【拒食症シンデレラ】☆
「シンデレラ体重」って知ってる?最近の女子高生達が理想とする体重の事で、換算して、BMI18以下の体型を指す。私の身長は158cm。体重は35kg。私はシンデレラガール。
その日の昼休み、私を含めた仲のいい友人グループ4人で机をくっ付けて、皆で昼食を食べる事になった。
私は鞄の中から、今、流行りのパンダの癒し系キャラがプリントされた、小さいお弁当箱を取り出した。皆が先にお弁当箱を開けるのを待って、意識して、最後にお弁当箱を開ける。
「いただきまーす」
「わあ!加奈子のお弁当、いつも美味しそうだね!」
「ホントだ!
もっと褒められたくなって、私は自慢げに聞こえない様に、控え目に言った。
「実は自分で作ったの。褒めてくれて、ありがとう。頑張って作った甲斐があったよ」
「ええ!?自分で作ったんだ!凄い!」
友人達からの賞賛の言葉に、私は承認欲求が満たされて、微笑みながら、箸に手を付けた。
「加奈子って、しっかり食べてるのに、滅茶苦茶、細いよね。羨ましいよ」
「だよね、だよね。やっぱり、ダイエットとかしてるの?」
この問い掛けも、私の承認欲求を満たした。別に何もしてないよ、と笑顔で返して、お弁当箱の端っこにあったプチトマトを口に運んだ。今日は良い日だ。午後からは体育。カロリーも消費出来て、最高。
食後、他愛のない雑談が始まった。友人の彼氏との恋愛話や、小テストの話、好きな芸能人やアーティストの話。
キャピキャピと、今時の女子高生を気取って、盛り上がっていると、グループのリーダー格が、急に皆に提案した。
「ねえ、放課後、タピオカミルクティー飲みに行こうよ!」
「いいね!お小遣い入ったところなんだ〜!」
「駅前のカフェ、新商品出たらしいよ!」
グループの皆が乗り気になって、私は
「ごめん!私、今日、お母さんに用事頼まれてて、早目に帰らないといけないんだ!」
両手の手のひらをくっ付けて、平謝りした。付き合いが悪いやつだ、とは思われたくないが、お弁当のカロリーを計算すると、絶対に飲めない。シンデレラの魔法が解けてしまう。
「そっかあ。じゃあ、今週の土曜日にでも、皆で集まって行こうよ」
お断りだ。体重を1gも増やしたくない。
けれど、その提案を断る理由を言う事が出来ず、私は皆と一緒に、土曜日の
同調圧力。本当に悪しき文化。
気分が悪くなって、私は皆に、トイレに行くと告げて、教室を出た。
小走りに廊下を走った。教室からは、少し離れた、殆ど誰も来ない教員用トイレの個室に移動して、便器に顔を近づける。直ぐに喉の奥に、指を突っ込んで、
お弁当は、あんなにも色とりどりに美しかったのに、吐き出した胃の中の内容物は、黄緑一色で、醜くて悪臭を放っていた。
これで、今日も太らない。シンデレラの魔法は解けない。私は、ポケットの中に常備している、ミント風味のシュガーレス清涼菓子を、何粒か箱の中から取り出して、口に含んだ。匂いで勘づかれては、終わりだ。証拠は完全に消さなければ。
自覚はある。私は拒食症なんだろう。
拒食症とは、摂食障害の1つ。拒食症は、食事量が減る、低カロリーのものしか食べないことから体重が極端に減る、痩せて生理が来なくなる、といった症状がある。最悪の場合、死ぬらしい。
だからなんだ?シンデレラになるのに、努力もせず、怠けて、あの頃の灰被りだった私に戻る位なら、死んだ方がマシだ。
切っ掛けは、失恋だった。
中学生の頃、その人の事を思うと、眠れない程に好きだった男の子が居た。
誰にでも、分け隔てなく、優しく接する人だった。クラスの人気者。少し長めに伸ばした、ふんわりした色素の薄い茶色い髪に、綺麗で大きい瞳。女子からの人気は勿論の事、男子からも人気のある、素敵な人だった。本当に、誰にでも、明るく接してくる人だった。
それは、太っていて、地味な私にも同じだった。私が、その頃にハマっていた、マイナーな少女漫画を、休憩時間に読んでいると、櫻井和翔は、目を輝かせて、話し掛けてきた。
「
櫻井和翔は、嬉しそうに、笑顔で言った。
聞けば、3つ年上の姉が、この漫画の作者のファンで、家には、この作者の漫画が全てある、との事だった。櫻井和翔も、姉から勧められて、読んでみた様だ。
「滅茶苦茶、面白いよね!」
「う、うん。櫻井君が、少女漫画を読むなんて、意外だね」
「そう?面白い物は面白いじゃん。別に男が少女漫画読んだらダメって法律も無いしさ」
「それはそうだけど、周りの目とか気にならないの?」
「全く気にならないよ。もしも、俺の友人に、俺が少女漫画を読んでるから、気持ち悪いって言う奴が居るなら、こっちから縁を切りたくなるね」
正直に言うと、私には関わりのないスクールカーストの頂点に居る彼を、
一瞬で好きになった。けれど、この恋は、まるで、昔話の貧しい少年が、ショーケース越しに、トランペットを見続けている様な物だった。手に入る筈もない。昔話なら、お金持ちの老紳士が、買い与えてくれるけれど、現実は、そんな紳士も居ないし、この恋を叶えてくれる魔法使いも居ない。
毎日、数分だけど、雑談をしてくれる彼に、完全にやられていた。
魔法は使えなかったけれど、想いは段々と膨らんでいって、受験を控えた凍えるように寒い日に、私は彼に告白する事にした。
私は彼を呼び出して、自分の想いを伝えた。早朝に降った雪が、太陽の光を反射して、キラキラと、私の両目を刺激していた。唯でさえ、輝いて見える彼の笑顔が、より一層、素敵に見えた。
他にも、告白してきた女の子が沢山居たのだろう。直ぐに雰囲気を察して、彼は、少し切なげな目をして、私に言った。
「梅田さんと俺は釣り合わないよ」
櫻井和翔は、悲しそうな笑顔を私に向けた。あまりの残酷な答えに、私はショックで固まった。櫻井和翔が何かを言いかけていたけれど、涙が出るのを必死で
私が暗い性格だから?私が醜いから?私が太っているから?
釣り合わない、と言う言葉は、私に魔法を掛けた。その日から、極端に食欲が無くなった。
雑誌を読んでも、テレビを見ても、YouTubeを流してても、「痩せたい貴方には、このサプリメント!」とか、「代謝を上げる、お茶!これで、5キロ痩せました!」と言った、沢山の広告が目に付きだした。この世の中は、痩せている事が、『美しい』と言う価値観が、確かに存在している。商売をするのに、こう言った、人の抱えるコンプレックスを刺激するのは、常套手段なんだろう。
失恋の痛手から、受験までの期間、私は同級生の誰とも会わずに、必死になって勉強をした。誰も知り合いの居ない高校に行くなら、偏差値が異常に高いか、低いかの二択。私は、志望校を無理に変えた。うちの中学からは、誰も合格者の居ない高校にした。それ以上に、必死になって、ダイエットをした。
1ヶ月で、15キロ痩せた。元々、太っていたので、この位は想定の範囲内だ。それでも、BMIは、まだまだ平均を超えていた。一日のカロリー設定を厳密に計算して、バランス良く、食事を摂り、運動も欠かさなかった。段々と体重は落ちていったが、人からどう見られるかを、過剰に気にする様になった私は、満足しなかった。遂に、食事を殆ど摂らない様になった。
高校に合格し、誰にも会わないまま、中学を卒業した。高校の入学式の前日まで、ダイエットを続けて、BMIが18を切った日、
高校デビューってやつだ。誰も私を知らない進学校で、私は、華やかな舞踏会に初めて参加した灰被りの様な気持ちだった。それでも、数週間もすれば、友人も出来たし、明らかに私に好意を持っている男子の存在も、チラホラと現れた。
二度と、あの頃には戻らない。
土曜日になった。タピオカミルクティーを飲んで、ショッピングをする為に、皆で駅前に集まった。この日の為に、前日、私は一切、カロリーを摂取しなかった。皆でカフェへ向かいながら、他愛のない話をする。
「あそこのカフェ、お洒落だし、店員さんもイケメン多いよね」
「そうそう!制服もカッコよくない?」
「分かる!」
友人達は、今から摂取する、砂糖と炭水化物の化合物に興奮している様だった。私は憂鬱で、そのカフェが、突然、火事か何かで無くならないかな、と妄想しながら、友人達の会話に合わせて、頷いたり、微笑んだりしていた。
店に着いた。モスグリーンを基調とした、オープンテラスのある、落ち着いた雰囲気のカフェだった。友人達は、テンション高く、勢い良く、ドアを開けた。備え付けられてる鈴が、心地よい音色を鳴らして、中に居た店員達が振り返った。
「いらっしゃいませ!」
私は、背筋が凍った。
そこに居たのは、シックな制服に身を包んだ櫻井和翔だった。
「何名様ですか?」
「四名です!」
「オープンテラスも、店内のお席も、空いております。どちらになさいますか?」
私は、彼に気付かれない様に、集団の最後尾に立ち、無言を貫き通した。
「どっちにする?」
「天気も良いし、折角だから、オープンテラスにしようよ」
助かる。店内に居たら、気付かれてしまうかも知れない。今度は逆に、集団の最前列で、足早にオープンテラスへ向かった。
メニューを見ながら、これが美味しそう、こっちも美味しそう、と下らない会議を始めた友人達を尻目に、私は、タピオカミルクティーというカテゴリーの中で、最もカロリーの低い物は何か、選別した。
「ご注文、伺わせて頂いても、宜しいですか?」
櫻井和翔が、ペンを片手にやって来た。
「私はコレにする!皆は?」
私はコレ、私はコレ、と次々と注文する。私も、覚悟を決めて、注文した。櫻井和翔は、微笑みながら、私達の注文をメモしていった。昔と変わらない、素敵な笑顔。
「少々、お待ちください」
ペコり、と頭を下げて、櫻井和翔は店内へと戻って行った。気付かれていない。そりゃあそうだ。あの頃の私とは、別人。私はシンデレラ。
「ねえ、今の店員さん、滅茶苦茶カッコよくない?」
「だよね!モデルみたいにスタイルも良いし!」
「私、連絡先、聞いてみようかな!」
友人達が、櫻井和翔を褒めているのを聞いて、私はスマホを操作する振りをして、動揺を隠した。
数分して、注文したタピオカミルクティーが運ばれてきた。見てるだけで、吐き気がする。
皆には、私の心の声が聞こえない様に、笑いながら、膨大なカロリーを摂取した。全てを飲み終える頃になって、私は胸焼けに耐えきれずに、立ち上がって、言った。
「ちょっと、トイレに行ってくるね」
私は、
全てを吐ききった。匂い消しに、ミント風味のシュガーレス清涼菓子を口に含んで、一気に噛み砕く。手を丁寧に洗って、何事も無かった様に、トイレを出た。
ドアを開けた所に、
「梅田さん、久しぶりだね」
今でも夢に出てくる、少し高めのハスキーボイスを聞いて、私はフリーズした。
「……久しぶり」
「本当に久しぶりだね。梅田さん、卒業式にも出なかったから、会いたかったんだよ」
「私は会いたくなかった」
言い捨てて、私は、その場を去ろうとした。すると、急に後ろから片手を掴まれて、櫻井和翔は言った。
「18時にバイト終わるんだ。店の前で待ってて」
「嫌」
「来るまで、待ってるから」
私は、友人達の所に戻って、盛り上がっている皆のテンションに合わせて、会話に参加した。
会計を済ませて、店を出て、ショッピングに向かった。実際に購入する気は、殆どない。これ可愛いね、これ似合いそう、と言った会話が楽しいのだ。
「加奈子、なんか顔色悪くない?」
「え?そうかな?」
「大丈夫?体調悪い?」
「そんな事ないよ」
友人からの質問に、少し動揺した。
ショッピングを終えて、皆で駅に向かった。四人とも、帰る方向が同じなので、同じ車両に乗る。腕時計をチラリと見ると、18時を過ぎた所だった。
「今日、楽しかったね!」
「また来ようよ」
「だね!あ、電車、三分後に来るよ!急ごう!」
友人達は、改札に向かって、早足で向かった。
「ごめん!皆、先に行ってて!私、カフェに忘れ物したかも!」
「え?一緒に行くよ?」
「大丈夫!また月曜日!」
「分かった!またLINEして!」
私は、駅前のカフェへ向かった。
綺麗になった私を見せつけてやる!見返してやる!
私は櫻井和翔の働いているカフェへ向かった。
カフェの前には、私服に着替えた櫻井和翔が居た。私を見つけて、あの頃と変わらない笑顔で、大きく手を振る。
私は、ゆっくりと歩を進めた。
「来てくれて嬉しい」
「本当は、来ないつもりだったけど、櫻井君とは、ちょっとした
「そうだね」
「あの時、釣り合わないって言ったの、今は感謝してる。お陰でシンデレラになれたわ」
「その事なんだけどさ……」
櫻井和翔は、言いにくそうに続けた。
「梅田さん、勘違いしてるよ」
「どういう事?」
「梅田さんに、俺みたいなのは、勿体無い、って意味だったんだけど」
「嘘ね。痩せて綺麗になった私を見て、惜しくなったんでしょ?」
「あはははは」
櫻井和翔は、乾いた笑い声を上げた。
「昔の梅田さんが、俺は本当に好きだった。その誤解だけ、解きたかったんだ。来てくれて、ありがとう」
櫻井和翔は、それだけ言い捨てると、じゃあ、と手を振って、駅の方を向いた。
ひょっとして、この男は、
そのまま、私の意識は途絶えた。
目を覚ますと、真っ白な天井が見えた。ピッ、ピッ、と一定のリズムを取る、よく分からない機械と、右腕に刺さった点滴を見て、漸く私は状況を把握した。栄養失調だろう。なら、ここは病院か。
数分して、看護師が部屋に入ってきた。意識が戻っている私を見て、直ぐにドクターと私の母親を連れて、部屋に戻ってきた。
「加奈子、大丈夫?」
母親の心配そうな声を聞いて、私は罪悪感で、泣いてしまった。恐らく、ドクターから、私の状態は説明されている。ずっと隠してきた、心の奥にある病を知られて、私は、どうして良いか、分からなかった。
「加奈子、無理しなくて良いからね。お母さん、一度、家に帰って、寝巻きとか下着とか、取ってくるから。今日は、そのまま、病院に泊まるからね。何か必要な物とかある?」
「大丈夫。心配掛けて、ごめんね」
「良いのよ。眠たかったら、寝てて良いからね」
ドクターと目を合わせて、母親は病室を出た。
「さて……自覚はあると思いますが、貴方は『拒食症』です。今回、倒れたのは、栄養失調です。最後に食事をしたのは、いつですか?」
「覚えていません。多分、2日前です」
「拒食症は、心の病です。無理に治そうと、無茶をしても治りません。ゆっくりと、心理療法を中心に、治療していきましょう」
優しい声で、ドクターは言った。そのまま会釈して、部屋を出ていった。
暫くして、コンコン、とノックの音がした。私は、か細い声で、はい、とドアに向かって声を出した。母親だろうか。
ドアを開けて、入ってきたのは、櫻井和翔だった。
「櫻井君が救急車、呼んでくれたの?」
私は、意識して、出来る限り、感情を出さずに言った。
「そうだよ」
「ありがとう」
「なあ……一つ確認したいんだけど」
「何?」
櫻井和翔は、少しの時間、言葉に詰まった。深呼吸をして、ゆっくりと覚悟を決めた表情で言った。
「梅田さんが、こんな風になったのって、俺の
「違う……違うよ」
「じゃあ、なんでだよ?」
「それは……」
「あの時の事、今でも後悔してる。梅田さんは、自分の事を『シンデレラになれた』って言ってたけど、俺にとってのシンデレラは、口数は少ないけど、優しくて、いつもニコニコしてて、俺にだけ見せてくれる笑顔が、最高に輝いてる女の子だった。もし、梅田さんも後悔してるなら……」
さっきよりも、強い意志を目に宿して、櫻井和翔は私に告げた。
「もう一度、俺のシンデレラになってくれないか?」
「責任を感じてるんでしょう?同情なんて、御免だわ」
「確かに責任は感じてる。でも、これは同情じゃない。俺が梅田さんに対して抱いてる感情は、恋だよ。シンデレラは、最後は王子様と幸せに暮らすんだろ?」
私は、泣きながら、首を縦に振った。言葉が出てこない。
「そっか。これから、宜しく」
櫻井和翔は照れて、目線を逸らしながら、ガッツポーズをした。
「ところで、聞きたいことがあるの」
「何?」
「櫻井君って、私の何処に惚れたの?」
「あの頃、梅田さんって昼休みになるとさ……」
「うん」
「凄く美味しそうに、ご飯を食べてたんだ。それを見てて、凄い可愛いなって思って」
「また惚れさせてみせるわ」
明日の朝ごはん、オカワリしようかな。
私の冗談に、櫻井和翔は大笑いした。
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