【髑髏と薔薇】


 俺が着るのは、いつも髑髏どくろ。彼女が着るのは、いつも薔薇ばら。俺の愛情表現は「好きだよ」の一言で、彼女の愛情表現は「死ぬほど愛してる」から始まる、短編小説だ。トラックよりも重い愛情を受け止めて、今日も髑髏と薔薇でデートに行く。


 朝起きると、着信履歴が100件を超えているのを見て、またかよ、と溜息をいた。薔薇ちゃんは、俺が電話に出ないと、出るまで掛け続けるし、出たら5時間以上は必ず通話するので、寝る前はサイレントモードにしている。シャワーを浴びて、歯磨きをしながらメールで寝ていた、と報告した。2秒もしない内に、電話が掛かってくる。


「どうして、私と通話する前に寝ちゃうの?私の事、嫌いになったの?」

「薔薇ちゃん、俺はライブの日以外は22時超えると寝るんだよ。健康優良児なの!」

「髑髏くんは一生寝ないで、私と通話してて欲しい……」

「俺に死ねって言ってるのかよ!」

「髑髏くんが死んだら私も死ぬから!絶対死んじゃダメっ!」


 わかったよ、と返事をして電話を切った。薔薇ちゃんは一体いつ寝てるんだろう?と疑問符クエスチョンマークを頭に浮かべて、朝食の準備をする。今日は薔薇ちゃんとデートの約束があるので、軽目にしよう。トーストを半分に切って、ブラックコーヒーを淹れた。


 薔薇ちゃんは、俺のやってるバンドのファンの1人だった。俺は軽く化粧をするビジュアル系ロックバンドのベーシストで、作曲担当だ。なんとか音楽で食っていけてる現状に満足している。ある日、ホームにしているライブハウスでワンマンライブをした後に、物販でCDを売っていると、薔薇ちゃんがファンレターを持ってやってきた。


「あの!髑髏くん、これ読んでください!」

「うん、ありがとう」


 第一印象はゴスロリ美少女。黒地の服に、真っ赤な薔薇が印象的だった。その時から、俺の中では「薔薇ちゃん」って渾名あだなが付いた。凄い好みの顔をしてる。可愛い。イメージは昔、実家で飼っていたウサギだ。


 薔薇ちゃんが持ってきたファンレターは、雑誌くらいの厚みがあった。やべぇな、コイツ、と思いながら、俺は笑顔で受け取った。薔薇ちゃんは、目をうるうるさせて、言った。


「絶対読んでくださいね」

「勿論だよ!凄く嬉しいよ」


 薔薇ちゃんは、小躍りしながらバーカウンターの方へ歩いて行った。しばらくして、ピコン、と携帯が鳴った。SNSのアカウントが、フォローされた事が通知されていた。アイコンには、さっき見たゴスロリの美少女、薔薇ちゃん。直ぐにフォローを返して、楽屋に戻った。


 数通のファンレターに目を通して、最後に雑誌みたいな薔薇ちゃんからのファンレターを開けた。中からCDが出てきて、俺は驚いた。それは俺の大好きなパンクバンドの、廃盤になったCDだった。しかも初回限定、サイン付きのプレミア物。オークションに出せば、10万くらいはするだろう。俺は慌てて、携帯からSNSのアカウントを開いて、薔薇ちゃんにメールを送った。


「こんな高価な物受け取れないよ!まだライブハウスに居るの?」

 直ぐに返信が来た。


「今、ライブハウスの外で出待ちしてます」

「ちょっと楽屋に来て!返すから!スタッフには話通しておく!」

「それ、実家でほこりを被ってた物なので、貰ってください」

「もう聞く事がないなら、オークションに出せば大金になるよ!とにかく返すから!」

「髑髏くんが、そのバンドのファンって知って嬉しかったんです。貰ってください」

 ダメだ。頑固な女だな!と頭を抱えて、俺は楽屋を飛び出して、ライブハウスの外に出た。十数人のファンが一斉にこっちを見たが、俺は気にせず薔薇ちゃんの所まで、一直線に歩いて行った。


「ちょっと来て!」

 薔薇ちゃんの腕を掴んで、グイッと引っ張った。薔薇ちゃんの腕は細くて、体重なんて概念はないんじゃないかって位に、簡単に引き寄せる事が出来た。


「ちょっと髑髏くん、その女、誰よ!」

 ファンの1人が、嫉妬心メラメラって感じに言ってきた。

「生き別れの妹!」

 俺は咄嗟とっさに、直ぐバレる嘘を吐いた。


 楽屋に戻って、薔薇ちゃんにCDを返した。薔薇ちゃんは不服そうだったが、ファンとの距離感を間違えてはいけない。気まずい雰囲気になったので、こちらから声を掛けてみた。


「薔薇ちゃんもこのバンド好きなの?」

 その一言で、薔薇ちゃんはパッと笑顔になり、自分の音楽遍歴へんれきを語りだした。俺と好みが凄く似ていて、段々と薔薇ちゃんとの音楽トークに花が咲くのを感じた。



「でも、今一番好きなのは、髑髏くんのバンドです。本当に好きです」

 急に告白みたいに声を震わせて、薔薇ちゃんは言った。ありがとう、と素っ気なく返事をしたけれど、俺は内心、とてつもなく嬉しくて、表情には出さずに、心の中でガッツポーズをした。


 他のメンバーが楽屋に帰ってきて、その女誰?と興味津々に聞いてきた。俺は、生き別れの妹だよ、とメンバーに紹介した。メンバーは笑って、薔薇ちゃんに色々と話し掛けた。薔薇ちゃんは好きなバンドのメンバーに囲まれて、テンパったみたいだ。あわあわしながら、メンバーからの質問に答えていた。凄いコミュ障だな、と思いながら、俺は置いてあったベースを手に取って、弾き始めた。薔薇ちゃんは、俺のベースに合わせて、体を揺らしていた。


 バンドのメンバーと仲良くなった薔薇ちゃんは、打ち上げに来るようになった。いつも見知らぬ人に囲まれて、緊張でぶるぶる体を震わせている薔薇ちゃんを見て、また実家のウサギを思い出した。そんなに緊張するなら来なきゃいいのに。薔薇ちゃんは酒が弱く、カシオレ1杯で酔った。薔薇ちゃんが酔うと、介抱するのはいつも俺の役目だった。バンドのメンバーからは、お前の妹なんだろ?と、からかわれた。薔薇ちゃんは、よく俺の手に触って、私、ベースになりたい、ずっと髑髏くんに触れて貰いたい、と言った。生まれ変わったら、薔薇ちゃんはウサギになると思うぞ、と言うと、薔薇ちゃんは泣いた。泣き上戸なの、本当に勘弁して欲しい。


 薔薇ちゃんから送られてくるメールは、いつも長文で、ポエムみたいな内容だった。意味わかんねえ、と思いながら、俺はいつも短文で返した。途切れなく来るメールに困り果てた。10分位返信しないと、追撃のメールが来る。こんな面倒臭い女は初めてだ。けれど、いつもライブに来てくれて、小さい体を振って、一生懸命に応援してくれる薔薇ちゃんが可愛くて仕方なかった。本当に妹が居たら、こんな感じなんだろうな、と思って、薔薇ちゃんからのメールに付き合った。


 メジャーデビューが決まった日、薔薇ちゃんは打ち上げで、わんわん泣いた。バンドのメンバーはそれを見て爆笑した。薔薇ちゃんがデビューする訳じゃないじゃん、と言って、俺は、薔薇ちゃんのマスカラが取れた目を、おしぼりで拭いた。薔薇ちゃんは、だって、だって、嬉しいんだもん!と言っては、また泣いた。帰り道、薔薇ちゃんを駅まで送っていると、薔薇ちゃんは真面目な顔になって俺に言った。


「もう、髑髏くんとは会いません。今までありがとうございました」

 薔薇ちゃんは、メジャーデビューを控えた俺に、気を使ったようだった。


「なんでそんな事言うの?今まで通りに打ち上げに来てよ」

 急に寂しくなって、俺は薔薇ちゃんに言った。


「これからも1ファンとして応援します。でも、メジャーデビューする髑髏くんの邪魔になりたくないです」

 薔薇ちゃんは絞り出す様に、声を震わせた。


 それから薔薇ちゃんは、俺達の前に一切姿を見せなくなった。メールも返って来ない。失って初めて気付く事があるとか、古臭いラブソングが歌われているけど、本当にその通りだな、と思った。とにかく薔薇ちゃんに会いたかった。けれどメジャーデビュー前の俺は、とても忙しくて、薔薇ちゃんを探す余裕がなかった。メジャーデビューは、ミニアルバムで決定した。既存の曲を2、3曲、後は新曲にする事になったので、俺は作曲活動に没頭した。けれど、薔薇ちゃんの事が頭によぎって、生まれてくるのは、全部ラブソングだった。


「アルバムのタイトルどうするよ?」

 ボーカルに聞かれて、俺は即答した。

髑髏どくろ薔薇ばら


 えー、ダサくね?とメンバーは大反対だったが、俺は譲らなかった。このアルバムは、薔薇ちゃんが居なければ出来ていない。


 発売されて、一週間でオリコンチャートに入った。色々な番組に呼ばれて、俺達の生活は変わった。とにかく忙しい。家に帰って、寝るだけの生活が続いた。会いてえよお、とひとごとを言いながら、眠るのが日課になっていた。


 髑髏と薔薇が売れた後は、それほどヒット作は出なかった。だけど、食うには困らない。時間が出来たので、俺は薔薇ちゃんが住んでる駅で、薔薇ちゃんを探したけど、見つからなかった。もう会えないのかな、と思った。インディーズ時代にホームにしてたライブハウスに寄って、さを晴らす事にした。酒を飲んで、音楽を聞いて、薔薇ちゃんの事を忘れよう。俺はライブハウスのドアを開けた。






 薔薇ちゃんが居た。






「何してるの?」

 少し意地悪っぽい声で、俺は薔薇ちゃんに聞いた。本当は今すぐに抱き締めたかったけれど、薔薇ちゃんは、俺の事なんて忘れてしまったのかも知れない。少し怖くなった。


 薔薇ちゃんは、初めて会った時みたいに、目をうるうるさせて言った。


「髑髏くんの事、忘れよう、忘れようとしても忘れられないから、ライブハウスに来るんだよ」

 薔薇ちゃんは泣き出した。


 俺は、薔薇ちゃんにクレームを付ける事にした。


「薔薇ちゃんの所為せいで、ラブソングしか書けなくなったんだよ。売れなくなった責任取ってよ」


 俺からのクレームに、薔薇ちゃんは笑顔になってうなずいた。





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