【ビターチョコ】


 彼女とのキスは、苦いタバコの味がして、甘いのが苦手な僕は、彼女とキスするのが、たまらなく好きだった。


「ねえ。今日は学校のプールに忍び込まない?」


 彼女はいつも唐突に、子供のようなことを言い出す。


「嫌だよ。見つかったらどうするの」


 僕の部屋で読んでいた漫画の最終巻に手を出したところで、彼女は目線を、やおら僕に向けて言った。


「SEXの前に少し運動しようよ。君は若いから、こっちが持たなくなるのよ」


 彼女の交渉術は、外交官より凄い。


「少しだけだよ?」


 彼女とのデートは、いつも風変わりで、誰も人の通らないような夜中から、朝方にかけて、街を散策する。


「明日はタカシと飯に行くから、ちゃんと家に帰ってね。」


 親友との約束を優先するわけではないが、先約の方を優先するのが、僕のポリシーだ。


「タカシとばっか遊んでるけど、他に友達居ないの?」


「居ないよ」


 夏の終わり、少し肌寒い夜に、僕達は飛び出した。


 僕の高校を見てみたいという、彼女の要望で、タクシーを飛ばして、僕が毎日通ってる高校の校門の前に着いた。


「少し待ってて」


 ポケットから鍵を取り出して、僕は門を少しだけ開けた。


「風紀委員ってのはホントだったんだね」

「君に嘘をついたことはないよ」


 プールのフェンスを2人で飛び越えて、塩素の匂いにやられながら、服を脱いだ。


「あんまり音を立てないでね」


 彼女の白い肌を見て、血液が下半身に行くのを感じながら、静かに水に入った。彼女はほとんど音を立てずに、すいすいと泳ぐ。


「ねえ、ここでSEXしようよ」


 僕は顔を真っ赤にしながら、うなずいた。






 季節は変わって冬。


「チョコレートは何個貰ったの?お母さんからの1個だけかしら?」


 バレンタインの成果を聞かれて、ねたように、彼女が聞いてきた。


「俺はタカシほどモテないけど、3個貰ったよ」


「受験生には糖分補給は大事よね」


 仮にも僕に好意を寄せて、手作りで作ってきてくれたチョコレートを、ただの糖分補給の道具と見下した彼女が、可愛くて仕方なかった。


「私からもあるよ。君の好きなビターチョコ」


 彼女は、タバコを灰皿に押し付けて、キスをしてきた。口にチョコレートを含みながら。苦いカカオの味を堪能たんのうして、彼女を押し倒した。


「そろそろお別れね」


 彼女との関係は、僕が受験を終えるまでという期限付きだった。


「そうだね」


 受験が終われば、僕は都会にある大学に通う。彼女はその距離を埋めるほどの愛情を持てないと言った。


 受験当日、泣きそうになりながら試験を受けた。彼女のことばかり考えているのに、スラスラと問題が解けていった。


 僕は大学に合格した。


「ヨウスケ!大学合格おめでとう!」

「ありがとうタカシ。」


 親友のタカシの家で、合格を祝われながらも、僕は喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からずに、変な笑顔を浮かべていた。


「母さんが手料理振舞ってくれるってさ」

「そうか。タカシのお母さんの手料理は美味しいから、楽しみだよ」


 タカシの母親が帰ってきて、一緒に手料理を食べた。


「そろそろ帰るよ、タカシ」

「おう、またな!」


 タカシが手を振った。


「タカシ!玄関まで見送りなさい!」

 タカシの母親がタカシを叱ったが、タカシは聞く耳を持たない。


「あ、お構いなく」

 僕は玄関に向かった。


 タカシの母親が僕を見送ってくれた。


 玄関でした彼女とのキスは、あの時のビターチョコの味がした。


 


 ほろ苦い唇の味を感じて、僕はさよならを告げた。

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