【戦闘員のバイト始めました】


 子供に人気なのは、「勧善懲悪かんぜんちょうあく」のストーリー。ヒーローは、いつも最後に、大逆転で怪人を倒す。必殺技の名前をわざわざ叫んで、怪人にトドメを刺した後に決める、お決まりのポーズ。その姿に憧れて、子供達は皆、ヒーローを目指す。怪人は、憎むべき存在。ところで、怪人の手下の戦闘員である俺の事は、どんな風に思ってる?一人、二秒で倒される、コース料理の前菜の様な存在の俺。これは、そんな俺の話。


『時給2000円!福利厚生バッチリ!アットホームな職場です!』のうたい文句にやられて、俺は悪の組織の戦闘員になる事にした。俺は普段、体育大学に通う学生。最近、居酒屋のバイトだけでは、金銭的にキツくなってきて、バイトを掛け持ちしようと思っていた矢先に、友人から誘われたのが切っ掛けだ。


 面接は、女幹部と博士が担当してくれた。


「まずは、志望動機を聞かせてくれるか?」

 露出度の高い服を着た女幹部が、つやめかしく、俺に聞いた。


「はい!私は体力に自信があり、将来は体育教師になりたいと思っています!アットホームな御社の雰囲気に、憧れております!体力を鍛えたい、と言う私の思いと、御社の経営理念が合致しており、ウィン・ウィンの関係を結べるとおもt」

「馬鹿じゃないの?」

 頭の悪い俺が、昨日一夜漬けで考えてきた志望動機を途中でさえぎって、女幹部は俺に言った。


「ウチ、かなりブラックだぞ?お前、耐えられるか?」

「おい、幹部!もっとオブラートに包め」

 女幹部の言葉をたしなめるように、博士が口を挟む。それを一蹴するかのように、女幹部は続けた。


「困るんだよ。最近、お前みたいな体力だけの馬鹿男が、何も考えずに入社したがるの。ウチは体力だけじゃなくて、精神的にも強い男が必要なんだ。戦闘員ってのは、頭も良くないと務まらない。後、そう言う上辺の志望動機じゃなくて、本当の志望動機を聞かせて貰えるか?」

 ギロリ、と女幹部が、鋭い光を両目から放つのを見て、俺は観念して答えた。


「時給が良いからです……」

「初めからそう言いなさい。お金の為に働きたいってのは、モチベーション高くて好印象だ」

 女幹部は、ニコリと笑った。さっきまでの冷たくて厳しい態度とは打って変わって、まるで聖母のように見えた。飴と鞭。惚れてしまいそう。


「明日から働けるか?戦闘服を渡す。サイズは……Lサイズか?」

「あ、はい!よろしくお願いします!」

 こうして、俺は悪の組織の戦闘員になった。時給2000円、週三勤務、一日8時間。月に換算すると、約20万円が手に入る。モチベーションが、上がってきた。


 バイト初日。朝6時集合。交通費支給とは言え、始発で1時間電車に揺られるのは、キツかった。バイトを紹介してくれた友人が、俺の指導役になった。


「戦闘服、入るか?結構、タイトに作られてるんだよ」

「うーん。下は入るんだけど、上がキツいな」

「お前、マッチョだからな」

 友人が手伝ってくれて、何とか上の服を着る事が出来た。全身、真っ黒。胸に、ドクロのマークが付いている。ちょっとカッコよくない?と、トイレの鏡の前で、ポーズを取った。


「幹部が来たぞ。姿勢正して、挨拶しろよ」

「分かった」

 俺を面接した女幹部が、やって来た。戦闘員達が、おはようございます!と元気よく挨拶する。女幹部が、おはよう、と軽く挨拶を返して、直ぐに作戦会議が開かれる。パワーポイントで作成された資料が、手元に来た。目を通しながら、女幹部の説明を聞く。


「今日戦うヒーローは、ナイトマン。ナイトマンは二段階変身をするヒーローで、二段階目はファイヤーナイトマン、サンダーナイトマン、アイスナイトマンのいずれかに変身する。こちらが用意する怪人は、クマクマ男爵。怪力だ。」

 スクリーンに映されたのは、可愛いクマの姿をした中肉中背の怪人。怪力って本当かよ。


「今日こそ、ヒーローに勝つぞ!皆、気合い入れていけ!」

 おーっ!と戦闘員達が、右手を上に突き上げて叫ぶ。なるほど、これが作戦会議終わりの儀式なのか。


「おい、新人!お前は、今日は、無理にヒーローに立ち向かわなくて良いぞ。戦闘員の動きを学ぶと良い」

 女幹部が言った。


「いや!大丈夫です!講習は受けましたし、給料分の働きはします!」

「良い心掛けだ。では、よろしく頼む。クマクマ男爵は、後10分程で到着。ヒーローは、その後、30分で到着だ。皆、配置に付け!」

 広い公園のグラウンドに、十人程の戦闘員が並んだ。10分程して、車がグラウンドの脇に停まって、中からクマクマ男爵が降りてきた。予定時刻、ピッタリだ。しかし、怪人は車出勤か。戦闘員じゃなくて、怪人バイトにすれば良かったかなあ。


「皆さん、今日はよろしくお願いします。クマクマ男爵です」

 クマクマ男爵は、俺達に深々と頭を下げた。いやいやいやいや、こちらこそ!と戦闘員全員で頭を下げ返す。なんだよ、良い人じゃねーか。


 30分後、ヒーローが現れた。皆、時間ピッタリ。まさに社会人って感じ。


「いくぞ、クマクマ男爵!」

「ナイトマン!今日こそ、お前の命日だ!」

 さっきまでの優しい印象はどこへやら、クマクマ男爵は、凄みを利かせて、ナイトマンに立ち向かう。それをサポートする様に、戦闘員達も動き始めた。俺は、講習で習った通りに、皆の動きを見て、クマクマ男爵の斜め後ろに立った。


「ナイトマン!頑張れー!」

 子供達が、グランドの向こうからナイトマンの応援を始める。うーん、なんかやりづらい。


 クマクマ男爵が、力任せに振り回した腕が、ナイトマンにクリーンヒットして、ナイトマンが倒れた。俺達は、ここぞとばかりにナイトマンに蹴りを入れる。


「ナイトマン!負けるなー!」

 子供達が、必死になって叫んだ。ナイトマンはフラフラと立ち上がった後、変身ポーズを取った。はい、ここは休憩。変身中は、手を出してはいけない、とマニュアルに書いてあったので、俺は、ナイトマンが変身するのを待った。


「ファイヤーナイトマン!」

 ナイトマンの体が真っ赤になって、手から炎を放った。戦闘員の皆がやられるのを見て、空気を読んで俺も炎に巻き込まれた。


「クマクマ男爵!これでトドメだ!ファイヤーキック!」

 必殺技を食らって、クマクマ男爵が倒れた。ナイトマンが決めポーズを決めて、俺達は退散する。ようやく仕事が終わった。疲れたなあ。


 クマクマ男爵は車で、俺達は電車で、本社に戻った。今からミーティング。8時間勤務は中々大変だ。





 1ヶ月もすると、俺は戦闘員バイトの感覚を掴んできて、友人は指導役を離れた。


 ある日、本社のジムでトレーニングしていると、小学生低学年くらいの男の子が、ジムに入って来た。


「おい、ここは危ないから、出入りしちゃダメだぞ」

 重さ数十キロのダンベルが、あちらこちらに置いてある。何かあっては、大変だ。


「お兄ちゃん、こんばんは!あのね、ママを探してるんだけど」

「ママ?」

 誰の事だろうか?迷子なのかな?


「取り敢えず、ここは危ないから、外に出よう。ジュースでも飲むか?」

「いいの?ありがとう」

 俺は男の子を連れて、ジムを出た。自動販売機がある休憩室まで、手を繋いで移動する。どれがいい?と聞いて、飲み物が見える様に、男の子を抱きかかえた。


「これ!」

「え?ブラックコーヒー?君、飲めるの?」

「ママが、いつも飲んでる」

「でも、苦いよ?りんごジュースにしなよ」

「うーん、分かった」

 りんごジュースのボタンを押して、手渡す。男の子は直ぐに蓋を開けて、ゴクゴクと美味しそうに飲んだ。


「新人!小学生くらいの子供を見なかったか?」

 突然、女幹部が休憩室に飛び込んで来た。

「ママ!」

 女幹部を見て、男の子が飛びつく。ママ?


「ここに居たのか!探したぞ!」

「お兄ちゃんにジュース貰った〜」

 女幹部に甘えながら、男の子はりんごジュースを大事そうに見せた。


「すまなかったな、新人。ジュース代は返す」

「いえ!それは結構なんですけど、幹部のお子さん?ですか?」

「そうだよ。彼は私のヒーローだ」

 誇らしげに抱きかかえた、男の子の頬にキスをしながら、女幹部は言った。


「私はね、夫と別れてから、この子の為に、この仕事に就いたんだよ」

「そうなんですね……」

「ちょっと、施設に預けてくる」

 この組織は、給料も高くて、福利厚生もバッチリ。子供の居る社員の為に、保育施設も併設されている。


 戻ってきた女幹部は、小銭を手にしていた。

「これ、ジュース代だ。すまなかったな」

「いえ。幹部、色々大変ですね」

「そうだな。色々、大変だ」

 女幹部は瞳を潤ませて、俺に言った。迷子になった子供が見つかったのだ。気が緩んだのだろう。いつも強気な女幹部の弱い部分を見せられて、俺は同情よりも先に、支えてあげたいと言う気持ちになった。あ、これ、恋に落ちたかも?


 しょうんとほっすればまず馬をよ。俺は、男の子と仲良くする事にした。


「お兄ちゃん、また来たの〜?」

 バイトの度に、保育施設に顔を出すようになった。男の子は、段々と俺に懐いてきて、凄く可愛い。天使みたい。


「今日も遊ぶぞ!」

「じゃあ、お絵描きしりとりしよ〜」

 絵は得意な方ではないので、それ、何だよ〜?と男の子に揶揄からかわれながら、楽しい時間を過ごした。1時間程遊んで、じゃあな!と別れを告げる。毎度の事だが、男の子は寂しそうだった。


「おい、新人、ちょっと顔貸せ」

 ある日のミーティングが終わった後、女幹部に声を掛けられた。


「あのな、息子がな、休日に、お前と私と三人で遊園地に行きたいと言っててだな……」

 モジモジする女幹部を見て、可愛い人だな、と思った。ギャップが堪らない。


「いいですよ、行きましょう」

「そうか!後でメールするよ」

 遂に初デートまで漕ぎ着けた。ナイスだ、俺の天使!休日までの二日間が、とても長く感じた。


 遊園地では、様々な乗り物に乗った。女幹部は絶叫系が苦手な様で、俺と男の子の二人だけでジェットコースターを楽しんだ。マスコットキャラクターの出てくる館では、男の子と女幹部が、キャッキャ言いながら、着ぐるみを着たスタッフに絡んでいた。


「ママ、僕、ヒーローショーが見たい」

「……いいよ」

 少し不安そうな顔をして、女幹部が言った。ヒーローショーの会場に着いた時には、クライマックスのシーンだった。勧善懲悪。ヒーローが、怪人をやっつけてる所だった。


「ねえ、ママ、どうしてヒーローは必ず勝つの?ママはいつも負けてるの?」

 男の子の質問に、女幹部は答える事が出来なかった。


 最後に、三人で観覧車に乗った。丁度、打ち上げ花火が上がって、三人で感動していたら、頂上に着いた。綺麗だね、と女幹部が男の子に話し掛けた。男の子はとても嬉しそうに、また来たいね、と俺に言った。俺は、また来ましょう、と女幹部に言った。


 帰りの電車の中、疲れて、男の子は寝てしまった。女幹部は、寂しそうに俺に言った。


「やっぱり、悪の組織の幹部が親っていうのは、教育上良くないのかな」

 その問いかけに、俺は直ぐに回答できなかった。頭をフル回転させて、言葉を選んで、俺は言った。


「職業に貴賎きせんはありません。幹部の様に精一杯の愛情を注いでいるなら、大丈夫ですよ。それが一番大事な事です」

「私達は、基本的にヒーローに負け続けるのが仕事だ。精神的にも辛い。たまにどうしようもない不安感に襲われる事がある。もし私が死んでしまったら、この子はどうなるんだろう?」

「大丈夫です。俺が幹部を守ります。俺、幹部が好きです。付き合って下さい」

 気持ちが抑えきれなくて、うっかり口にしてしまった言葉に、女幹部は微笑んで言った。


「今まで食らった、どの必殺技より強烈だな。よろしく頼む」

 俺は、どんなヒーローよりカッコイイ決めポーズを決めた。















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