【嘘つき救世主】



「勇者よ……私の負けだ……さあ、トドメを刺せ」

 魔王は息絶え絶えに、床に右膝を突いた。俺は剣先を魔王の頭に向けて、ゆっくりとうなずいた。ようやく世界は救われる。ここまでの道程は長かった。俺は両手で握った剣をグッと構えて、魔王へ一直線に突きを放った。


「やめろ!お父様を殺すな!」

 突然、視界の外から少女が現れて、魔王の前に飛び出してきた。俺は慌てて剣を止めた。もう少しで少女を刺し殺す所だ。


「何をするんだ!危ないじゃないか!」

 俺は少女に向かって叫んだ。


「頼む!お父様を殺さないでくれ……」

 少女は泣きながら俺に懇願こんがんしてきた。


 お父様??魔王の娘か??


 泣いている少女は、魔王と同じように頭から二本の角を生やしていて、どことなく魔王に似ていた。


「漸く世界を救えるんだ。魔王が幾多の命を奪ってきた罪は重い。殺さない訳にはいかない。そこをどけ!」

「お父様は悪くない!!」

 少女は叫ぶように俺に言った。


「先に仕掛けてきたのは人間達だ!私達は穏やかに暮らしていた!私達の保有する魔石を狙って侵略してきたのはそっちじゃないか!」

「!?」

 魔王の娘からの意外な言葉に、俺は構えを解いた。


「どういう事だ?一年前、魔族が北の領土を侵略し始めたと聞いているぞ」

「正当防衛だ!魔石を狙って軍隊が攻め込んできて、仕方なく応戦したんだ!それをお前の所の貴族達は、国政に対して湧き上がる国民の不満を逸らす為に、我々が侵略したとのたうち回ったんじゃないか!」

「証拠はあるのか?魔族の口から聞いた言葉では信じられない」

「これを見ろ!」

 魔王の娘が取り出した水晶から映し出されたのは、人間の軍隊が魔族の村を襲って、陵辱りょうじょくの限りを尽くしている様だった。あまりにも惨い映像に、俺は目を背けた。


「他にも証拠はあるぞ!侵略される前に結ばれていた平和条約の書だ!」

 魔王の娘は、懐から巻物を取り出して、俺に向かって投げて寄こした。


「これは……」

 巻物を確認して、俺は驚いた。そこには現国王の名前の他に、有力貴族達の名前と血印が押してある。俺は魔法を使って、血液から真贋しんがんを確かめた。


「ほ、本物だ……」

「ほら見ろ!お前は騙されてたんだよ!」

 魔王の娘は強く俺を罵った。


「そんな……俺はこれからどうすれば良いんだ……」

「知ったことか!兎に角、お父様は悪くない!」

 隠されていた真実を知って、俺はその場に立ち尽くした。


「勇者よ……そなたは強く、そして賢い。どうか、そなたの力を我々に貸してくれないだろうか?」

 魔王は瀕死の状態なのに、俺に向かって頭を下げた。断る理由が俺には無かった。





 俺が初めに手を着けたのは、隠蔽だった。魔王を死んだ事にして、王国には平和が戻ったと国王に告げた。国王は直ぐに魔石資源を得る為に、出兵する事にしたかった様だが、戦争で弱った国力の回復が先だとアドバイスすると、すんなり受け入れた。多分、二年は時間を稼げる。


 次に、傷ついた魔界の国力の回復。人間界からの結界を超えて、頻繁に魔界を訪れた。魔界では食料が不足していたので、人間界から持ち込んだ、直ぐに育つ食物の種を植えた。


 魔界の土と相性が良かったのだろう。持ち込んだ馬鈴薯ばれいしょがスクスク育って、一週間で食糧不足問題は解決された。土に含まれる魔力と関係があるのかも知れない。


「勇者!お前が持ち込んだ馬鈴薯と言う食べ物、凄く美味いな!焼いても煮ても揚げても美味い!」

「気に入ったか?」


 魔王の娘は、健啖家けんたんかで、何時いつも俺が調理した料理をバクバクと食べた。


「お前には料理の才能があるな」

「こう見えても、実家は名のある料亭なんだ。小さい頃は料理人になりたかったんだよ」

「そうなのか。何故、勇者になったんだ?」

 魔王の娘からの問いかけに、俺は少しだけ口篭くちごもった。


「お前達を悪だと思ってたんだ」

 俺は懺悔する様に言った。


「俺がこの世界を救うと信じていた。今は後悔してる」

「勇者。お前はとても賢く、慈悲深い。後悔は過去からの鎖だが、未来への翼へと変わる。共に飛んでくれないか」

「お前となら」

「ありがとう」


 魔王の娘は食事の手を止めて、俺に言った。

「なあ、食糧不足は解消された。この後はどうするんだ?」

「食糧不足が終わったんだ。次は人口を増やす。ちなみに魔族ってのは妊娠から出産までの期間は長いのか?」

「貴族は人間のそれと変わらん。下級魔族は一ヶ月程で増える」

「なるほど。では下級魔族の出産をうながそう。出会いの場を提供する為に、祭りを開かないか?」

 俺からの提案に、魔王の娘は笑顔で頷いた。


「祭りは好きだ。美味い料理が出る」

「お前は飯の事ばかりだな」

「飯を食う事は生きる事と知れ」

「はいはい」


 俺は祭りの為に色々な準備を始めた。先ずは魔族達への認知度を高める。定例的に行われる魔王城の前にある広場で、大々的に宣伝して貰った。


 もよおし物は、あまり凝った物ではなく、誰でも楽しめる物が良いだろう。音楽祭と踊り、露店をメインにした。


 食事の準備。馬鈴薯は魔族達の口に合った様だが、いつも馬鈴薯というのも飽きるだろう。俺は何人かの魔族と共に東の山へ狩りに出かけて、大量の獣を狩った。


 祭りの当日、多くの魔族が訪れた。


 魔王の演説からスタート。

「人間達は私達を傷つけた。しかし、ここに居る勇者は違う。彼は私達の救世主だ」


 魔王に紹介されて、俺は少し照れた。お前達を沢山傷つけたのは、俺も変わらないのに。


 祭りが始まった。数百人の魔族が異性と出会う場。早くも何組かのカップルが出来たのを見て、俺は安心した。


 宴もたけなわと言う所で、魔王の娘が俺の手を取って言った。

「勇者よ。私と踊ってくれないか?」

「ああ、踊ろう」

 俺は慣れないステップで、魔王の娘にリードされながら音楽に合わせて踊った。それを見て魔王はニヤニヤと笑っていた。おい、自分の娘が人間と踊ってるんだぞ?


「なあ、勇者。私はお前が好きだ」

「俺もお前が好きだよ」

 魔王の娘からの告白に、俺は得意の剣技より素早くカウンターを入れた。


 人間界に戻って、次の策を練った。国力を弱らせなければ。どんな手段があるだろうか?麻薬でも流行らせれば一発なんだろうが、国民に影響のある事はしたくない。


「勇者様、相談がございます」

 ある日、有力貴族の一人が俺の元を訪れた。


「なんでしょうか?私に出来る事なら何でも相談に乗りますよ」

「次期継承権についてです」

「ほう……」

「私は次の王になりたい。その為に貴方の力を借りたい。どうすれば良いでしょうか?」

 貴族からの提案に俺は少しだけ頭を捻った。


粛清しゅくせい……でしょうね」

「と、仰いますと?」

「現国王が魔族からの侵略を捏造したのはご存知ですよね?」

「ど、どうしてそれを!?」

「魔王を倒した後、とある巻物が出てきまして」

 俺は魔王の娘から預かった、平和条約を結んだ証拠の巻物を取り出した。


「全てご存知なのですね」

「はい。貴方の名前もここにあります」

「私も同罪だ」

「これを新たに捏造して、貴方の名前を削除し、現国王のスキャンダルにすれば、残る有力貴族は貴方だけだ」

「なるほど……」

 貴族の目が怪しく光った。


 大手の新聞社に持ち込まれたスキャンダルは、直ぐに現政権に対する国民感情を逆撫でした。中には魔族との平和条約を反故にした事を非難する声もあり、もう一度、条約を結ぶべきだと言う声もあった。


 魔界へ戻った。


「勇者!人口が二倍になったぞ!」

 魔王の娘は俺の元へ駆け寄って、嬉しそうに人口分布図を俺に見せた。


「特に郊外での人口増加が目立つ。祭りの効果があったな」

「そうだな。取り敢えず一安心だ」

「次はどうする?」

「うーん。実は人間界で、魔界との平和条約をもう一度結ぼうって動きがあってな……」

 俺の言葉を聞いて、魔王の娘は渋い顔をした。


「もう一度、人間を信じろと?」

「嫌か?」

「……信じきれるだろうか」

 魔王の娘の迷いを断ち切る様に、俺は魔王の娘を抱き締めた。


「人間界を信じなくても、俺の事は信じて欲しい」

「うん……」


 人口増加の次は教育。魔族の貴族達に、下級魔族への教育を依頼した。魔族は階級によるヒエラルキーが絶対的で、身分の低い者に対しては手を貸す事を嫌がったが、魔王の助力もあって、皆がすんなりと受け入れてくれた。


 多くの教育機関が設立された。下級魔族達は成長が早く、教育を受けた者は直ぐに労働力になった。


「勇者!税金を下げようと思うのだが、どう思う?」

「それはいい考えだな。まだまだ人口は増加傾向にあるし、税金を下げれば益々人口は増える。但し、何年と言う期限を設けないと、税率を戻した時に反発がある。その辺をしっかりしろよ」

「そうだな」

 魔王は半分リタイアしている状況で、今は魔王の娘が政治を行っている。俺の責任は重大。少しでも判断を間違えれば、魔界の未来は危うい。


 人間界に戻ると、俺に相談を持ち掛けた有力貴族が王になっていた。俺は有力貴族に頼まれて、経済大臣になる事になった。


「王よ、相談があります」

「おお、勇者。お前の頼みなら何でも聞くぞ」

「魔族と平和条約を結びませんか?」

「魔族と?」

「メリットは沢山あります。先ず、国民感情の回復。次に貿易によって得られるであろう魔石資源の確保。他にも異文化の交流は我が国に様々な恩恵をもたらすでしょう。隣国と国力の差を付ける良い機会かと」

「なるほど……」

 有力貴族もとい、現国王は熟考の末に魔界との平和条約を結ぶ事を決断した。俺は大使として魔界との条約を結ぶ大役を担った。完全な出来レース。


「と、言う訳で、人間界からは多額の賠償金を払わせる。どうか人間界と平和条約を結んでくれないか?」

「分かった……なあ、勇者、お前は人間界に帰るのか?」

 瞳を潤ませて、魔王の娘は不安そうに俺に言った。


「俺はお前と共に生きたい」

「本当か?」

 魔王の娘の疑問に、俺は口付けで返答した。


 人間界に帰って、現国王に魔王の娘と結婚する事を告げた。政略結婚だと勘違いさせる事が出来た。俺は魔界で、大使として働きたいと王に言った。王は渋々、承諾した。


 さて、魔王の娘へプロポーズしよう。厄介なのは、義理の父親。なんせ一国を滅ぼしかけた魔王だ。けれど、多分上手く行くだろう。俺の口の上手さは、二つの世界を繋いだ。俺は人間界では嘘つき救世主。魔界では女にぞっこんのただの男。俺は魔王の娘へのプロポーズの言葉を考えた。そうだな、一生、俺の作る料理を食べてくれって言えば、食いしん坊のアイツは落ちるだろう。


 俺は魔王の娘の部屋のドアをノックした。




















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