【死神トラベリング】



 仕事を終えて、クタクタで帰宅すると、俺のアパートのドアの前に死神が居た。


 と、簡潔に言ったけれど、初めは不審者か何かかと思って、直ぐに警察へ通報しようとした。全身黒ずくめのスーツ姿の長身の女。スマホを取り出して、きびすを返したところで、その死神が話し掛けてきた。


森田もりたさん!私は怪しい者ではありません!いや……えーと、怪しい者ではありますが、話を聞いて頂けませんか?」

「自分で怪しいって認めてるじゃないか!」

「えーとえーと、あ!名刺あります!先ずは御挨拶させて下さい!」

 女はジャケットの内側から、黒い名刺入れを取り出して、これまた黒で染まりきった名刺を差し出してきた。どれだけ黒が好きなんだよ。


 名刺を受け取って、チラリと見ると、『死神 営業部 サラ・ニイミ』と書かれている。


「死神の営業って何だよ」

「よくぞ聞いてくれました、森田もりたあきらさん!」

 サラと名乗った女は、満面の笑みで言った。










「あなた、1週間後、死にます」









 サラを部屋に入れて、話を聞く事にした。1LDKの部屋は、二人だと狭い。取り敢えず、落ち着こうとコーヒーをれた。


「サラ……さんは、砂糖とミルクは?」

「あ、ブラックで」

 そこも『黒』なんだな、と笑いそうになりながら、俺はマグカップを2つ取り出して、コーヒーを注いだ。


「えーと、それで俺が1週間後、死ぬってのは?」

「はい。貴方は1週間後、突然の心臓発作で亡くなります。享年28歳……お若いのに残念ですね」

 サラは、俺の名前、住所、年齢まで把握している。初めは疑っていたが、サラの言動は、何故か不思議と信憑性しんぴょうせいを感じさせた。そもそも詐欺さぎか何かなら、こんなまどろっこしい真似などしないだろう。俺はマグカップをサラに手渡して、言った。


「そうかあ……俺、死ぬのか」

「はい……ご愁傷さまです」

「まだ死んでねえよ!で?サラさんは、俺の魂を回収しに来たって訳ね?」

「そうです」

「はあ……つまらない人生だったなー!結婚も出世も出来なかったし」

「ら……来世に期待しましょう!」

「うるせぇ」

 コーヒーをすすりながら、俺はサラに言った。


「で?なんでわざわざ1週間前に来たんだ?死ぬ直前に来て、魂を回収すればいいのに」

「あ、それなんですけどね」

「おう」









「死ぬ前に貴方の願い事を一つ叶えます」









 サラが言うには、俺は今世で割と良い行いをしていて、徳を積んでいるようだ。あの世に送られる前に、神様が、俺にボーナスを与えると決めたらしい。


「願い事ってのは、何でも叶うのか?」

「いえ、何でも……ではありません。こちらをご覧下さい」

 サラは鞄の中から、パンフレットを取り出して、机の上に置いて、俺に説明を始めた。細かい説明だったので、要約する。『ささやかな願い』なら叶える事が出来る、との事だった。例えば、死人を生き返らせたり、寿命を伸ばす事は出来ない、など。つまりは、人に影響を与えない、つまらない願いなら叶えられるという事だ。七夕に短冊へ書く程度のやつね。


「何か叶えて欲しい願い事は、ありますか?」

「うーん。そりゃあ、心臓発作にならないようにしてくれ、ってのが1番の願いだけど、それは無理なんだろ?」

「そうですね」

「じゃあ、別にいいや」

「こ、困ります!何か仰ってください!」

「だって、別に叶えて欲しい願いなんてないし……」

「ほら!昔の恋人に会いたいとか、オリジナルの味のアイスを食べたいとか、1日だけ女性になりたいとか、なんかないんですか?」

「んー」

 俺は、首をかしげて、数十秒悩んだ。


「ないな」

「かーーーっ!無欲も、ここまで来ると、吃驚びっくりですよ!」

「仕方ないじゃないか。人間は衣食住揃ってりゃ、欲なんて湧かないもんだろ?」

「あんたは仙人か何かですか!?」

いて言えば……」

「お?」

「会社休んで、旅行に行きたいくらいだけど、これは別に願い事として使わなくても出来るしな」

「……」

「あ!そうだ!会社に電話して、有給取ろ!サラさん、ちょっと待っててね」

 俺は会社に電話して、1週間の有給を取った。


「そうと決まれば、沖縄にでも行こうかな。いや、北海道もいいな。京都も捨て難い……」

「もう、勝手にしてください……」

「チケット取らないと。今からなら、明日の便には間に合うな……あ!」

「どうかしたんですか?」

「願い事、思いついたよ」

「お!なんですか?」

 俺はニッコリと笑って、サラに言った。





「一人旅って苦手なんだよ。旅行、着いてきてくれ」

「は!?」






 次の日、スーツケースに1週間分の荷物を詰めて、サラと一緒に、空港に向かった。


「はー。まさか願い事を、こんな形で使うなんて。私、この仕事長いですけど、初めてです」

「お!良いじゃない、初体験。そうやって人は成長していくんだよ」

「人じゃなくて、死神ですけどね」

 30分ほどして、空港に着いた。直ぐにチェックインして、空港のラウンジで軽食を取る事にした。


「サラさんは、ブラックで良いんだよね?」

「はい。ありがとうございます」

 ブラックコーヒーとサンドイッチを手渡して、一緒に食べた。


「行先は何処にしたんですか?」

「悩んだんだけど、京都にしたよ。次いでに墓参りもしたい」

「ああ……ご両親の」

「……そうか。サラさんは、俺の事、それなりに知ってるんだね」

「まあ、そうですね」

 三年前に事故で両親を亡くした俺は、天涯孤独の身だったので、死ぬと決まった今でも、そんなに悲壮感はない。友人たちには、最後の挨拶をしたかったけど、心の友とまで言えるような、親しい友人も居ないので、気持ち的には楽なもんだ。


「貴方みたいに、死ぬと分かってるのに、楽観的な人は初めてですよ」

「サラさんの初めてを沢山奪えて光栄だよ」

「はあ……まあ、取り敢えず、旅行を楽しみますか」

 飛行機に乗って、2時間ほど。伊丹空港からリムジンバスで、1時間ほど。俺達は、ようやく京都に着いた。


「サラさんは、何か食べたいものある?俺は久しぶりに、ニシン蕎麦そばが食べたいな」

「何ですか、それ?」

「知らないのか?まあ、全国的には、そんなに有名じゃないけど」

「死神は、基本的に食事を必要としないので、食には詳しくないんですよ」

「え?そうなの?死神って何食うの?」

「悪人の魂です」

 ニヤリ……とサラが笑った。


「悪事を働けば働くほどに、旨味が増すんですよね。死神の胃の中で、魂が焼かれます。そして、胃の中で焼かれ続けながら、地獄へと運ばれます」

「へ……あれ?ちなみに俺も地獄行きなの?」

「安心してください。貴方の魂は、回収後に無傷で天国へ運ばれます」

「ほっとしたよ。俺は天国行きか」

「天命とは言え、28歳で亡くなるのも悲しいですよね。そこも加点されたのではないかと」

「そうなのか」

「話は変わりますが、本当に何か願い事は、ありませんか?」

「もう叶えて貰ってるじゃないか」

「これはカウント出来ないですよ。貴方が本当に望んでいる事ではないですし。まあ、まだ1週間あるんです。ゆっくり考えてください」

「うーん。じゃあ、もし思いついたら言うよ。参考までに、今まで願い事を叶えて貰った人ってのは、どんな願い事を言ったんだ?」

「印象に残ってるのは、『牛乳アレルギーを治してくれ』って人でしたね。ずっと食べられなかった乳製品を口にしたかったようです。涙を流して、喜んでました。後は……下戸の男性が『蟒蛇うわばみにしてくれ』とか。こう考えると、食に関する事が多かったですね」

「まあ、人間三大欲求の1つだしな」

「他の2つより、食欲を優先する辺り、善人ばかりって感じですね」


 宿を取って、タクシーで墓まで移動した。途中で小雨が降ってきて、コンビニで傘を買おうか迷ったが、それ程の雨ではなかったので、買わずに墓参りをする事にした。


 京都市内にある、由緒ある寺に入って、住職に挨拶をした。そして、寺の中を通って、墓へと向かった。





 そこに、一人の女性が居た。





「また来てたんですね」

「森田さん……お久しぶりです」

「もう来なくていいって言いましたよね?もう貴方は充分反省されてますよ」

「そういう訳には行きません」


 サラが俺と女性の会話を聞いて、話し掛けてきた。


「森田さん、こちらの女性は?」

「ああ、この人は朝倉あさくら真希まきさん……」

 新倉真希は、ペコリと頭を下げて、サラに挨拶をした。サラも軽く会釈した。雨が強くなってきた。


「朝倉さん……もう貴方は充分償いましたよ」

「いえ……せめて、この時期だけは手を合わせたいんです」

「あれは事故でした。貴方が故意に私の両親を殺したわけじゃない」

 サラは俺達の会話を聞いて、朝倉真希が俺の両親を事故に遭わせたのだと理解した。


「分かりました……一緒に手を合わせましょう。墓掃除は、して頂けてるみたいなので、お線香だけでも。雨も強くなってきましたし」

「はい」

 朝倉真希とサラと3人で線香に火を付けた。手を合わせて、両親に心の中で報告する。


 俺、一週間後に、そっちに行くよ。






 朝倉真希は、車で来ていたらしく、宿まで送らせてくれ、と言ってきた。正直、気が重くなるので、駅までお願いします、と告げた。朝倉真希は、はい、と言って俺達を車に乗せた。


「あんな事故を起こしておいて、車を運転するなんて、本当はダメですよね……」

「気にしすぎですよ」

「本当に申し訳ございません。でも、仕事柄、どうしても運転しないといけなくて」

「朝倉さん。本当に気にしないで下さい」

「はい……」

 重苦しい空気の中、突然、サラが笑顔で言った。


「朝倉さん!一緒にご飯を食べましょう!お腹が減っているから、2人とも暗い気分になるんですよ!美味しいニシン蕎麦のお店、知ってますか?」

「えっと……実は私の実家、蕎麦屋なんですけど、もし良かったら……」

「おー!これは偶然とは言え、ラッキーですね!ご馳走様になりましょうよ、森田さん!」

 サラは首を振りながら、俺に言った。


「おい、お前、どういうつもりだ?」

 小声でサラに言うと、サラは笑って言った。

「ニシン蕎麦、食べたくなって来たんです」


 車で1時間弱。朝倉真希の実家の蕎麦屋に着いた。店先に『準備中』の看板が掲げられていたが、お構いなしに朝倉真希は店の中に入って行った。


「おとうさーん!この人達にニシン蕎麦をお願い!」

「おー!真希の友人かい?」

 朝倉真希の父親が、彼女に質問すると、少し曇った顔をしながら、彼女は言った。


「う、うん。とびきり美味しいやつ、お願い!」

「分かったよ」

 席に着いて、3人で暖かいお茶をすすった。雨で少し体が冷えていたので、とても美味しく感じた。


 数分後、運ばれてきたニシン蕎麦は絶品だった。俺が、こんなに美味しい蕎麦を食べたのは初めてです、と言うと朝倉真希は笑った。彼女の父親も嬉しそうだった。サラは死神だから味覚がないのか、無表情で蕎麦を啜っていた。


「ちょっと失礼しますね」

 朝倉真希がトイレに向かうのを見て、彼女の父親が俺に話し掛けてきた。


「真希が笑うの、久々に見ました」

「……やはり、交通事故の所為せいですか?」

「ご存知でしたか……」

「もう3年くらいになりますよね」

「はい。ずっと塞ぎ込んでいます。責任感の強い子で……」

 俺は朝倉真希の父親の泣きそうな顔を見て、胸が痛くなった。


 朝倉真希が席に戻ってきた。宿まで送らせて欲しいと言われて、甘える事にした。


 宿に帰って、俺はサラに言った。




「願い事……決まったよ」

「朝倉真希さんの件ですね?」

「そうだ。彼女の記憶を消して欲しい」

「記憶の改竄かいざんは出来かねます。それは、『ささやかな願い』ではありません」

「……じゃあ、彼女の罪悪感が少しでも減るような、そんな願い事の叶え方はないか?」

 サラは少し悩んで、言った。


「罪悪感という物は、誠実さや協調性の裏返しなんです。彼女自身の性格に起因する物なので、消す事は出来ないでしょう……ただ、罪悪感を減らす方法は、ありますよ」

「どんな方法だ?」

「貴方が、思いっきりののしってあげればいいんですよ」

「どういう事だ?」

「彼女は、その罪悪感を消すために、心からの謝罪をしたいのに、貴方の寛容さに、まるで暖簾のれんに腕押しの気分になってるんです。貴方が罵ってあげれば、彼女は心からの謝罪をする事が出来て、その罪悪感は減ると思いますよ」

「……分かった」


 俺が死ぬ予定の日に、朝倉真希に連絡して、宿まで来てもらった。朝倉真希は何かあったのかと、神妙な面持ちで、俺の待つホテルのロビーにやって来た。サラは少し離れた席で、俺達を観察していた。


「朝倉さん。今日は本音で話します」

「はい」

「私の両親は、所謂いわゆる、『善人』を絵に書いたような人物でした。常に自分達の事より、他人の幸せを優先するようなお人好しでした。たまに、その性格故に損をする事も多かったけれど、いつも笑顔で過ごしていました。私は、そんな両親が大好きでした」

 朝倉真希は、真剣な面持ちで、俺の話を聞いた。


「両親を亡くした時に、私は悲壮感で、胸が押し潰されそうでした。今でも失意のどん底にいます。正直、まだ両親が亡くなった事を信じられていない自分が居ます。消化しきれてないんです」

「……はい」

「貴方が、私の両親を殺した。その事実は変えられません。貴方の……貴方の所為で、私の両親は亡くなったんです。貴方が殺した!貴方が、私の大切な両親を殺したんです!」

 俺の言葉を聞いて、朝倉真希は涙を流して、俺に謝罪を始めた。


 それを聞きながら、彼女の罪悪感が少しでも減って欲しいな、と願った。俺自身も消化しきれてない感情を吐き出せて、スッキリした気分になった。


 彼女からの心からの謝罪を受けて、俺は彼女に、もう謝らないで、と告げた。どうか、これから先は幸せに過ごして欲しい。そして、今後は運転に気をつけて行動して欲しい。周りの人達にも、その意識を持つように啓蒙けいもうして欲しいと告げた。





「終わりましたね」

 彼女が帰った後、サラが俺の席にやってきて、微笑んで言った。


「そうだな……終わったな。これで、もう悔いはないよ」

「まだ願い事が残ってますよ。何か思いつきましたか?」

「彼女が……朝倉真希が、交通事故に遭わないように、交通安全が常に頭にぎる様にして欲しい。可能かな?」

「はい……それは『ささやかな願い』ですよ」

「そうか。では、その願いを叶えて欲しい」

「分かりました。では、行きましょうか」

「ああ、天国あっちで、両親が待ってる」



 俺は、ゆっくりと目を閉じた。


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