【バレンタイン・ゲーム】

 バレンタインの時期になって、俺を含めた男子生徒がそわそわし始める二月初旬。俺、南埜みなみの真司しんじは幼馴染の水卜みうら果歩かほと教室でにらみ合っていた。


「真司、アンタみたいなナヨナヨした男が、私に勝てるとでも思ってるの?」

「うるせえ、果歩。お前みたいなゴリラ女が、俺に勝てるとでも思ってんのか?」

 ……話は、数分前にさかのぼる。


 俺は確かに男らしい雰囲気が全くなく、「かっこいい」と言われるよりも、「可愛い」と言われることの多い、中性的な顔立ちをしている。それでも、こう言った顔立ちには割とニーズがあるらしく、俺は毎年、それなりの個数のバレンタインチョコを受け取っていた。それは、とても嬉しいのだが、この時期になると憂鬱になる出来事が必ず起きる。幼馴染の水卜果歩。こいつにバレンタインチョコの数で勝てた事が無くて、毎年、アンタ、女の私よりも貰うチョコレートの数少ないのね、と揶揄からかわれるのだ。果歩はスポーツ万能の体育会系女子で、性格もサバサバしており、女子人気の高いお姉さんキャラだ。そんな果歩に俺は毎回、悔しい想いをさせられている。


「真司、来週バレンタインだね」

 放課後、二人で教室を掃除していると、果歩が何の気なしに呟いた。


「そうだな」

「あー、今年はいくつ貰えるんだろ。楽しみ~」

「ちっ」

「あ、今、舌打ちしたでしょ?毎回、私に勝てないのが、そんなに悔しいのかしら?」

「果歩、てめー、調子に乗るなよ?今年の俺は一味違うぜ?」

「あら?去年も一昨年も、同じような台詞せりふを聞いた気がするな~」

「くっ……」

「ねえ、今年も賭けようよ。勝った方が負けた方に何でも一つ、言う事を聞いてもらうってやつ」

「……」

「あれぇ~?真司くん、自信ないのかなー?」

 果歩の軽い挑発に、俺は苛々いらいらして吐き捨てる様に言葉を放った。


「やってやるよ、ゴリラ女!」


 その発言に、果歩は売り言葉に買い言葉、と言った感じで怒気を込めて言った。

「真司、アンタみたいなナヨナヨした男が、私に勝てるとでも思ってるの?」





 そして、毎年行われる、バレンタイン・ゲームがスタートした。




 兎に角、一つでも多くチョコレートをゲットしないと!俺は、ぐに作戦を立てた。この時期に、急に行動が変えると、周囲の女子からチョコレート狙いの行動だと、あざとく見えてしまう。なりふり構わず行動を起こしたいけれど、ここは慎重にいくべきだ。俺は所属している手芸部の女子達に頭を下げる事にした。これが一番確実だろう。


「と、言う事でして……先輩方!麦チョコ一つでいいので、俺にチョコレートくれませんか!!!」

「君のその素直で真っ直ぐな性格は尊敬するわ……」

 先輩達は呆れながらも、仕方ないなあ、と笑いながら答えてくれた。これで三つは堅い。次に、いつも俺にチョコレートをくれる女子達にアピールする事にした。


「毎年、いつもチョコレートくれて、嬉しいよ。今回もホワイトデー、お返しするからね」

 暗にチョコレートを強請ねだっている行動だが、女子達は覚えててくれたんだ!と嬉しそうな表情を見せてくれた。よしよし。更に三つは予約したようなもの。


 仲の良い女子達へのアピールも欠かさない。さりげなく、カジュアルにチョコレートを強請った。


「なあ、今年のバレンタインは誰かにあげるの?」

「私?友チョコだけかなー」

「え?そうなんだ。好きな人とか居ないんだね」

「うん。だから今年は出費も抑えられる。ちょっと悲しいけどね」

「お?じゃあ、俺に義理チョコくれよ」

「えー」

「じゃ、待ってるから!」

 直ぐに会話を切り上げる。しつこく欲しがると嫌われるし、これならあげてもいいかな、と思われるだろう。


 最後に、姉と妹、母親にも強請る。


「マイシスター!今年は義理チョコをくれないか!」

「どうせ果歩ちゃんと勝負してるんでしょ?」

「うっ……」

「わかったわよ。安いチョコだけど、あげる。その代わり、ホワイトデー、分かってるわよね?」

 姉の脅しのような台詞を聞いて、ぶんぶんと首を縦に振った。


 妹とは仲がいいので、今年もあげるね~、と笑顔で言ってくれた。よしよし。これで母親を含めて三個。恐らく、今年のバレンタインチョコは十個くらい貰える。


 流石にこれは勝っただろう。俺は心の中で高笑いをしながら、バレンタイン当日を待った。


 当日、家族から貰ったチョコレートを持って、登校した。朝から、同級生や先輩達に義理チョコを貰って、大切に鞄の中に仕舞う。放課後になると、本命チョコらしい物も校舎裏で手渡しされた。総数11個。人生のギネス記録。ゲットした数をお互いに報告するために、待ち合わせした公園へ向かう。果歩は既に公園に居て、ベンチで俺を待っていた。白いコートにピンク色のマフラー。いつものクールでボーイッシュな雰囲気とは、少し違って見えた。


 俺は、果歩の元へ行って、今年は俺の勝ちだと思うぜ?と言った。果歩は、そうかしら?どうせ今年も私が勝つわ、と言って鞄の中からチョコレートを取り出した。


 勝負だ。


 1,2,3,とお互いに鞄の中から一つずつ取り出していった。体育祭での玉入れ競争の様な方法だな、と思った。6.7.8……果歩はまだまだ余裕の顔をしている。


 9.10……俺は内心、ヤバい!と焦っていて、どうか神様、勝たせてくれ、と願った。最後の11個目のチョコレートを鞄から取り出した時、果歩の手が止まった。


「私は11個。あんたは?」

「お、俺も11個だ」

「へえ。やるじゃない。今年は同点か~」

 俺は安心して、思わず溜息を漏らした。勝てはしなかったが、負けもしなかった。安堵して、思わず空を見上げた。


「ねえ、真司」

「なんだよ」

「……これ、受け取ってほしい」

 果歩が鞄の中から取り出したのは、綺麗にラッピングされた箱。


「これ……まさか、チョコレートか?」

「うん。受け取ってくれる?」

 果歩は顔を真っ赤にして、俺に言った。俺は恥ずかしいやら、嬉しいやらで、お、おう、と情けない声を出しながら、果歩からのチョコレートを受け取った。


「なあ、これって義理?」

「野暮な事聞かないでよ!」

「……ありがとう」

「ううん。受け取ってくれて、嬉しい」

 可愛いな、と思った。いつもの男っぽい雰囲気からのギャップに、俺はやられてしまって、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。


「なあ」

「なにかしら?」

「果歩からのチョコレート含めたら、12個で俺の勝ちだよな」

「そうね」

「俺が勝ったんだから、言う事聞いてもらうぞ」

「うん、いいよ」


 俺は唾を飲み込んで、緊張で声を震わせながら言った。


「俺の彼女になってくれる?」

「ホワイトデーのお返し、期待してるからね!」

 果歩は俺に抱きついてきた。


“Be my valentine.” =「私の特別な人になって」

 包み紙に書かれたメッセージを見ながら、俺は果歩を強く抱きしめた。




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