【ピノキオの鼻は伸びない】

 そもそも噓発見器の精度は、そんなに高くない。だから、それも一種のジョークアプリとして使われていた。


 今、学生たちの間で大流行している、そのアプリの名前は「ピノキオの鼻」。アプリを開くとピノキオの絵があって、嘘の発言を聞く度に鼻を伸ばす……という物だ。そのさま滑稽こっけいだが可愛らしくて、皆が面白がって使っていた。


 嘘発見器は別名「ポリグラフ」とも呼ばれていて、呼吸や心拍、血圧などを測定して真実かどうかを判別するものだ。だから、声だけで判断する「ピノキオの鼻」は眉唾物なのだが、意外と当たるらしくて僕のクラスでも多分に漏れず皆がDLしていた。


 休み時間にもなると、クラスメートたちが、そのアプリを起動して「○○は△△が好き?」とか「この中に嫌いなヤツが居る!」とか、そんな他愛のない質問をする。正直、僕はウンザリしていた。


 下らない。本当にそのアプリの精度が確かなものなら、とっとと裁判所にでも持ち込みやがれ。僕はクラスメートたちが騒いでる中、予習の為に数学の本を開いた。昼休みなので教室の喧騒は止まない。


「ねえ、田町。ああいうの、ホントに下らないよね」

 目線を教科書から声のした方に移動すると、そこには僕の想い人である倉田が居た。僕と同じ進学塾に通う才女だ。僕はまだ、一度も彼女より成績で良い結果を残したことがない。


「倉田か。その意見には大賛成だね」

「でしょ?」

 倉田は、その長い髪を後ろに束ね始めた。そして、僕の隣に座って予習を始める。


「田町は、T大に進学するつもりなの?」

「ああ。まだB判定だけど、このままの調子なら多分、受かると思う。倉田はH大だっけ?」

「うん。あそこの心理学部が日本では一番優秀だって言われてるから」

「心理学部ねえ。倉田は将来、心理学者になるのか?」

「TVの見過ぎで、皆、心理学部に行きたいっていうとメンタリストとか、刑事みたいな職業になることを想像するのよね」

「違うのか。ごめん」

「私はね、公認心理士か臨床心理士になりたいのよ」

「そうなんだ」

 倉田はしっかりと将来の夢を持ってるんだな、と感心した。僕にはそういった目標がないので、少し羨ましくもある。


「心理学部って文系だよな?じゃあ、来年、倉田は文系のクラスになるのか」

「そうね。田町は理系クラスよね?」

「うん」

 本音を言えば少し寂しい。塾でも学校でも、僕たちは一緒のクラスだった。けれど、来年は別々のクラスになる事が確定してしまった。


「そういえば、あの『ピノキオの鼻』だっけ?今日、アップデートされて新しいバージョンがでるらしいのよ」

「なんでそんな事知ってるんだ?興味なさそうだったけど」

「私の尊敬する心理学者の先生が監修するみたいなの。こんな玩具おもちゃを監修なんて少し残念」

「そっか」

「でも本当に尊敬してる人だから、DLして試してみようかな?って思ってる」

「へえ」

「まあ、どうせ当たらないだろうけど」

 倉田は、ははは、と笑う。


「そういう事だから、田町。被検体になってくれない?」

「え?やだよ」

 僕は冷静を装って、ノートへ目線をやった。


「あら。田町は私に、何か隠し事でもあるの?」

「いや、ないけどさ」

「じゃあいいじゃない」

「……分かったよ」

 僕は渋々、承諾した。まあ、どうせジョークアプリだ。それに倉田に対しては、隠し事なんてない。……彼女への恋慕の感情以外は。


「じゃあ、早速試してみようよ」

 倉田はそう言うとスマホを取り出して、「ピノキオの鼻」をDLし始めた。その横顔を見ながら、僕は心の中で嘆息する。意外と子供っぽいところもあるんだな。


 DLし終わって、倉田はこちらを見て微笑んだ。悪戯っぽい笑顔に、僕は内心ドキドキした。


「じゃあ、始めるよ?」

「ああ」

 アプリを起動させて、倉田は僕の方を見た。


「全部『いいえ』で答えてくださいって書いてあるわ。準備はいい?」

 僕が軽くうなずくと、倉田は早速、質問を始めた。


「カンニングをしたことがある?」

「いいえ」

 画面に映ってるピノキオが首を横に振った。鼻は伸びない。


「自分は頭が良い方だと思いますか?」

「いいえ」

 先程と同じ様にキノピオの鼻は伸びない。


「へえ。田町って頭が良いのに、自分ではそんな風に思ってないんだね」

 倉田は、うんうんと何度か頷いた。


「自分は顔の良い方だと思いますか?」

「いいえ」

 またピノキオが首を横に振る。倉田は、つまらなそうだ。


「じゃあ、次。私を素晴らしい友人だと思う?」

「いいえ」

 ピノキオの鼻が伸びた。それを見て、倉田はスマホの画面から顔を上げて、僕を見る。


「嬉しいじゃない」

「……まあ、倉田の事は嫌いじゃない」

「じゃあ、好き?」

「いや、好きってほどでは」

 ピーっと音がしてピノキオの鼻が急激に伸びた。僕は焦って口を閉じる。倉田も少しきまずそうだ。


「……クラスに好きな異性が居る?」

「……いいえ」

 ピノキオの鼻がグングン伸びる。


「それは私?」

「いいえ」

 また伸びた。


「なあ、倉田。そろそろやめないか?」

「そ、そうね。バカバカしい」

「だろ?倉田にとって僕は唯の友人なんだし」

 その言葉を聞いて、倉田は僕を真っすぐにみつめた。少し怒っている様に見える。そのまま『ピノキオの鼻』を僕の方に向けて、ハッキリとした口調で言った。


「いいえ。唯の友人なんて思ってない」

 ピノキオの鼻は伸びない。


「く、倉田?」

「私にとって田町は唯の友人なんかじゃない」

 ピノキオの鼻は伸びない。


「田町は私の事をどう思ってるの?」

「いや……」

「ちょっと質問を変えるわ」

 ふぅ、と溜息混じりに倉田は言葉を続けた。


「ねえ、田町。私の事、好き?」

 僕はどうしようもなくなって、その質問の答えを渋った。倉田は無言で僕を見つめ続ける。その視線の圧に負けて、僕は小声で答えた。


「はい。好きです」

 ピノキオの鼻は伸びない。



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