【我儘赤ずきんと口下手狼くん】
「狼くんだ……」
昼休み、軽音楽部の部室の窓から、「狼くん」の姿が見えた。
正確には
端的に言って、怖い。無口で、ギョロリとした
私の名前は
趣味は動画編集。所属しているバンドで演奏した曲なんかを編集して、動画サイトにアップするのが好きだ。音楽は、言葉を超えて、全世界に響き渡る。評価ボタンの一つ一つに一喜一憂する毎日。賞賛のコメントなんか来た日には、眠れなくなるほど嬉しくて、ベットに入ってからもスマートフォンでコメントを読み返して、嬉々とした気分を
動画サイトでは同じ様な動画をアップしている人は沢山居る。私が動画を上げているサイトは、どちらかと言えば若年層向けのサイトで、中高生が中心だ。私達のバンドは、自分で言うのもなんだが、それなりに人気で、他校の生徒からファンレターを貰う事も多々あった。
「あ!今日もルーが動画上げてる!」
私の一番のお気に入りのギタリストが、新しく動画を上げていた。顔は出していないが、少し低めの落ち着いた声が、面白い企画や、カッコいいオリジナルソング、超絶ギターテクニック等の動画とマッチしている、人気の配信者だ。
「ルーの動画、いつ見ても面白いなあ。どんな人が配信しているんだろう?」
気にはなるけれど、それを知る手段はない。その日は、ルーの動画を見ながら、眠りについた。
ああああ!友達が欲しいな!
俺の名前は大神清史郎。渾名は「狼くん」。いつの間にか付けられていた、その
昔から、人との距離を縮めるのが苦手だった。自分から話しかける勇気も根性もない。ロシア人だった祖父の遺伝で、髪の色はアッシュグレー。染めていると思われがちだが、地毛である。耳に開けているピアスは、毎年、祖母がくれる誕生部プレゼント。気に入っているけれど、これを付けているのも、ひょっとしたら人が寄り付かない理由なのかも知れないなあ……。
友人が居ないので、学校が終われば、いつも真っ直ぐに帰宅する。近場で自由な校風の学校を選んだので、通学時間は、とても短い。暇を持て余して、始めたのが、動画サイトへの投稿。小さな頃から、ギターが好きで、主に洋楽のコピーをしていた。最近は、オリジナルソングなんかも作っている。
「お!ロートさん、またコメントくれてる!」
俺が動画をアップし始めた頃からの、俺のファンで、動画をアップすれば必ずコメントをくれる人。
性別も年齢も分からないけれど、俺は、ロートさんに親しみを感じていた。
ロートさんはロック系の音楽が好きな様で、「J-POPをハードロック調にアレンジしてみた」という、俺の企画が大好きだ。ロートさんからのコメントが欲しくて、今回、作成しているのも、某有名アイドルの曲をハードロック調にアレンジしたもの。録音機材を使いながら、俺は気合いを入れて、夜中までギターを弾いた。
「明日はライブでも見に行こうかな……」
家から二駅の所に、行きつけの小さなライブハウスがある。そこのマスターと俺の祖父は旧知の仲で、俺は暇な時や、寂しい時、そのライブハウスに行って、気分を
次の日の夕方。金曜日だからだろうか。それなりにライブハウスには人が入っていて、俺は少し
何組かのバンドの演奏が終わって、トリのバンドが出てきた。何処かで見た顔だな、と思って、会場の中央に移動した。同じ高校の軽音楽部の連中だ。へえ、このライブハウスで演奏していたのか。ここ最近、来ていなかったから、知らなかったな。
ふと周りを見ると、俺を中心にして、何人かの客が距離を取り始めた。さっきまで出来ていた人だかりは、穴の開いたドーナツの様。いつもの事だけど、少しショックだ。
演奏が始まった。
まだまだ未熟なサウンドだったけれど、聞いていて魅かれる物がある。ヴォーカルの赤い髪の女の子は、クラスメイトだ。名前は……確か赤井姫月、だったかな。渾名は「赤ずきん」。真っ赤な髪がトレードマーク。俺は
「それじゃあ、次の曲にいきます!私の好きなギタリストの曲です!」
俺の作った曲が鳴った。
次の週の月曜日、俺はドキドキしながら登校した。まさか赤井姫月に動画を見られていたなんて、思いもよらなかった。いや、動画を見ているのは、赤井姫月じゃなくて、バンドのメンバーかも知れない。グルグルと、色々な事が頭の中を渦巻いた。恥ずかしくて、どう振舞えば良いのか分からずに、席に着いた。
「狼くん!先週の金曜日、ライブハウスに居たよね?音楽好きなの?」
赤井姫月が登校するなり、俺の席まで駆け寄って、顔を近づけて言った。
「え?な、なんのこと?」
「狼くんの周り、人が居ないから目立ってたよ。ばっちり確認したし。私、視力、めちゃくちゃ良いんだから!」
「……」
「狼くんって無口だよね。でもロック好きに悪い人は居ない!今日の昼休み、軽音楽部においでよ」
「……」
「部員が減って、大変なんだよね~。取り合えず、見学だけでもいいから!じゃあ、待ってるね!」
嵐みたいな女の子だな、と思って、俺は頭を
昼休みになった。
軽音楽部の部室の前まで行くと、赤井姫月……「赤ずきん」のバンドが演奏している所だった。金曜日に聞いたサウンドだ。一朝一夕に上達する訳もなく、目新しい事はなかったが、ライブでは演奏していない曲をしていたので、耳を傾けた。ギターのリズムが少しズレてる。ドラムに力強さを感じない。ベースも
ダメ出しの途中で、赤井姫月が、俺が部室の前に居るのに気づいて、無理矢理に俺の袖を掴んで、部室に引っ張り込んだ。
「狼くん!何か楽器弾ける?」
「……」
ここでギターが弾けるって言ってしまうと、軽音楽部に無理矢理入部させられそうだ。友人が出来るかも知れないので、入部する事自体は別に嫌ではなかったが、先ずは軽音楽部の部員達の性格などを把握したかった。
「ギター弾けるけど……そんなに上手くない」
「そうか!ギターか!」
「うん」
「部員にギタリストは多いから、色々教えて貰えるよ!さあ!兎に角、入部しよう!」
赤井姫月は鞄の中から入部届を取り出して、俺の顔に近づけた。
「ちょっと考えさせてほしい」
「むむむ……何か
「懸念……って訳じゃないけど、即決即断は苦手なんだ」
「男らしくないよ!」
「うるせえな」
あ、少しキツイ言い方をしてしまった。怖がらせてしまったら、どうしよう、と焦ったが、後の祭りだ。恐る恐る赤井姫月を見ると、ムッとした表情で言い返してきた。
「何よ!ビビッてんの?このヘタレ狼!」
「ああ?何だと、この我儘赤ずきん!」
「じゃあ、ヘタレじゃないところ見せてみな。名前書くだけだよ?それとも名前の書き方も分からないのかなあ?」
「上等だよ」
俺は赤井姫月の差し出した入部届に、素早く自分の名前を書いた。
「大神清史郎。狼くんって下の名前、清史郎って書くんだね。これから、よろしく!」
「あ……」
「もう遅いよ。今から狼くんは軽音楽部の一員ね。放課後は毎日、部室に来るように」
「くそ……ハメやがったな」
赤井姫月は、ふふふ、と笑って俺が名前を書いた入部届を鞄の中に仕舞った。
その日の放課後、日直だったので教室に残って日誌を書いていると、赤井姫月がやってきた。
「狼くん!早く部室においでよ!」
「今、日誌書いてんだよ!」
「そんなもん、適当に書けばいいじゃない。貸してみな」
赤井姫月は俺から強引に日誌を奪った。その時に、日誌の紙が俺の右手の人差し指を
「あ……」
「くっそ。痛ぇな」
「ご、ごめん」
赤井姫月は鞄の中から絆創膏を取り出して、俺の手を掴んだ。そのまま一周する様に、俺の右手の人差し指に絆創膏を張る。可愛いキャラクターの描かれた絆創膏だ。こんなの付けてるの、俺のキャラじゃねーな、と思いながらも、親切を断る訳にもいかずに無言でその様子を見ていた。
「本当にごめんね」
「いいよ。こんなの、
「でも、傷つけたのは事実だし、ちゃんと謝りたい」
へえ。我儘って言われてるけど、案外、しっかりしてるんだな、と思って、俺は首を横に振った。
「俺もお礼を言ってなかったな。ありがとう」
「そんなそんな!」
「兎に角、日誌終わらせようぜ」
「そうね」
赤井姫月は日誌を
「おい。なんか早くねーか?」
なんだか怪しいな、と思って日誌を覗き込むと
「おい!そんな適当にすんなよ!」
「
前言撤回。この女、マジで我儘だ。
大神清史郎。本当に細かいな!私は苛々しながら帰宅した。ふと、スマートフォンを見ると「ルー」が配信しているという通知が来ていた。
「こんな日はルーの配信を見るに限るわ!」
早速、配信中のボタンを押す。
「え……」
ルーがギターを弾いている右手の人差し指には、今日の放課後に大神清史郎の指に巻いた、キャラクター物の絆創膏があった。
そんな……まさかね。私は頭をブンブンと振って、ルーの配信に集中した。途中でコメントが流れてきて、「ルー」のハンドルネームの由来に質問が飛んでいた。
「あー。ハンドルネームかあ。まあ、適当にフランス語でカッコいいのを付けただけ」
私は直ぐにフランス語で「ルー」の意味を調べた。
狼。
私は確信した。
次の日、大神清史郎に話し掛けられなかった。まさか、自分の憧れの人が、皆に「狼くん」って呼ばれてる口下手で強面の男の子?そんな
あー、昨日、配信してしまったけど、よく考えれば、赤井姫月にバレてるかも知れないんだよな、と思いながら登校した。まあ、学校での態度を見る限りは大丈夫だろう。でも、ちょっと安直な事をしてしまったかな。
赤井姫月は何だか元気がなくて、虚ろな目で
「おい、赤ずきん。なんか元気ないぞ」
「え?そ、そんな事ないよ」
「嘘つけ。なんかあったのか?」
「大丈夫。ちょっと熱っぽいのかなあ」
「保健室……行くか?」
「それ程じゃないよ」
そうか、と言って俺は自分の席に戻って、弁当の箱を開けた。放課後、軽音楽部の部室に行くか……。俺は、無理矢理入れられた部活に、少し愛着が湧いていた。
放課後になった。部室に行くと、赤井姫月と赤井姫月のバンドのギタリストが揉めていた。
「なんでバンド辞めるのよ!」
「いや……受験勉強に集中したいんだよ」
「プロになりたいって言ってたじゃん!」
「そりゃあ、なりたいけど、別に大学に入ってからでも、音楽は出来るし」
「そんな気持ちでプロになれるとでも思ってんの!?」
「うっせーな!皆が皆、お前みたいに真剣にプロになりたい訳じゃねーんだよ!俺は楽しく部活して、上手くなって、その延長線上にプロって道もあるかな、って思ってんだよ!お前と一緒にバンドやるの、しんどいよ!じゃあな!」
ギタリストは肩にかけていたギターをケースに仕舞って、部室を出て行った。他のメンバーは無言で、その様子を見ていた。赤井姫月は涙を
気まずいなあ、と思いながらも、俺は部室に入った。
「狼くん……」
「よお。見てたぜ。ギター、抜けるんだってな」
「そうなのよ……来週のライブ、どうしよう」
「まあ……アクシデントがあったって言って、ライブ中止すれば?」
「折角、お客さんも増えてきて、ライブハウスのマスターにも気に入られ始めたところなのよ。ここで止めたくない」
「……」
「ねえ、狼くん。私のバンドでギター弾いてくれないかな?
赤井姫月は両手を合わせて、頭を下げた。
「……」
「だめ?」
上目遣いに聞いてきた赤井姫月の願いを断る事が出来ずに、俺は首を縦に振った。
「やったー!じゃあ今から練習ね」
「ヘルプだからな!わかったよ……で、何の曲やんの?」
「えーとね」
赤井姫月は
「これとこれとこれとこれと」
「多いな……」
「じゃあ、来週までにマスターしてきてね!」
「はあ!?」
「狼くんなら出来るよ」
「……」
俺は諦めて楽譜に目を通した。まあ、これくらいの曲なら、数日でマスター出来るか……。俺は
帰宅して、直ぐに練習に入った。全部で5曲。それなりに難しい曲もあったが、何とかなるだろう。ヘッドホンで曲を鳴らしながら、ギターを鳴らした。
「ようやく傷も消えたな」
右手の人差し指に付けていた絆創膏を剥がして、ゴミ箱に捨てた。
「ねえ、清史郎!私の口紅知らない?」
突然、姉の
「口紅?そんなの、俺が知る訳ないだろ」
「あれ、高かったのになー!ロートってブランドのやつなの。何処かで見かけたら教えて」
ロート?
「姉さん、ロートってどういう意味があるの?」
「え?ドイツ語で『赤色』よ」
「へえ〜」
「なんで、そんな事聞くの?」
「いや、ちょっと気になって」
「変なの。それよりアンタ、ギターばっかりやってないで、
「分かったよ」
姉は俺の部屋を出て、ドタドタと階段を降りて行った。赤色。赤色か。
次の日の放課後、初めて赤井姫月のバンドと音合わせをする事になった。
「じゃあ、せーの!」
ドラムがリズムを取り始めて、俺はイントロのギターフレーズを弾き始めた。その音に乗せて、ベースがメロディラインをなぞる。赤井姫月は目を見開いて、俺達の演奏に満足そうにしながら、歌い始めた。
曲が終わって、赤井姫月は拍手しながら俺に言った。
「流石、狼くん!」
「……」
「いやあ、私の目に狂いはなかったなー」
「……」
「な、なによ」
「赤ずきん、後で話がある」
「え?」
「練習終わったら、部室に残っててくれ」
「わ、分かったわ」
それから、何曲か演奏して、その日の練習が終わった。
バンドメンバーや部員達が部屋を出たのを確認して、俺は赤井姫月に尋ねた。
「なあ……もしも勘違いなら無視してくれ」
「なに?」
「お前、『ロートさん』か?」
ビクッと赤井姫月の身体が揺れた。
「そうよ、『ルー』。貴方のファンのロートです。狼くんがルーだって知ったのは最近だけど」
「なんで分かった?」
「日誌で指を切った日……私が貼ってあげた絆創膏。あれ、割と珍しいキャラ物の絆創膏なんだよね」
「……ミスったな」
「なんで狼くんは、私がロートだって分かったの?」
「昨日、偶然『ロート』がドイツ語で赤色だって知ってね。あと、俺、ギターはそんなに上手くないって言ってたのに、ギタリストが抜けた穴を俺に頼んだ時、お前、『狼くんなら出来るよ』って確信めいて言ってたんだよ。あれ、凄い違和感あってな」
「……私もミスったね」
「そうだな」
赤井姫月は、溜息を
「ルーくん。いや、狼くん。私、昔からファンでした!」
「うん」
「ファンなんで、色々質問させてよ」
「いいよ。この際だ。何でも聞いてくれ」
「狼くん、どうして貴方はいつも怖い顔をしてるの?」
「本当は笑いたいけど、知らない人の前だと緊張してしまうんだよ」
「狼くん、どうして貴方の髪の毛はアッシュグレーなの?」
「祖父がロシア人なんだよ。別に染めてる訳じゃない」
「狼くん、どうして貴方の耳には沢山のピアスが付いてるの?」
「祖母が毎年の誕生日にくれるんだよ。自分でも気に入ってるし」
「狼くん、どうしてこんな我儘な私の事を、助けてくれたの?」
「……」
「ねえ、どうして?」
「お前が……す、す、す」
「す?」
「好きだからだよっ!」
「それはLIKE?LOVE?」
「わかんねーよ!」
狼くんは、耳まで真っ赤にして、吐き捨てる様に言った。
「ねえ、狼くん。貴方のお耳はどうしてそんなに真っ赤なの?」
その問い掛けには、狼くんは答えてくれなかった。
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