【ホストクラブドラキュラへようこそ】‪‪❤︎‬


 しきたりのように、彼らに会いに行く夜は、女達は唇をあかく染める。


「ホストクラブドラキュラへようこそ!」


 重い鉄の扉を開けると、何人ものホスト達が一斉に叫んだ。ここはホストクラブドラキュラ。吸血鬼達が、キャストとして働く人気のホストクラブだ。魔王が倒されて、行く場所を失い、太陽の登る時間は行動出来ない彼らが始めたのは、夜のビジネス。


 お金で恋を買う場所。


「姫!来てくださったんですね」


 ホストは客のことを「姫」と呼ぶ。私はここの常連だ。魔王との戦いで、身体中が傷だらけになり、普通の男達に相手にされなくなった私にとって、ここは天国だった。


「今日、すごく会いたかったんだよ」


 私のコンプレックスの額の傷に、軽く口付けをして、私が指名しているホストのカナタが、手を引いて部屋まで案内してくれた。


 私は勇者だった。


 魔王を倒すまで、幾多いくたの困難を乗り越え、様々な傷をこの身に刻み、何人もの仲間を失っても諦めなかった。そんな私は、魔王を倒した後の平和な世界で、生きる意味を失ってしまった。この両手は剣を握ることしか出来ないのに。


 幼なじみの不良王妃に誘われて、気晴らしに訪れたホストクラブドラキュラで、私はカナタに恋をした。王様には後でバレて、二人してこっぴどく叱責しっせきされたが、その後でも懲りずに私は通っている。幸運なことに、世界を救った功績で、私は莫大な富を得たので、ホストクラブ通いをしても懐は痛まない。


「今日は何を飲む?」

「カナタは何を飲みたいの?」


 高いお酒だろうと、なんだろうと頼んでやる!と意気込んで、私は質問を質問で返した。


「じゃあ、僕はA型の輸血ドリンクが飲みたい!」


 そんなに高くない血液を強請ねだられて、私は軽くうなずいた。


「姫は何を飲む?まずはシャンパンにする?」

「そうだね。そうしようか」


 乾杯。今夜もいい夢を見させて。





「それでね、夏の思い出といえば、僕らの王が太陽の光を塞いだ日のことが、一番印象に残ってるんだけど」


 カナタは今日も無邪気に、色々な話をしてくれる。でも、その「僕らの王」を倒したのって、私なんだよなあ。と思いながら、相槌あいづちを打つ。ホストクラブでは、年齢や職業を聞くのはご法度はっとなので、カナタは私がいくつなのか、何をしているのかを知らない。勇者だとバレたら、嫌われてしまうのだろうか。


「カナタさん、三番部屋、お願いします」

「姫、少し失礼します」


 他の客から呼ばれたみたいで、カナタは手を合わせてごめんね、というジェスチャーしながら席を立った。ホストクラブドラキュラは、他の客とのトラブルを防ぐのと、身分を隠したい客がいることから、部屋を区切って接客するスタイルだった。


 カナタは人気はあるが、売り上げは、それほど高くないようだった。所謂いわゆる、肉食系のガツガツした吸血鬼が、ナンバー入りしているのを見ると、この店のニーズには合っていないように思える。カナタのような大人しいキャラだと、客に高い酒を強請ねだれないのだろう。私だって本当は高い酒を入れて、カナタの気を引きたいし、カナタの給料が上がって欲しいと思っている。なのに、カナタに高い酒を頼むと、無理しないでと、やんわりと断られた。


「ただいま」

 客の見送りを終えて、カナタが帰ってきた。私はおかえり、と微笑んで酒のおかわりを注文する。せめて私が酒を飲めば、安い酒でも、彼の売り上げに貢献できるだろう。





 夏の終わり、カナタの誕生日イベントが開かれることになった。何が欲しいか、と聞くと珍しくカナタはルビーの腕輪が欲しい、と言ってきた。今、王都で流行りの有名な細工職人の作る、少し高級な腕輪。初めての我儘わがままに、私は嬉しくなって、直ぐにルビーの腕輪を注文した。オーダーメイドで、腕輪の内側に魔石を埋め込んだ。


 当日、カナタの客が、何人も訪れた。忙しいので、一人一人にあまり時間を割けないようだった。ごめんね、ごめんね、と言っては別の部屋へ接客しに行くカナタに、嫉妬を覚えた。悔しくなって、カナタに内緒で、高級な酒をスタッフに注文する。そうすれば、カナタがやって来て、しばらく接客してくれるので、私は優越感を覚えながら、誰にも負けないぞ、と財布の紐を緩くした。


「はい。欲しがってたやつ」

「わ!本当にくれるの?ありがとう」


 ルビーの腕輪を渡すと、ぱっと花が咲いたように笑顔になるカナタを見て、世界を救って良かったな。と思った。私が魔王を倒していなければ、この出会いはなかった。もう少し魔王を倒すのが遅かったら、カナタと刃を交えていたかも知れない。


「今日はアフターに行こうよ」

 店が終わった後にする逢い引きのこと。私は幸せ過ぎて、頭がおかしくなりそうだった。


「近くにあるバーが気になってるんだ」

 店が終わると、私はそそくさとバーの前でカナタを待った。


 十分ほどして、カナタと合流して、バーで二人で飲んだ。店では見せない顔が見れて、ただただ楽しかった。


「ごめん。本当はもう少し居たいんだけど、朝日が昇るから」


 そうだ。彼はドラキュラだった。残念だったが、お別れをして私は城に戻った。




 次の日、カナタが休みだと聞いていたので、私は街をブラブラと散策していた。


 ふと、質屋の前を通ると、カナタが店から出てきた。思わず声を掛けそうになったが、カナタが足早に去って行くので、私は挙げた手を引っ込めた。何をしてたんだろう。何か欲しいものでもあったのだろうか。私は気になって店に入った。刹那、店のカウンターにある、ルビーの腕輪が私の目に飛び込んできた。


「それ.......」

「いらっしゃい。お客さんお目が高いね。これは最近、王都で流行ってるアクセサリーで、ついさっき質入れされたところだよ」


 私は、悲しみで、足元がフワフワするのを感じながら、店を出た。私からのプレゼントを質に入れた?何故?金が欲しいのなら、そう言えば良かったのに。あの時の笑顔は、嘘だったのか。どこまでいってもホストと客ということか。それから、私は店に行けなくなった。


 数週間、引きこもっていると、不良王妃が心配して、私の部屋に来た。


「なにしてるのよ!急に引きこもっちゃって!何かあったなら私に言いなさいよ」


 私は、事のあらましを話した。


「は?なにそれ?まじ許すまじ!今から店に行くわよ!」

「どんな顔して会えばいいんだ!カナタにとって、私はただの金ヅルだったんだぞ!こんなことになるなら、あの日、お前に誘われて、ホストクラブになど行かなければ良かった!」


 嗚咽おえつ混じりに叫びながら、私は枕に顔を埋めた。嫌だ嫌だと足をばたつかせ、慟哭どうこくした。


「あなた勇者でしょ!しっかりしなさい!」

「魔王より怖いんだ」


 王妃は、やれやれと言った表情で、私の隣に座った。


「ねえ、それでも、このまま会えなくなってもいいの?どっちにせよ、自分の気持ちに、けりをつけないと」

「会えなくなるのは嫌だ」


 私は湯に浸かり、身支度を整えた。


 しきたりのように、彼らに会いに行く夜は、女達は唇をあかく染める。





 店に着いた。


「姫!どうして会いに来てくれなかったの」

 カナタが悲しそうな顔で、私の元へやってきた。辛くて何も言えない私の手を取って、カナタは私を部屋に案内した。


「あのさ、私がプレゼントしたルビーの腕輪さ...…」


 本題に入るのは、早い方が良い。傷が深くなる前に、こちらから切り込もう。


「凄く気に入ってるよ!今も付けてるよ」


 ジャケットを脱いだカナタの、白く細い腕にルビーの腕輪がはまっているのを見て、私は吃驚びっくりした。


「なんでそこにあるの?」

「なんでって、姫から貰ったからだよ」

「ちゃんと見せて!」


 私は、強引にカナタの腕から、ルビーの腕輪を外し、内側を確認した。オーダーメイドで付けた魔石が、埋め込まれていた。


「どういうこと?」

「ひょっとして、姫、僕が質屋に行ったこと知ってるの?」


 ぶんぶんと首を縦に振って、カナタの次の言葉を待った。


「実はね」


 カナタが白状した話は、こうだ。どうしてもお金が必要になったカナタは、客に少しだけ高い酒を強請ねだるようにしたが、それでも目標金額に届かなかった。そこで、カナタは頭を使い、計画を練った。もうすぐ自分の誕生日イベントが開かれる。店に来る、それほど多くはない指名客全員に、ルビーの腕輪が欲しいと強請ねだった。客達は皆が快く、カナタの願いを聞いた。十数個の腕輪を手に入れたカナタは、一つを残し、他の全ての腕輪を足がつかないように、色々な店で質に入れた。ルビーの腕輪は一つだけ残した。これさえ付けていれば、誰も腕輪を売ったことに気付かない。カナタは、目標の金額を手に入れた。


「私からの腕輪だけを残したのか」

「姫から貰ったのだけは売れなくて」


 どうして、そこまでして金が必要だったのだろう。


「これ、姫に」


 カナタは、青いガラスの小瓶を取り出した。


 吸血鬼の先輩ホストが、バザーの賭博場で大当たりを引き、レアな古代文明のアイテムを手に入れたらしい。どんな傷も、たちどころに治す治療薬だった。けれど、不死の力を持つドラキュラにとって、それは意味のない液体だった。カナタは、どうしてもそれが欲しいと言って、先輩に譲って欲しいと頼んだところ、かなりの大金を吹っかけられたそうだ。それでもなんとかしてみせますから、と言って、カナタは期日までに金を用意した。


「少ししかないから、額の傷しか治せないと思う」


 カナタからのプレゼントに、私は、震える程の歓喜の気持ちが湧き上がってくるのを感じた。


「どうしてそこまでしてくれるの」

「あなたが世界を救ってくれたから」


 カナタは、こちらを見つめて続ける。


「平和な世界を僕達も望んでいたんだよ。ありがとう、勇者様」


 バレていたのか。私はもう何も言えなくなっていた。


「愛してるなんて、ホストが言ったら、嘘にしか聞こえないと思うんだけど」


 両手を握ってきたカナタが、次に言うセリフを想像しながら、私は目を閉じた。

















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