【繁華街のハイエナ】



 とある大学で、『ナンパの成功率』について、研究したレポートがあった。


 研究の方法は、バーでナンパしてきて、『最もフラれた回数の多い人』に賞金をあげる……といったものだ。皆が失敗しようと、無理な方法で声を掛けたり、断られたら、直ぐに別の女性へアタックした。結果、なんと成功率は上がったらしい。


 つまりは失敗を恐れず、堂々と、そして数をこなして、次から次へと試行回数を重ねた方が良いって事だ。


 あのマイケル・ジョーダンですら、9000回以上シュートを外してるんだぜ?










「アノ〜、スイマセン」

 片言の日本語を装って、昼の公園でベンチに座っているOLに話し掛けた。女の隣には、有名なコーヒーチェーン店のドリンクと、サンドウィッチ。はい?と、視線を俺に向けて、彼女は戸惑いの表情をした。


「ワタシ、日本語ベンキョウしてます」

「は、はあ……」

「コレ、なんてヨミマスカ?」

 俺は手にした日本語の参考書を、彼女に見せた。彼女はチラリと参考書を見て、微笑んで俺に言った。


「これはね、『あなたのなまえはなんですか?』です」

「なんてイミですか?」

「えーと、『What is your name?』です」

「oh!アリガトウゴザイマス!あなたのなまえはなんですか?」

 彼女は笑いながら、俺に言った。


「翔子です」

「ショウコ!ハジメマシテ!もう一つだけイイデスカ?」

「いいですよ」

「これはナンテよみますか?」

 さっきと違って、少しだけ警戒心を解いて、翔子と名乗ったOLは、俺が差し出した参考書の一文を読んで、微笑んで言った。


「『あなたのことがすきです』」

「僕も、あなたの事が好きです。一目惚れしました」

 俺が急に流暢りゅうちょうな日本語で口説き始めて、翔子は驚いて目を見開いた。


「え?日本語話せるの?」

「うん。実は生粋きっすいの日本人なんだ。翔子さんの事を見て、綺麗だな、と思って、どうやったら友達になれるかな?って考えて、この手を、さっき思いついたんだよ。近藤こんどう悠一ゆういちって言います。よろしくね」

「あはははは!嘘でしょ?いつも使ってる手なんじゃないの?」

「バレた?でも、翔子さんの事を綺麗だな、って思ったのは嘘じゃないよ」

「え〜、ありがとう」

「今は仕事中?」

「そうよ、昼休み。もうすぐ会社に戻らないと」

「良かったら、今夜にでも飲みに行かない?」

「えー、それは、ちょっと……」

 いける。これは、悪くないリアクションだ。


「あ、じゃあさ、せめてLINEだけでも教えてくれない?ウザいな、こいつ!って思ったら、いつでもブロックしてくれていいからさ」

「んー、じゃあInstagramなら」

 はい、俺の勝利。


 俺はInstagramのアカウントを開いて、彼女のアカウントと繋がった。俺のInstagramには、やたら映える食事や、景色の写真がある。会社に戻った後で、俺のInstagramに上がってる写真を見て、少しでも興味を持ってくれたら、今夜にでもワンチャンあるかも知れない。


 翔子が会社に戻るまで、少し会話した。そろそろ戻るわね、と言って立ち上がって歩き出した彼女が見えなくなるまで、ベンチの傍でたたずんだ。さて、まだまだこれから。誰かから連絡があるまで、狩りは続く。






「スカウトは、毎日汗水垂らして、必死で創意工夫すれば、誰だって年収1000万以上稼げるよ」

 俺が、この仕事を始める切っ掛けになったのは、先輩の一言だった。


 兎に角、格好良い先輩だった。羽振りも良くて、男前で、異性、同性、関係なくモテた。先輩の仕事はスカウトだった。


 スカウト……といっても、モデルやら芸能人のスカウトじゃない。簡単に言うと、夜職のハローワーク。夜の仕事をする女性を、店へと紹介する仕事だ。キャバクラに女の子を紹介すると、その子のビジュアルにも寄るけど、十数万。これが風俗になると、その風俗嬢の売上から数%の金が、スカウトに流れる。み嫌われる職業だけど、俺はプライドを持って、この仕事をしている。


 売れないスカウトは、繁華街に出て、人通りの多い場所で、手当り次第に派手目な女性に声をかける。それを、ずっと続ける奴が多い。俺からすると、無駄な作業。ドブ川で、金の欠片をザルすくってる様なものだ。






 本当の宝は、そんな所には落ちていない。







 その日の夕方、翔子からダイレクトメールが届いた。半ば強引に誘って、その日の夜に飲みに行く手筈てはずを整えた。イギリス風のレストラン兼バーに集合。ここは兎に角安いのに、雰囲気が良い。初回のデートなら、ここで決まり。


 店の前で待っていると、翔子が辺りをキョロキョロとしながら歩いて来るのが見えた。俺は大きく手を振って、少し大きな声で翔子を呼んだ。


「こんばんは!翔子さん。まさか来てくれるとは思わなかったから、凄く嬉しいよ」

「金曜日の晩だし、丁度、暇してたから」

「翔子さんみたいな素敵な女性と飲めるなんて、最高の華金だね」

「軽い人ね!でも、嬉しいわ」


 店に入って、直ぐに飲み物を頼んだ。翔子はハイボール、俺はシャンディガフ。何品か料理を頼んで、人心地ついた。


「悠一くん?は、学生?」

「え?学生に見えるの?」

「相当若そうに見えるわ。いくつなの?」

「もう28になるよ」

「え?年上じゃん!私は25歳!」

「なんだよ、年下か!じゃあ、『翔子』って呼び捨てでもいい?」

 距離を徐々に近づける。急ぎすぎても、のんびりしててもダメ。獲物を狩るには、適切なスピード感が大事。


「悠一さんって呼ばないといけないかな」

「翔子も悠一でいいよ!堅苦しいのは苦手なんだ」

「じゃあ、悠一!悠一は、何の仕事してるの?」

「フリーターだよ。近くのバーで働いてる。良かったら、2軒目、そこに行かない?」

「もう2軒目の話?」

「じゃあ、2軒目に行きたくなる様にするよ!」


 さあ、ここからが腕の見せ所。彼女が話す内容は、全て全肯定。基本的には、自分の話より、彼女に話させる。気分が乗ってきたら、恋愛トークや、すべらない鉄板のエピソード話。


 翔子が段々と警戒心を解いてきたのを見計らって、自分が働いてるバーに誘った。じゃあ、1時間だけ、と言って、翔子とバーに向かった。


 雑居ビルの一室にある、薄暗いバーで2人で飲んだ。翔子は、少し強めのカクテルを頼んで、大はしゃぎ。これは貰ったな、と確信して、送っていくよ、と駅の方へ歩き出した。


 途中で、もっと一緒に居たかったな〜、と言うと翔子も、私も!と言った。じゃあ、もう少し一緒にいてくれる?と手を握って、ホテル街へと向かう。翔子は、少し照れながら、普段はこんなに軽い女じゃないのよ?と言った。


 ホテルで事を終えて、兎に角、イチャつきながら、彼女を褒め続けた。ここでポイントなのは、容姿の事は褒めずに、性格や知性、気遣いや、一緒に居て楽しかったポイントなどを話す事。女性は容姿を褒められるより、中身を褒めた方が喜ぶ。


「ねえ、LINE教えてよ。また会いたい」

「勿論よ」

 彼女のLINEをゲットして、早朝に別れた。


 後は、彼女と距離を縮めて、キャバクラ……最低でもガールズバーにでも紹介すれば、収入になる。今日の業務は終わり。俺は家に帰って、泥の様に眠った。






 目覚めると、100件近いLINEの通知があった。俺が管理している女性からの、相談やクレームのLINEだ。1つ1つ、丁寧に返信してから、シャワーを浴びた。さあ、今日も狩りに行かねば。


 風呂場から出て、またスマホを見ると、着信の通知があった。以前、風俗店を紹介した女。何かトラブルあったのかな?と直ぐに掛け直す。


「あ!悠一?ちょっと相談あって……」

「うん。今なら大丈夫だよ。1時間後には家を出ないといけないけれど」

「えとね……」

 内容は仕事の愚痴。別にトラブルではなさそうで、内心、ホッとした。こういったアフターケアもスカウトの仕事。ここで辞められたら、収入が減るんだ。30分くらいで話を切り上げて、俺はスーツに着替えた。タクシーに乗って、郊外にある病院へと向かう。


 病院について、目的の病室のあるフロアへ向かった。その階のナースステーションに寄って、手土産を渡す。


「近藤さん、いつもありがとうございます」

「いえいえ。千歌ちかの具合は、どうですか?」

「今日は、とても調子が良いですよ」

「そうですか……」

 俺は千歌の病室に向かった。


 完全個室。月に20万円強掛かるけれど、千歌の為なら、この位、なんて事はない。その為には稼がないといけないんだ。


 病室のドアをゆっくりと開けて、中をのぞく。スヤスヤと寝息を立てて、千歌がベットで眠っていた。音を立てないように、中に入って、ベットの脇に置いてある椅子に座った。


 髪……伸びたな。


 暫く千歌の顔を見ていると、ノックの音がして、ナースが入ってきた。


「近藤さん、千歌さんの血圧測りにきました。少し、席を立ってください」

「はい」

 ナースは、血圧計を千歌の腕に巻いた。





 千歌の罹っている病は、多発性骨髄腫たはつせいこつずいしゅ……年間約7000人が発症し、血液疾患に分類される悪性疾患。血液の癌だ。生存期間は数カ月から10年以上まで様々。そして、千歌の余命は、もうそんなに長くないと医者から宣告されている。


 血圧を測っていると、ううん……と言って、千歌が目を覚ました。


「あ、悠一。来てくれたんだ」

「おう!今日は千歌の好きなシュークリーム買ってきたよ」

「わあ!嬉しい!」

 ナースが部屋を出ていったのを見て、カバンの中から、シュークリームを取り出した。


 本当は、食事にも気を付けないといけないのだが、せめて今は好きな物を食べさせてあげたい。


「ねえ、悠一。仕事はどう?」

「順調だよ」

「営業って大変そうね」

「そんな事ないよ。給料も良いし、やり甲斐もあるよ」


 嘘だ。やり甲斐なんて感じない。


「あまり無理しないでね」

「おう!それより、シュークリーム食べようぜ」

「うん!」


 そのまま数時間、千歌と話して、18:00頃に病室を出た。





 翔子から、また会いたいと連絡が来て、バーで飲む事になった。翔子は明るく話を始めて、俺は千歌の事を考えながら相手をした。後、数ヶ月もしたら千歌は居なくなってしまう。その事を受け止めきれずに、涙が出そうになるのをこらえながら、ジンバックに口を付けた。


「ねえ、今日も一緒に居られる?」

「あー、実はこの後、仕事があるんだ。人と会わないといけなくて」

「仕事?バー?」

「えーと、言い辛いんだけど、俺、スカウトの仕事もしてるんだよ。言ってなくて、ごめんね。なんか、翔子には言えなくて」

「スカウト?芸能人とかの?」

「違う」

「モデルとか?」

「んーと。簡単に言うと、夜の仕事の斡旋あっせんだよ。例えば、ガールズバーとか、キャバクラで働きたい!って女性と、お店を繋げる仕事。言えなくて、ごめん。警戒されたくなかったんだ」

 翔子は少し困惑しながらも、そんなの関係ないよ、と微笑んだ。


「仕事を紹介した女の子達の悩みとか、何かトラブルがあったら、ケアしないといけないんだ。今日、この後、相談に乗らないと」

「そっか。残念だな」

「本当にごめんね」

 俺は軽く手を合わせて、翔子に言った。翔子は寂しそうに、顔を俺の肩に乗せて言った。


「ねえ?私が悠一の客になったら、嬉しい?いっぱい会ってくれる?」

「え?そりゃあ嬉しいし、毎日LINEも返すけど……いいの?」

「ウチの会社、給料も安いし、キャバクラとかは抵抗あるけど、ガールズバーとかなら。でも25歳でも大丈夫?」

「余裕だよ」

「じゃあ、紹介して貰おうかな」

 俺は心の中でガッツポーズをした。





 後日、俺が世話になっているガールズバーへ連れていく。体験入店と言って、1日働いてみて、その店のシステムや客層、仕事内容などを体験してもらう。そして、やりたい!と女の子が言えば、そのまま入店。契約内容にもよるけど、この店は女の子の売上の数パーセントがバックされる。


 次の日、翔子から、ここで働くわ、とLINEが来ていた。


 それから、翔子からは毎日の様にLINEが来るようになった。正直、手が掛るし、鬱陶しいな、と思ったが、出来るだけ返信をする様にした。但し、段々とメールの頻度を下げる。これが、コツ。躍起やっきになって、翔子はより一層LINEを送ってきたり、俺の事を考える様になる。仕事の悩みをLINEしてきたら、直ぐに返す。遊びに誘ってきたり、会いたいと言ってきたら、返すのを遅らせる。翔子は完全に俺にハマって、キャバクラで働くと言い始めた。





「ねえ、悠一は給料を何に使ってるの?贅沢してる様には見えないんだけど」

 ある日、ホテルで会っていたら、素朴な疑問という感じで、翔子が聞いてきた。


「ん?貯金だよ」

「嘘だあ」

「この仕事、今が多分、キャリアハイなんだよ。老後が心配でね」

「私が稼ぐから結婚しようよ」

 翔子が冗談交じりに言ったが、多分、本当に結婚したいんだろうな、と予想して、微笑みで返した。そんないじらしさが愛おしく感じた。


「そうだね。いつか迎えにきてよ」

「ははは」

 ホテルから出て、翔子に別れを告げて、タクシーに乗った。病院の面会時間は、18:00まで。運転手に急ぐように言って、行先を告げた。


 病院について、急ぎ足で千歌の病室に向かった。千歌は起きていて、テレビを見ていた。


「あ、また来てくれたんだ!毎日、ありがとう」

「暇だからさ」

「お仕事、終わったの?」

「うん。ささっと片付けてきたよ」

 俺は千歌とテレビを見ながら、一緒に笑ったりして、時間を過ごした。





 病院を出ると、翔子が居た。





「こんな所で何してるの?」

「つけてきたのか」

「そうよ。悠一が何してるのか、気になって」

「……」

「あの子の為にスカウトで働いてたのね」

「そうだよ……」

「そんなにあの子が大事なの?」

「世界で一番かな」

「そう……私じゃないのね」

 翔子は涙ぐんで、俺に言った。


「それでも構わない。次は風俗で働く。その次はソープね。貴方の一番になれるまで、この身を犠牲にしてやる!何をしたって離れられないようにしてやるわ!」

 翔子の言葉を聞いて、俺は言った。







「千歌は妹だよ」







 翔子は、その言葉を聞いて、安心したのか、その場にうずくまった。


「翔子、もう少しだけ待ってて。千歌は、もう長くないんだ。あと少ししたら、俺はスカウトを辞める。繁華街のハイエナじゃなくなるんだ」

「ごめん。ごめんね」

「いいよ。それより、明日、一緒に千歌に会いにいこう」

「私の事、なんて紹介するのよ。上客だって言うのかな?」

「バカ。ちゃんと彼女だって言うよ」

 その言葉を言った瞬間、翔子が胸に飛び込んできた。


 ちなみにハイエナの群れのリーダーはメスである。オスの地位は割と低い。本当に女で苦労しっぱなしだな、と思いながら、俺は翔子を抱き締めた。

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