。多分、払えないだろうと思って、俺はいつでもいいですよ、と助手に言った。


「私を助手として雇って下さい。働いて返します」


 あの日から、助手は身を粉にして働いてくれている。そんな助手には、感謝の気持ちで、いっぱいだ。そろそろ、手術代の支払いが終わる。寂しくなるが、助手とは、お別れだな、と思っていた。


「先生、ただいま戻りました!早速、食べましょう」

「なあ、助手。お前、そろそろ手術代の支払い終わるだろ」

「そうですね」

「今月で辞めていいぞ?」


 箸を止めて、きょとんとして、助手は言った。


「辞めませんよ。私、先生に恋煩こいわずらいしてるんですから」

 それは、どんな妙薬でも治せんぞ、と思いながら、俺は頭を抱えた。


「ちゃんと治してくださいね」

 揶揄からかう様に笑う助手の尻尾が、横に激しく揺れた。








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