【純愛ストーカー】★
例えば雨の中、男が貴方の帰りを二時間、待って居たとしよう。その男が、とても気持ち悪い男で、貴方に取って嫌悪の対象であった場合、それは通報案件だ。
私の全て。
私の名前は、
初めは軽い物だった。自転車通学を止めて、陽一君と同じ電車に乗り、同じバスに乗るようにした。陽一君と挨拶を交わして、
先ずはSNSアカウントの特定。これは簡単だった。友人伝いに探して、直ぐに見つかった。そこから、陽一君のもう一つのアカウントを探した。内容はとてもプライベートな物。個人が特定されない様に、知っている人間しか見れない様になっていたが、あの手この手でSNSアカウントで繋がる事が出来た。毎日、舐める様に陽一君のアカウントを見ている。
次は住所の特定。いつも陽一君と一緒に帰る友人に雑用を押し付けて、陽一君を一人にして帰り道を
段々と陽一君の事を知れて、嬉しくなってきた。最近は4時起きで、陽一君のゴミを漁っている。
「冴木さん、おはよう!」
同じ電車、同じ車両、同じ席。陽一君は、いつも同じ。私も、いつもと同じ様に、陽一君が、いつも座る席の隣に座って待っていた。食虫植物みたいな物ね。
「田中君、おはよう。またワンオク聞いてるの?」
「冴木さんも好きなんだよね。新曲聞いた?」
あんな五月蝿いロックなんて、私の趣味じゃない。クラシックばかり聞いていた私が好きなのは、ワンオクじゃなくて貴方よ。
「今回の曲も格好良かったね」
「だよね!サビに入る前のBメロが最高!」
暇つぶしにニュースサイトを眺めていると、陽一君から話し掛けてきた。
「冴木さん、LINE教えて欲しいんだけど」
少し遠慮気味に連絡先を聞かれた。
嬉しくて食い気味にいいよ、と言いそうになって、一拍置く。
「別にいいけど」
何が!別にいいけど!だ!
喜んで!だろうが!
心の中で自分自身にツッコミを入れて、スマホで自分の連絡先を表示する。
「ありがとう!」
「よろしくね」
小躍りしそうになる気持ちを抑えて、私は陽一君の連絡先をゲットした喜びを噛み締めた。毎日通話してやろうか。
駅に着いて、バスに乗り換えた。また隣に座る事が出来て、雑談再開。今日の英語の小テストについて。私は陽一君に、多分ここが出るよ、とアドバイスをした。
高齢の女性が乗車してきたのを見て、陽一君は直ぐに席を譲った。優しい所も好きよ。でも、私の隣に座って居たくないのかしら?私は、陽一君が座っていた席に腰掛けた女性を、横目で睨みつけながら立ち上がった。
「冴木さんは座っていなよ」
「いいえ。大丈夫よ」
「そう?」
15分後、バスは学校の前に着いた。
英語の授業が始まる時間になって、陽一君はソワソワし始めた。陽一君の真後ろの席に座っている私からは、貧乏揺すりしているのが丸見え。小テストの事が心配なのかしら?違うわよね?
「皆さん、今日の小テストの勉強してきましたか?」
英語担当の女教師が、教室に入ってくるなり、か細い声で言った。黒髪ロング。お淑やかな女性。陽一君の恋のお相手。
はーい、と言う声と、やってなーい、と言う声が合唱する。女教師は教壇に立って、挨拶をすると、早速小テストを配り始めた。
「では、始め!」
女教師の合図で、生徒達が一斉にページを表に向ける。私は淡々と覚えてきた英単語を書き始めた。
小テストが終わって、授業が始まった。陽一君は日本語訳の問題を当てられて、少し
昼休みになった。
陽一君は、鞄からこっそりと
体育倉庫裏には、既に女教師が待っていた。陽一君は緊張しながら、真っ赤な顔をして、女教師に手紙を渡した。ちくしょう、この距離じゃ声が聞こえない。おい、女教師!まさか高校生に手を出す気じゃないだろうな!
結果は直ぐに分かった。陽一君はガックリと肩を落として、泣きながら、小走りでその場を去っていった。このビッチ!よくも私の陽一君を泣かしたな!
私は陽一君を追いかけて、校庭の
「田中君、どうしたの?」
「ああ、冴木さんか」
「実は失恋したんだ」
「そうなんだ。もし良かったら聞かせてくれない?」
「うん……」
『女教師』だ、とは言わずに、『好きな人』が、と誤魔化しながら、陽一君は、話を始めた。陽一君の口から、あの女に対する好意を聞くのは苦痛だったが、仕方ない。これも陽一君への愛の証だ。陽一君は少し泣いた。泣き顔も可愛いわ。
下校時間になった。陽一君は足早に教室を出た。追いかけようとしたら、友人に話し掛けられて、出遅れた。スイーツ食べに行かない?と言う誘いだった。ちょっと用事があるの、と言って友人の誘いを
陽一君の姿を探したが、見つからなかった。バスの出発時刻までは時間がある。陽一君は何処に行ったのだろう?私はスマホを取り出して、陽一君のSNSアカウントを開いた。
『死にたいです』
SNSに呟かれた一文を見て、私は急いで陽一君のスマホに仕込んだGPSアプリを起動させた。良かった、近くの公園だ。
陸上部で鍛えてて良かった。私は走って公園に向かった。
5分で公園に着いた。陽一君を見つけて、直ぐに話し掛けた。
「田中君、何してるの?」
「え!?冴木さん!?」
陽一君は公園のベンチに座って、ペットボトルを手にして俯いていた。いつものお気に入りね。体に悪そうな着色料たっぷりの炭酸飲料。
「なんでここに居るの?」
「ちょっとリハビリで走ってるのよ」
苦しい言い訳をして、私は微笑んだ。
「落ち込んでるみたいだね。大丈夫?」
「……辛くて死にそうだよ」
「そんな事言わないで」
「僕は本当にダメだよ。いつもそうだ。誰からも好きになってもらえない。本当にダメな人間だよ」
「そんな事ない!」
「僕の何を知ってるって言うんだよ!」
何時も温厚な陽一君が、声を荒らげて私に言った。
「貴方の事なら何でも知ってるわ」
私は覚悟を決めた。
「何でも?何でもだって?」
陽一君は吐き捨てる様に、続けた。
「僕の血液型は?」
「A型」
「え?じゃあ僕の身長は?」
「169cm」
「た、体重は?」
「56キロ、最近痩せたね」
「えと、誕生日…」
「5月5日。牡牛座」
「家族構成は?」
「四人家族。お姉さんは美容師の専門学校に通ってる」
「す、好きな人は?」
「昼休みまでは英語担当のアバズレ女教師。そして今からは私よ!」
陽一君の質問に矢継ぎ早に答えて、会心の愛の告白をかました。
「ひょっとして、冴木さんってエスパーか何かなの!?」
「違うわ!純愛ストーカーよ!」
「ストーカーかよ!!」
陽一君はとても驚いた顔をして、数秒固まった後、大きな声で笑い始めた。
もう我慢出来ない。
「私と付き合って」
「俺、失恋したてだよ?とてもそんな気になんてなれないよ」
「私と付き合って」
「まだ前の恋を忘れられないよ。無理だよ」
「私と付き合って」
「もう!
陽一君は立ち上がって、私の前に立って言った。
「こんな男の何が良いんだよ!」
「愚問ね。全部よ」
「冴木さんって成績優秀なのに、頭悪いの?」
「そうね、追い詰められてるの。ストーカーってバレちゃったから。今、気持ちを伝えるしかないのよ。本当に好き。私と付き合って」
陽一君は顔を真っ赤にして、私に言った。
「と、友達からなら……」
「もうとっくに友達じゃない。その先を求めてるんだけど?」
「じゃあ、親友から……」
「分かったわ。妥協する。その代わり、毎日通話してね」
分かったよ、と陽一君は渋々と言った感じで
「ところで、こんな男をストーカーして楽しいの?」
「最高に楽しいわ。そう言えば昨日オカズにしたネタ、趣味悪いわよ」
「やめてくれよぉ!」
陽一君は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、その場に
本当に可愛い人。私は嬉しくなって、陽一君の飲んでいたペットボトルを鞄に入れた。陽一君の捨てた物コレクションに加えよう。私は純愛ストーカー。これからもよろしくね。
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