【死刑囚からの手紙】‪‪❤︎‬


 殺せない。この死刑囚は、殺されない。そして、この死刑囚は、自分が殺されない事を理解している。今日も又、死刑囚の元へと、手紙が届く。死刑囚は、静かに微笑を浮かべて、手紙を開いた。


 彼は、大量殺人で投獄された殺人鬼だった。私は、この監獄である塔で、看守をしていて、彼とは、もう数年の付き合いになる。彼の魔力は強大で、特別な魔法をかけてある、この牢屋でなければ、とっくに逃亡しているであろう。


「今日は、どんなお手紙が届いたのですか?」

 私の問いかけに、長い髪をき上げて、彼は言った。


「毎度の事だけど、内密にしておくれよ?」

 ゆっくりと人差し指を唇に当てて、彼は続けた。


「王様からさ。今回は王女が、まれな病気にかかってしまったらしい。治し方を教えてくれ、とさ」

 彼の知識は、王立図書館の蔵書を超えると言われており、貴族達は困り事があると、彼へと秘密裏に手紙を送り、助けを求めていた。


「今回の報酬は、何を要求しますか?」

「そろそろ、髪が切りたいな。王国一の美容師を連れてきてくれ。新しい本も欲しいな。それと、美味いクアントローが飲みたい」

 国民投票で選ばれた裁判官の判決により、死刑囚となった彼の死刑は、ここ何年も執行される気配はない。恐らく、彼が死ぬまで執行されないだろう。私は、確信している。一週間に一度は届く手紙のペースが、それを裏付けていた。


「紙とペンを用意してくれ」

「分かりました」

 いつもの彼の要求に、机の中に仕舞ってある羽根ペンと羊皮紙を取り出して、私は、牢屋に備え付けてある箱の中に、それらを置いた。


「どうぞ」

「ありがとう」

 離れた場所で待っていた彼は、こちら側から置いたペンと紙を、牢屋側から受け取った。看守と言えど、彼との接触は、禁じられている。彼と接触出来るのは、牧師と美容師と医者だけだった。それも、全員が『身寄りが居ない』と言うのが、条件だ。彼に殺されても構わない、と言う者だけが、彼に触れる事が出来た。


「さて……この症状だと考えられる病気は3つ。緊急性の高い病気の対処法から、書いておくのが、ベターだな」

 スラスラと、羊皮紙の上にペンを走らせて、彼は、数分で手紙に終止符ピリオドを打った。


「速達にしてくれ。城までなら、伝書鳩で、10分くらいだろうから」

「そうですね。一番速いのを用意します」

 牢屋側から箱に手紙と羽根ペンを入れて、彼は、箱から遠ざかった。それを確認して、私は、箱の中に手を入れて、手紙を受け取った。急いで、封蝋ふうろうを溶かして、印璽いんじを押す。


「少し、席を外しますね」

 牢屋のある塔の最上階から階下へ降りて、伝書鳩に手紙をくくり付ける。伝書鳩は、真っ直ぐに、城へと飛んで行った。


 牢屋に戻ると、彼は、読書を始めていた。分厚い専門書。題名が、外国の文字で書かれてあって、私には読めない。


「今日の食事は、何にしますか?」

 彼は、前にこなした依頼の報酬で、夕食をリクエストする権利を得ていた。


「町外れにある、最近三ツ星を取ったレストランがあるだろう?あそこの料理というのを食べてみたいな」

「手配します」

 私は、部下の元へと足を運び、彼のリクエストを伝えた。


 段々と日が沈んで、西日が窓から差し込んできた。時計のない部屋で、時間を感じる事が出来るのは、この窓から差し込む光だけだった。


「夕刊は届いているか?」

「見てきます」

 牢屋の中ではあるが、彼は常に知識を探求し、身なりに気をつけて、人の役にも立っている。そこら辺にいる貴族なんかよりも、よっぽど立派に見えた。


「どうぞ」

 いつもの様に、牢屋に備え付けられている箱に新聞を入れて、私は、彼と距離を取った。彼は、直ぐに新聞を手に取って、牢屋の外の蝋燭の光を頼りに、読み始めた。


「何か、面白い記事は載っていましたか?」

「そうだね、次の王は、第二王子になりそうって記事かな。この新聞は、財界がバックに付いてるから、経済政策をしっかりとこなす第二王子に、王になって欲しいんだろう。偏向的だな。やはり次の報酬は、もう数種類の新聞の購読にするよ。他の新聞と読み比べたい」

「伝えておきます」

 私は、彼と話す事で、様々な知識を得ていた。彼には話していないが、彼との会話をヒントにして、一年前から投資を始めている。給料の何倍もの金が、毎月の様に口座に入る様になっていた。


 この仕事は、私に取って、かなり有意義な物になっている。彼の看守は、誰もやりたがらない仕事なので、私の地位は安泰だ。


「そろそろ寝るよ」

「おやすみなさい」

 私は、蝋燭の火を吹き消した。





 次の日の朝、数種類の朝刊が、彼の元に届いた。報酬だ。王女の病は、治ったのだろう。


「何か面白い記事はありましたか?」

 いつもの問いかけに、彼は少しだけ低い声で言った。


「提案があるんだが」

「なんでしょう?」

 突然の彼の言葉に、私は警戒した。


「君の財産を10倍にするから、とある人物に、手紙を届けて欲しい。但し、中身を見る事は禁じる」

「と、仰いますと?」

「君が投資をしている事は、お見通しだ」

 私は、悪戯が見つかった子供の様に、その場に立ち尽くした。


「その財産を10倍にしてやる。頼むよ、手紙を届けて欲しい」

「……それは、約束が果たされてからでも、構いませんか?」

「勿論、そのつもりだ」

 悪くない。今の財産が10倍になるなら、この仕事を辞めて、南国に家でも買って、悠々と暮らそう。今の恋人と別れて、もっと良い女を探すのも、良いかも知れないな。


「分かりました。貴方の提案に乗ります」

「ありがとう。では、紙とペンをくれ。後、今、どの位の財産があるか、教えてくれ」

 私は、彼の言う通りにした。


 彼からのアドバイスが載った紙を手に、私は投資に力を入れた。数日後、彼の予想は当たり、砂糖の先物と武器を取り扱う商会の株で、私の財産は10倍を超えた。


「約束の金額に達しました。誰に手紙を届ければ良いですか?」

「子供達に」

「子供が居たのですか?」

「君は口が硬いから、心配はしてないよ。これは誰にも知られていない」

 私は、羊皮紙と羽根ペンを、いつもの様に彼に渡した。


「もしも、手紙の中身を見たと私が判断したら、今後一切、君へ助言はしない」

 手紙を書きながら、彼は呟く様に脅してきた。


「分かりました。住所は?」

「南通りにある教会だ。そこに居る、牧師に届けて欲しい」

 彼から手紙を受け取って、その夜、教会に向かった。


「何か御用ですかな?」

 教会の扉をノックすると、年老いた牧師が顔を出した。


 よく見ると、彼の元に来る牧師じゃないか。看守達の目を盗んで、彼と通じていたのか!


「塔の上の人から、手紙を預かってます」

「!!」

 牧師は、目を見開いて、私から手紙を受け取った。


「貴方に神の御加護があらん事を」

 牧師が祈りを捧げるのを見て、私はその場を立ち去った。私は、神を信じていない。





「確かに届けましたよ」

「そうか。ありがとう」

 塔に戻った私は、早速、彼に投資のアドバイスを求めた。彼は少しだけ考えた後に、とある会社の株を勧めてきた。これからも儲けさせて貰おう。私は、表情に出さずに、腹の中で、ほくそ笑んだ。





 数日後、昼休憩を取っていると、街中から、緊急事態を知らせる鐘の音が鳴り響いた。何かあったのか?火事だろうか?私は塔の窓から、街を覗いた。


 あちこちで、火の手が上がっている。何が起きたのか分からずに、私は部下に様子を見てくる様に伝えた。


 数分後、戻ってきた部下は、息を切らせながら私に報告した。


「隣国から宣戦布告がありました!しかも、革命軍と繋がっている様です。非常にまずい状況です。どうしますか?」

「くそっ!囚人達は、捨て置くしかない。逃げるぞ」

「分かりました!」

 私は、貴重品だけを身につけて、近くにある避難所へ逃げ込んだ。


 数日間、戦いは続いた。


 隣国の協力を得た革命軍は、城に攻め込み、遂に王族を、この国から追い出した。反社会勢力と見なされ、塔の中に拘束されていた囚人達は、次々と解放されていった。その中には、彼も居た。彼は革命軍のリーダーとして、戦いを続けた戦士だった。ある意味、大量殺人を犯した殺人鬼。そう言う罪状だった。


 国に仕えた者として、今度は私が牢獄に入れられるかも知れない。そう危惧した私は、革命の影響で、半分になった財産を全て引き出して、南国へと移住した。もう、彼に関わるのは、懲り懲りだ。


 海沿いにある小さな家で、隠居生活を始めた私の元に、ある日、手紙が届いた。





 彼からだった。





『やあ。南国での生活はどうかな?私のお陰で手に入れた生活なのだから、さぞかし良い暮らしをしていると思う。君があの時、私の提案に乗ってくれた事に感謝しているから、君を捕まえる事はしないよ。見逃そう。あの日、私が新聞で読んだのは、とある広告でね。私達の暗号がそこにあった。そう、革命だよ。但し、戦争になれば、牧師の元に居る子供達にも、被害が及ぶかも知れない。だから、私は、一時的に子供達を逃がす必要があった。君のお陰だ。感謝している。お礼に、ここ数年の株価を予想したグラフを送るよ。君との数年間は楽しかった。殺されなかった死刑囚改め、王国経済大臣より。友へ。』



 私は海沿いを歩きながら、手紙をポケットに仕舞った。さあ、銀行へ向かおうか。


 私は神を信じていないが、神の様な死刑囚からの手紙は信じていた。


















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