【純愛ストーカー】★


 例えば雨の中、男が貴方の帰りを二時間、待って居たとしよう。その男が、とても気持ち悪い男で、貴方に取って嫌悪の対象であった場合、それは通報案件だ。所謂いわゆる、ストーカーである。では、逆の場合を想像して欲しい。待って居た男が、背の高いモデル体型のイケメンで、高級外車のボンネットに座りながら、薔薇の花束を持っていたなら、それはストーカーでなく、純愛へ変わる。所詮しょせん、純愛とストーキングは紙一重。私は、純愛ストーカー。今日も、貴方のゴミを漁ります。


 田中たなか陽一よういち。17歳。身長169cm。体重56キロ。少し痩せ型。血液型はA型。5月5日生まれ。牡牛座。長男だが、上に二つ年上の姉が居る。成績も顔も中の上。帰宅部。髪は、美容師の専門学校に通う姉に切ってもらっていて、コロコロ変わる。今は、長めのウルフカット。好きな食べ物、ハンバーグ。趣味はカラオケ。好きなバントはONE OK ROCK。最近の悩みは、身長が伸びなくなった事。






 私の全て。






 私の名前は、冴木さえき香織かおり。陽一君と同じクラス。成績優秀、眉目秀麗びもくしゅうれい、クラスのマドンナだ。以前は陸上部に所属し、全国大会にも出る程に熱中していたが、怪我の為、リタイアした。走れなくなって、あまりの悲しみに落ち込んでいた時に、陽一君が優しく声を掛けてくれたのが切っ掛けでストーキングを始めた。彼の全てを知りたかったのだ。


 初めは軽い物だった。自転車通学を止めて、陽一君と同じ電車に乗り、同じバスに乗るようにした。陽一君と挨拶を交わして、たまに世間話をする様になった頃から、段々とストーキングに熱が入った。陽一君が、いつも通学中に聞いている、五月蝿うるさいロックバンドの名前は何だろう?と思って、漏れてくる音楽に集中し、歌詞を聞き取って検索した。それから、ストーキングが加速した。


 先ずはSNSアカウントの特定。これは簡単だった。友人伝いに探して、直ぐに見つかった。そこから、陽一君のもう一つのアカウントを探した。内容はとてもプライベートな物。個人が特定されない様に、知っている人間しか見れない様になっていたが、あの手この手でSNSアカウントで繋がる事が出来た。毎日、舐める様に陽一君のアカウントを見ている。


 次は住所の特定。いつも陽一君と一緒に帰る友人に雑用を押し付けて、陽一君を一人にして帰り道をけた。閑静な住宅街で、ストーキングするのには中々骨が折れたが、距離を取ってこっそりとつけて、上手くいった。


 段々と陽一君の事を知れて、嬉しくなってきた。最近は4時起きで、陽一君のゴミを漁っている。


「冴木さん、おはよう!」

 同じ電車、同じ車両、同じ席。陽一君は、いつも同じ。私も、いつもと同じ様に、陽一君が、いつも座る席の隣に座って待っていた。食虫植物みたいな物ね。


「田中君、おはよう。またワンオク聞いてるの?」

「冴木さんも好きなんだよね。新曲聞いた?」

 あんな五月蝿いロックなんて、私の趣味じゃない。クラシックばかり聞いていた私が好きなのは、ワンオクじゃなくて貴方よ。


「今回の曲も格好良かったね」

「だよね!サビに入る前のBメロが最高!」

 しばらく雑談をして、私は鞄からスマホを取り出した。あまりベラベラと話していると嫌われるかも知れない。陽一君の女性の趣味は黒髪ロングのおしとやかな子だ。ゴミ箱から引っ張り出してきた成人雑誌で予習済み。


 暇つぶしにニュースサイトを眺めていると、陽一君から話し掛けてきた。


「冴木さん、LINE教えて欲しいんだけど」

 少し遠慮気味に連絡先を聞かれた。

 嬉しくて食い気味にいいよ、と言いそうになって、一拍置く。


「別にいいけど」

 何が!別にいいけど!だ!

 喜んで!だろうが!


 心の中で自分自身にツッコミを入れて、スマホで自分の連絡先を表示する。


「ありがとう!」

「よろしくね」

 小躍りしそうになる気持ちを抑えて、私は陽一君の連絡先をゲットした喜びを噛み締めた。毎日通話してやろうか。


 駅に着いて、バスに乗り換えた。また隣に座る事が出来て、雑談再開。今日の英語の小テストについて。私は陽一君に、多分ここが出るよ、とアドバイスをした。


 高齢の女性が乗車してきたのを見て、陽一君は直ぐに席を譲った。優しい所も好きよ。でも、私の隣に座って居たくないのかしら?私は、陽一君が座っていた席に腰掛けた女性を、横目で睨みつけながら立ち上がった。


「冴木さんは座っていなよ」

「いいえ。大丈夫よ」

「そう?」


 15分後、バスは学校の前に着いた。


 英語の授業が始まる時間になって、陽一君はソワソワし始めた。陽一君の真後ろの席に座っている私からは、貧乏揺すりしているのが丸見え。小テストの事が心配なのかしら?違うわよね?


「皆さん、今日の小テストの勉強してきましたか?」

 英語担当の女教師が、教室に入ってくるなり、か細い声で言った。黒髪ロング。お淑やかな女性。陽一君の恋のお相手。


 はーい、と言う声と、やってなーい、と言う声が合唱する。女教師は教壇に立って、挨拶をすると、早速小テストを配り始めた。


「では、始め!」

 女教師の合図で、生徒達が一斉にページを表に向ける。私は淡々と覚えてきた英単語を書き始めた。


 小テストが終わって、授業が始まった。陽一君は日本語訳の問題を当てられて、少しどもりながらも見事に正解した。女教師から褒められて、とても嬉しそうだった。あの女教師、殺したい。


 昼休みになった。


 陽一君は、鞄からこっそりと便箋びんせんを取り出して上着のポケットに入れた。そんなの見逃さないわよ。昨日、何度も書き直した、女教師へのラブレター。告白の場所は体育倉庫の裏。私は気配を消して、陽一君の後をつけた。


 体育倉庫裏には、既に女教師が待っていた。陽一君は緊張しながら、真っ赤な顔をして、女教師に手紙を渡した。ちくしょう、この距離じゃ声が聞こえない。おい、女教師!まさか高校生に手を出す気じゃないだろうな!


 結果は直ぐに分かった。陽一君はガックリと肩を落として、泣きながら、小走りでその場を去っていった。このビッチ!よくも私の陽一君を泣かしたな!


 私は陽一君を追いかけて、校庭のすみにあるベンチへ向かった。


「田中君、どうしたの?」

「ああ、冴木さんか」

 うつむいて涙を浮かべている陽一君。理由は知っている。私が慰めてあげるからね。


「実は失恋したんだ」

「そうなんだ。もし良かったら聞かせてくれない?」

「うん……」

 『女教師』だ、とは言わずに、『好きな人』が、と誤魔化しながら、陽一君は、話を始めた。陽一君の口から、あの女に対する好意を聞くのは苦痛だったが、仕方ない。これも陽一君への愛の証だ。陽一君は少し泣いた。泣き顔も可愛いわ。


 下校時間になった。陽一君は足早に教室を出た。追いかけようとしたら、友人に話し掛けられて、出遅れた。スイーツ食べに行かない?と言う誘いだった。ちょっと用事があるの、と言って友人の誘いをかわす。急いでバス停に向かった。


 陽一君の姿を探したが、見つからなかった。バスの出発時刻までは時間がある。陽一君は何処に行ったのだろう?私はスマホを取り出して、陽一君のSNSアカウントを開いた。


『死にたいです』


 SNSに呟かれた一文を見て、私は急いで陽一君のスマホに仕込んだGPSアプリを起動させた。良かった、近くの公園だ。


 陸上部で鍛えてて良かった。私は走って公園に向かった。


 5分で公園に着いた。陽一君を見つけて、直ぐに話し掛けた。


「田中君、何してるの?」

「え!?冴木さん!?」

 陽一君は公園のベンチに座って、ペットボトルを手にして俯いていた。いつものお気に入りね。体に悪そうな着色料たっぷりの炭酸飲料。


「なんでここに居るの?」

「ちょっとリハビリで走ってるのよ」

 苦しい言い訳をして、私は微笑んだ。


「落ち込んでるみたいだね。大丈夫?」

「……辛くて死にそうだよ」

「そんな事言わないで」

「僕は本当にダメだよ。いつもそうだ。誰からも好きになってもらえない。本当にダメな人間だよ」

「そんな事ない!」

「僕の何を知ってるって言うんだよ!」

 何時も温厚な陽一君が、声を荒らげて私に言った。


「貴方の事なら何でも知ってるわ」

 私は覚悟を決めた。


「何でも?何でもだって?」

 陽一君は吐き捨てる様に、続けた。


「僕の血液型は?」

「A型」

「え?じゃあ僕の身長は?」

「169cm」

「た、体重は?」

「56キロ、最近痩せたね」

「えと、誕生日…」

「5月5日。牡牛座」

「家族構成は?」

「四人家族。お姉さんは美容師の専門学校に通ってる」

「す、好きな人は?」

「昼休みまでは英語担当のアバズレ女教師。そして今からは私よ!」

 陽一君の質問に矢継ぎ早に答えて、会心の愛の告白をかました。


「ひょっとして、冴木さんってエスパーか何かなの!?」

「違うわ!純愛ストーカーよ!」

「ストーカーかよ!!」

 陽一君はとても驚いた顔をして、数秒固まった後、大きな声で笑い始めた。


 もう我慢出来ない。


「私と付き合って」

「俺、失恋したてだよ?とてもそんな気になんてなれないよ」

「私と付き合って」

「まだ前の恋を忘れられないよ。無理だよ」

「私と付き合って」

「もう!執拗しつこいな!」


 陽一君は立ち上がって、私の前に立って言った。

「こんな男の何が良いんだよ!」

「愚問ね。全部よ」

「冴木さんって成績優秀なのに、頭悪いの?」

「そうね、追い詰められてるの。ストーカーってバレちゃったから。今、気持ちを伝えるしかないのよ。本当に好き。私と付き合って」


 陽一君は顔を真っ赤にして、私に言った。

「と、友達からなら……」

「もうとっくに友達じゃない。その先を求めてるんだけど?」

「じゃあ、親友から……」

「分かったわ。妥協する。その代わり、毎日通話してね」

 分かったよ、と陽一君は渋々と言った感じでうなずいた。


「ところで、こんな男をストーカーして楽しいの?」

「最高に楽しいわ。そう言えば昨日オカズにしたネタ、趣味悪いわよ」

「やめてくれよぉ!」

 陽一君は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、その場にうずくまった。


本当に可愛い人。私は嬉しくなって、陽一君の飲んでいたペットボトルを鞄に入れた。陽一君の捨てた物コレクションに加えよう。私は純愛ストーカー。これからもよろしくね。












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