【詐欺師検定】

 資格マニアの俺は、ありとあらゆる資格を取る事に夢中だった。


 きっかけは、同じ会社に勤める、仕事が全く出来ない同僚が、資格を取ったってだけで給料が上がった事を知ったからだ。


 こんな理不尽な事が、あってまるか。


 同じ資格を取るため、猛勉強を重ねて、ソイツと同じ資格を取った。給料が上がると、何だか達成感が込み上げてきて、他の資格も取りたいな、と考え始めた。初めは給料の上がる資格や、身近で役に立つ資格を取っていたのだが、途中から難易度の高い資格や珍しい資格を取る事に夢中になっていった。怠惰に過ごしてきた時間が濃密になるのを感じる。元々、凝り性なので毎日が楽しい。


 行政書士、弁理士、通訳案内士、と言った難易度が高くて仕事にもなる資格から、薬膳漢方検定という珍しい資格まで。この世界には千を超える資格がある。最も難易度が高いとされているのが「不動産鑑定士」。合格率は、なんと4%を下回る。俺は、ありとあらゆる高難度の資格を取り、その資格で仕事をする様になった。基本的に、資格試験に落ちた事はない。ちなみに不動産鑑定士の資格も持っている。


 その日も、何か新しい資格でも取るか、と資格掲載サイトを覗いた。


 そこに「詐欺師検定」の文字を見つけた。


 内容を確認すると、詐欺師検定は国家資格で、合格者はスパイなどの諜報活動を行う事が出来るようになる、とあった。これは面白そうだな、と思って俺は資格試験に申し込んだ。ところが、資格試験の為のテキストなどはなく、各自各々、詐欺について学ぶように、と記載されていた。


 どういう事だ?


 兎に角、受けてみない事には分からない。俺は数週間後に迫る、秋試験に向けて詐欺師の勉強を始めた。会話術や変装のやり方など、自分で考えて学べる事は全て学んだ。


 迎えた試験当日。


 出された問題は、とても難解だった。暗号の解読、外国語での交渉の仕方、人を惹きつける様な雑学。資格マニアの俺はそのどれもを何とか解く事が出来た。試験を終えて、帰宅して人心地つく。結果はどうなるか分からないが、この資格は絶対に取ろうと強く心に誓った。筆記試験に合格したら、実地試験、面接がある。それにクリアして、初めて詐欺師検定の資格を手に入れる事が出来る様だ。


 数日後に送られてきた手紙に「不合格」の文字が刻まれていた。


 くそっ!どこでミスをした?問題用紙も解答用紙も返却しなければならなかったので、自己採点は出来ない。俺は春試験に向けて、猛勉強を始めた。


 資格マニアサイトで、合格者のブログを見つけた。ブログ記事は、とても為になる物だった。彼は某国のスパイをしており、今回の試験は実際のスパイ活動を行う上で、とても大事な知識を得る事が出来るだろう、と書いてあった。


 詐欺師検定のオフィシャルサイトを覗くと、今年の合格率は0.9%とあった。あの不動産鑑定士の合格率より、遥かに難しい。この資格を取れたなら、俺の資格マニア人生、最高の快挙になるかも知れないぞ。


 俺は様々な詐欺の事を調べ始めた。最近、流行った詐欺で有名なのは「幸運の売人」と言う物の様だ。貴方に幸運を授けます、と言って金を稼ぐ。もしも不幸が訪れても、ここで幸運を買わなければ、もっと不幸になっていたでしょう、と言って人を騙す様だ。詐欺の手口は年々、進化している。こんな面白くて斬新な詐欺もあるのだな、と感心させられた。




 春になった。




 俺は試験当日、緊張で眠れずに、睡眠不足の頭をカフェインで強制的に覚醒させて、試験に臨んだ。秋試験と傾向は似ていたので、さらさらと問題を解く事が出来た。今回は合格したはずだ。確信めいたものを感じた。


 数日後、送られてきた手紙に「合格」の文字が刻まれてるのを見て、部屋で一人でガッツポーズをした。次は実地試験だ。一体、どんな試験なのだろうか。


 試験の集合場所に行くと、数人の男女が試験官の到着を、今か今かと待っていた。数分後、スーツを着た試験官が入室してきて、開口一番、低く冷たい声で言った。


「オレオレ詐欺、結婚詐欺、マルチ商法、転売。なんでも構わない。詐欺で一か月以内に総額五百万を稼ぐ事。以上だ」


 五百万!?俺は、その額に驚愕して立ち尽くしたが、部屋に居た数人の男女は、直ぐに部屋を出て、各々が電話を掛けたり、パソコンをいじり始めた。


 オレオレ詐欺には、人数が必要だ。結婚詐欺には時間が、マルチ商法には人脈が。考えた末に、俺は転売で儲ける事にした。流行りのゲームソフト、漫画、腕時計、ありとあらゆる物を転売したが、五百万には遠く及ばず、諦めかけていたその時、あるプランが浮かんだ。俺は転売スキル教えます、というサイトを作って、転売のスキルを売る事にしたのだ。これが大ヒット。毎日の様に相談メールや、個別面談の予約が入ってきた。こんな詐欺に引っかかってるようじゃ、転売詐欺なんて出来ないだろうに。少しの罪悪感と同情心を抱えながら、最終日ギリギリでノルマを達成した。


 最終試験。面接。人生で一番の緊張感を持って挑んだ。面接官が緊張しなくて大丈夫だ、と言ってくれたが、一度固くなってしまうと緊張感は中々ほぐれない。


「詐欺師として具体的な経験談は?」

「そこで直面した課題は?」

「それについて、どう対策したか?」

 様々な質問をされたが、緊張しながらも全ての問いかけに答える事が出来た。


「うん。君は詐欺師の才能がある。合格だ。後日、合格者にのみ送る講座テキストを送る。テキスト代は指定口座に振り込むように。これから、よろしく」

 その言葉を聞いて、俺は感極まって泣きそうになった。


 後日、テキストが郵送されてきて、俺は指定の口座に金を振り込んだ。講座は数日後に行われるらしい。俺はテキストを読み込んで、詐欺師になる為の講座に備えた。












「彼は口座に金を振り込んだかね?」

「はい、ボス」

「そうか、残念だな。こんな詐欺に引っかかる様では、詐欺師にはなれない。今年の合格者は何名だ?」

「2名です」

「やはり、この最終試験をクリア出来る人物というのは少ないようだな」

 ボスと呼ばれた男は深く嘆息した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る