【3B賛美歌】



「恋と戦争においてはあらゆる戦術が許される」 という名言がある。これは、イギリスの劇作家フレッチャーの言葉だ。


 完全に同意する。恋愛においては、あらゆる戦術も、兵器も、同盟も、裏切りも、何でもありだ。勿論、「毒薬」を使っても良い。


「3B」と言う猛毒がある。この毒薬にやられて、何人もの可憐で純情な女性が、不幸になった。





「3B」と恋愛をしては、いけない。





「彼氏にしてはいけない3B」と、インターネットでは有名なフレーズがある。


「3B」というのは、美容師、バンドマン、バーテンダーの頭文字を取ったものだ。これらの職業に就いている男性と付き合うと不幸になりがちだ。バンドマンもバーテンダーも美容師も、確かに女性と触れ合う機会が多い。


 どの職業も、容姿ビジュアルが良くて、話が上手い人が多い。基本的に、モテるし、浮気の心配が尽きない。


 そして、この毒の処方箋しょほうせんには、「用法用量を必ずお守りください」とは書いていない。麻薬の様に身体をむしばみ、過剰摂取オーバードーズで、心が突然死する。




 これは、私の恋人の3Bに捧げる賛美歌。





 朝、いつもの時間に目覚めて、隣で寝ている私の恋人の美容師を起こす。あと五分だけ〜、と、ほぼ寝言で言って、美容師は寝返りを打った。私は、はいはい、と言って、ベットから立ち上がって、風呂場に向かう。


 真夏でも、私は熱めのシャワーを浴びる。まだベットで寝ているであろう、美容師の愛用の高級なシャンプーとリンスを使う。その独特の甘い匂いを嗅いで、凄く良い気分になった。この匂い、とても好みだ。


 シャワーから上がって、下着姿で寝室に戻ると、美容師は起きていて、テーブルにマグカップを2つ並べていた。スティックに入ったインスタントのコーヒーを、そのマグカップに入れて、ティファールで沸かしたお湯を注いでくれる。


 少し冷たいエアコンの空調が気持ち良い。


「おはよう。パンにする?ご飯にする?」

「うーん。今日は、お米の気分かな」

「用意するよ。と、言っても、卵焼きとベーコンくらいしかないけど」


 優しい台詞を言いながら、美容師は、ゆっくりと、その甘いベビーフェイスを私の顔に近づけてきた。キスされるのだと思って、目を閉じると、顔を両手ではさまれて、そのまま髪の毛をワシャワシャとでられる。


「その前に、ブローしようか」

「いつもありがとう」

 赤色のくしと、高そうなドライヤーを取り出して、美容師は私の髪の毛をブローし始めた。


「前より艶が出てきたね。そろそろ毛先、揃えた方が良いと思うよ」

「お給料日になったら、お店に行くわ」

「待ってる」


 ブローが終わって、美容師の作った朝食を一緒に食べた。美容師としての技術は一流なのに、料理の腕はてんでダメだ。味が濃すぎる。髪を切る方が、繊細な技術が必要だと思うけどなあ。


 ハンガーに掛けたスーツを手に取って、着替えた。薄めの化粧メイクをして、マグカップのコーヒーを飲み干す。


「そろそろ会社に行くわ」

「行ってらっしゃい」

 部屋のドアまで見送ってくれる。軽くキスをした。







 午後、会社で、つまらないルーティンワークをこなしていると、机の上に置いた携帯が震えた。メッセージが来ている。


 送信してきた相手を確認して、メッセージを見た。私の恋人のバンドマンからだった。


「今日のライブ、忘れてないよな?ちゃんと、VIP席、用意しておいたから。終わったら、飯でも行こう」

 束縛の激しい男。確認するのは、不安な証拠だろう。そこが可愛いけれど。私は短く返信を返した。


 ライブは18時から。アンコールを入れても、2時間か3時間で終わる。その後は、今やってる仕事と、それ程変わらないルーティンワーク。面倒くさいドレスコードのあるホテルで食事をして、アルコールを飲んで、スイートルームでセックス。身体の相性は、中々良い。定時の17時までが、少し長く感じられた。



 仕事が終わった。



 上司から、突然、仕事を振られて、30分程残業したが、ライブの開始時間には間に合った。そもそも18時開演ってだけで、時間ピッタリに始まる訳ではない。よく考えれば急ぐ必要もなかったな。


 スタッフにVIP席は何処ですか?と聞くと、名前を尋ねられたので、名乗ると、直ぐに案内してくれた。



 ライブ会場が見渡せる、最上段の個室。



 個室と言っても、広い。まるで、ホテルのスイートルーム。中央にある机の上には、1本のシャンパンと、「愛を込めて」と書かれたメッセージカードがあった。





 ライブが始まった。

 轟音と派手な演出で、幕を開ける。


 正直に言えば、彼の音楽は、それ程好みではない。耽美的な歌詞と、艶めいたサウンドが特徴なのだが、私は、もっと分かりやすい、ストレートな曲が好きだ。


「次の曲は、愛する女性の為に作りました」


 バンドマンが自分の売りにしてる、落ち着いた低音ボイスで言うと、ファンの女の子達は黄色い声援を上げた。


 そして歌い出した歌詞は、私とのエピソードを匂わせる物だった。本当に少女趣味ね。でも、そう言うのは嫌いじゃないよ。





 ライブが終わって、1度、帰宅して、ドレスに着替えた。タクシーで、待ち合わせのフォーマルなホテルのレストランに向かう。その途中で、携帯が鳴った。


「もしもし?今、何処?」

「タクシーよ。後、数分で着くわ」

「待ってる」

「はーい」


 数多くの女性から、アプローチを受けてる筈なのに、私に夢中なのが優越感。これを味わいたい、と言うのも、彼と付き合ってる理由の一つだ。


 レストランに入って、彼と食事を楽しんだ。ライブの感想を聞かれて、用意してた台詞セリフを口にする。実は、彼のライブは、私には、よく分からないので、SNSで彼のファンの子達が書き込んでいた感想を、そのまま口にする。彼は、とても嬉しそうに微笑んで、後で部屋で1曲聞かせてあげるよ、と言った。


 私が聞きたいのは、貴方の歌声じゃなくて、喘ぎ声よ、とは言えずに、ありがとう、と告げた。






 彼とのセックスが終わって、シャワーを浴びた。明日も仕事だ。私はベットで横になって、ワインを口にしてる彼に、そろそろ行くわ、と言った。彼は、次は、いつ会える?とねた表情で聞いて来たので、また連絡するね、とだけ言った。






 終電間際の電車に乗って、自宅の最寄り駅に着いた。家に帰る前に、もう少し飲んで行こう。私は、繁華街の片隅にあるBARの扉を開けた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


 グラスを磨きながら、私の恋人のバーテンダーが微笑む。軽く髭を伸ばした、ワイルドな顔つきだけど、微笑むと笑いしわが刻まれるのが、とてもチャーミングだ。


「いつもの」

「はい」

 ジントニック。このお酒は、バーテンダーの腕が1発で分かると言われていて、初めて訪れるBARで初回に頼むのがオススメ。


 手馴れた手つきで、数十秒でジントニックを作って、彼は私の目の前にグラスを置いた。


「今日はウチ、来ますか?」

「そうね。何時に上がるの?」

「オーナーが後、数分で来るので、そこで交代です。先に家で待ってますね」

「うん。私も直ぐに向かうわ」


 数分後、彼の言った通りにオーナーが現れて、彼は、お疲れ様です、と言って、バーカウンターから出た。更衣室で私服に着替えて、店を出る。自然と後ろ姿を、目で追ってしまって、反省した。彼との関係が、他の客にバレる訳にはいかない。


 もう一杯、アルコールを口にしてから、店を出た。夏の夜の匂いがする。私はバーテンダーの家へ向かった。


 インターホンを鳴らすと、風呂上がりで、首にバスタオルを掛けた彼が出てきた。上半身は裸。色気が凄い。


 そのまま抱き寄せられて、私の胸は踊った。明日は有給を取らないとね。一日に3人の男を相手にすると、体が持たないわ。








 次の日、私は帰宅して、自分の恋人達にメッセージを送った。


「来月の第2日曜日、私、結婚するんだけど、式には来てくれる?」






 3人とも、驚いたり、非難したり、悲しんだりと言ったメッセージを返してきたけれど、全員が式には出席したい、と返してきた。






 式の当日、美容師は私のヘアメイクをしてくれて、バンドマンは余興で歌を歌ってくれて、バーテンダーはスタッフの1人として、バーカウンターに立ってくれた。


「君って友人が多いんだね」

 夫から、素朴な疑問を投げかけられて、私は答えた。


「嫉妬した?彼らは3Bよ。恋人には向かないタイプ。友人で充分。」


 そうか、と頷く夫を見て、私は微笑んだ。

 嘘よ。彼らの事、とても愛してた。


 私を卑怯とののしる人も居るだろう。


 そんな人へ、イギリスのことわざを教えてあげる。









 All is fair in love and war.

 恋愛という戦争は、全てが公平だ。


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