【元魔王軍四天王ですが何か?】



「もうこんなブラック企業は嫌だ……」


 私の名前は、フェイ。魔王軍の一人として、数々の勇者を倒してきた私は、いつの間にか四天王の一人に昇進した。昇進してからは激務が続く毎日。上司からも部下からも、無理難題を押し付けられる毎日に、嫌気が差す。余りのストレスに、最近、髪の毛がチラホラと白く染まってしまっていた。


「かと言って、この歳で転職もなあ……なんだかんだ給料は良いし、慕ってくれてる部下たちの事を思うと、辞め辛いな……子供たちも居るし」

 そう、私は妻子ある身である。独身なら、貯金もあるし、サラッと辞めて、気ままに数ヶ月リフレッシュ!と言った事も出来ただろうが、叶わぬ夢だ。トボトボと家路についた。時刻は深夜1時。むしろ早い方である。最近では、子供たちと顔を突き合わせる事も少ない。


「ただいまぁー」

「おかえりなさい」

 家に着いて、玄関を開けると、妻が出迎えてくれた。


「こんな時間まで起きてたのか。寝てていいのに」

「何言ってるのよ。私たちの為に、働いてくれてる貴方に、そんなこと出来ないわ」

「……」

「ご飯食べる?お風呂は沸かしてあるから、先に入る?」

「じゃあ、飯」

「分かったわ。メニューは、貴方の大好物の唐揚げよ。今から温め直すわね」

 妻と結婚して、本当に良かった。当時の上司に、半ば強引に勧められた、お見合いで知り合ったので、純粋な恋愛結婚ではなかったけれど、本当に幸せだ。やはり、転職など考えずに、家庭を守っていこう。


 テーブルに座って、食事が出来るのを待った。妻は鼻歌を歌いながら、唐揚げを温め直している。俺は、かばんから書類とボールペンを取り出して、部下から出されたレポートに目を通した。


「ほら!もう出来ますから!書類を仕舞ってくださいな」

「あ、はいはい」

 大皿に盛られた唐揚げ。ストレスで胃痛に苦しむ毎日だが、不思議と妻の手料理だけは、喉を通った。バクバクと唐揚げに食らいついていると、妻が目の前に座って、私に言った。


「ねえ、貴方……」

「なんだ?」

「お仕事、休めませんか?」

「どうしたんだ、急に?」

 妻は、うるうると目をうるませて言った。


「このままだと、体を壊してしまうわ。子供たちも、成人するまで、まだ数年あるのよ。貯金は、貴方が無駄遣いしないから、かなりの額があるし、何より健康はお金では買えないわ」

「いや、そうは言ってもだな……」

「会社にとって、貴方の代わりは居ても、私たちにとっては、貴方の代わりは居ないのよ?」

「うーん」

「お願いよ、貴方。休むんじゃなくて、辞めてもいいわ。そうだわ!転職しない?どれだけ給料の少ない会社に転職したとしてもいいわ。私だって働くから」

 妻にここまで言われて、私は決断した。


「分かった!明日、魔王様に辞めると伝えてくる!」

 私は、魔王軍を辞める事にした。






 辞めるのには苦労した。予想通り引き止められたのだ。魔王様は、あの手この手を使って、私を辞めさせまいとした。給与を上げると言ったり、労働時間の改善を提案したり、恫喝どうかつしたりした。最後には泣きついてきたが、私の意思は固かった。数日、時間は掛かったが、私は魔王軍を退職した。


 魔王軍を辞めた、その日、久しぶりに日が沈まぬ時間に帰路に着いた。思わずスキップしそうになるほどの爽快感。明日からは、子供たちと、会話も出来るだろう。妻と子供たちと、旅行にも行けるだろう。6時間以上、眠れるだろう。やりたい事が頭の中を支配した。


 帰宅して、妻に魔王軍を辞めた事を伝えると、妻は喜んで、抱きついてきた。私も妻を強く抱き締めた。その日は子供たちも一緒に食卓を囲んだ。あぁ……幸せだ。


 有給が数週間残っていた。妻は、その間は、ゆっくりしましょうよ、と言ってくれたが、私は、この休みの間に、次の仕事を見つける事にした。今度は魔王軍関係ではなくて、且つ、ホワイトな仕事がしたい。営業は嫌だし、人と関わらない事務仕事とかがしたいな……と、考えていた。


 街のハローワークへ行くと、様々な求人があったが、中々、私の望む条件の案件は無かった。絶対に妥協はしないぞ!と心に誓って、家に帰ってから、インターネットで仕事を探す事にした。


 しかし、そこでも中々、良い案件は見つからず、途方に暮れた。事務仕事だと、やはり給与面で折り合いがつかない。


 しばらく、パソコンの前で格闘していると、とある求人サイトが目に入った。登録制の求人サイトで、自分のキャリアを記載し、望む条件を書き込めば、企業の方から面接しませんか?とスカウトしてくれる……と言ったサイトだ。これは、中々良いぞ、と思って、サイトに登録した。


 次の日の朝、パソコンの電源を付けると、メールボックスに、昨日登録したサイトからメールが来ていた。期待で胸を膨らませながら、メールを開いた。


「お世話になります。王国冒険者ギルドのギルド長、オーフェンと申します。弊社の事業内容は、冒険者への仕事の紹介、パーティ編成などのアドバイスを主にしております。この度、フェイ様をスカウトさせて頂いたのは、貴殿の高い戦闘能力と、知識が、弊社の求める人材とマッチしており、是非、一緒に働いて頂きたいと思ったからでございます。先ずは一度、会ってお話を聞いて頂けると幸いです」


 給与面、事業内容、共にバッチリ。問題は、私が元魔王軍と言うことだ。その事は、キャリアシートには書かなかった。書いてしまえば、魔王軍関係の仕事しか紹介されないと思ったのだ。


 冒険者ギルド……魔王軍からすれば、敵対組織の人事部のようなもの。キャリアを隠して、面接を受けるのは心苦しいけれど、背に腹はかえられぬ。私は面接を受けたい事と、希望の日時を書いて、返信した。






 面接当日、スーツに着替えて、冒険者ギルドを訪れた。ギルドの前で深呼吸して、扉を開けた。


「いらっしゃいませ!冒険者ギルドへ、ようこそ!本日は、どの様なご用件ですか?」

 扉を開けた瞬間、カウンターから、元気よく受付の女性が話し掛けてきた。


「本日、面接予定のフェイと申します」

「フェイ様ですね。少々お待ちください」

 カウンターへ戻って、台帳を開き、私の名前を確認すると、受付嬢は、にこやかに私に言った。


「ギルド長、オーフェンの部屋へご案内させて頂きます。こちらへ、どうぞ」

 受付嬢に連れられて、階段を上がり、とある一室に通された。


「もう直ぐ、オーフェンが参ります。もう少々、お待ちください」

 ぺこり、と頭を下げて、受付嬢は部屋を出て行った。


 数分後、部屋のドアが開いた。


「こんにちは〜!お待たせしてしまい、申し訳ないです!」

 顔を出したのは、まだ20代にしか見えない、背の低い男性だった。


「初めまして!フェイと申します。この度は面接の機会を頂き、誠にありがとうございます!」

「あ、フェイさん、そんなにかしこまらないでください。弊社は確かに王国管理の役所の様な機関なので、行政機関の様に思われがちですが、数年前に民営化したので、風通しのいい、フランクな雰囲気の会社なんです」

「そ、そうですか」

「さあ、面接を始めましょう!」


 ギルド長のオーフェンは、明るく、様々な質問をしてきた。テンプレートの質問から、予想もしない質問、世間話や、趣味嗜好の話。いつの間にか、数時間が経っていた。


 ドアがノックされる音がして、オーフェンが返事をすると、受付嬢が入ってきて、次の面接予定の方が来られてます、と言った。オーフェンは慌てて、自分の腕時計を見て、私に頭を下げた。


「フェイさん、すいません。そういう事なので、面接はこの辺りで終わりにします」

「ありがとうございます。ちなみに面接結果は、いつ頃分かりますか?」

 私の素朴な疑問に、オーフェンは、キョトンとした目をして言った。


「フェイさん、分かりませんか?私は、そんなに暇な人間ではないんです。貴方には、そんな私が数時間掛けて、人柄を見るだけの価値がある。合格ですよ。明日から来れますか?」

 私は思わず立ち上がって、頭を下げた。









 妻に、採用された事を伝えると、泣いて喜んでくれた。その日の夕飯は豪勢で、食後には、妻のお手製のケーキが出てきた。子供たちから、ネクタイをプレゼントされて、私は喜びで涙腺が緩んだ。


 次の日、冒険者ギルドへ出社すると、受付嬢が、私の所属する部署へ案内してくれた。


「ここが、フェイさんが働く『冒険アドバイススペース』です」

「ありがとうございます」

「業務内容などは、部署の人達から聞いてくださいね。では、失礼します」

 受付嬢は頭を下げて、スタスタと去っていった。


 緊張しながら、私は部署のドアを開けた。


 そこには数人のスタッフが居た。奥にいた女性に、貴方が新しく採用されたフェイさん?と聞かれて、はい!と答えると、こちらへどうぞ、と女性の机の前に案内された。


「はい!皆さん!聞いてください!この度、新しく採用されたフェイさんです!フェイさん、皆に自己紹介して」

 どうやら、この女性が、この部署の責任者らしい。私は咳払いしてから、部署の皆を見渡して言った。


「初めまして!フェイと申します!もうロートルな年齢ではありますが、新人の気持ちで粉骨砕身ふんこつさいしん、頑張ります!皆様、ご指導ご鞭撻べんたつの程、よろしくお願いします!」

 パチパチと、まばらな拍手が起こった。


「フェイさん、私はここの部長をしてます。アリスです。よろしくお願いします」

 アリスと名乗った女性は、笑顔で私に頭を下げた。


「アリス部長、こちらこそ、よろしくお願いします」

「では、先ずはOJTですね」

 OJT……オン・ザ・ジョブ・トレーニング。現任訓練げんにんくんれんってやつだ。実務をしながら、仕事を覚える訓練方法。魔王軍の時、新人が入る度にやったなあ……と懐かしい気持ちになりながら、私は、はい!と返事をした。


「とは言っても、ギルド長から貴方の戦闘知識の高さは聞いているから、問題ないと思ってます。見て学んで欲しいのは、荒くれ者の多い、冒険者との折衝せっしょうや、向こうの問題点を探して、指摘してあげる、などの会話のスキル面ね。取り敢えず、今日一日は、私と行動を共にしてください」

「分かりました!よろしくお願いします!」

 アリスは、ニッコリと笑って、歩き始めた。


「着いてきて。隣がアドバイススペース。もう、厄介な相談事を持って、冒険者たちが待っているわよ」

「はい!」








「だからさー、俺ってそれなりのレベルの魔法使いじゃん?今のパーティーだと、周りのレベルが低すぎて、俺の持ち味を活かせないって言うかさー」

 初めに相談事を持ってきたのは、レベル10の魔法使い。私からすると、ようやく卵からかえったヒヨコだ。


「だからさー、もっと高レベルのパーティーに入れて欲しいんだよね」

「なるほど。ちなみにパーティー編成は、どの様なメンバーですか?」

 アリスは、表情一つ変えずに、魔法使いに質問をする。一つ一つ、相談に乗りながら、最後には、このパーティーで、もう少し頑張るよ、とまで言わせた。


「流石です、アリス部長」

「ありがと。でも、結構、ストレスだったわ」

 ははは、っと笑って、アリスは言った。


「さあ、次の案件、行くわよ」

「はい!」


 次の初心者パーティーの効率的なレベルアップ方法の相談や、中級冒険者の装備品の相談など、仕事内容は多岐に渡った。私は必死でメモを取りながら、アリスの仕事ぶりに関心していた。


「フェイ、そろそろ昼休みね。食堂に案内するわ」

 アリスに連れられて、食堂へ行った。


「何を食べる?私の部署に来て初日だし、良かったらおごるわよ」

「いえ、妻からお弁当を持たされてまして」

「あら!貴方、結婚していたのね」

「はい。もう結婚して20年になります」

「じゃあ、随分若い時に結婚したのね」

 アリスと共に、テーブルで食事をしながら、お互いのプライベートについて話した。


 アリスは私より一回り下の年齢で、シングルマザーとの事だった。この仕事に就いて10年。キャリアウーマンだ。10代の頃は、とある勇者パーティーで、剣士をしていたらしい。


「フェイは前は、どんな会社に居たの?」

「私は……人材派遣です。各地に戦闘能力の高い冒険者を送る仕事をしていました」

 嘘だ。だが、まあ……言ってる事は、そんなに間違いじゃない。


「貴方自身が元冒険者だって聞いたわ」

「はい」

「レベルって幾つなの?」

「最近測ってないので、分かりませんが、40くらいです」

「凄い!40なんて、王国にも、なかなか居ないわよ」

 これも嘘だ。正確なレベルは、130である。そんじょそこらの勇者パーティーには負けない。


「さて……午後からは、貴方が冒険者たちの相談事に乗ってあげて。後ろで私がフォローするわ」

「もうですか?」

「大丈夫!自信を持って!」

「分かりました……」

 少しだけ憂鬱ゆううつな気分になったが、頬を軽く叩いて、気合いを入れた。失敗したっていい。魔王軍じゃないんだ。何かあっても殺される訳じゃない。


 午後になって、緊張しながらも、私は数組の冒険者たちの相談に乗った。なんとか仕事をこなして、その日の業務を終えた。


「フェイ!貴方、見込みあるわ!初日で、あれだけ出来れば、充分よ!」

 アリスに褒められて、ペコペコと頭を下げた。自分でも、この仕事は天職かも知れない、と感じた。魔王軍でつちった部下からの相談を解決するスキルもることながら、魔王軍そのものに詳しいので、モンスターたちの攻略法などもバッチリである。



 OJTは数日続いた。



 その後は、一人で業務をこなした。何度かミスもしたけれど、同じ部署の同僚たちに助けられて、何とか乗り切った。数ヶ月もすると、戦力として期待されるようにもなった。このまま、幸せが続くと思っていた、ある日、その事件は起こった。



 その日も私は、冒険者の相談事に乗っていて、そろそろ解決しそうだな、思っていると、急に警報が鳴った。驚きながら、部屋を出て、エントランスに行くと、魔王軍幹部の一人が街の近くまで来ているとの事だった。緊急で冒険者たちが集められて、王国の騎士団と協力して、対処する様にと、王様からギルドへ連絡が来ていた。


 魔王軍幹部……この辺りに出没したということは、多分、元部下の一人のアイツだろうな……と予想して、冒険者と共に街の外へ出た。城門の前には、予想通り、炎に身を包んだ、炎の精霊……元部下のイフリートが居た。


「愚かなる人間共よ……燃え尽きるがいい……」

 イフリートは右手を、こちらにかざして、手から炎の玉を撃ち始めた。冒険者たちが一つ一つ、炎の玉を打ち返したり、かき消したりしたが、徐々に劣勢になっていった。


「ははははは!人間共!そんなものか!」

「くっ……皆、耐えろ!そろそろ騎士団が到着する!」

 数分後、門から騎士団が出てきて、反撃の時間になった。ふと、騎士団の方を見て、私は驚いた。アリスが鎧に身を包んで、馬に乗っている。


「アリス部長!何をしているんですか!」

「見て分からない?元勇者パーティーの実力を見せつけてやるのよ」

 騎士団の先頭に立っている、団長らしき男の掛け声と共に、数十人の騎士団がイフリートに突撃した。イフリートの放った炎の玉に、何人かが吹き飛んだが、お構い無しに突っ込んでいく。氷の魔法を付与された剣で、何人もの騎士が、イフリートに斬りかかった。


「ぐっ……なかなかやるではないか」

「皆の者!このまま押し切るぞ!」

 騎士団の大半が、イフリートに再度、突撃した。


「アリス部長!逃げて!」

 私はアリスの元へと走った。イフリートは、グッと全身に力を込めて、両手を天に向けた。半径数十メートルに渡る、大爆発を起こすイフリートの必殺技だ。発動まで、あと数秒しかない。


 もう、限界だ。私は高速移動魔法を使って、イフリートの目の前に移動して、全力でイフリートの顔面を殴った。


「うわあああああ!!!」

 勢いよく吹き飛んで、地面に叩きつけられたイフリートは、直ぐに立ち上がり、こちらを見た。


「人間ごときがよく……も……あれ?」

 イフリートは、私を見て、動揺した。


「フ……フェイ様じゃないですか!」

 イフリートは、驚きの余り、地面に座り込んだ。


「フェイ、知り合い……なの?」

 アリスに疑問を投げかけられたけれど、上手く言い訳を考える事が出来ずに、私は押し黙ってしまった。


「フェイだと?人間如きが、フェイ様を呼び捨てとは、自分の身の程をわきまえるんだな」

 ゴホン……と咳払いをして、イフリートは続ける。


「この方は、元魔王軍四天王が一人、最強にして、最悪の災厄。フェイ・アブスト様である!!!」

 あー、終わった……私は天を仰いで、溜息をいた。


「フェイ……この魔族が言ってる事は、本当なの……」

 アリスが震えた声で聞いてくる。もう隠せない。私は、軽くうなずいた。そして、大きな声で城門の方を見て、言った。


「皆さん、ずっと隠していて、すいませんでした!私は元魔王軍です。魔王軍の仕事に嫌気が差して、王国ギルドに再就職しました。魔王軍で働いていた事は、誰も知りません。勿論、ギルド長もです!この事の責任は、誰にもありません!今まで、お世話になりました!最後に、ご迷惑を掛けた謝罪と言っては何ですが、このバカを吹き飛ばしてきます!」

「え?フェイ様?」

「イフリート……お前の所為せいで、私のセカンドキャリアは台無しだ。覚悟は出来ているんだろうな?」

 オーラを解放して、両手の関節を鳴らした。


「ひっ……ひぇっ」

「次いでに、魔王に伝えろ。今からぶち殺しに行くってな!」

 全力でイフリートの腹に拳を叩きつけた。魔王城の方へと吹き飛んでいくイフリートを確認して、私は城門を背に、ゆっくりと魔王城の方へと歩き始めた。


「待ちなさいよ!フェイ!」

 アリスが私を呼んだ。振り返らずに、私は言った。


「アリス部長……本当に、すいませんでした。魔王軍との関わりを断ちたくて、魔王軍に所属していた事を隠して、就職活動をしてしまったんです。もう会うことはないでしょう。貴方の部下でいられて、幸せでした」


「フェイ!上長命令よ!戻りなさい!」

「辞表は、後で郵送します。では!」


「おっと、そうはいきませんよ〜」

 高速移動魔法で、ギルド長のオーフェンが俺の目の前に立った。


「ギルド長……貴方にも謝らなければ。本当に申し訳なかった」

「何故、謝るのですか?後ろを見なさい、フェイ」


 オーフェンに言われて、渋々後ろを振り返った私の目に飛び込んできたのは、私と関わった冒険者たちが、笑顔で走ってくる光景だった。


「フェイ、貴方は確かに元魔王軍で、私達の敵だった。けれど、過去は過去です」

「しかし、ギルド長……」

「過去は魔王軍。現在は新人ギルド職員。それでいいじゃないですか」

 冒険者たちが、叫びを上げている。その叫びが、徐々に大きくなるのを、私は聞いた。


「フェイさーん!行かないで!」

「フェイさん!戻れよ!」

「フェイ!俺の相談に乗ってる途中だろ!」

 冒険者たちの様々な暖かい声を聞いて、私は泣きながら、きびすを返した。


「戻っても……いいのでしょうか?」

「当たり前です」

「元魔王軍四天王でも?」

「寧ろ大歓迎ですよ。即戦力じゃないですか」








 私は、冒険者ギルドへ戻った。









 ある日、出勤前に、テレビをつけていると、こんなニュースが流れた。



「朝のニュースの時間です。この国には、なんと元魔王軍四天王のギルド職員が居ます。彼のレベルは100を超えるとの事です。凄いですね〜!毎日、多くの冒険者が、彼に相談に来るみたいです。皆さんに、元魔王軍四天王という肩書きを聞いて、怖くないのですか?とインタビューしてみました!では、映像をどうぞ!」


 画面には、何人かの冒険者たちが映っていた。皆が、フェイは頼れる奴だ、と肯定的な意見を言ってくれた。


「この様に、皆さん、歓迎されてるようですね」


 最後に、アリスのインタビューが流れる。


「初めは頼りないロートルが来たなぁ、って思ってたんです。でも、見かけに寄らず、人柄も能力も素晴らしい人材だったんですよ。彼のような部下を持てて幸せです」

「しかし、やはり元魔王軍ということで、スパイではないか?との意見もあるようですね」

「確かに、その可能性はゼロとは言えないかも知れませんね。でも、そもそも彼が本気を出せば、この国ごと滅ぼせるでしょうし、私は心配していません」

「心情的に許せない、との声もありますが?特に、魔王軍に親族を殺された被害者家族などは、反対だと言っているようです」

「勿論、被害者家族の方たちの心情を無視する事は出来ませんよね。けれど、今の彼の仕事が、つぐないになるのではないか?と私は考えています」

「長時間、ありがとうございました。最後に、何かテレビの前の皆さんに伝えたい事はありますか?」

「今でもギルドに、誹謗中傷の手紙が届いたりと、嫌がらせが続いています。彼は、それも私の過去の過ちだと、言っていますが、ハッキリ言わせてください」


 アリスは少しだけ語気を強くして言った。


「元魔王軍四天王ですが、何か?私の仲間を傷つける人は私が許しません。これからも、冒険者ギルドをよろしくお願いします」


 アリスの言葉に、勇気づけられて、私は今日も軽い足取りで冒険者ギルドへ向かう。さあ、今日の相談事は何だろうな。空は雲一つない快晴。妻に見送られて、わたしは玄関のドアを開けた。

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