【独占ホールドハンド】



 幼馴染おさななじみ東琴あずまごと月乃つきのは、ヤバい女だ。


 小学校低学年の頃に、俺の家の隣に引っ越してきた月乃は、引っ込み思案の可愛い女の子だった。兄弟の居ない俺は、月乃の事を妹の様に可愛がった。同じ年齢だったが、4月生まれの俺と、3月生まれの月乃との間には1年近くの差がある。だから、小学生の頃の俺達の間には身長差や成績の差があり、それが月乃を妹の様に感じさせたのだ。


卓偉たくい……私ね、卓偉のお嫁さんになりたい」

 うるうると瞳をうるませて、俺に気持ちを伝えてきたのは、いつだっただろうか。それすら覚えていないほどに、月乃は俺に何度も気持ちを伝えている。


 俺、寺田てらだ卓偉たくいも、月乃の事が好きだけど、素直になれないまま時は過ぎていった。


 月乃と手を繋ぎながら登校していた、ある日、同級生から揶揄からかわれた。


「寺田!お前、東琴が好きなんだろー!」

 その言葉に照れてしまって、俺は思わず同級生に言った。


「こんな暗いやつ、好きな訳ないだろ!」

 俺は月乃の手を離して、スタスタと月乃を置いて登校してしまった。





 そこから、東琴月乃のヤバい伝説が始まる。





 その日、月乃は登校して来なかった。心配になった俺は、帰宅するなり月乃の家のインターフォンを鳴らした。今日の事を謝りたかったのだ。家から月乃が出てきた。その姿を確認する前に頭を下げようとすると、月乃はこう言った。


「気にすんな、卓偉!」

 少し乱暴な言葉遣いに、俺は下げようとした頭をぐに上げて、月乃を見た。いつものゆるふわ系スカートではなくて、ジーパンにTシャツ、ラフな格好の月乃を見て、俺は別人だと錯覚して、思わずこう言った。


「お、お前、誰だ?」

「は?東琴月乃だよ。いつも一緒に登校してる同級生のこと、忘れたのか?」

 多重人格か何かかと疑って、俺は東琴家に上がり込んで、月乃の母親に言った。


「お、おばさん!月乃が別人になっちまった!」

 月乃の母親は、クスッと笑って俺の耳元でささやいた。


「今日ね、卓偉くんに言われた事がショックで、無理してるのよ」

 なんだよ、そうだったのか、と安心して俺は月乃に言った。


「でもまあ……暗いより明るい方がいいよな」

「だろ?まあ、これからよろしくね!」

 なんだか少し男っぽい口調になった月乃に、親しみを覚えて、俺は嬉しくなって次の日も月乃と登校した。手を繋いで。


 すると、同級生にまたもや揶揄かわれた。


「そんな頭悪くて、鈍臭いやつと友達なのかよー!」

「うるせぇ!月乃は変わったんだよ!明るくて良い奴になったんだ!」

「ひゅーひゅー!お熱いね!」

「てめーら、ぶっ飛ばす!」

 走って同級生を追いかけて行った俺を見て、月乃も走りだした。そして2人で同級生を追い詰めて、喧嘩した。


 結果は完全勝利。そこから、俺達を揶揄うやつは居なくなった。


「なあ、卓偉。私って頭悪いかなあ?」

「うーん。確かにこないだの算数のテスト、40点だったしなー」

「卓偉は100点だったね」

「まあ……小学生の内は100点って取れるらしいぜ?近所の兄ちゃんが言ってた。中学生になっても100点取るやつなんて、ほとんど居ないんだってさ」

「へえ〜」

 その日の帰り道、そんな会話をしたのを覚えてる。何故なら次のテストから、月乃は100点以外を取った事がない。




 こいつ……マジでやべぇな……

 そんな風に感じ出したのは、この頃からだ。


 そして、それは今でも続いている。





「卓偉!遅刻するわよ!」

 月乃が毎朝の恒例行事の様に、俺の部屋に入ってきて俺から布団を引きがした。それを力づくで奪い返して、あと5分……と、もう一度眠りにこうとすると、月乃は俺の布団に入ってきて耳元でささやいた。


「このまま寝るんなら、襲っちゃうから……」

「うわああああ!起きます!起きます!」

 俺は飛び起きて、月乃に部屋から出ていくように言った。


「なんで出ていかないといけないのよ!」

「着替えるんだよ!さっさと出て行けよ!」

「そんな事言って!二度寝する気でしょ?ちゃんと見てるから着替えなさいよ!」

「お前、さては俺の着替えが見たいだけだろ!?」

「当たり前でしょ!早く着替えなさいよ!朝からお色気シーンなんて眼福がんぷくだわ!」

 止めろ!と怒鳴って、無理矢理、月乃を部屋の外へ押し出した。そのまま鍵を掛ける。完全に目が覚めてしまったので、さっさと着替える事にした。パジャマを脱いで、下着姿になったところで、部屋のドアが開いた。ニヤニヤしながら、月乃がのぞいてくる。


「ほら!もうぐ朝食出来るから、早くしなさいよ」

「てめぇ……鍵掛けたはずだぞ?」

「へへっ!最近、ピッキングの技術を覚えました~!」

「努力の方向性を間違えてるんだよ!この完璧超人!」

 実際に、東琴月乃は完璧超人と言われている。県内随一に偏差値の高い高校に通い、眉目秀麗びもくしゅうれい、文武両道。オタク文化にも造詣ぞうけいが深く、それでいてバスケ部のエースだ。ギリギリ高校に受かった俺とは大違い。そもそも月乃が必死に個別授業してくれなかったら、同じ高校には通えなかっただろう。いや……本当は別の高校に行くつもりだった。しかし中学三年生になった時に、私と同じ高校に通ってくれなきゃ殺す!と言われて、一年間、月乃と猛勉強したのだった。


 高校に受かった後は、割と自由にさせて貰ってるが、毎朝、こんな風にセクハラを受け、手作り弁当を持たされ、登校する時も帰宅する時も手を繋がされる。本当は俺も嬉しいし、月乃の気持ちに応えたいと思うけれど、小学生の時と違って、遠い存在になった月乃と対等に付き合うという事が出来ずにいた。


 着替え終わって、リビングに行くと、母親が月乃と楽しそうに会話しながら、朝食を作っているところだった。


「月乃ちゃん、いつもありがとうね~。あんなバカ息子のお世話から、家事の手伝いまでしてもらっちゃって~」

「いえいえ。どうせ近い将来、卓偉のお嫁さんになる予定なんで、準備期間みたいなもんですよ」

「まあ!嬉しいわ。じゃあ、私のこともお義母かあさんって呼んでね」

「はい!お義母さん!」

 二人が仲良く台所に立って話しているのを聞いて、俺は焦って会話を中断させた。


「ちょ、ちょっと待てよ、お前ら!本人の居ないところで、何勝手に話進めてんだ!」

「別にいいじゃない。事実なんだし」

「なんでお前と結婚するのが決定事項なんだよ!お前以外の女の子と結婚するかもしれないだろ?」

「え?卓偉、まさか好きな人でも出来たの?」

 スッと握りしめていた包丁を、俺の首元へ移動させて、月乃は続ける。


「もしも答えがYESなら……分かってるわよね?」

「NO です!好きな人は居ません!」

「はあ!?そこは『好きな人は月乃さんです』でしょ?死にたいの?」

「月乃さんです!月乃さんが好きです!」

 ペチペチと包丁の腹を俺の顔に当てて、月乃は満面の笑みで、私も卓偉が大好きよ、と言った。マジで死ぬかと思った。いや、あの目は何人かを殺した事のある、暗殺者の目だったぞ。


 朝食を三人で食べた。家を出て、いつもの様に通学路を歩き出す。早速、月乃は俺の手に自分の手を絡ませた。


「なあ、月乃。もうお互い、高校生なんだし、手を繋いで登校……ってのは止めないか?」

「……なんで?」

「いや、俺ら付き合ってる訳でもないしさ……」

「私は卓偉と付き合いたいし、結婚も視野に入れてます!」

「う~ん。でもさ、まだ高校生だぞ?将来の事とか、ちゃんと考えてるのか?進学とか就職とかさ」

「これ、見て」

「何だ?」

 月乃が鞄の中から取り出したのは、分厚い資料だった。その表紙には「寺田卓偉との幸せな将来について」と書かれてある。


「な、な、なんだよ、これ」

「卓偉が進学を選んだら、私と同じ大学に進んでもらいます。就職でも一緒です。もしも卓偉が『バンドマン』とか『小説家』とか『お笑い芸人』を目指す場合、私が家計を支えます。どのプランになさいますか?」

「流石に狂気的すぎんか!!??」

 俺は脱兎の如く、月乃の手を振り払って走って逃げた。


「卓偉、あんた私から逃げられるとでも思ってんの?」

 瞬間移動の様に、一瞬で距離を詰められた。必死になって追いつかれまいと、走るスピードを上げた。


「何があっても逃さない。卓偉、そろそろ諦めたら?」

「嫌だ!諦めない!」

「何が嫌なのよ!卓偉の望み通りの女の子になったのに!」

「そこまで望んでねえ!」

「じゃあ、どうすればいいの?」

「少しくらい、俺を自由にさせてくれ~!!」

「兎に角、止まりなさいよ!」

 突然、背中にドロップキックを食らって、俺は前のめりに倒れた。


「さ!手を繋いで学校に行くわよ。拒否権はありません」

「はい……」

 俺は諦めて、月乃と手を繋いで登校した。






 月乃は学校ではアイドル的存在だ。そんな月乃と毎朝、手を繋いで登校しているのだから、俺は男子生徒からねたみやそねみの対象になっている。教室に入って席に着くと、何人ものクラスメイトが、お前は良いよな~、毎朝、東琴さんと手を繋げて、と言ってきた。


 ここで全然良くないわ!と言ってしまうと、益々イメージが悪くなるだろうと思って、アイツは幼馴染だから……と誤魔化した。それを聞いて、友人達は嘘つけ!とツッコんできたが、はははっと苦笑いで切り抜けた。


「寺田くん、宿題やってきた?」

 隣の席の喜田きだ詠美えいみが話しかけてきた。とてもフランクで、可愛らしい女の子だ。生徒会に所属している、しっかりとしたお姉さんタイプ。


「ああ……やってきたよ。古典の宿題の量が多くて苦戦した」

「困ったら、いつでも言ってね……まあ、寺田くんには東琴さんが居るから心配してないけど」

「一年生の間は自力で頑張れって言われてる……」

「へえ~」

「嫌な予感するんだよな。二年生になったら、高校受験の時の様な恐ろしいスパルタ教育が始まるのだろうか……」

「その話、いつ聞いても面白いよ。お風呂でも勉強させられたってやつ」

「最悪の思い出だよ。風呂に入る時間ももったいないからって、浴室の外から延々と問題出されるんだぜ?ノイローゼになるかと思った」

 ふふふ、っと喜田詠美は笑って自分の口に手を当てた。


「そういえば、そろそろ文化祭ね」

「あ、そうだな!楽しみだ!」

「今年のテーマは『仮装』だね。皆で仮装して文化祭に出るみたいだね」

「出るみたい……って喜田は出ないのか?」

「生徒会は文化祭中は校内の見回りなの。私も仮装したかったな」

「最後のキャンプファイヤーには出るのか?」

「あー、あの伝説のダンスのやつね」

「伝説のダンスのやつ?」

「知らないの?ウチの高校の伝説よ。キャンプファイヤーの傍で一緒に踊った男女は、永遠に結ばれるってやつ。まあ、よくある都市伝説はなしよね」

「そんな噂があるのか。んー、俺は何のコスプレしようかな~」

「スーツとかどうかな?」

「スーツ?」

「女の子に取って、男の子のスーツ姿って結構性癖に刺さるわよ」

「そうなのか……じゃあ、スーツにしようかな」





 放課後になって、荷物をまとめていると、月乃が俺の席にやってきた。普段は部活が終わるまで待つように言われるのだが、今日はジャージ姿ではなく、鞄を持っていた。


「卓偉!早くしてよ~」

「あれ?お前、部活は?」

「そろそろ文化祭だから、それの準備期間。部活は休みなの」

「そうか!もう来週だもんな。そういえば、お前、何のコスプレするの?」

「内緒!」

「なんだよ、内緒って」

「当日のお楽しみよ!その日は先に登校しておいてね。私、後から行くから」

「お、おお」

 何か悪だくみしてるな、という確信があったが何があっても口を割らないだろう、という確信もあったので、俺は何も言わずに月乃と下校した。


 家に着く直前になって、古典の宿題を自分の机に忘れてきたと気付いた。月乃に、先に帰ってて、と言って俺は走って学校に向かった。十数分後、教室に辿り着いて、ドアを開けたら、喜田詠美が俺の机の中に、何かを入れている所が見えた。


「喜田、何してるんだ?」

「わ!て、寺田くん……」

「おいおい何かの悪戯いたずらか?やめてくれよ~」

 俺は机の中に手を入れて、古典の宿題を取り出した。すると、一通の手紙が、ポトっと音を立てて落ちた。なんだこれ?


「寺田くん……それ、家に帰ったら、読んで。じゃあね!」

 喜田詠美は早口に言い捨てると、そそくさと教室を出た。




 帰宅して、ペーパーナイフで便箋びんせんの封を綺麗に開けた。



 ラブレターだった。



「喜田……そうか。喜田は俺の事を好いてくれてたんだな」

 正直、月乃にずっと絡まれているので、女子達は俺の事を恋愛対象として見ていない。月乃さんの物だからなー、というのが大半の女子の意見だ。そんな俺にラブレターなんて古風な手段で気持ちを伝えようとしてくれたことが、純粋に嬉しかった。


 次の日、登校すると喜田は何だか緊張した面持ちをして、小声で俺に言ってきた。


「あの……返事は、いつでもいいから」

「うん。俺も真剣に考える」

「凄く嬉しい。よろしくお願いします」




 文化祭当日。月乃に先に行くように言われてたので、俺はいつもより早めに家を出た。父親に借りた灰色グレーのスーツに、青いストライプ柄のネクタイ。髪をオールバックにして、フォーマルな出で立ち。割と似合ってるんじゃね?と家を出る前に鏡の前で笑った。


 学校に着いて、教室に入ると、そこはまるでハロウィンパーティーだった。吸血鬼やら軍服やらでごった返している。喜田詠美は、その中で一人制服姿。それが逆に目立つ。俺は喜田詠美に近づいて、今日中に答え、出すからと伝えた。喜田詠美は待ってる、と微笑んだ。スーツ、実は私の性癖なの。凄く似合ってる、と言った。


 文化祭の模擬店でも回るか、と教室を出ようとすると、卓偉!と月乃が俺を呼ぶ声がした。振り返って、俺は驚いた。





 純白のウエディングドレス。




 花嫁姿の月乃が居た。





「お、お前、それどうしたんだよ!」

「手作りよ!」

「頭おかしいんじゃねーの、お前!」

「今日こそ気持ち、ハッキリさせてもらうから!」

 さあ、一緒に模擬店回るわよ!と月乃に手を握られて、俺は教室を出た。


 様々な模擬店やもよおし物を見た。月乃は、まるで子供みたいにはしゃいで、楽しそうにしていた。


「月乃、ごめん。ちょっとだけ時間をくれ。俺、用事が出来た!」

「何の用事よ!ついていくわよ?」

「個人的な用事なんだ」

 真剣な眼差しをした俺を見て、月乃は分かったわ、待ってる、と言った。


 俺は喜田詠美を探して、色々な部屋を訪れた。クラスメイトに話を聞いて、ようやく生徒会室に喜田詠美が居ると知って、走って生徒会室に向かった。


 ノックすると、はい、と喜田詠美の声が聞こえた。


 部屋に入ると、喜田詠美は一人でPC作業をしているところだった。


「答え、聞かせてくれるの?」

 喜田詠美は少し悲し気に言った。結末を知っている推理小説を、もう一度読んでいるような、そんな目をしていた。


「うん……俺、喜田とは付き合えない。なんだかんだ言って、俺、やっぱり月乃が好きだ。昔から俺の為に努力してくれて、いつも俺の傍に居てくれる月乃が好きだ。喜田の事も好きだけど」

「それ以上は言わないで。泣いちゃう……」

 喜田詠美は足元を見つめながら言った。


「キャンプファイヤーは、ちゃんと月乃さんと踊ってあげてね」

「うん……。喜田、ありがとう」

 俺は振り返らずに、生徒会室を出た。


 月乃の所に戻ると、月乃はウエディングドレスから制服姿に変わっていた。


「あれ?仮装止めたのか?」

「ねえ、卓偉。私、キャンプファイヤーで卓偉と踊りたいの。だから、ドレスは脱いできた」

「おう」

 俺は月乃の手を握って、校庭にあるキャンプファイヤーをする場所へと向かった。


「え!?卓偉?どうしたの?」

「どうもこうもねえよ」

 俺は校庭の真ん中まで来て、月乃の手を取って、ひざまずきながら言った。


「俺と踊ってくれますか?」

 その言葉に月乃は泣き出した。


 これからも、俺の手はお前だけの為に開けておくよ。独占してくれ。






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