【現代のDaddy-Long-Legs】


 ボストンバッグが、いっぱいになるまでの札束を詰められて、私は、その重さに感動しながらも、相反するような冷めた感情が湧き上がるのを感じていた。


 数年前に、パワハラと過労で倒れて、その後、誰とも話せなくなる程に精神を病んで、今は生活保護を受給している。


 医者に、朝の光を浴びたり、外出をしてみては?と勧められて、私は公園を散歩したり、コンビニで買ったパックのコーヒー牛乳を家で飲みながら、図書館で借りてきた本を読んでいた。


 それでも死にたい感情は消えなくて、怖くなった私は、ネットに逃げ場を作ることにした。


 SNSの世界は広い。そこで知り合ったシングルマザーの女性に、少しの恋慕れんぼを抱くようになって、私はもう少しだけ生きてみようかな?と思うようになった。


 話は三日前にさかのぼる。私は日曜日になると、競馬のテレビ中継を見ながら、数レースに100円だけ馬券を買うようにしていた。私の唯一の楽しみであり、来週まで生きる理由だった。


 そこで3億円の払戻しを受けた。


 5レースの1位を全て当てるという、宝くじのような馬券だった。


 ボストンバッグ2つに入った30キロの重みを感じながら、私は帰路に着いた。押し入れの中に現金をしまって、私は携帯を開いた。毎日、死にたいと考えている私にとって、大金は意味がなかった。金さえあれば、病気など消え失せると思っていたのに。


 シングルマザーの女性がお金に困って、夜の仕事を始めたという呟きを見て、私はアカウントをもう1つ作った。


「私があなたの足長おじさんになります」


 女性は頑なに断ったが、それでも私は折れなかった。


「体が目的ですか?」

「あなたと会うことはありません。ただあなたの力になりたいだけです。毎月、30万を現金書留で送ります。その代わり、毎日その日にあったこと、思ったこと、感じたことをダイレクトメールで送ってください」


 契約は結ばれた。


 彼女は約束をたがえず、日に4、5回メールを送ってきた。夜の仕事を辞めたこと、息子と公園で遊んだこと、弁当屋のバイトを始めたこと、もう一度大学に行こうと考えていること。


「大学に通いなさい。あなたの世界を広げなさい」


 その月、私は少し多めの金額を送った。


「あなたに会いたいです」


 大学の卒業式を前日に控えた春の日に、彼女からメールが来た。


「会う気はありません」

「式には来てくれませんか」


 私は折れた。


 当日、くたびれたスーツに袖を通して、私は彼女の大学に向かった。


 式で卒業証書を貰う彼女を見て、涙が止まらなかった。少しだけ、話しかけてみようと思ったのが、間違いだった。


「卒業おめでとうございます」

 久しぶりに出した声は、震えていた。

「やっと会えましたね」

 彼女が言った。


「実は私ってモテるんですよ」

 振袖で動きにくいはずなのに、彼女は私に抱きついてきた。


「でもあなたがいるから、断り続けるの大変だったんですよ」

「なんだか、本当に足長おじさんになった様な気持ちです。私はただ、援助しただけですよ」

「足長おじさんの結末は、ご存知よね?」


 彼女からの提案を断れるほど、私は強くなかった。

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