【ショートケーキとチーズケーキ】
今日も、あの人はやって来るのだろうか?
毎週金曜日の夕方、私が勤める「ケーキハウス・ショコラ」に、一人の
しかし、
別に顔が良い訳でもなければ、お金を持っていそうでもない。ここまで気になるようになったのは、
老若男女問わず、兎に角優しい。
雨降りの日に、お客さんが来店するのを見ると、そっと扉をあけてあげたり、子供連れの母親がケーキを選んでいる最中、子供に向かって変顔をして喜ばせてみたり。他にも、老人が重たい荷物を運んでいるのを見て、手伝ってあげたりするのを街中で見掛けた事もある。
いつも話し掛けようと思うのだが、話題もなければ人見知りな性格が邪魔をして、彼との距離を縮める事が出来ない。
夕方になって、客の入りも減ってきた。そろそろ来るかな?と思って、ぼーっとガラスの扉を見つめていると、いつものように草臥れたスーツに身を包んで、そのスーツより草臥れた雰囲気を
扉を開けて、ショーケースをチラリ、と見る。ショートケーキとチーズケーキが残っているのを確認して、彼はゆっくりとカウンターへ歩を進めた。
「ショートケーキとチーズケーキを1ずつ下さい」
「はい。いつもありがとうございます」
毎回同じ
ふと、ポイントカードにスタンプを押すタイミングで、ポイントが満タンになっている事に気付く。
「あの……ポイントが溜まっているので、500円以下の商品をお一つ無料でプレゼントさせて頂きたいのですが……」
「そうなんですね……どうしようかな」
チャンスだ!と思って、私は話し掛ける事にした。
「いつもとは違う商品を試してみませんか?ウチ、チョコレートが有名なので、よろしければチョコレートケーキなど
「チョコレートケーキか。そうですね。じゃあ、それにします」
「ありがとうございます!」
私は嬉しくなって、さっき商品を入れた箱を開けて、チョコレートケーキを詰めた。
ぺこり、と頭を下げて彼が店を後にする。その背中を目で追いながら、話題が出来たな、と思って私は破顔した。
それから、少しずつ会話をする様になった。
「あの……チョコレートケーキの味、如何でしたか?」
「とても美味しかったです」
「良かった……私、ここのチョコレートのファンで、ここで働く事になったんですよ」
「へえ……バイト募集か何かに応募したんですか?」
「いえ。店長に直談判しました」
ふふふ、と笑って私は続ける。
「私、割と人見知りな方なんですけど、これだ!と思ったら周りが見えなくなる
「ここのチョコレートを愛してるんですね」
「はい!」
彼は微笑みながら、ショーケースを確認して私に言った。
「じゃあ、ショートケーキとチーズケーキ……あと、前に買ったチョコレートケーキを頂けますか?」
「ありがとうございます」
それから毎週金曜日、彼と話す事を楽しみに、私は仕事に
しかし、ある日から彼は何故かチーズケーキだけを買うようになった。気になって理由を聞いても、まあ色々あって……としか言わない。私も、そんな風に言われてしまうと壁を作られた様で、何も聞く事が出来なかった。
それが、数週間続いた。
小雨の降る、とある水曜日、彼が店にやって来た。水曜日なのに?と思いながら、こんばんは、と挨拶をする。彼はいつもの草臥れたスーツではなく、真っ黒でピシっとしたスーツに黒いネクタイをしていた。
喪服。
気になって、私は彼に尋ねた。
「誰かのお葬式帰りですか?」
「……ええ。実は母を亡くしまして」
思わぬ言葉に私は立ち尽くした。
「母は、重病で、そんなに長くないと言われてました。自宅療養中の母は、ショートケーキが大好きだったんです。だから、仕事の早く終わる金曜日に、ここでショートケーキを買っていました。実は僕は甘い物がそんなに好きではないんですけど、母と一緒に食べるチーズケーキは特別な味がしましたよ」
私は彼の言葉を聞きながら、思わず泣いてしまった。
「泣かないでください、店員さん。母が病室に入って、延命治療を受けてる時も、チーズケーキを食べながら、母のベッドの横で色々な話をしました。ここのケーキに、沢山助けて貰いました」
彼は笑って続けた。
「今日は母にショートケーキのお供え物をしようと思って。いつもの様に、ショートケーキとチーズケーキを頂けますか?」
「はい」
私は涙を拭いて、ケーキを箱に詰めて袋に入れた。
「あの……ひょっとして、これっきりですか?」
「ははは。大丈夫ですよ。なんだかんだ言って、ここのケーキのファンになりました。毎週金曜日、いつもの様に買いに来ます」
「待ってますね」
私は祈る様に彼に言った。
それからも、彼は毎週金曜日、いつもの時間に来店してはチーズケーキを買ってくれた。その5分ほどの
その日も彼が店にやってきて、いつものようにチラリ、とショーケースを確認する。そこにチーズケーキがないのを見て、残念そうにしていた。
「すいません……先ほど、チーズケーキが売り切れてしまいまして……」
「仕方ないですよ。ここのチーズケーキ、凄く美味しいですから」
彼は、どうしようかな?と首を
「何か他におすすめのケーキってありますか?」
ここしかないな、と思いながら私は返答した。
「新作のガトーショコラがおすすめですよ。ちなみに……」
「はい?」
「ちなみに私もおすすめですよ。今度、お茶でもしませんか?」
私の突然の誘いに彼は笑って答えた。
「最近、甘い物が好きになってきたところなんです。では、来週の土日にでもお茶しましょう」
私は嬉しくて、思わずその場で飛び上がった。
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