【隻腕のジョニー】‪‪❤︎‬

 せき‐わん【隻腕】


〘名〙 片うで。一方のうで。隻手。また、片うでしかないこと。


 出典 精選版 日本国語大辞典










 子供部屋。

 この狭い空間が、俺たちの世界だ。


 この部屋の主は、今年7歳になる女の子。名前はカナ。非常に素晴らしい女性だ。 俺たちが汚れたら、直ぐに洗ってくれるし、毎日話しかけてくれる。


 ホント、玩具冥利おもちゃみょうりに尽きるよ。


 そう、オレは玩具おもちゃだ。意思を持っているし、自分で動ける。一定の愛を受けた持ち物には、命が宿るんだよ。


 勿論、人間にソレを悟られてはいけない。神様が決めたルールだから、仕方ないけれど、毎日カナに話しかけたい衝動にかられる。





 オレは隻腕せきわんのジョニー。




 元々は、カナの従姉妹の持ち物だった。ピンク色のウサギのぬいぐるみだ。黒い眼帯をしている。


 隻腕になった理由は、カナの従姉妹がオレの腕を掴んで振り回し、千切れてしまったからなんだ。千切れた腕は、どこかに行ってしまった。最近の悩みは、千切れた部分から、綿がはみ出してしまっていること。


 隻腕で苦労するのは、体のバランスが取れずに、よく転ぶこと。


 隻腕で良かったことは、これが理由で、カナの従姉妹に捨てられ、カナの物になれたこと。


 この黒い眼帯は、友人の海賊のぬいぐるみの物だった。カナが気まぐれで、海賊のぬいぐるみから外して、俺につけた眼帯。そのミスマッチさが気に入ったのか、カナはそれからずっと、俺に眼帯をつけている。海賊は、いつも塞がれていた視界が広がって、喜んでいる。


「ジョニー、綿がでてるよ。」


 今日もカナは、その小さい指で、綿を押し込んでくれる。この瞬間が、オレの人生で、最も至福の時だ。くすぐったいような、泣きたいような気持ちになる。


「ジョニーの腕、直してあげられたらいいのにな。」


 カナがオレを抱きしめた。


 ああ……こんな時、オレは隻腕であることを恥じる。


 もし、オレに両腕が揃っていたなら、あの頭の固い神様の決めたルールなど無視して、思いっきりカナを抱きしめてやることが出来るのに。







 その夜、隣にいた熊のぬいぐるみのミックが話しかけてきた。


「ジョニー、君は隻腕であることを不便に思ったことはないか?」

「あるよ。いつもカナに抱きしめられる度に思う。けれど、片腕になったことでオレはカナの物になれた。それにさ、眼帯つけたピンクのウサギが両腕揃ってみろよ。イメージが狂うだろ?可愛いウサギに成り下がっちまう。これは、オレのアイデンティティーさ。」


「君は強いね。僕はプラスチックで出来たこの右目を繋ぎとめる糸が取れそうで、毎日が怖い。いつか片目が見えなくなってしまったら……と思うと、夜も眠れないんだ。」


 海賊のぬいぐるみ、キャプテン・ジャックが口を挟む。


「オレはずっと片目だったぜ。でも、それが不便だって思ったことはねえよ。」

「君は、片目でも両目でも、その格好良さは変わらないよ。僕が片目だったら、カナはきっと僕を可愛がってくれなくなるだろう。それが怖いんだ。」

「ジャックの言うことも、ミックの言うことも分かるさ。けれど、きっとカナは、そんなことで、俺たちを捨てたりしないさ。さあさあ、話は終わり。あんまり話すとカナが起きてしまうから。」




 次の日、ミックの右目が取れた。




 そして、その日から、ミックが子供部屋から消えた。俺たちは不安になって毎晩会議を始めた。ミックは捨てられたのだろうか。今頃、灰となってしまったのだろうか。


 そんな意見が出る度にオレは否定した。


 あのカナがそんなことするはずがないだろう!と。しかし、何日経ってもミックは帰ってこなかった。やがて、皆はミックが捨てられたのだと考え始めた。


 オレを含めて。


 ある日、カナはオレを子供部屋から連れ出した。



 ああ……この日がやってきたか。ミック、オレもお前の元にいくよ。






 連れてこられたのは、リビングルームだった。






「さあ、ジョニー。貴方の新しい腕よ。」

 カナは母親に裁縫の手ほどきを受けていたのだ。


 机の上で、右目のついたミックが笑うのが見えた。


 ファック。これでオレは可愛いウサギちゃんになっちまう。


 新しい腕をつけられたら、思いっきりカナを抱きしめよう。


 お前を最後まで信じることが出来なくて、すまなかったと言おう。


 神様よ、すこしだけルール違反するけど、許してくれよな。


 カナは、小さな手で針に糸を通した。


 

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