【ホストクラブドラキュラへようこそ】❤︎
しきたりのように、彼らに会いに行く夜は、女達は唇を
「ホストクラブドラキュラへようこそ!」
重い鉄の扉を開けると、何人ものホスト達が一斉に叫んだ。ここはホストクラブドラキュラ。吸血鬼達が、キャストとして働く人気のホストクラブだ。魔王が倒されて、行く場所を失い、太陽の登る時間は行動出来ない彼らが始めたのは、夜のビジネス。
お金で恋を買う場所。
「姫!来てくださったんですね」
ホストは客のことを「姫」と呼ぶ。私はここの常連だ。魔王との戦いで、身体中が傷だらけになり、普通の男達に相手にされなくなった私にとって、ここは天国だった。
「今日、すごく会いたかったんだよ」
私のコンプレックスの額の傷に、軽く口付けをして、私が指名しているホストのカナタが、手を引いて部屋まで案内してくれた。
私は勇者だった。
魔王を倒すまで、
幼なじみの不良王妃に誘われて、気晴らしに訪れたホストクラブドラキュラで、私はカナタに恋をした。王様には後でバレて、二人してこっぴどく
「今日は何を飲む?」
「カナタは何を飲みたいの?」
高いお酒だろうと、なんだろうと頼んでやる!と意気込んで、私は質問を質問で返した。
「じゃあ、僕はA型の輸血ドリンクが飲みたい!」
そんなに高くない血液を
「姫は何を飲む?まずはシャンパンにする?」
「そうだね。そうしようか」
乾杯。今夜もいい夢を見させて。
「それでね、夏の思い出といえば、僕らの王が太陽の光を塞いだ日のことが、一番印象に残ってるんだけど」
カナタは今日も無邪気に、色々な話をしてくれる。でも、その「僕らの王」を倒したのって、私なんだよなあ。と思いながら、
「カナタさん、三番部屋、お願いします」
「姫、少し失礼します」
他の客から呼ばれたみたいで、カナタは手を合わせてごめんね、というジェスチャーしながら席を立った。ホストクラブドラキュラは、他の客とのトラブルを防ぐのと、身分を隠したい客がいることから、部屋を区切って接客するスタイルだった。
カナタは人気はあるが、売り上げは、それほど高くないようだった。
「ただいま」
客の見送りを終えて、カナタが帰ってきた。私はおかえり、と微笑んで酒のおかわりを注文する。せめて私が酒を飲めば、安い酒でも、彼の売り上げに貢献できるだろう。
夏の終わり、カナタの誕生日イベントが開かれることになった。何が欲しいか、と聞くと珍しくカナタはルビーの腕輪が欲しい、と言ってきた。今、王都で流行りの有名な細工職人の作る、少し高級な腕輪。初めての
当日、カナタの客が、何人も訪れた。忙しいので、一人一人にあまり時間を割けないようだった。ごめんね、ごめんね、と言っては別の部屋へ接客しに行くカナタに、嫉妬を覚えた。悔しくなって、カナタに内緒で、高級な酒をスタッフに注文する。そうすれば、カナタがやって来て、しばらく接客してくれるので、私は優越感を覚えながら、誰にも負けないぞ、と財布の紐を緩くした。
「はい。欲しがってたやつ」
「わ!本当にくれるの?ありがとう」
ルビーの腕輪を渡すと、ぱっと花が咲いたように笑顔になるカナタを見て、世界を救って良かったな。と思った。私が魔王を倒していなければ、この出会いはなかった。もう少し魔王を倒すのが遅かったら、カナタと刃を交えていたかも知れない。
「今日はアフターに行こうよ」
店が終わった後にする逢い引きのこと。私は幸せ過ぎて、頭がおかしくなりそうだった。
「近くにあるバーが気になってるんだ」
店が終わると、私はそそくさとバーの前でカナタを待った。
十分ほどして、カナタと合流して、バーで二人で飲んだ。店では見せない顔が見れて、ただただ楽しかった。
「ごめん。本当はもう少し居たいんだけど、朝日が昇るから」
そうだ。彼はドラキュラだった。残念だったが、お別れをして私は城に戻った。
次の日、カナタが休みだと聞いていたので、私は街をブラブラと散策していた。
ふと、質屋の前を通ると、カナタが店から出てきた。思わず声を掛けそうになったが、カナタが足早に去って行くので、私は挙げた手を引っ込めた。何をしてたんだろう。何か欲しいものでもあったのだろうか。私は気になって店に入った。刹那、店のカウンターにある、ルビーの腕輪が私の目に飛び込んできた。
「それ.......」
「いらっしゃい。お客さんお目が高いね。これは最近、王都で流行ってるアクセサリーで、ついさっき質入れされたところだよ」
私は、悲しみで、足元がフワフワするのを感じながら、店を出た。私からのプレゼントを質に入れた?何故?金が欲しいのなら、そう言えば良かったのに。あの時の笑顔は、嘘だったのか。どこまでいってもホストと客ということか。それから、私は店に行けなくなった。
数週間、引きこもっていると、不良王妃が心配して、私の部屋に来た。
「なにしてるのよ!急に引きこもっちゃって!何かあったなら私に言いなさいよ」
私は、事のあらましを話した。
「は?なにそれ?まじ許すまじ!今から店に行くわよ!」
「どんな顔して会えばいいんだ!カナタにとって、私はただの金ヅルだったんだぞ!こんなことになるなら、あの日、お前に誘われて、ホストクラブになど行かなければ良かった!」
「あなた勇者でしょ!しっかりしなさい!」
「魔王より怖いんだ」
王妃は、やれやれと言った表情で、私の隣に座った。
「ねえ、それでも、このまま会えなくなってもいいの?どっちにせよ、自分の気持ちに、けりをつけないと」
「会えなくなるのは嫌だ」
私は湯に浸かり、身支度を整えた。
しきたりのように、彼らに会いに行く夜は、女達は唇を
店に着いた。
「姫!どうして会いに来てくれなかったの」
カナタが悲しそうな顔で、私の元へやってきた。辛くて何も言えない私の手を取って、カナタは私を部屋に案内した。
「あのさ、私がプレゼントしたルビーの腕輪さ...…」
本題に入るのは、早い方が良い。傷が深くなる前に、こちらから切り込もう。
「凄く気に入ってるよ!今も付けてるよ」
ジャケットを脱いだカナタの、白く細い腕にルビーの腕輪が
「なんでそこにあるの?」
「なんでって、姫から貰ったからだよ」
「ちゃんと見せて!」
私は、強引にカナタの腕から、ルビーの腕輪を外し、内側を確認した。オーダーメイドで付けた魔石が、埋め込まれていた。
「どういうこと?」
「ひょっとして、姫、僕が質屋に行ったこと知ってるの?」
ぶんぶんと首を縦に振って、カナタの次の言葉を待った。
「実はね」
カナタが白状した話は、こうだ。どうしてもお金が必要になったカナタは、客に少しだけ高い酒を
「私からの腕輪だけを残したのか」
「姫から貰ったのだけは売れなくて」
どうして、そこまでして金が必要だったのだろう。
「これ、姫に」
カナタは、青いガラスの小瓶を取り出した。
吸血鬼の先輩ホストが、バザーの賭博場で大当たりを引き、レアな古代文明のアイテムを手に入れたらしい。どんな傷も、たちどころに治す治療薬だった。けれど、不死の力を持つドラキュラにとって、それは意味のない液体だった。カナタは、どうしてもそれが欲しいと言って、先輩に譲って欲しいと頼んだところ、かなりの大金を吹っかけられたそうだ。それでもなんとかしてみせますから、と言って、カナタは期日までに金を用意した。
「少ししかないから、額の傷しか治せないと思う」
カナタからのプレゼントに、私は、震える程の歓喜の気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
「どうしてそこまでしてくれるの」
「あなたが世界を救ってくれたから」
カナタは、こちらを見つめて続ける。
「平和な世界を僕達も望んでいたんだよ。ありがとう、勇者様」
バレていたのか。私はもう何も言えなくなっていた。
「愛してるなんて、ホストが言ったら、嘘にしか聞こえないと思うんだけど」
両手を握ってきたカナタが、次に言うセリフを想像しながら、私は目を閉じた。
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