【チョコミント】



 その恋の風味フレーバーは、どこか切なげなミントの味がした。



 好きな男の子にフラれた。大好きだった。彼と知り合ったのは、バイト先。私はメイド喫茶で働いている。チョコレートの様に甘い恋だった。彼は客としてお店を訪れて、そこで私は恋に落ちた。優しくて、ひょうきんで、それでいて何故か強い意志を目に宿していて、見つめられるとドキドキした。完全な一目惚れ。


 その時にバイトリーダー……(ここではメイド長と呼称するんだけれど)に相談したら、たまたま、彼と同じ高校に通っていると判明して、協力を仰いだ。彼女は快諾してくれて、彼も店に来てくれるようになった。


 結末はバッドエンド。彼に気持ちを伝えたら、そのメイド長の事が気になっているとハッキリ言われた。私の恋はチョコミントになった。甘いけれど、冷たくて。







 あんなの、歯磨き粉の味よ。

 私の口には合わない。








萌未もえみ!お疲れ様!」

「あ!春香はるかちゃん!お疲れ様〜」

 高木たかぎ春香はるかからバイト終わりに声を掛けられて、私、たちばな萌未もえみはニッコリ笑った。高木春香は、ここ、メイド喫茶リーフで、メイド長として働くキャストだ。来年、留学する予定で、その為の資金を稼ぐためにメイド喫茶で働いている。親友とも戦友とも言える存在。そして少しの間だけ、恋敵だった。


「いやぁ〜!今日の『お給仕』も中々大変だったね〜」

「そうだね!」

「でも、萌未、働き始めた頃と違って、堂々とした立ち振る舞いになってきたね」

「え?そうかな?嬉しい!」

 中高一貫の女子高育ちで、男性との関わりがほとんどなかった私は、それがコンプレックスだった。そこで、思い切ってメイド喫茶で働くことにしたのが、メイド喫茶リーフが開業した一年前。高木春香とは、その頃からの付き合いだ。所謂いわゆる、オープニングスタッフと呼ばれてるやつ。


「萌未は高校卒業しても、リーフに居るの?」

「うーん。まだ悩んでるの。私の高校、大半は、そのままエスカレーター式で女子大に入学するんだけど、それだと折角、ここで働いた意味がなくなるじゃない?だから、もしも外部の大学に入学出来たら、ここを辞めるつもり。そのまま、女子大に通うことになったら……続けようかな、って」

「なるほどね。色々悩んでるんだね」

「春香ちゃんは?留学したら、守くんと離れ離れだよ?」

 袴田はかまだまもるは、私が好きだった人で、現在は高木春香の彼氏。実を言うと、まだ恋心はくすぶっているけれど、チョコミントと化した恋だ。いずれ、溶けてなくなるはず。


「そう……だね。留学するの、ずっと夢だったのに、正直、守と付き合い始めてから、ちょっと揺らいでる」

 いつも底抜けに明るくて、笑顔の絶えない高木春香が、少し物憂げな表情になるのを見て、私は言った。


「大丈夫だよ!守くん、浮気とかしなさそうなタイプだし」

「そうかな。なんだかんだ、アイツ結構モテるんだよね」

「それって惚気のろけかなぁ〜?」

「違うわよ!」

 高木春香は顔を赤くして否定したけれど、守くんに惚れ込んでるのは火を見るより明らか。二人はとても信頼し合っている。そんな二人が、とても羨ましい。私にも、そんな人が現れる時が来るのだろうか。


 恋がしたい。と言うよりも、好きな人が欲しい。バイト先では、色々な客に可愛いね、とか、付き合って、とか口説かれるけれど、本当の私は男の子が苦手な臆病な女子高生。メイドの服を着ていると、堂々と話が出来るようになったけれど、プライベートでは兄くらいしか、目を見て話せない。


「萌未、明日からの連休は何かするの?」

「友達にカラオケに誘われてるくらいかなあ〜」

「お!カラオケいいね」

「高校の同級生が、他校の知り合いを連れてくるらしいんだけど、私、人見知りだから、上手く溶け込めるか、少し不安なんだけどね」

「まあ、大丈夫でしょ」

「だよね〜」








 全然、大丈夫じゃなかった。








 その日、待ち合わせ場所に行くと、なんと男の子が二人居たのだった。緊急事態。確かに友人は「知り合いを連れてくる」と言ったが、女の子だ、とは言ってない。


「ちょっと!男の子って聞いてなかったんだけど!」

 小声で友人……小森こもり優花ゆうかを責めると、優花はニッコリ笑って言った。


「アンタ、失恋したでてしょ?ちょっとはハメ外すくらいの気持ちで楽しみましょうよ」

「私が男の子苦手なの知ってるでしょ!」

「大丈夫、大丈夫!私がフォローするから!」

 もう!と、言って、二人して男の子の方へ近づいて行った。軽く自己紹介をする。


「萌未ちゃんって言うんだね!よろしく!俺は窪田くぼたたかし。コイツは石井いしい洋介ようすけ

 明るく話す短髪の窪田崇とは対照的に、少しクールな雰囲気をまとって、石井洋介は軽く頭を下げた。


「二人は高校三年生だよね?俺ら二年なんだ。年下になるから、萌未『さん』の方が良いのかな?」

「あ……大丈夫……です」

 目を見て話せない。目線を下にやって、独り言の様な小さな声で私は言った。


「崇は私の幼なじみなんだよ」

 優花は笑いながら、窪田崇の頭をポンポンと軽く叩いた。


「おい、止めろよ、優花!」

「何よ、カッコつけちゃって!」

 言い合いのように聞こえるが、二人の距離感がとても近いのが分かる。


「取り敢えず、カラオケ、楽しもうよ」

 窪田崇は微笑んで、私達二人の目を見て言った。






 あー、最悪。

 知らない男の子の前でなんか、歌えないよ。







 受付を済ませて、飲み物を入れて、カラオケルームに入るなり、窪田崇はマイクを持った。


「何歌う?俺、洋楽でもボカロでも何でも好きだよ」

「崇、結構、歌上手いもんね」

 優花と窪田崇は、ワイワイと盛り上がって、デンモクの履歴を見始めた。


「橘さんは、こういう雰囲気は苦手ですか?」

 突然、隣に座っていた石井洋介が話し掛けてきた。


「え……あ、そんなことないよ」

「なんだか、あまり楽しくなさそうだから」

「実は、男の子が少し苦手なの。人見知りも激しい方で……だから、楽しくないとかじゃないよ」

「良かった」

 ホッとしたのか、クールな印象の石井洋介は、口元を緩めた。ギャップ萌え。この人、結構、良い感じ。


「お!じゃあ俺から歌うね!」

 有名なインディーズバンドの曲が鳴り始めた。ボーカルのエモーショナルな声が特徴的な、兄の好きなバンドだ。よく家で聞いている。思わず、メロディを口ずさんでしまったら、窪田崇は満面の笑みでピースサインをした。良かった。私が人見知りなのを察して、必死で盛り上げてくれたんだろう。


 この二人、顔も男前だし、今日は楽しくなりそう。私は少し勇気を出して、自分からも何度か話題を振った。


 二時間ほど歌って、終了の電話が鳴った。窪田崇に良かったら、この後、ファミレスでも行かない?と言われた。優花に、どうする?と聞かれて、私は二つ返事で行くわ、と答えた。楽しくなってきたのだ。


 ファミレスで、他愛のない話をした。窪田崇は、スポーツマンで、サッカー部。石井洋介は進学組で、普段は勉強しかしてないんだよ、と言っていた。


「二人はバイトとかしてるの?今度、俺らバイトするんだ」

 何気なく振られた、その話題に、私はドキっとした。メイド喫茶で働いてる事は、周りに内緒にしているけれど、私と仲のいい優花は、その事を知っている。


「え?私も萌未もバイトはしてないよ」

「そうなんだ!俺も部活が忙しいし、洋介も勉強、必死にやってるから、バイトしてないんだよね。でも、この連休とかに単発のバイトとかしてみたいな、って思ってさ」

 優花が上手く嘘をついてくれて、私は安堵した。


「単発バイトねえ……何か良いバイトとかあるの?」

「やっぱり肉体労働系が多いよ。明後日から洋介と一緒にやるんだ」

「へー!何のバイト?」

「アイスクリーム工場!終わったら、試供品のアイスクリームも貰えるみたいなんだ」

 窪田崇は目を大きく開いて、初体験のバイトと言う行為に興奮している様だった。


「崇は体力あるから良いけど、僕はあまり自信ないんだよね」

 石井洋介が、ふぅ、と溜息混じりに言った。


「二人は甘い物は好き?良かったら、試供品、沢山貰えたら、一緒に食べない?」

 優花は、ありがとう!とウィンクしながら微笑んだ。私も、甘い物は好きだよ、と言って、首を縦に振った。


 別れ際、二人と連絡先を交換した。恋心、とまではいかないけれど、仲の良い男友達が出来て、純粋に嬉しかった。


「ねえ、今日、楽しかった?」

 優花に聞かれて、私は、とても楽しかったよ、と答えた。来て良かった。






 帰宅すると、二人からメッセージが届いていた。窪田崇からは、また皆で遊ぼうよ、と来ていて、石井洋介からは、アイスクリーム絶対届けますね、と来ていた。直ぐに返事を返して、夕飯の食卓に着いた。お兄ちゃんに、お前、今日、なんだか機嫌が良いな、と言われて、そう?ととぼけて返した。


 ベットに寝転がって、二人とメッセージのやり取りをしていると、優花から電話が掛かってきた。


「今日、楽しかったでしょ?」

「うん。楽しかった。優花、ありがとう」

「あんたの失恋話聞いて、結構切ない思いをしてたのよねー。良かった。あの二人、どっちも良い奴だから、仲良くしてあげてよ」

「うん!」

「あ、ちなみに」

「なに?」

「崇、萌未の事が気に入ったみたい。私に色々と萌未の事を聞いてきてる」

 少し嬉しくなった。


「幼なじみの贔屓目ひいきめかも知れないけど、オススメ物件よ」

「そうなんだ。また皆で遊びたいって言ってる」

「お!二人で遊んできなよ」

「うーん。それは、まだかな」

れったいわね」

 キャッキャと恋バナをして、その日は興奮して、なかなか寝付けなかった。




 数日後、二人からアイスクリーム、無事にゲットしたよ!とメッセージが来て、四人で分け合うことになった。溶けないように、二人でアイスボックスを担いで、私の家の近くの公園まで来てくれた。


「うわあ!凄くいっぱいじゃん!」

 優花がアイスボックスを開いて、興奮気味に言った。私も中身を見て驚いた。カラフルなパッケージのアイスクリームが、まるで宝石の様に並んでいる。


「二人が先に選びなよ」

 石井洋介が優しく言ってくれて、私はストロベリー味を手に取った。


「それ、1番人気!」

 窪田崇が親指を立てて言った。


 四人で何個ものアイスクリームを食べた。石井洋介は甘い物が苦手らしく、僕は少しだけでいいよ、と言った。


 皆、途中で頭が痛くなったり、胃腸が弱い窪田崇が、お腹を下して、近くのコンビニにトイレを借りに行ったりして、大声で笑ったり、とても楽しい時間を過ごした。


 アイスボックスに、最後に一つ、チョコミント味が残っていた。僕、チョコミント苦手なんだよなー、と石井洋介が言って、私も、と優花が言った。窪田崇と私は目を合わせて、どっちが食べる?とお互いに聞きあった。私も実は苦手だけれど、窪田崇との、どちらが食べるか、と言ったやり取りが面白くて、チョコミントが好きな振りをした。


「分かったわ。譲る!その代わり、今度、何かおごってね」

「分かったよ」

 窪田崇は、チョコミント味のアイスクリームを取り出して、食べ始めた。






 二人とも、素敵だな。どちらを選ぶ……なんて上から目線な考えを持った訳じゃないけど、このままだといけない気がしてきた。


 その日の夜、窪田崇から、今度、ケーキでも奢るよ、とメッセージが来た。出来たら、二人でどうかな?と書かれてて、私は快諾した。


 その週の土曜日、目一杯お洒落をして、待ち合わせの場所に行くと、窪田崇は既に待っていて、私は驚いた。何故なら、私は待ち合わせ時間を勘違いして、少し早めに着いたからだ。窪田崇は、それよりも前に、待ち合わせ場所に居た事になる。


「崇くん!」

「あ、萌未ちゃん!」

「ねえ、なんでこんなに早く着いてるの?」

 素朴な疑問をぶつけた。







「好きな人を待ってる時間が好きなんだよ」







 突然、想いをぶつけられて、戸惑った私の手を取って、窪田崇は歩き始めた。強引!でも、結構、キュンとしたから、許そう。


 ケーキの味は、よく分からなかった。さっきの告白の所為せいだ。その日、私は、何を話したのかも、よく思い出せないまま、帰路に着いた。


 帰宅して、優花に相談すると、崇のやつ、中々やるわね〜!と、優花は大笑いした。私は、どうしよう?と優花に真剣に聞くと、それはアンタが決めることよ、と言われた。


 確かに、私が決める事だ。


 こんな時、優柔不断な性格が嫌になる。私は決断を下す事が出来ずに、次の日の朝を迎えた。





 日曜日は、バイト。私は、1時間ほど掛けて、繁華街に移動して、メイド喫茶リーフに着いた。スタッフルームで着替えて、頬を叩く。





 お給仕、開始。


 メイド服に着替えた私は無敵。


 男の子とも目を見て話せるし、明るく振る舞える。その日も難なくバイトを終えて、夕方に店を出た。





 私は、窪田崇の事が好きなんだろうか。男の子を好きになった事はあっても、男の子から好きだとハッキリ意思表示をされた事はない。正直、迷っている。窪田崇は、とても良い人だ。





 駅に向かって歩いていると、誰かを待っている様子の石井洋介を見掛けた。いつものカジュアルな格好ではなくて、黒いジャケットを羽織って、大人びて見える。普段でも男前だけれど、フォーマルなその出で立ちを見て、色気を感じた。


 話し掛けようと近付いたら、石井洋介は駅から出てきた綺麗な女性に気付いて、手を振った。30代くらいだろうか。その女性の手を握って、石井洋介は私の位置とは反対側に歩いて行った。思わず、私は声を出しそうになった。後をつけようかとも思ったけれど、何だか、とても悪いことをしてる様で、気持ちがえた。


 帰宅して、石井洋介に、今日は何してたの?とメッセージを送った。石井洋介は、友人と食事に行ったんだ、と返してきた。


 私は完全に石井洋介への気持ちが冷めてしまって、そうなんだ、とだけメッセージを返した。






 次の週、リーフで働いた後に、いつもの様に駅に向かっていると、また石井洋介を見掛けた。今度は、石井洋介は私に気付いて、少し気まずそうな表情をしながら、近付いてきた。


「こんばんは、萌未さん」

「……こんばんは」

「偶然……だね。こんな所で会うなんて」

「そうだね。洋介君は、何をしている所なの?」

「……好きな人を待ってる」

 目を伏せて、石井洋介は言った。


「そう……好きな人が居たんだね」

「萌未さんには悪いことをしたと思ってる。でも、四人で遊んでる時、色々な事を忘れる事が出来て、僕は楽しかった。これは嘘じゃない」

「でも、恋人が居る事を黙っていたのは許せないわ」

「……恋人……じゃないんだ」

「どういう事よ!」

 私は怒気を含んだ声で、石井洋介を非難した。









「彼女は…………崇の母親なんだ」









 後で会おう、と言われて、私は帰宅した。ショックの余り、少し泣いた。胸がなまりの様に重たくて、私は石井洋介に恋をしていたのか?と自問自答した。窪田崇も石井洋介も、私にとって、欠かせない存在と言える程に、大きくなっていたんだな、と自覚した。


 数時間後、石井洋介から連絡があって、アイスクリームを食べた、例の公園で会う事になった。初夏の風に吹かれながら、家を出た。







「崇には言わないで」

「言える訳ないじゃない……」

 石井洋介は、はぁ、と溜息をいて、私に事の経緯いきさつを話し始めた。まるで懺悔室ざんげしつに入る罪人つみびとの様だ。


 幼い頃に両親が離婚して、母親が居ない事。崇と出会って、家に遊びに行き始めて、崇の母親の優しさに惹かれた事。この恋心が禁忌だと知りながら、止める事が出来なかった事。そして、期限付きの恋が始まった事。


「僕は県外の大学に進学する予定なんだ。そしたら、彼女とも別れる。これは……チョコミントみたいな味の恋だよ。甘くて優しくて、それでいて冷たい。本当は苦手なのに、僕は、その味を選んでしまったんだ。どうしようもなかったんだ。どうしようもなく、好きになってしまったんだよ」


 話を聞きながら、私は何故か泣いていた。









 次の週、窪田崇とデートをする事になった。石井洋介には、想い人が居る。窪田崇に惹かれているのは確かだ。石井洋介への未練は、もうない。


 窪田崇が、今日はアイスクリームを食べに行こうよ。今度は二人でチョコミント味を食べよう、と言って、私は白状する事にした。あの時、崇君と仲良くなりたくて、奪い合いをしたけど、本当はチョコミント味、苦手なの。そう言うと、窪田崇は目を真ん丸にして言った。



「実は俺も、チョコミント味って苦手なんだよね。あれって歯磨きの味するよね」

 私は大笑いしながら、窪田崇の手を握った。

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