【テノヒラ】


 てのひらが肌に触れれば、その人の頭の中が分かる。そんな能力を持って生まれてきた僕は、世間から見れば不幸だろうか?でも残念ながら、僕は不幸ではない。家庭環境が特殊だった所為せいか、誰も僕を特別扱いしなかった。むしろ、羨ましがられた位だ。


 幼い頃から、「たけるは凄い、凄いね」と言われてきた。


 勿論、この能力の所為で、苦労する事だってあるよ。本来なら知らなくて良い事まで分かってしまう事があるからね。けれど、その度に母さんや爺ちゃんに言われるんだ。


「人の気持ちが分かるのは、良い事じゃないか」ってね。


 それに、悪い事ばかりじゃない。

 どれだけ母さんや爺ちゃんに愛されてるかって事を、僕は世界の誰よりも理解する事ができるからね。


 流石に、この歳になると、故意でないにしろ他人の思考に触れてしまうのは、良い気分がしないから、手袋をめてるんだ。


「ふぅん。ずっと気になってたんだ。真夏でも、手袋嵌めてるからさ」

 流石に夏は暑いから、指先の出てるタイプを使っている。


 今、僕の愛用の手袋は、真央まおが握っていた。


 意外と、頭脳線長いでしょ?と取り留めのない話をしながら、僕は掌に触れない様に注意していた。


「バイクに乗ってるからなのかな?って思ってた」


 バイクは好きだよ。良いカモフラージュになってるんだな。


「この事は、ひょっとして、私しか知らない?」


 そうだね、大学じゃ真央だけかな。


「うっ……私の口の軽さ知ってる癖に、プレッシャー?」


 真央は言わないよ。掌で触れなくても分かる。


「あ!そう言えば前に、トランプのマジックしてくれたじゃない?トランプの中から適当に選んだカードを当てるやつ。あれって能力を使ったの?」


 ……バレたか。基本的には、その場で考えている事しか分からないんだ。だから、他の事は読み取れないし、良いかな?って。


「ふぅん。ところで映画始まるよ?そろそろ行かないと」


 うん。あ、手袋返してよ。


「はい」


 真央は『手袋を嵌めていない僕の右手の掌』に、『手袋を掴んでいる左手』を置いた……






 地元から、遠く離れた大学に入学して、一人暮らしを始めた私に取って、この大都会はまるで迷路だ。目的地に着くまで、何度も人に道を聞かなければならない。


 まあ、私が方向音痴だと言うのは、認めよう。


 私は、自他共に認める方向音痴だ。

 でも、私はそれを欠点だとは思っていない。


 寧ろ、見知らぬ人に、積極的に話せる様になった要因だと考えている。


 健と出会ったのも、方向音痴が原因だ。


 健が偶々たまたまコンビニの前でコーヒーを飲んでいて、私が道を尋ねると連れて行ってあげるよ、とバイクのエンジンを掛けた。




 勿論、断った。


 いくら私が田舎者とは言えど、見知らぬ男のバイクに乗る程、愚かではない。


 すると、健は少しだけ傷ついた顔で、同じ大学の同じ語学のクラスなのに覚えてない?と言った。


 私は、人の顔と名前を覚えるのも、苦手だ。

 待ち合わせの場所へは、歩いていって間に合うとは考えられない距離だった。


 私は、待ち合わせに遅れる事が嫌いだ。

 そして、私は初めて健のタンデムにまたがった。





 その日から、健と友人になった。それが恋に変わるまで、さして、時間は掛からなかった。


 さあ、この想いをどうやって伝えよう?ウジウジと悩んでいる間に、一年が経った。


 今日こそは、絶対に伝えよう。


 でも、いきなり言うのはなあ……


 会話の切り口として、私は常日頃からの疑問を口にした。










「どうして、いつも、手袋を嵌めているの?」









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