【純情ブラザーコンプレックス】
「
これで、多分、高校に入ってから、両手の指では足りないほどに告白された事になるなあ、と思いながら、私は真剣な眼差しで、好きな人が居るから、ごめんなさいと目の前の男の子に伝えた。
そもそも、この男の子、誰だ?クラスメイトでもなければ、同じ部活でもない。どんな理由で私の事を好きになったのか。
「好きな人って誰ですか!」
「内緒よ」
「教えてください!諦められません!」
「しつこいのは嫌いです!」
ぷいっと
「花音、まーた告られたでしょ?」
「うん……でも、知らない人だった」
「あら」
「皆、私の事、よく知らないのに、好きだって言われても困る……」
「かーっ!モテる女は言う事が違うねぇ!あんた、鏡の前に立って、自分の顔をよく見なよ。芸能人並の
莉奈はゲラゲラと笑いながら、私の肩をバンバンと叩いた。こういう竹を割ったような性格の莉奈が好きだ。一緒に居ると、いつもポジティブな気持ちになる。
「あ、今日、花音の家に行っていい?」
「うん!あ、でもお兄ちゃん、仕事だから帰ってくるの遅いと思うよ」
莉奈の目的は、私のお兄ちゃん。
「え、そうなの……」
「うん、夕飯食べていきなよ」
「いいの?」
「大歓迎よ」
莉奈は、大きな声で、ありがとう!と言って満面の笑みで自分の席に帰って行った。その背中を見ながら、私は少し落ち込んだ。
莉奈と仲良くなったのは、中学生の時。同じ学習塾に通っていた莉奈と親友になるとは、その時は
学習塾からの帰り道、駅で電車を待っていると、見知らぬ男に声を掛けられた。高校生くらいで、茶髪のツーブロック。ファッションも派手目のチャラついた男だった。道にでも迷ったのかな?と、話を聞こうとしたら、ナンパだった。しつこく連絡先を聞かれて、どうしていいか分からずに泣きそうになっていると、莉奈が私の背後からやってきて、男に言った。
「ちょっと止めてくんない?この子、私の親友なんだよ!」
はいはい、行った行った!と、
「あーゆーの、めんどくさいよね。大丈夫?」
私は安心感から、思わず泣いてしまった。
「ちょ、ちょっと!なんで泣いてんの!」
莉奈は慌てて、カバンからスポーツ飲料を取り出して、私に差し出した。
「これ、口は付けてないから、飲みな。怖かったの?」
「うん……」
「そうか……今度から、一緒に帰ろうよ」
「うん……ありがとう!」
その日から、莉奈と毎日帰るようになって、高校も同じ所に通う事にした。
高校に二人共、合格した日、私は嬉しくて小躍りした。莉奈と一緒に、高校生活を送れる事が、とても嬉しかったのだ。高校に通い始めて日も浅いある日、莉奈がウチに遊びに来たいと言った。その週の土曜日に、お泊まり会をする事になった。私は嬉しくなって、前日は部屋の掃除をしたり、二人で食べる為のお菓子を準備したりした。
ただ、少しだけ心配な事があった。
莉奈を駅まで迎えに行って、私は、その懸念材料を消す為に、トーンを落として、真面目な声で言った。
「莉奈、お願いがあるの」
「何よ」
「私のお兄ちゃんを、絶対に好きにならないでね」
「は?何よ、それ」
「お願い!」
「分かったわよ!そもそも、私、そんな軽い女じゃないし!」
それでも不安が
家に着いて、玄関を開けた。ただいま、と言って、莉奈にスリッパを差し出して、私は自室に向かった。
「お!花音、おかえり!」
お兄ちゃん……田辺楓真が、リビングから出てきて、私に言った。そして莉奈を見て、言った。
「あ、花音のお友達?今日、泊まってくんだっけ?まあ、ゆっくりしていってよ」
「はい……」
莉奈の頬は真っ赤に染まっていて、私は何度も聞いたお馴染みの、女の子が、兄に恋に落ちる音を聞いた。
2階にある自室に入って、直ぐに莉奈に言った。
「駄目だからね!お兄ちゃんを好きにならないでね!」
「ごめん……無理……」
「えー!約束したじゃない!」
「いやあ……花音のお兄ちゃんって聞いてたから、イケメンなんだろうなー、とは思ってたけど、あれは反則だわ。何よ、あの顔の造形と、色気と、スタイルの良さと、声の渋さ……ジャニーズ?」
「ジャニーズじゃないよ!モデルだよ!」
「ええええ!モデルさんなの?納得だわ」
「駄目だからね!お兄ちゃんは、花音の物だからね!」
「うーわ、ブラコンじゃん」
「うるさいな!」
「まあ、今日の所は大人しくしとくよ。取り敢えず、花音のオススメの映画でも見ようよ」
これで、何度目になるだろうか。兄の事を、好きになる女性は、とても多い。そして、いつも兄にフラれては、傷ついて、私との距離を生むのだ。
お兄ちゃんは、昔からカッコよかった。顔も
その日、莉奈は目をキラキラさせながら、私のお兄ちゃんの昔の話を聞いてきたり、写真を見たがったりした。
「花音〜!お風呂沸いたわよ!」
リビングから、母親の声がして、2人でお風呂に入る事にした。そこで軽いアクシデント。風呂上がりのお兄ちゃんが、上半身裸で、髪をバスタオルで
「あ、ごめん!直ぐにTシャツ着る!」
お兄ちゃんは、慌ててTシャツを羽織って、私達に謝った。そして、冷蔵庫から炭酸水を取り出して、一気飲みした。
「じゃあ、莉奈、入ろうか」
「う、うん」
二人でバスルームの前まで移動すると、莉奈は小声で言った。
「何よ、あのシックスパック……えっろ」
「ちょっと!うちのお兄ちゃんを性的対象として見ないでくれません???」
「いやあ〜!あれはラッキースケベだわ。マジな話、付き合ってくれなくてもいいから、タネだけでも欲しいわ」
「最低!」
「はははは!冗談だよ!お風呂入ろう!」
明るく笑う莉奈に、頬っぺたを膨らませて、抗議しながら、二人でお風呂に入った。莉奈は、反省したのか、お兄ちゃんの話題ではなく、クラスメイトの話や、好きなお笑い芸人の話をした。
次の日、莉奈を駅まで送っていると、莉奈は私を真正面から見つめて言った。
「ごめんね、花音。楓真さんの事、本気で好きになっちゃった」
「……しょうがないよね。皆、お兄ちゃんの事を好きになっちゃうんだよ」
「で?花音は、どうするの?親友が恋のライバルだよ?」
「正々堂々、勝負よ!」
「うーわ、怖い!でも嬉しい。これからも、仲良くしてね」
「うん!」
莉奈なら、まだ許せる。いや、許せないけど、他の女の子よりはマシだ。そろそろこの気持ちに
まだ諦めきれないけれど、兎に角、前を向こう。
「あら、莉奈ちゃん、いらっしゃい!」
母親が、莉奈の顔を見るなり、笑顔で玄関まで出迎えてくれた。
「おばさん、こんばんは!」
「こんばんは!花音から聞いてるけど、今日は夕飯食べていくんでしょ?」
「はい!ご馳走様になります!」
「今日はね、楓真も花音も大好きなカレーなのよ」
「わ!カレー、私も大好物です!」
「それは、良かった。ゆっくりしてってね」
部屋で莉奈と色々な話をした。基本的には、お兄ちゃんの話が多かったけど。莉奈と話すのは楽しい。終始、笑いっぱなしだった。
夕飯の時間になって、玄関から、ただいまー、と声がした。お兄ちゃんが帰ってきたのだ。莉奈は、急にソワソワし始めて、いつもは男の子みたいな言動をするのに、乙女だなー、と思った。
「じゃあ……リビングに行こうか?」
「そうだね、そろそろ夕飯も出来ると思うし」
莉奈は緊張した面持ちで、階段を降りて、リビングに向かった。
「あ、莉奈ちゃん、こんばんは!」
「ふ、楓真さん、こんばんは」
莉奈は、完全に乙女モードに突入していて、
「そういえばさ、花音。そろそろ夏祭りあるじゃん?今年も一緒に行く?」
お兄ちゃんからの誘いに、即決即断、ノータイムで返答する。
「うん!行く!」
「あ、莉奈ちゃんも一緒にどう?」
お兄ちゃんに誘われた莉奈は、もうメロメロ。頬を染めて、ブンブンと首を縦に振った。
「じゃあ、その日は駅に19:00に集合でいいかな?」
お兄ちゃんとのデート。とても楽しみだ。
夏祭り当日、莉奈と一緒に浴衣を着て、お兄ちゃんを待った。二人ともメイクも完璧にして、髪もアップに
19:00になった。お兄ちゃんから、ちょっと遅れる!と連絡が来たので、二人でコンビニに寄って、飲み物を買った。お祭りで買うと、料金が少し高い。高校生の財布には、辛いところだ。安く済ませられるなら、そっちの方がいい。
「花音!莉奈ちゃん!お待たせ!」
五分ほど遅れて、駅の改札から、お兄ちゃんが来た。
隣に、綺麗な女性を連れていた。
「お兄ちゃん……その人は?」
私は全ての感情が死んでしまって、無機質な声でお兄ちゃんに聞いた。
「あー、丁度良い機会だから、花音にも紹介しとこうと思って。今、お付き合いしてる
「梨花です。よろしくお願いします」
照れながら、お兄ちゃんは梨花と名乗った女に微笑みかけた。
何これ……
私達二人は、突然の事故に遭ったように、失恋した。過去に、何人もの恋人がいたことは知っていたけれど、お兄ちゃんが恋人を正式に私に紹介したのは、初めての事だった。
「わあ!素敵な人ですね!梨花さん、よろしくお願いします!私は花音の友人の莉奈って言います!」
本当は泣きたいだろうに、空元気で莉奈は二人に挨拶した。私も泣きそうになりながら、よろしくお願いします、と頭を下げた。
「お二人の邪魔するのもあれだから、私達、二人でお祭りを楽しんできますね!」
瞳をウルウルさせながら、莉奈は言った。莉奈も私も限界だった。二人で小走りに、神社に向かった。
神社の裏手に、二人で走って、大声で、わんわんと泣いた。子供の様だった。
「な、なによ、あの女!お兄ちゃんなんかと、全然釣り合わないわ!」
嘘……凄く綺麗な顔をしていた。悔しい。
「そうよそうよ!私達より良い女な訳ないじゃん!楓真さんのバカ!」
莉奈も、悔しそうに
その日は、二人して目を真っ赤にして泣いた。
家に帰るのが、辛かった。もう、お兄ちゃんは、別の人の物になってしまったのだ。深夜になって、トボトボと家路に着いた。玄関を開けると、私の大好きなお兄ちゃんが、微笑みながら待ってくれていた。
「花音、今日、どうしたの?お兄ちゃん、花音と一緒にお祭り周りたかったな」
「お兄ちゃん、梨花さんとはいつ頃から付き合ってるの?」
「え?一年前くらいかな?どうして?」
「お兄ちゃん、真面目に答えてね」
深呼吸して、私は胸に詰まった想いを告げる事にした。
「もしも一年前に、私がお兄ちゃんの事を男の子として見てる。付き合って欲しいって言ってたら……どうする?気持ち悪い?」
顔を上げられない。怖い。でも、このままじゃ、失恋の痛みで死んでしまう。
「花音……お兄ちゃんは、花音の事が好きだよ。大切に思ってる。でも、それは家族として好きなんだ。その気持ちには応えられない」
「じゃあ!じゃあ!あの女と、私、どっちが大事!?聞かせてよ!」
半狂乱になって、お兄ちゃんの胸に飛び込んだ。この想いは純情なのか。
「そんな質問をしない女の子の方が大事だな」
「ごめん……」
私はお兄ちゃんから離れて、何度も深呼吸をした。
「気持ちに区切りをつけたかっただけ。もう二度としない。お兄ちゃん、ごめんね」
「バカ。お前のブラコン振りは、昔からじゃんか。これからも、仲のいい兄妹でいような」
そんな事、無理だよ、と言いかけて、私は、そのセリフを押し殺して
次の日、登校すると、莉奈も私も
「あ、あの、花音さん!」
「な、なんですか?」
急に大きな声を出されて、私は驚いて男の子を見た。
「やっぱり諦めきれないです!友人からでもいいので、好きでいさせてください!」
頭を下げて、右手を差し出してきた男の子を見て、『好きでいさせて』というワードに、心を打たれた。
「じゃあ……友人から」
差し出された右手を握ると、男の子は喜びのあまり、天井を見上げて叫んだ。教室で野次馬をしていたクラスメイトは、おぉ!と歓声を上げた。
「いつか、惚れさせてみせます!」
「頑張ってね。ところで私、超ブラコンで、お兄ちゃんモデルしてるくらいカッコよくて、空手の有段者だけど大丈夫?お兄ちゃんより良い男の子じゃないと、惚れないよ」
「え、えぇ〜!?」
男の子は困惑していた。ふふふ。
純情ブラザーコンプレックスも卒業しないとね。いつか、お兄ちゃんより良い男の子を捕まえてみせる。
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